王機起動
『優、シャルから連絡があった。無事、準備整ったって』
お姉さまはそれを聞いて苦笑しました。
対怪獣兵器の王機が使えるようになるのが余りうれしくはなのでしょうか。
「もうちょいで折れた気がするんだけどなぁ、しゃーない、幽子。予定通りで」
『了解』
「さぁ、死んで救われやがれ!」
焔の巨人が信じられない速度で走り込んできて手を振り抜く。
私がフィーに指示して作らせた土の壁を一瞬で焼くと捕まえようと巨大な手を伸ばしてきた。
「エアロバーストッ!」
突如吹き抜けた突風に飛ばされた私は飛んだ先に浮いていたシャルに抱きかかえられた。
衝撃を消しきれなかったのかシャルがシールドを複数張って勢いを止めてくれたが止まり切らず、土の上を転がった時点でやっと止まった。
「にがさねぇ!」
私はスコップを土に突き立ててイメージする。
土から作り上げられた巨大な拳が焔の巨人の顔を殴って転倒させた。
「おねえちゃんっ!」
「大丈夫ですか!」
咲と沙羅が駆け寄ってきた。
どぅやら世界樹の根元まで飛ばされたらしい。
少し離れた場所で閃光が見え地面が揺れる、シャルが視線を引いてくれてるみたいだけどたぶん持たないね。
「何とかね。けどまぁ、さすがに長くは難しいかな。私とシャルで時間稼ぐ。咲、王機ってやつの起動お願いね」
「はいなのです」
こくりと頷いた咲。
そのまま両手を祈るように組むと朗々と唄い始めた。
なるほど、対怪獣用の古代兵器って歌って呼び出すのか。
<深き場所よりいざないて>
咲の歌う童歌が斑に溶けゆく戦地に響きわたる。
ふと視線を上げるとうっすらとした透明な姿の女の子の姿が見えた。
「あんたがエルフっ子のねえちゃんか」
「貴殿がアンドゥ殿でありますな。会えるとは思わなかったであります。ヤエスヴィティニトラーヴァを頼むでありますよ」
<全ての命を産み育つ>
まるで連動するかのように世界樹から緑の光が咲の手元にあつまっていく。
私はその子をじっと見つめると口を開いた。
「いいよ。かわりにあんたもほしい。枝一本頂戴、適当にそこの沙羅に預けておいて」
「それは構わないでありますが、本体が枯れれば枝も枯死するでありますよ」
「それはそれ。どうよ」
「分かったであります」
<光りの下の微睡に>
苦笑したエウリュティリアが近くにあった葉の付いた小さな枝に一本手をかけるとぽきりと折って沙羅に渡した。
沙羅がそれをポシェットにしまったのを確認してから私は再び焔の巨人の前に飛び出した。
<心のまま土へ還れ>
戦場に咲の唄が響く。
心のまま土に還れねぇ、ずいぶんと皮肉が効いた童歌だこと。
「くっそ、何なんだこのうぜぇ唄はっ!」
場所を特定できないのか周囲を見渡した焔の巨人に地面から形成した巨大な左手で殴りを入れる。
「てめぇ! どこに隠れてた!」
木の裏側です、とはあえて言わずに私は煽ることにする。
「あんたには何も見えてないからね。だから一番大切な信仰の核も忘れるのさ」
「ふっざっけんなよ!」
奴が歩いたり手を振りかざした場所は煮え滾ったマグマになり、こっちのスキルでは操作できなくなっている。
時間がたてばたつだけ優位に立ってるのがわかるのか焔の巨人、火浦は後方で飛んでるシャルには目もくれない。
<星の見るその夢に>
「くっそ、うぜぇ、なんなんだこの唄は」
火浦の集中がそがれたところに足の位置を狙い土の塊を使って一撃入れる。
再び転倒したのを見届けてから地面にスコップを突き立てた。
畳みかけるように私は巨大な土の手を土の中から空中に伸びる形で形成、勢いよく作り上げる形成を途中でキャンセル、拳型の巨大な岩石の塊を空中に放り投げた。
<還れぬ者を抱きしめよ>
「グラビティ!」
シャルの声とともに空中の大地の手が加速を伴って焔の巨人の腹部に直撃してそのまま貫いた。
シャルがフローティングボードをつかって私の傍に降り立った。
「即興にしてはうまくきまりましたわね」
「まぁねぇ。でもやっぱ強いわ、奴さん」
<星に還るその祈りもて>
貫いた大地の手をそのまま焼きつくすと焔の巨人は再びのっそりと立ち上がる。
「うぜぇ、うるせぇ、むかつく、死ねっ! 死にやがれ!」
「やっぱ罵倒の語彙が少ないねぇ、少年。もうちょっと長生きした方がよかったんじゃないかね」
「うるせぇ!」
私らに振りかぶってきた焔の巨人の拳、シャルが対応しようとしたその瞬間に地面から飛び出してきた巨大なクジラにばくんと食われたのが見えた。
そのままクジラは大地へと潜る。
「いってぇぇ!! ク、クジラ!? なんでクジラがこんなとこにいるんだ!??」
<穢れを拭え大地の王>
唄の終焉とともにクジラが再び地面から飛び出して空中にとどまった。
そのままどう見てもあり得ない変形を繰り返していく。
形が変わるたびに生物的なデティールが消えメカニカルなデザインになり最終的には焔の巨人より大きい二足歩行のゴーレムへと姿を変えた。
「ロボだこれ」
「はぁ? な、なんなんだこれは!」
火浦だけではなくて私も聞きたい。
そう思った瞬間に視界が揺らぎ風景が切り替わった。
外の風景が見える全方面スクリーンによくわからない文字と光る制御盤、周囲を見渡すと融合状態の私にシャル、咲と手をつないだ沙羅の姿が見える。
「久しぶりの起動ですわね」
「シャル、これどうやって動かすの」
「そこの制御盤の四角いところに龍札を張れば動きますわよ」
これ、トライ専用機かい。
というか青の龍王って本当なにかんがえてたんだか。
『優、あっちが動き始めた!』
「おっと……しゃーない、やるだけやってみますか」
私は胸元にあった龍札をシャルに指示された場所に張り付けた。
すると、各所に光が入り機体の動きが私にわかるようになった。
「ほー」
意識すると王機、ランドホエールの外部と私の意識がつながる。
芸もなく殴りかかってきた焔の巨人の手を右手で受け止める。
一瞬焼けてしまうのではないかと心配したが、さすがにそんなことはなかったらしい。
「お姉さま、現在、相手の能力と状態を解析中です。もうしばらくあしらっていてください」
「了解」
今度は足払い。
面白いように転んだ相手の顔を踏みつける。
『優、あんたってやつは』
「そうはいってもねぇ。気を抜ける相手じゃないし」
『そんなことしたらスカートの中見えるでしょ』
ランドホエールにはスカートはないと思うのだが。
起き上がってきてつかんで焼こうとするけど焼けないものだから泥沼の肉弾戦になり、攻撃方法が極めて小学校の男の子的なもので、なんというかあしらう私の方も大人げなくそれをあしらう近所の女子高生的な変なノリになってきてる。
焔の巨人と古の巨人戦なのだけどね。
『緊張感のかけらもない』
「戦隊ものでも初戦ってこんなもんじゃなかったっけか」
『だったらおわりでいいじゃない』
んー、そうなんだけどねぇ。
爆発四散で終わりでいいならね。
「お姉さま、解析結果が出ました。融合怪獣ファイアーマン。深度五、ですが融合状態が浅いため四強程度の力しか出せてないようです。王機の深度は五なのでこのまま押し切れば勝てます」
「これさ、このままギブアップさせるとどうなるんだろうね」
「おそらく今の状態は龍札を怪獣に飲み込ませたものです。火浦はもう戻れません、怪獣に食いつくされて消えます。そののちに残るのは暴走した火の鳥です」
そうか、超えてしまったか、少年。
「おねえちゃん」
「なに、咲」
「それでもなんとかなりませんか」
「ならないねぇ、大体にしてあの子は無慈悲に他人を殺しすぎた。この世界はゲームじゃない。たとえ助けても報復の連鎖が待ってる。ごめんね、おねえちゃんにはあのトライの少年は助けられんのだわ」
「そう……ですか。わがまま言ってごめんなさい」
咲の言う願いは子供らしい視野の狭い傲慢で行き当たり場ばったりな、その場かぎりの優しさなのかもしれない。
それでも私は姉としてはそういう優しい子は嫌いじゃない。
「さて、じゃぁそろそろあの子に引導渡してやりましょうか、幽子、ランドホエールにも入り込んで。フィー、運動制御宜しく、シャル、適当に合わせて」
『ちょっとまって、ってまってこんなおっきなの動かせないからっ!』
幽子、なんであんたはそう言うニュアンスがエロいのかな。
『ちがうっ、そうじゃないっ!』
「ああ、もうめんどくさいっ! スキル、妹融合、対象ランドホエール!」
「了解しました、お姉さま」
『ふえっ!? このクジラ女の子なの!?』
「しらんがな、私が妹だと定義したら老若男女生死問わずそれは妹なのよ。覚えときなさい」
『めちゃくちゃだよっ!!』
スキル発動にともない私だけでなくフィーもランドホエールに連動してくれているのがわかる。
その結果なのか、ランドホエールの右手に機械でできた巨大なスコップが雷鳴とともに現出した。
それはまるで魔法で生み出された極限のスコップ。
黒い素体に複数の光る緑のライン、一振りするだけで空間を掘り進んでいく不思議な感触。
いうならばこれは『掘削』という概念の幻想兵装。
私はスコップを構えて宣言した。
「幻想顕現、マジカルスコップ!」
「そんな機能はありません」
手元の表示盤を見つめつつ、なんですかこれはとつぶやくシャル。
実現してるんだからしょうがないじゃん。
カーーン、コカーーーン
はじける拳、響くスコップ。
ファイアーマンが防戦するその拳をランドホエールのスコップがじりじりと削っていく。
「やめろっ、やめろよっ!!」
「そういう少年も同じようなこと言った何万という他人の命を奪ってきたじゃない」
ざっくりとスコップが肩をえぐる。
削った部分を放り投げると光となって空中に霧散していく。
「俺は、俺は助けてきたからいいんだ! 死ねば助かるんだ! こんなひどい世界からもっといい世界にいけるんだから俺は悪くない!」
「誰がそんなこといった」
「カリス様だよ」
「そうかい」
左肩から先を掘り込んで削り取る。
「い”だぃーーーーい! なんでだ、なんでこんなことをするっ!!」
「そりゃお前さんを助けるためさ。死ねば助かるんだろう? 少年」
「ちが、そうじゃない、俺が言う助かるってのは焼き死ねれば……」
私はスコップをファイアーマンの目の前に突き付けてた。
「なぁ少年、救済されないと困るのは少年が見殺しにした父親だよね」
「……ちがう」
「お前さんは狂人というには甘すぎるのさね。狂人は救済なんて考えない。少年が狂人というのは周りの評価でしかないんだわね」
「……」
「周りの大人がきちんと教えてくれなかったようだから、しゃーないからお姉ちゃんが言ってあげよう。少年、お前さんのしてきたことは救済でもなんでもない、ただ人を殺して自己弁護してきただけだ」
「ちがうっ!」
「少年は父親を見殺しにした」
「救済したんだ!」
「そして自分を殺したのさ」
「救済だって言ってんだろうがぁ!!」
私は彼の首をマジカルスコップで切り飛ばした。
「その幻想は救えない」
とんだ首が世界樹のシールドにあたり下に落ちる。
残った体の方が光を伴ってさらさらと消えはじめるのが見えた。
次の人生ではいい夢みなよ、少年。
意識を王機の室内に戻すと妹たちが静まり返っていた。
私はふぅとため息をついてから呟いた。
「また助けられなかったよ」
「その……ごめんなさい。おねえちゃん」
「いやぁ、咲のせいじゃない。これだけ力があればモンスターだって妹にできないかとちょっと思ったんだけどねぇ」
『あんたぶれないわね』
「まぁ、ともあれこれで四聖の火浦は撃破できたことですし……」
シャルがそう言いかけたその時、ランドホエールの室内全体に赤い警報メッセージとけたたましい警報音が複数立ち上がった。
『ふぇっ? なにごと』
「まさか……」
私が意識をランドホエールの外に戻したその瞬間、世界樹が音を立てて燃え上がった。
燃え上がる焔の上部には二つの目が光っていた。




