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シスタークエスト レベルは上がりませんが妹は増えます  作者: 幻月さくや
第三章 歪曲都市編 優しい幸福がそこにはあった
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オンミョウジはじめました

 吹き抜ける初夏の風、風に乗って鼻に届く潮の香り。

 家の玄関に何となく付けた風鈴ポイ謎の金属物がチリンチリンと音を立てる。

 その前には適当に敷いた草の敷物の上に近所のおばちゃんからもらった箱、横には木の板が置いてある。

 その木の板にはこう書いてあった。


『エチゴヤ えいぎょうごぜんのみ オンミョウジはじめました』


 ここを借りた次の日にリーシャに書いてもらったぐんにょりした字が味わいを深めている。

 なお、リーシャがお手伝いで書いてくれたのを話すとセーラは妹の成長を喜んでいた。


「優姉、一ついいですか」

「なによ」


 相談事の間の休憩に声をかけてきたアカリの視線が木の板に注がれる。


「冷やし中華ですか」

「いいねぇ、やっぱ夏は冷やし中華だわね」


 隣で店の開業準備にいそしんでいたセーラさんが、私らの会話に笑いながら混じってくる。


「ユウちゃんのおかげで毎日いろんな食べ物がもらえるから作れるわよ、冷やし中華」

「え、まじで?」


 あれつくるのって結構素材必要だと思うんだけど。


「北部でかん水が取れるの。それとこの街で作る塩と西部の小麦があるからね。小麦とかお肉は凍結魔導(れいとうまどう)つけた箱に詰めて運んでるのよ、ほら、あんな感じにね」


 そういってセーラさんが指さすほうを見ると船の上に光る幾何学模様がついた箱を載せて船頭が下流から上流へ船を誘導していくのが見えた。

 地球だとああいうのを冷凍コンテナとかいうんだっけか、たしか。

 幽子がいたら喰いついたんだろうけど、あいにく私はあんまりああいうのには興味がない。

 魔導が便利すぎて異世界って気がしないわ、つーかさ、いまのアスティリアってこういうの使うのやめたって話だし、そうとう不便になってるんじゃないのかね。

 ウサギの肉とかもすぐに傷んだからああいうのあるとほんと便利なのよね。

 そんな風に感心しつつみているとスカートの後ろ側を手で押さつつ、隣にしゃがみこんできたアカリが説明してくれる。


「交流の拠点にもなってますし塩も取れるので空になった容器の帰りには塩や凍らせた海鮮類を詰めて各都市に送ってるんですよ」


 横を見るとシャルより明るめのシルバーの髪がさらりと流れ、緑の瞳がめんどくさそうな感情を隠しもしていないのが見えた。


「それってあれかね」


 アカリが頷いた。

 視界を少し上のほう、私たちの住居の上部に向けるとそこには白くて正方形な建物が見える。

 あの建物にはこの都市固有の特殊な魔導具だという製塩浄水器(せいえんじょうすいき)というのがあるそうな。

 なんでも都市全体に張り巡らした海水の水路から塩と水を取り出せる魔導具で、それもあってこの都市ではほったらかしていても製塩ができる。

 最初、借りた屋敷の中に普通に金属の蛇口があって水が出た時には驚いたけど、さすがに三日もすると慣れた。


「そういや魔導具使ってる割にはエネルギーの補充とかしてないよね、ここ」

「ここではとくに何もしなくても魔石(ませき)に蓄魔できますからね、都市の仕組みとして製塩浄水器がある建物の敷地内に置いてある魔石には満タンになるまで自動で魔力(マナ)がたまるんです」

「それってエンシェントシティだからかね?」

「はい。ぶっちゃけ言ってロストテクノロジーですよ。というわけでまた製塩浄水器の調整を頼まれてるので行ってきます。昼には戻りますから変なことはしないでくださいよ」

「うーい」


 適当に答える私を明らかに信じてない目でにらみつつアカリは一昨日から始めたバイトの受付に上層部の役所へ向かっていった。


「いい子ね、働き者でしっかりしてるじゃない」

「まぁ、そうですね」


 借金踏み倒そうとしたけどね、とは口には出さない。

 つい一昨日のことである。

 アカリが魔導士である自分の信用を担保に役所や高級店が並ぶ都市の上層の貸金業で大量のお金を借りてきた。

 本人曰く


「返済は再来月にしたので問題なしです。ふへへ、どーせ夢なんですから返そうが返すまいが来月にはぜーんぶ水に流れるんですし。というわけで優姉、このお金でいいもの食べて寝て遊んでリーシャにも適当に貢いでればミッションコンプリートですよ。ちょろいもんだ」


 ほんっとああいう小賢しいというか隙間を突くのが上手いなと感心する。

 それはそれとして姉としては借金は利子付けてさっさと返させることにした。

 借金したまま終わるとか目覚め悪いしね。

 結果、どういうコネを使ったのか役所から魔導具調整(まどうしとして)の仕事をもらってせっせと返済にいそしんでるらしい。

 一度働きだすと脂がのるタイプなのか一気に働いて月の後半は貯蓄で遊んで暮らすとかいってるあたりほんと面白い子だわ。


「それにしても冷やし中華があるってことはカレーとか牛丼とかもありそうですね」

「あるわよ、牛じゃないけど」

「あるんか」

「ええ、日本の料理は大体再現されてたはずよ。ここの国では王様とトライが再現に夢中になったって聞いてるわね」


 なんなんだろう、この食に対する狂気じみたこだわり、異世界に来てもかわらんのかね。

 シャルも共犯なあたり、国を私物化してる気もしなくもないけど王なら別にいいのか。


「お昼は冷やし中華にするわね」

「はい、楽しみにしてます。そういやセーラさん」

「なーに?」


 店内の服を店の外の拡張した屋根の下にまで並べたセーラさんにふと気になったことを聞いてみる。


「セーラさんって女性になりたかった口ですか、それとも別な?」

「随分とすぱっとプライバシーに入り込んでくるのね」


 私は悪びれた態度を見せつつちらりとセーラさんの足元を見やる。

 今日もセーラさんの足元には月華王はこない、か。


「すいません、私、そういう奴なもので」


 開き直りとも聞こえそうな私の答え。


「いいわよ、特別に教えてあげる」


 背の高いセーラさんが私の傍にかがんでくると、そっと耳元で(ささや)いた。


「私はね、女の子が綺麗になるのが好きなの。かわいい子には綺麗でいてほしいと思うじゃない」


 自分が、ではないのか。


「セーラさん、ちょっとこっちの服なんですけど」


 セーラさんのお店にも客が来たみたいだわね。


「あ、はーい。じゃあお昼楽しみにしていてね、ユウちゃん」

「はい」


 かわいらしくウィンクしたセーラさんを見送る。


「あの、なんでも相談にのってもらえるって聞いてきたんですけど……」


 おっと、こっちにも客が来たみたいだわね。

 お勤め頑張ってみましょうかね。




















 ちょいちょい相談の客が来ては帰っていく。

 私がやってるのは他愛もない相談屋の一種だ。


「おようございます、ユウさん」

「どーも、おはよーございます。ロックさん」


 朝というには日が昇った時間に町についた初日に案内してくれたおじさんが来た。


「今日も人探しですか」

「いや、はは、まぁ、そんなところです」


 この町、レビィテリアは一言でいうと緩い街だ。

 皆、朝食をとる習慣はなく、お昼近くから起きだしてきて少し早めの昼を取り、昼下がりに適当におやつ取って昼寝、夜分に酒とともに夕食をとって酔って寝る。

 アカリが一度ここで生活したかったとか本気で言ってるのが笑うしかないね。

 なので朝から店を開けてるセーラさんのような人のほうが珍しく、比較的まじめに仕事してるほうであろうこの不動産のおじさんことロックさんもおそらくは仕事始めてすぐにうちに来たんだと思われる。


「それで、今日は誰が捕まらないんです?」

「実はこの三つ下の右隣の商用地区にドガルさんって人がいるんですが……」


 ドガルさんねぇ。

 ロックさんもちょうど月華王(げっかおう)の端末連れてるみたいだし、あのこに聞いてみますか。

 意識を私についてる月華王の端末に焦点を当て見たことも会ったこともないドガルという人物をぼんやりと頭に浮かべる。


「それって……男性で、もしかして工具使って仕事する職人さんだったりします?」


 ロックさんが頷いた。

 彼がはっきり思い描いたからか人物のイメージが焦点を結ぶ。


「背が低くて頭が薄い?」

「え、ええ! よくわかりましたね」

「オンミョウジですから」


 最初にお客になってくれたのもこのロックさんで、彼が広めてくれたおかげでこの短い期間でもちょいちょい人が来るようになった。

 引っ越した次の日にわざわざ様子見に来てくれたあたり、根がいい人なんだろうなと思う。


「ああ、その人家賃まだなんですか」

「あ……そんなとこまでわかっちゃうんですか」

「ええ、オンミョウジなので」


 幽子がいたらオンミョウジへの熱い風評被害だとか言いそうだわね。


「なら急いだほうがいいですよ。多分ですけど仕事でまとまった金が入ったもんで、飲食店とかに支払った後でそのまま飲みに行っちゃうとおもいますから」

「い、急ぐといっても今どこにいるのか」

「二つ下の街角のインドジンってかかれた看板を右へ」

「ありがとうございます! これ、お礼です」


 そういうとロックさんは私の手のひらに銀貨を一枚置いて行った。


「まいど、がんばってね」


 私がひらひらと手を振るとすぐに次の客が来る。


「あの、ここってなんでも相談に乗ってくれるお店だって聞いてきたんですけど」


 そこそこかわいらしい女の子のお客さん、テンション上がるわね。

 なんか結構身なりのいい服に護衛までついてるか。

 ふむ、右下には月華王がついてる。

 名前は……アルドリーネちゃんか。

 そういや月の兎、月兎がモデルなのかね、この月華王の端末って。

 ま、そこらへんもおいおいわかるでしょ。


「はい。ここは万相談の店、エチゴヤであってますよ。アルドリーネお嬢様」

「私、貴方にお会いするのは初めてですよね」


 怪訝そうに首をかしげるアルドリーネ。


「ええ、初めてですね」


 私の視界の中で「白ちゃん」と勝手に命名した私付きの月華王の端末がアルドリーネの端末と鼻先を突き合わせてふんふんしているのが見える。

 それに伴い私の中に怒涛のようにアルドリーネに関する情報が流れ込んでくる。


「なるほど、大体わかりました」


 情報量に眩暈(めまい)を抑えつつこめかみをもむとアルドリーネがあからさまに胡散臭(うさんくさ)そうな表情に変わる。


「何がわかったんですか」

「あなたが食べた昨日の夕食のトマトの付け合わせがいまいちだと思ってたことから、今読み込んでいる推理小説の最後のオチまで。犯人聞きたいですか」


 犯人は奴。

 落ちを口にする前にアルドリーネは後ろにいる護衛に視線を向けた。

 あらネタバレはいらんみたいね。


「たしかに奇妙な人ですね、あなたは」

「オンミョウジですから」


 世の中の奇妙奇天烈複雑怪奇な(よくわかんない)事例は大体オンミョウジのせいにすれば解決できる。

 オンミョウジってのはそういう舞台装置だからね。


「ならば私があなたに聞きたいこともわかりますか」

「彼との恋ですね」


 実のとここの辺りはあて推量だったりする。

 大体にして若い女性の悩みなんて言うと食べ物か自分自身か恋の話だしね。

 私や幽子とかは明らかに世のはみ出し者なので参考にはならんのよ。


「それで何を相談したいんですか」

「その……父が色々と反対していまして。いっそ……」

「駆け落ちしたらどうですか」


 ぎょっとした表情をするアルドリーネと護衛の彼。

 そんな彼の足元には月華王の端末はいない。


「いけません、アルドリーネ様」

「だけど、ここままだと私にもいつか縁組の話が来るわ、そうなってからでは遅いのよ」


 月兎の白ちゃんが鼻をひくつかせつつ私のほうを見ている。

 やなもんだわね、すでに分かっているというのも。


「残念ですがそれ以前の話ですね」


 二人の声を抑えた言い争いに私が割り込む。

 他にも来てる相談者たちがじっと見てるんだけど、二人とも血が上ってるね、これ。

 しかもこの様子だと二人が相愛なのが周囲に駄々洩れだと見た、たぶん父親にも。


「今月の末、この町で大きな何かが起こります」

「ちょ、ちょっとまって。それって、といいますかそれが私に何の関係が」

「ありますよ。そこでそこの彼は重傷を負ってしまうのですから」


 数名いる相談待ちの人の表情はあえて見ない。

 そこは私には関係ないからね。


「再起不能になります」


 正確にはアルドリーネは彼に二度と会うことはなかった、なのだけどね。

 そこまで言ってしまうと認識を確定してしまうのであえて言わない。


「そんな……」

「貴様ッ! 何の根拠があってそのようなことをいう。さては」


 彼の会話に合わせて呼吸を合わせ


「「人を惑わす魔物だな!」」


 言葉を重ねた。


「ではないんですがね。妖怪、化生を再構築して使役するのもオンミョウジだからね」


 そういいつつ光る『陰陽(おんみょう)』の龍札を見せた。


「なるほどトライの魔物使いか」


 ちょいと違うんだけどまぁいいか。

 陰陽師じゃなくてオンミョウジだしね。


「あんまり大きい声では言えないんですが、国の関係者でして。私が言えるのはここまでなんですよ。だからアカリも来てるでしょ」


 ちょっとした詐欺の一種だわね。

 それと魔導士はめっちゃ信用高いらしいのでそれも使わせてもらう。

 アカリのあの服って魔導士の中でもかなりの上位者じゃないと着れないらしいしね。

 そんなことを考えてるとアルドリーネが視線で護衛の彼を後ろに下がらせてから頭を下げた。


「大変失礼いたしました。その、うちの父にはお会いには」

「大丈夫、そのうち相談に来ますから。万相談にのりますよ、開いてるのは午前だけですけど」

「そうですか」


 自分の悩みを相談に来たつもりが斜め上の展開になったから悩んでるね。

 どちらにせよ悩みごとの相談としては私が言えるのは


「決めるのはあなた自身ですよ、アルドリーネ様。くれぐれもご後悔のないように」


 私は龍札をしまうと視線を前にあげた。

 次の相談はと、あらまこりゃまたかわいらしいお客さんで。


「猫がいないの」

「白黒の子?」


 泣きそうな顔をした女の子が頷いた。


「にゃんこね、たぶんおさかなほしかったんだと思う。お父さんって今日も釣り?」

「うん」

「きっとお父さんのところに行ってるんじゃないかな」

「ほんと? いってみる! おねえちゃんありがとう、これお礼!」


 女の子が置いて行った貝殻を横に置く。

 お金やら塩漬けの魚や燻製肉、キュウリっぽい何か、その他何かの歯車やらとみんながくれた相談報酬が並んでた。



「さぁさぁ、いらっしゃい」


 私は視線を前に戻すと次の相談者に声をかけた。


「すばっと相談、適当に解決、ここは万相談(よろずそうだん)のエチゴヤ」


 雑多な報酬を指さしながら喧伝する。


「お代はお気持ち次第で結構、ただしどんなに多くても一日の稼ぎ以下にしてね。一杯あっても食えりゃしないよ」


 現物OKにしてるのもあって現金は少ないけど、それでもそこそこの額にはなってる。

 冷やし中華の追加素材もそろったしね。

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