炎上の火浦
「てめぇ、強いな」
そういってにやりと笑う火浦。
私もそれに対応するように微笑みました。
「あなたほどではありませんよ」
「嘘つけ、手抜いてただろ」
私は口元の前に手をかざしてからそれに答えました。
「どうでしょう。魔導であればそこそこ齧っておりますので」
齧っているもなにも体系化したのは小室教室なのですけどね。
私の主目的は時間稼ぎです、こうやって話をしてくれるのであれば願うところでもあります。
ボロボロの布とその下には粗雑な布の服。
ぎらぎらした瞳は何度会っても変わりませんわね、この火浦は。
フードの下からは顔半分を覆う火傷の跡が見えます。
「そうか。あー、メティスがうるさいから一応聞く。我らが唯一神の前に跪け、ならば許してやってもいい。さぁ、刃向え」
そういって歯をむき出しにして笑う人とかそうそういませんわ。
「では、お言葉に……」
「ひぃやぁああああああああ!!!!」
私が答える前に火浦が大地に接触しました。
続いて横一メートルほどの火の柱が直線的に大地を焼きながら私に向かってきたのです。
「フローティングボード」
魔導を発動、燃やされる前に火の高さより高い空中に一旦回避し、そのまま中を滑空して横にスライドしていきます。
この魔導は深度二の割には使い勝手の良いもののひとつで同級生のトライ達から教えてもらった空中浮遊するフライングキックボードという科学ギミックを魔導にて再現したものです。
足元に光るボードは実はエアロシールドの亜種でしかなかったりします。
「あぁ!てめぇもそれ使うのか!」
「当たり前でしょう。汎用魔導ですもの」
「にげるなごらっ!」
そういって火浦が地面に触れるたびにその方向に対して結構な長さで火柱が直進していきます。
火浦のスキルは初見殺しです。
本来であれば接触したものに対して直線的、もしくは覆うように『炎上』ができる、ただそれだけのスキルとも言います。
「アイスジャベリン!」
私の放った魔導が火の隙間を縫って火浦に直撃……はしませんわね。
「あぶねぇじゃねぇかっ」
片手で私のアイスジャベリンを燃やし尽くした火浦が切れています。
「お互い様ですわ」
火浦のスキルの性質の悪さ、それは燃やすものを選ばないことです。
接触さえすれば木や紙はおろか、鉄でも石でも、そう魔法ですらも燃やします。
その意味ではエウリュティリアの結界が普通ではないのです。
恐らく、外に向かって徐々に拡張する結界を薄く多段に張って焼かれるたびに追加しているのでしょう。
火浦のスキルは一時に一つの物しか焼けないので一応はそれで対処できるはずです。
問題はそれを魔導で行った場合にはいくら魔力が有っても足りないということです。
一瞬の隙をついてフローティングボードの上下を反転、地面に手を接触して魔導発動。
「ランドモーフィング!」
火浦が立っている場所の地面を陥没させました。
「うっぜぇぇぇええ!!!」
火浦が火に乗って穴から飛び出てきましたわね。
恐らく落下途中で壁を焼いてそのまま火炎の勢いで飛び出してきたのでしょう。
フローティングボードの上下を戻して石にあてました。
この魔導、接触すると強烈な勢いではじくという特性があり一気に距離を離すことができます。
「非常識ですわね」
「てめぇにゃいわれたくねぇ、つーかなんなんだ、てめぇの魔導の速さは。ロマーニのくそじじいでもここまで早くなかったぞ」
「あら、そうですの」
王として指示をしながらでの魔導ではどうしても制限がつきます。
先ほど殴り倒したカリス教の兵士たちは、出来るだけ焼けてない森の方に弾いておきました。
見たことがある顔もいくつかありましたし。
こういう使い捨ての兵卒ほど元ロマーニ王国民が多いのでしょうね。
とはいえ、火浦の炎上に巻き込まれたら運がなかったとしか言いようがありません。
ですので、こちらとしては今回は好きなだけ魔導を使えます。
そういえば先ほど最後に殴り倒した馬鹿は放置してましたわね。
まぁ、目が覚めたら自分で逃げるでしょう。
「ならこれはいかがですか」
体内の魔導回路を多段起動。
「マルチアイスジャベリン」
五本の氷の槍が火浦に向かい、接触して焼こうとした火浦の手をするりとよけました。
「にげんなっ!」
始めてみたでしょうに動揺せずに対応してくるところがすごいですわね。
そうこうしているうちにアイスジャベリンのうち一本が火浦の腕に刺さりました。
「いってぇ!」
そういって火浦が氷の槍をつかむと氷の槍は一瞬にして燃え上がりました。
その下の腕は……焼いて傷をふさいだのですか。
相変わらずですこと。
「ち、うごかねぇ」
火浦は腰元についている道具入れから何か丸いものを取り出すと自分の腕にぶつけました。
砕けると同時に淡い緑の光を発していますわね、傷が治っていくのが見えます。
「それは?」
多少慌てたふりをした私に対して火浦がにやついた笑いとともに口を開きます。
「ラストエリクサーもしらねぇのか」
ラストエリクサー、それはトライ達の言うところの万能治療薬。
カリス教が短期間で信仰を広めた主因でもあります。
「それが話に聞くラストエリクサーですか」
そしてラストエリクサーなどというものは、本来この世界には存在しません。
私はあれの正体を知っています。
今はああいう形で小さな透明な入れ物にいれているのですね。
「さぁ、続きをしようぜ」
「お手柔らかに」
万能な治療薬など世に存在しません。
ですが厄介であることも確か、ならば姉が来る前にあれだけでも何とかしておきましょう。
どこにしまっているのかは把握しましたので、ここからは位階を上げていきましょうか。
「おっせぇ!」
火浦がけった石が炎上し私に向かってきました。
「エアロシールド」
シールドを張りつつ全力で跳ねると私が今までいたところに火柱がたちました。
「ち、なんでわかった」
「さぁ、なんででしょう」
答えは見たことがあるからなのですけどね。
受け答えしつつエアロシールドの術式をフローティングボードに強制転換、下方斜め下に向けたボードに飛び乗って空に駆け上がりました。
「ちょこまか逃げやがって」
流石の火浦も空気は燃やせませんからね。
地面の中を燃える範囲を限定して焼きながら進み足元から火柱を噴き上げるという大道芸さながらの技は使いますが。
今もこうして私を打ち落とそうと火柱を繰り返しています。
「よけんなっ!」
「よけますわ、よっと」
そうして五分ほど単調な作業をお互い繰り返しました。
ちらりと火の鳥を見た火浦、呼びますか。
「うぜって言ってんだ!」
極大の火の塊が飛んできましたが、かわすのは……
「爆裂っ!」
「なっ!」
激痛と衝撃で視界が……
とっさに背後にエアロシールドを張らなければ……死んでいましたわね。
目の前に見えるのは火浦の足、ですわね。
私はつい口元が少し引きあがるのをとめられませんでした。
「なに笑ってんだ、おいっ」
「げぼっ」
腹部に蹴り入れられた攻撃、これは厳しいですね。
女性体というのはこういう時に本当に厳しい。
「な、にを……」
「あー、しりたいかぁ? なら教えてやんよ。おれのスキル炎上は何でも燃やせる。石でも鉄でもな。そして焼く場所も決められる。石の中と外の上っ面だけとかな。そうやって飛ばすと後から爆裂すんだ。どうだ、すげぇだろ!」
とうとうと語る火浦、子供ですか。
その説明、かなり間違っているのですが……。
本人も理解しきっていないんでしょうね。
おそらくですが単純に説明すると内部だけ炎上させ高密度の気化状態を編み出し、そこに外部から亀裂を入れることで炸裂させているのでしょう。
「やっと、捕まえたぜ。さぁ、さんざやってくれた礼にどこから焼いてやろうか」
炎上の火浦、こうして間近で見たのは初めてですが、ずいぶんと悲しい目をしていますね。
表情と目がかみ合っていません、何が彼をこうしてしまったのか。
「なんだてめぇ、命乞いしねぇのかよ」
「しません、げほっ、わよ。だって捕まえましたもの」
「あぁ?」
魔導発動。
「がっ!」
目の前の地面が陥没、火浦の体が折れ曲がっているのが見えます。
十五秒後に魔導が自動停止、火浦が沈んだ場所から淡い緑色の光が見えます。
拡大魔導で確認した火浦のもつラストエリクサーは二つ、これで使い切りましたわね。
光が収まると再び火をともなって穴から飛び出してきました。
「てめぇ!」
「これでも死なないというあたり大概ですわね、四聖は」
「何しやがった」
「深度四魔導、グラビティですわ」
呆けた表情をする火浦。
「まじか、マジでか」
弟子の中でも深度四を使いこなせた子はほんの一握りでした。
会話しながら裏で発動した治癒魔導が少しずつ癒してくれていますが、ラストエリクサーを使った火浦ほどは回復できませんね。
足の骨が複数折れていてしばらくはまともに動けそうにありません。
「それはロマーニのくそじじぃの技だったはずだ。てめぇはいったい」
これは本当に危険なので弟子達には教えませんでしたからね。
「私はシャル・アンドゥ・シス・ロマーニ。魔導を継いだ妹ですわ」
私の応答を聞いた火浦が手を顔に当ててうつむいていますわね。
肩が揺れてるあたり笑っているのでしょうか。
「もうめんどくせぇ!」
顔を上げると大きく声を張り上げました。
「みぃくーーーーーーーーーーん!!」
木の傍に張り付いて眠りこけていた火の鳥が火浦の声に反応し起き上がると咆哮を上げました。
ピヒャーーーー
鳴き声は可愛いのですけどね、あの鳥。
一気に空に飛びあがると火浦の後ろに滑空、そのまま私の方に突っ込んできます。
あの鳥の灼熱は大地を広範囲に溶かせます、これはさすがにダメかもしれません。
回避力を上げるため魔導で体の処理時間を引き延ばしているのもあって時間がゆっくり流れるのも善し悪しですわね。
私の為すべき事は時間稼ぎの後、霊樹からあの鳥を引きはがす、そしてラストエリクサーを使い切らせることでした。
どちらにせよ宇宙怪獣と魔導、今時点の持ち札では勝ち筋はありません。
それにしても恐ろしいという感情もさることながら、奇麗なものですわね、火というのは。
そっと目を閉じるとついいろんなことを思い出します。
これがテラで言うとこの走馬燈という奴でしょうか。
教師によって爆破された学園、宙を舞う同級生と学級崩壊(物理)、闇鍋パーティ、覗き、廊下でのバケツ反省会。
何故でしょう、ろくな思い出がないような気がするのですが。
科学世界テラでは人は火を使うことで獣より離脱し進化したそうです。
火は文明の象徴、使うは人の証。
私はトライが語るテラの文化、科学技術に惹かれ、それを魔導の形に応用してきました。
人種であれば人生五十年前後、十代で病死や獣の餌食になることも珍しくないこの世界でこれだけ生きれば十分です。
あの日、小さなあばら屋で異界の姉がくれた命。
使いどころとしては悪くなかったのではないでしょうか。
ただ、そうですわね。
惜しむらくはあの子たちの行く末をもう少し見たかったものです。
「あとは任せましたわよ、お姉さま」
爆音とともに意識が……
……消えませんわね。
目を開けると眼前にそびえたつは高さ五十メートルはあろうかという土の壁。
振り返ったその姿はフィーリアのものですが、例によって龍札のついたフリルの多い服を着ていますわね。
「お待たせ、マイシスター」
「遅いですわよ、お姉さま」