人魚の泡は夢を見る
アカリの魔導の光を頼りに水路を先へと進んでいく。
マーマンの件もあったので、奥の方だと汚いかなと思ってたんだけどそうでもないのよね。
あのスライムたちが清掃してるのかもしれんわね。
「まだなんでしょうか」
少し疲れたのか沙羅が弱音を吐いた。
「もうちょっとよ、ほら壁が変わってきたでしょ」
セーラの言葉にひかれて壁を注視する。
いつしか周囲の壁は黒っぽい金属のような材質に変わっていた。
アカリがその壁にそっと手を触れると不意に光のラインが走った。
「これ、バリバリの古代遺跡じゃないですか。セーラ、ここってなんで水路なんかになってるんです」
「色々あったみたいよ」
色々ねぇ。
セーラに導かれるまま、さらに進んでいくと不意に広い場所に出た。
これは地底湖、というよりは地下の人口湖だわね。
そこでは水が全体的にほんのりと青く光っている
そして、周囲の黒い壁にはさっきアカリが触った時に出たような光の模様が周期的に明滅していた。
天井部分は丸くなっており、複数の小さな魔法の光がまるで夜空の星のように瞬いている。
「古代魔法、しかも生きてるのかよ」
呆然としたアカリの声。
「ええ、そうよ。そこでちょっとまってね」
そういうとセーラは入り口近くの壁をなぞった。
するとそこの壁にぽっかりと穴が開き、スイッチらしいものが複数見えた。
セーラがそのスイッチをカチカチと入れていく。
すると私らの足元近くから湖の中心に向かって水中から橋が浮上してきた。
「わ、わわっ! なんか出てきましたよ」
「せやね」
湖の中心、橋の先の場所には黒い素材でできた島も浮上してきており、そこには複数の柱と見覚えのある座席が見えた。
アカリが沈黙する中、セーラが水面より上にきたその橋のほうに向かって歩き出す。
「こっちよ」
湖の中、狭めの水上通路を歩き切るとそこには複雑な文様が光る複数の柱と三つの座れる場所、それと札をセットできる石柱があった。
全員が橋りきるとそこには複数の座席と石柱があった。
視線を足元に向けると石柱の下で白ちゃんがふんふんと匂いを嗅いでいる。
「これ、なんですか。なんかの乗り物の座席にも見えるんですが」
「これって……」
怪訝そうに首をかしげるアカリと見覚えのある構造物に驚く沙羅。
「王機の操縦席やね」
「お、王機だとっ!」
驚きすぎて完全に男言葉に戻ってるアカリに苦笑したセーラが声をかけた。
「正確にはその試作品の一つね。古代遺跡の中央制御は標準仕様でこういう作りになってたみたいよ」
そういいながらセーラは懐から一枚の紙を取り出した。
最初それには『聖水』と書かれていたが、セーラが表面を指で軽くなぞると『聖』の字が掻き消えていく。
そしてそこには『水』とだけ文字が書かれた紙が残った。
ふむ、一文字の龍札ねぇ。
「アカ……」
意見を聞いてみようとアカリの方を見やるとぷいっと横をむかれた。
なるほど。
こりゃ、セーラの龍札の文字数が足りないのにも何か理由があるっぽいわね。
その紙、おそらくは龍札をセーラは石柱の龍札を張る位置にそっと置く。
すると石柱が光り水がうねり始める。
そのまま全員で息を飲んで見つめていると、うねる水が水面に鎌首をもたげカパッと口を開くと同時に赤い目が出現した。
それは水でできた巨大な蛇の頭、たしかこういう非実体だと宇宙怪獣になるんだっけか。
私がそんなことを考えているとセーラがその頭に親しげに声をける。
「おはよう、レビィ」
水でできたその巨大な水の蛇。
その口元から低いうなり声が鳴り響く。
「おはよやないで。なんやワレ、随分とほたってくれたやないか」
なぜに似非関西弁。
「ごめんなさいね、色々あったのよ。状況は把握してる?」
「そらわかるわ。絶対時間とのズレも補足できとる。ざっくりいうて十二年くらいの差やな。そこにおるウサギモドキがアーカイブを展開しとるんやろ」
そういって水の蛇……めんどいからセーラに倣ってレビィでいいか。
レビィが白うさぎを威圧した。
全身の毛を立てて月華王の端末である白ちゃんも同じくレビィを睨みつけ、そのまま小さく跳ねるとウサキックで石柱を蹴りつけた。
「なにすんねん、このワンパククソガキ、あんまやらかすようやとメティスにチクったるで」
ほー、このレビィには見えてるみたいね、月華王の端末。
切れるレビィに対して再び石柱に蹴りを入れる白ちゃん。
二匹の不毛なやり取りをアカリが何とも言えない表情で見てるわね。
そんなレビィに対してほほに手を当てたセーラが困ったように呟く。
「ユウちゃんもアカリちゃんもその何かが見えてるみたいなのだけど私には見えないのよ。あなたには見えるのね、レビィ」
その瞬間、白ちゃんの石柱への蹴りとレビィの罵倒が同時にとまった。
「さよか」
しばしの間の後、レビィが言葉をつづけた。
「せやからワイなんか」
「そうよ、その何かが見えてない私ではこの子たちの力になりきれないと思ったの」
「せやろな」
そのまま沈黙する両名。
先に口を開いたのはレビィの方だった。
「セーラ、良い話と悪い話、どっちから聞きたい」
お前はどこのアメリカ人だ。
「なら、良いほうから」
「お前さん、体についてた呪い落ちとるで」
さんざん話に出てきてたセーラの家の呪いかな。
しかし落ちたっていっても風呂場のカビ並みの頑固な呪いがそう簡単に落ちるかね。
「本当に?」
「ワイがそういうとこで嘘つくと思うか?」
「ならユウちゃんがなにかしたのね。そうよね、ユウちゃん。あなたオンミョウジだもの」
はて、まったくもって記憶にない。
私、セーラに何かしたっけか。
とりあえず今日あったことを振り返る。
店やって、出かけて、沙羅呼んで、船に乗って、部屋で沙羅に水使わせて……あ。
そういやアカリとセーラの水を沙羅に使わせて全員水かぶったね。
あの雑な流しで禊になったんかい、まぁ、それならそれで結果オーライだわ。
とりあえず私は自信をもってこう言ったのさ。
「まるっと大体計算通り」
「嘘つけ、優姉のことだから絶対何か行き当たりばったりであてたんでしょ」
なぜかアカリに否定された。
だが大正解ではある。
「さすがユウちゃんね。それでレビィ、悪いほうは?」
「セーラ、なんで死んでもうたん」
問いただす巨大な水の蛇にセーラは静かな笑みを返す。
「あなたならわかるでしょ、レビィ。私の愛しい大怪獣」
「ほんま救いがたいドアホウやな。いろんなもん犠牲にしてこんだけ準備したのが水の泡や」
レビィの悪態にセーラがくすりと笑った。
「仕方ないわ」
「ガキにかまけて逝ってもうたら、せっかく願いかなえても逢えへんやんけ」
セーラが少し首を傾げた。
その表情は後悔でも諦観でも、それでいて絶望でもなくただ何かが落ちたような穏やかな顔をしていた。
「そうね」
そういうセーラを頭上、それこそ二階くらいの高さから巨大な蛇の頭が見下ろす。
足元、石柱の下の位置から白兎がセーラ達の様子をじっと見つめる。
そしてアカリが何か言いたそうに口を開きかけて、そして閉じた。
「しゃーないなぁ」
「ありがと」
その一言で私の頭の中で我流陰陽道が指し示すセーラのストーリーラインがカチリとハマった。
そうか、セーラの辿った物語ってそういう流れなのか。
「ははっ、大体わかった」
私がそうつぶやくと皆の視線が私に集まる。
「一人の人魚が人の少女に恋をした」
セーラを見てさらに続ける。
「二人の恋は不幸呼ぶ。さりとて人魚は幸せという」
沙羅、アカリが目を丸くしてるが構わず続ける。
「何故なら双子がそこにいた。聖水女子のその双子」
そう、この物語はほかの物語の設定を投影している。
古来双子は不吉な存在とされた。
王朝であれば継承の阻害になるし、双子というだけで神秘学では特殊扱いもある。
どっかの変態医師も双子に固執してたよね。
どうやったのかは正直よくわからんけど、セーラはこの世界で念願の子供を得た。
「真ん丸な、石のようなその双子」
正直当て推量が半分を超える。
ただまぁ、大筋のとこでは外してないんじゃないかな。
近くで冷や汗を流してるアカリの様子を見る限り。
「二人の娘が残された」
パンっと柏手を一つ打つ。
夢のオンミョウジ、ユウ・アンドゥ・シス・ロマーニはその物語を改竄する。
それは蛇足と呼ばれるハッピーエンド。
「人魚の泡は夢を見る。来世はツバメの親子になろう」
淡く光る遺跡の中、私の声が響きわたった。
それに呼応するかのように足元にいる白ちゃんも光ってる。
「夢見るウサギは空見上げ、ツバメは親子で空を飛ぶ」
私の声につられるように遺跡の魔法が煌めく。
「ツバメの親子は幸せに、海辺の空を舞ったとさ。めでたしめでたし」
語りが終わると同時にもう一度柏手を打つと反応してた遺跡の光が弱くなった。
ふーん、今のは何だったんかね。
「ほんま変な奴やな、コイツ」
「面白いでしょ、私の姉なのよ」
セーラはそういってレビィにウィンクをした。
「そんなら龍札はそこに張り付けたままにしとき。ワイがそこの似非陰陽師を手伝ったる」
「わかったわ」
「お代はそこの緑のでエエで、夢の中ならちょっとくらい出歩いてもええやろ」
ひぃといいつつ私の後ろに隠れた沙羅。
「だーめ、この子は私の姉妹になった子だから」
「さよか。えらい馴染みそうやったんやけどな」
「だめよ。出るのはいいわよ、ユウちゃん危なっかしいから見ててあげて」
「しゃーないなぁ」
ぼやくレビィを見やりながらセーラが私の方に振り返った。
「ユウちゃん、なんか今更だけどこの子が私の契約怪獣、レビィよ」
「私はユウ、よろしくレビィ。まぁ、大体わかってるよね」
「せやな。今後ともよろしくや」
ふーむ、しゃべる怪獣か。
特撮でも結構な数いたはずだけど、味方か言うと微妙なとこだわね。
師匠の一人がいろいろ言ってた気がするけど、なんか忘れたわ。
「ところでレビィ、セーラ」
「なんやねん」
「なにかしら」
後にしてもよかったんだけどね。
普通なら聞かんのだろうけどね、私は空気は読まないほうだからさ。
「レビィがセーラの契約怪獣、レビィアタンであってるのよね」
「ええ、そうよ」
私はセーラに視線を向けてから再びレビィに視線を向けた。
そしてその実、視界のはしっこで白ちゃんを追う。
「レビィってさ、水でできてるの?」
「せやで。もうちょい正確に言うと水やのうて海やな」
「そっか、海か」
「まてまてまてまてっ、マジでそれ聞いてませんよっ!」
私はさらりと流したが、アカリは流せなかったらしい。
「なんや姦しい娘やな」
「あんたにゃ言われたくないわっ! というかこの時代のレビィアタンの本体って池とか川の水じゃないんですか」
泡食った様子で問いただすアカリにレビィが答える。
「なんやそっちのワイ、そんなに力落ちとるんか。ちゃうで、ワイは海や」
「それって比喩? ガチ?」
私の質問にレビィが答える。
「ガチもガチ、この世界の海がワイの本体やで」
「「「…………」」」
海かー。
こりゃ想定外だわ。
怪獣って宇宙怪獣以外は海から出て来るって聞いたけど、このレビィと関係あるのかね。
というかこれと戦って果たして勝てるのかね、王機。
視界の中の白ちゃんはすました様子で耳を後ろ脚で掻いている。
「まぁ、いっか」
「いいのかよ」
疲れた様子のアカリ、最近突っ込み過多だからかね。
さてと、そろそろ本題に移るか。
私は柱に張り付けたセーラの札を指さした。
「ところでセーラの龍札、『子』は結局どうしたのよ。たぶんうちのリーシャに関係するんだろうけどさ」
足元を見やると白ちゃんがレビィとセーラをじっと見つめていた。
私たちが見つめる中、セーラが唇にそっと人差し指を当てながら悪戯っぽく笑った。
「ないしょ」
ははっ、女子力高いな。