楽園の蛇
レビィティリアの天気は基本的に晴れが多い。
雨が降るときには急に雲が増えて豪雨になることも多い。
その度に路肩などの汚れなどもまとめて近くの側溝から排水路へと流れていく。
その先はあの後もちょいちょいセーラに付き合ってマーマン狩りに潜ってる地下水路へと続いていく。
テラの感覚でいうなら重役出勤とか言われる時間帯に私は何時ものように相談所の看板を表に出した。
しばらく続けたおかげもあってか、遅く始めて午前に終わるという限られた時間の営業にもかかわらず結構な人が相談に並んでいた。
「なんでワイまで手伝わなならんのや」
そう言いつつ看板やら箱やらを水路から伸びた大きな水の蛇っぽい何か、ことレビィが運んでくれる。
さすがに大きさは地下で見たあれと比較するとぐっと小さくしてもらってるけどね。
「ええやん、どーせ暇でしょ、レビィ」
「そりゃそうやけど。あとお前さんの関西弁、エライ変やで」
準備する私とレビィを並んでる客たちが、それはもう変なものというか好奇心の塊の目で見ているのわかる。
「そりゃそーだ。私のこの口調は妹とのチャットログからおこしなおしたもんであって、関西弁ですらないしね」
「どういうことやねん」
うーん、説明するのが難しいね。
「一度考えるのも喋るのも億劫になって人間としての、言語機能自体を外してみたことがあるのよ」
「外してみたて……ワレ、なにいうとんの。普通は外せんがな」
「オンミョウジだからね。できちゃったのよ」
水に赤い目、口だけのレビィだが存外感情ははっきりわかる。
これはどう見ても呆れた顔だわね。
「お前さん、ホンマにテラの人間か。それ、どうやってもどしたんよ」
「いやー、もう一度言語認証フィルタ作るのにえらい苦労してさ。結局、外に文章で残ってた妹と私のチャットのログからそれっぽくおこしなおしたっていうね」
「おまえさん、ドアホやろ」
「せやね。そういうレビィも、なんかイントネーションとかいろいろ可笑しくね?」
関西にいた陰陽系の知り合いの発音とはズレてんのよね。
あとここ数日、色々話しつつカマかけたりして気が付いたことがある。
このレビィアタンは多分最初から日本語の関西弁を話してる、たぶんね。
「そらそうや。ワイのはテラの知識から起こしたアニメ関西弁やからな」
アニメ関西弁が一つのローカル方言化してるのか。
というか、変なとこで私の同類見つけたわ。
ちなみに例の木の板は追加書きも込みでこう書いてある。
『エチゴヤ えいぎょうごぜんのみ オンミョウジはじめました』
『よろず、そうだんうけます ゆぅ あんど れびぃ』
「さぁさぁ、いらっしゃい」
大体準備が終わったのでいつも通り座り込んでから並んでくれていた最初の人に声をかける。
「すばっと相談、適当に解決、ここは万相談のエチゴヤ相談所。オンミョウジのユウ、あんど、妹の連れのレビィが適当に答えるよ」
「ほんま、お前さんいい加減やしな」
「人生適当がいい塩梅なのさ」
「しょっぱい返答やな、塩梅だけに」
「ははっ、多分それ皆に通じんわ」
すっかり板についたレビィとの掛け合いも常連にはもうおなじみである。
なお、レビィについては結構な数の人がオンミョウジの使い魔かなんかだとおもってるらしい。
そう、ここ数日はレビィにも相談返答に混ざってもらっているのである。
あと、レビィのおかげで大体のことに答えられるようになってる。
本体がこの都市をめぐる海水だから、大体見てるのよね。
「お代はお気持ち次第で結構、ただしどんなに多くても一日の稼ぎ以下にしてね。一杯あっても食えりゃしないよ」
さぁ、今日もエチゴヤ万相談所の開店だ。
「最近付き合ってる彼氏が冷たくて。もしかしたら浮気してるんじゃないかって思うんです」
最初の相談は恋愛系。
ミディアムが素敵な若い女性。
服装がかなりしっかりしてるし上層の住民かね。
「レビたん。これ、どこまで答えたほうがいいかね」
「言ってもうたほうがすっきりするんちゃう」
私とレビィの掛け合いに不安の表情を募らせる彼女。
相談待機中の人も野次馬と化してる終わった人も、その他の周囲の人も興味津々の様子である。
「ぶっちゃけ、今他の人とエロイことしてるわ、たぶん」
「せやな。第四階層、右から三つ目言うてもわからんやろうから雑貨屋があるやろ。あの隣に隙間があって奥のほうに入り込めるんやけどその奥にちょうどいい具合の人が入り込まんスポットがあるんや。今始めたばかりやから今行けばモロ現場抑えれるで」
最初は青くなった彼女の表情が、赤くなり、その後、スッと波が引いたような穏やかな表情になった。
「ありがとうございます。これ使ってください」
そういうと彼女は数枚の証書を私に渡してきた。
「随分多いけどええの?」
「いいんです。彼と将来のために準備したものでしたから」
そういうその子の表情には陰りが見えた。
私は小さく被りを振ると証書のうち、適当に一枚だけ報酬に抜いてから残りは全て彼女に返した。
「報酬にはこれだけもらっておくわ」
「いえ、でも……」
「こういうのはあっても困らない、何なら後で私の妹のセーラのとこでいい服でも買いなさいな」
「ありがとうございます」
そういうと彼女は残りの証書を受け取り、踵を返すと入り去っていった。
濡れ場を見れると思ったのか、他の野次馬のうち何人かもついていこうとする。
しゃーないな。
「レビィ、足止め。あとアカリ経由でもいいから詰め所に通報しといて」
「了解や」
「げ、なんだこれ」
「おい、なんで俺たちのこと捕まえるんだよ。通報ってなんだよ」
レビィが水を伸ばし彼ら、彼女らの足を文字通り止める。
「マジでやめといたほうがいいわ」
私がそういっても不満そうなその人らを見渡して私は一つため息をついた。
「やらかしてる彼氏の相手ね。下層に住んでる男の子なんよ」
沈黙が周囲を包んだ。
いつもと同じ鳥の声や水のせせらぎ、そして風が木を揺らす音だけが響いていた。
「春は恋の季節っていうしね、野暮はやめとくが吉ってね」
「今、夏やで」
そういう問題かといいたそうな周囲の表情は無視。
「さすがに次はいい人見つかるといいね、あの子」
「彼氏の性癖、晒された時点でアカンのとちゃうか」
「どっちみち本来なら最終日の直前に彼と彼の関係がばれて大惨事だったわけだし、早いほうがまだ立ち直るでしょ」
「さよか」
皮肉なことにこの町の惨事はその彼を飲み込み、さっきの彼女と男の子は生き残るわけなんだが、それはまた別なお話である。
私は次の人を見る。
「おっと、次行こうか」
そんな調子で相談事をサクサクと片付けていく。
ちなみにいうと以前の相談の結果、さらに酷くなったことに対するクレームや相談もちらほらと入るが、それはそれでアフターケアということで無償や廉価でさくっと悩みの相談にのる。
一件あたりにかける時間が短いのもあって、大体、一時間に満たない時間で相談に並んでいた人の半分ほどが終わった。
これには理由があって、月華王の端末が付いている人であればこの先どうなるかの顛末を大体把握できる私と、実質この町を支配してるに等しいレビィの把握を使えば『答えるだけなら大体答えられる』からである。
「毎度思うんやが、こんなにざっくりとした解決でええんかいな」
「レビたんや。大体において物事の解決するのは本人よ。私はそれの背中を押してるだけ」
「悪化しとるのもあるみたいやけど」
「それはそれ。人間、その時は悪化しようともやらんよりは後悔しないもんなのよ」
相談者がどんどんはけていくのに対して見物人の数は一向に減らない。
むしろ時間が経つにつれ増えてる。
ま、いいけどね、さて次の相談者は私と同じくらいの年の女の子か。
いつも通り白ちゃんがその子の端末から、ざっくりとした事情聴取をして私に教えてくれる。
「あの……うちの兄が最近変なんです」
ほーん、状況は大体わかったけどなんだろうな、これ。
「朝起きると幸せそうににやけた顔をして、昼も一日昼寝したりだらけてばかりでまともに仕事しようとしないと」
「はい! さすがはオンミョウジさん。それで、私の稼ぎ分だけでは食べていくのがつらくてこのままだと本当に生活が」
どういうことかね。
本来、彼女の記憶の流れであれば彼女の兄は少なくともこの時期にそういう怠け方はしていない。
性格的なものもあるんだろうけど、この町にしては珍しくちゃんと働く好青年だ。
そしてそういう風になりだしたのは大体十日前。
「レビたん、なんかわかる?」
「ワイかてなんでも見てるわけやないで。せやけど似た感じの相談ちゅう話なら、たぶん、そこのとそこの、あと一番最後にならんどるそこのおっさんもそうなんちゃうか」
そう言ってレビィは中年の女性、小さい女の子、そしてかなり良い服装をした護衛をつけた男性の三人を頭で示した。
私が白ちゃんに調査を頼むとその三人の月華王の端末が白ちゃんのとこに走り寄ってきた。
そして端末同士で顔をすり合わせてフンフンしている。
前から思ってるけど私が連れてる白ちゃんってなんか偉いんかね。
そうこうしているうちに情報が流れ込んでくる。
あ、これ最後の一人も流れで読んじゃったけど、この人アルドリーネちゃんのお父さんか。
この都市のお偉いさんっぽいけど、今は情報過多で頭痛いし、こまいとこは後でいいわ。
「おおぅ……こりゃまたほぼ同じ状況と来たか。あなたらも同じ相談よね」
頷く三人。
うーん、こりゃ分からんわね。
「ごめん、これは今は分からない」
そういうと彼らの表情にはっきりと落胆が見えた。
「この件、少し預からせてもらって七日後あたりに相談の返答ってことでどうかな」
アルドリーネちゃんも引っかかったということは、男性とは限らないのか。
その後、残った相談を手早く終わらせるとその日の万相談はいつもと同じ時間に終了となった。
終わたことを宣言すると見物客たちが徐々に散っていき、最後は私とレビィだけになる。
「レビたん、原因分かるかね?」
「どないやろな。さっきも言うたけどワイもこの町の全部はみとらんし」
明言を避けたね、レビィ。
「なんでよ」
「特に地下水路とかでの出来事やと雑なもんが多すぎるから意図的に全部スルーしとる。スライムやマーマンやネズミとかの動きまでいちいちみとったらヤキュウ見直す時間無くなるやん」
セーラの契約怪獣、レビィの娯楽はトライの記憶にある野球の試合鑑賞だそうだ。
それも律義に時間を追って順に見てるらしい。
「それに怠惰なんはこの町の住民全部や」
「それはそうかもだけどね」
本来、よくある神秘学やオカルトではレビィアタンは嫉妬を割り当てられていることが多い。
拗れると捻じれるというのは似て非なるものだけど連想しやすく、結果説得力のある組み合わせになるからだ。
だが、セーラの契約怪獣、レビィに至ってはここ数日観察した範囲では極めて怠惰で、仕方なく仕事してるわりに変なところで律義な怪獣だ。
そうね、しいて言うならアカリに似ている。
そもそも、こいつ本当に怪獣なのか私はちょっと疑ってるんだけどね。
それはさておいて、町の中核であり封印対象であるレビィがトコトン怠惰な影響が出てるのか、それとも生活にかつかつしないと人間はこうなるのかは議論が出るとこだろうけどね。
その上でいうと、この町は基本的に爛れていて怠惰でそしてヌルっと優しく、それでいて酷く先が見えない倦怠感がある。
本格的に重症なのが、わざわざ相談に来たメンツの家族って可能性は十分にあるかな。
それにしても、幸福感にさいなまれてやる気が出ないねぇ。
尻子玉でも抜かれたか。
いや、それはないかな、沙羅が他人のお尻に手を突っ込めるかというとさすがにむずかしいだろうしね。
お昼にはアカリもご飯食べに戻ってくるし、セーラ共々相談してみますかね。
「ところでレビたんや、テラの知識ってそこそこあるんだよね」
「そりゃまぁ、ワイも怪獣歴長いからな」
怪獣歴とかいう単語初めて聞いたわ。
「ないとは思うけど仮に沙羅が尻子玉抜いてたとしてだわね」
「そもそんな臓器ないんやけどな」
そりゃそうだわ。
そも、尻子玉という話は溺死者の括約筋が緩んでることを、河童のせいにしただけというのが通説だからね。
「尻子玉ってうまいんかな」
「臭いんちゃうか」
「なるほど、クサヤみたいなものか」
「知らんものに当たると取り合えず食えるか考えるんはトライの悪い癖やと思うで」
そうはいってもね。
「ちなみにレビたんが食われかけたことは?」
「あるで。セーラの呪いや、あれはごっつかったわ。セーラの体に残ってたのはこびりついた残り香の部分やな」
この怪獣、呪いを認識できるのか。
レビィってテラのサブカルとかも結構好きだから、それっぽくふれば返してくれるかね。
「一つ聞いていいかな」
「なんや」
「その呪い、どこにやった?」
私が昔読んだ漫画のセリフをもじってそういうとレビィは少し鎌首を持ち上げた。
「あんさんみたいな、勘だけのクソガキは嫌いや」
「ははっ、よく言われる。あの漫画読み通したんだ?」
「せやな、すきやで。ワイな、夢があるんや」
お、怪獣に夢と来たか。
「どんなんよ」
「ワイ、いつか人間の体手に入れて浪速の錬金術師になりたいねん。そんでもっていつかテラに行って阪神の応援行きたい。六甲おろし歌ってほかの阪神ファンと一緒に乱入とか一度かましてみたいやんけ」
なんで浪速。
つーかよりによって阪神かい。
「はっ、あはははははっ、こりゃ面白い。私、こんな変なレビィアタンに出会ったのは初めてだわ」
「さよか。ほな次はお前さんの番やで」
「私?」
「せやで、お前さんの願いはなんやねん」
そりゃ、まぁ、以前幽子にも言ったしね
「妹を召喚することかな」
「叶ってもうたやん」
まぁ、沙羅はね。
「せやけど、ユウちゃんや」
「なによ」
「お前さん、妹以外にも逢いたい奴おるやろ。お前さんからは捻じれた嘘つきの感じがするんや」
…………
「勘のいい蛇はこれだから嫌いだよ。そんなに私を楽園から連れ出したいんか」
「アホ抜かせ、楽園なんてもん人間の幻想やで」
ははっ、違いない。
私には腹部に二つの傷痕がある。
一つは最後の最後、死ぬときに付いた前から突き刺さった傷痕。
そしてもう一つは母親に背中から刺されたときの傷痕だ。
幽子に見てもらった感じだと、傷跡というよりは色の変わったアザみたいになってるんだけどね。
「レビィ、妹たちには内緒にしてほしいのだけど」
私は小声でレビィに話しかけた。
「ええで、ほんでお前さんの願いは何なんや」
そういうレビィの瞳が黄色く光る。
なるほど、なんとなくわかった。
「自分で叶えるから今は内緒。いつの日か浪速の錬金術師には教えるよ」
言った瞬間、レビィの口がカパッと開き、そして閉じた。
「しゃーないな。約束やで」
指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。
二人とも根っからの嘘つきの時にはこれってどうなるんだろうね。
しかしなぁ、セーラの呪いは命を代償とする。
そしてカリス神はこの都市の惨事の後に生まれたって話だったよね。
今時点で私の脳内には最も確度が高いストーリーラインが一つある。
どうして人は禁断のリンゴを欲するんだろうね。
「ところでレビィ、カリス神なんだけどさ……」
私の言葉は途中で止まった。
「いや、今はいいや」
「さよか」
無理に楽園から目覚める意味はないしね。