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シスタークエスト レベルは上がりませんが妹は増えます  作者: 幻月さくや
第六章 虚構竜宮編 それはひとつまみの奇跡
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それはひとつまみの奇跡

「あいたたたたっ……やー、えらい目にあった」


 ()()が上半身を起こすと傍にいた四足に長めの鼻、二本の尾をもつ獣が顔を向けてくる。


「バッハもお疲れ。よっこらせっと……あー、全身(ほこり)まみれだわ」


 そういって立ち上がった彼女は払える範囲の汚れを手で払い落していく。

 どれだけの時間がたったのか、日差しは朝の時間をとうに過ぎ昼に差し掛かろうとしていた。


「やばっ、今日の分さっさと洗わないと」


 そういいながら誰が置いたのかもわかない多数の洗濯物を空いてる洗濯機へと突っ込んでは稼働させていく。

 しばらく洗濯を続けていた彼女は器用に洗濯物を運んでくるバッハを背にしたまま独り言を続ける。


「それにしても()()()の姿まで見れるとは思わなかったなぁ」


 白髪ロリっ子と手をつないでいたダークグレイの髪に赤い瞳をもちワンピースに身を包んだ少女の姿を思い出した彼女は小さく笑みを浮かべた。


「あの子には『不死(ふし)』なんてもん押し付けちゃったからさ、それに」


 洗濯をする手が止まった彼女をバッハが見上げる。


(ゆう)に会えて私は嬉しかったよ、ディアナ」


 独り言をぶつぶつという彼女の言葉にわずかばかり口調の変わった本人がそれにこたえる。


「まーねー。さすがに疲れて寝てるけどヘカテーもそうだと思うよ」

「だといいな」


 傍から見ると自分の独り言に自分で答えるただの不審者だがそれを突っ込む者もここにはいない。

 ここに優がいたならば「ははっ、そういやヘカテーは三面を持った女神だったね」という解説を入れたかもしれない。


「あー、楽しかった。次は何年後かな」


 洗濯物を手際よく投入しながら独り言を口にする彼女に無言で追加を押し付けていくバッハ。


「はいはい、わかったわかった。ちゃんとお洗濯しますよ……っと」


 何気なく洗濯物の一つを広げた彼女の目の前には大きなシミが目に入った。

 それはまるで二足歩行の巨大な生物のような不思議な形をした汚れ。


「おっと……こりゃまたずいぶんと変わった相手を倒したこと。深海王(しんかいおう)張り切ってるなぁ」


 そのまま洗濯機に投入して長めの洗濯時間をセットした彼女はずぼらな性格が出たのか後ろのバッハ相手に手を伸ばす。


「適当でいいから手に乗せちゃって、ぱぱっと洗濯してくから」


 そういって手を上下に動かす彼女の手の上にメタリックな輝きを持った何か小さなものが乗せられた。


「さて次の洗い物は……」


 目の前に運んだ手の上に乗った青みがかったシルバーの色をしたミスリルのひよこと彼女の視線があった。

 小首をかしげてぴよっと鳴いたそれを持ったまま後ろに控えるバッハの向きに方向転換した彼女はそのままにバッハに詰め寄った。


「なんでこれがいるの?」


 珍しく慌ててる階層主とつぶらなひよこの視線を一身に浴びた雷獣は少しだけ口を開いてからすぐに閉じた。


「えっ、例の反射で死んだ部分がついてきたって? いや、そりゃそうなるのはわかるけど……ちょっとまって、バッハ。死んだ部分って言った?」


 さらに問い詰める彼女にバッハが顔を横に向けて視線をそらした。


「打ち上げられた部分がどうなったかは……やっぱわかんないわけか」


 あっちゃーっと額に手を当てた彼女はバッハの頭の上にミスリルのひよこを置いて部屋へと歩き出した。


「ディに連絡くらいは入れとかないと」


 後ろをついてくる黄色とメタリックの獣を振り返った彼女が続けてこう言った。


()の赤の龍王はディなんだからあとは何とかするでしょ」


 そういいながら部屋に入っていった彼女が電話のようなものでだれかと話をしている声が外に聞こえた。


「おまたせー」


 部屋の中からパンの入ったバスケットを持ってきた彼女はあからさまに硬そうなパンを一つ掲げながらにかっと笑った。


「とりあえずこれでも食べよっか。その子とも話してみたいし」


 頭の上にミスリルのひよこを乗せた雷獣は彼女の言葉には特に反応せずそのまま上に顔を向ける。

 そこにはどこまでも広がる青い空が広がっていた。


「あー、いい天気だわね。生きてるって気がするわー」


 突っ込み不在の恐怖が支配する洗濯階層。

 新しくなかまにはいったひよこが何も考えてない目で小さく鳴いた。


「そういや優に言うなっていうから言わんかったけどさ」


 しゃがみ込みながらバスケットを横に置いた彼女の傍にバッハが座る。


「どこまでが想定内だったのよ、バッハ的には?」


 問うた彼女をちらりと見たバッハが小さく口を開いてすぐに閉じた。


「あははっ、やっぱそーだよねー。えっ、馬鹿は死んでも直らないって?」


 小さくちぎったパンをひよこに与えた彼女がにべもないバッハの返答に苦笑する。


「あの子たち、この先うまくいくかなー」


 取り分けられたバンを飲み込んだバッハが再び口を開いた。


「だめなら死ぬしかないなってちょっと冷たいんじゃない?」


 彼女の返しにバッハは何も言わない。


「まぁ、なるようになるか。さてと、お洗濯続けますか」


 洗濯機が回る青空の下、彼女は洗濯に励む。

 その意味を知るものは世界の中でも一握りもいない。

 そしていつもより多い洗濯物を見渡した彼女が小さくため息をついた。


「なんか今日はいつもより多くない?」


 どことなくあきれた様子のバッハ。


「え……そんだけ世界を壊したから?……あー、うん」


 一瞬だけ下を向いた彼女は再び両手を上にあげて大きく宣言をした。


「今日も頑張っていこーっ!」


 彼女の洗濯場には今日も大量の洗濯物があふれていた。


     *


 システィリアで最初に作った食事処、ククノチ。

 その隣には大きな木が一本立っている。

 これまではあまり人の来ないスポットだったそこに石造りの門が開いた状態で増えていた。


「おねえちゃん、早くいきましょうっ!」


 変わらぬ乗りで私の手を引く月音(つきね)

 その反対側の手をつかんだ(さき)が小さくつぶやいた。


「お姉ちゃん。結局、あの方たちは見つからなかったのです」

「せやね」


 あの後、ねーちゃん以前に四十九層(あのばしょ)そのものがなくなっていた。

 管理権限を持った花鈴(かりん)とアカリが調べたけどバッハとねーちゃんがいた痕跡からしてすっぱりと消えていたそうだ。

 例の小舟での移動ルートも上下をつなぐ階段も完全に無くなっていたあたり、もともとそういう作りだったんだろうなとしか言いようがない。

 月音に手を引かれながら私と咲も扉を通り抜けた。


「うわぁ……」


 そこには以前目にした和風の墓場の姿はすでになく、巨大な立体駐車場のような建造物の隣にアカリたちが作ったスーパーカヤノ墓場迷宮店と月の湯墓場迷宮店、それと町工場風のアカリの工房が並んでいた。

 カヤノの前には椅子に座ったアカリがいて透明な操作盤をいじっているのが見える。

 その横では野生のかけらも見当たらない魔王にして猫のツチノコが腹を上に向けて寝ていた。


「アカリ、ちょっといいかね」


 私が声をかけると銀髪緑眼と豊かな胸を持った妹が顔を上げた。


「なんですか?」

「あれ、何よ?」


 私が指さした入り口近くに墓が見える謎の建造物。

 ふふんっと鼻を鳴らしたアカリの胸が無駄に揺れる。


立体収納墓(りったいしゅうのうぼ)です。入口のとこに置いた操作盤に墓の名前とか情報を入れると対応した墓が出てきます」


 ははっ、お墓を機械式立体駐車場みたいなパレット単位での呼び出しにしたんかい、この子は。

 永代供養墓に自動搬送式はあるけどこういうのじゃないし。


「あれ、開くと階段あるよね?」

「ありますよ。空間繋いでるだけなのであれで十分です」


 わくわくした目でその建造物を見ている月音に対して少し引き気味の咲が小さく口を開いた。


「あの……」

「なんですか?」

「バチ……あたりませんか?」


 青の龍王(りゅうおう)(さき)ちゃんがそれを言うと変な説得力があるわな。


「最初は私も気が引けたんですけどシャル姉が合理的ですわねっていうのでそのまま規模を増やしてって今こんな感じです」


 シャルが(ひがし)大魔王(だいまおう)とか呼ばれた理由の一端が垣間見える一幕だわね。


「まぁいいや。そろそろカコが起きるって話だから私ら行くけどアカリはどうするよ?」

「私は仕事が終わってから見に行きます」


 そういうアカリの後方では無事に全快したリーシャと沙羅(さら)が出現しては消えていくコンテナの荷物の出し入れに奔走していた。


「いや、悪いね」

「ほんとだよっ! 誰のせいで忙しくなったと思ってんだ」


 うん、システィリアに育成迷宮(ダンジョン)をつなぐことがここまで大変だとは思わなかったんだ。


「ごめんよ」


 プイっと横を向いたアカリ。


「もう、慣れたんでいいですけど」


 そのままアカリの頭をなでると空いていた方の手で振り払われた。


「うっとおしいんでさっさと行っちゃってください」

「はいよ」


 私たちが立体収納墓に足を向けようとしたその時、私の服の(すそ)をアカリがついっとつかんだ。


「あの」

「なによ」


 視線はそらしたままのアカリがちょっとだけ頬を染めた状態で私を見上げた。


「シャル姉のこと、ありがとうございました」

「あー、まぁ、行き当たりばったりだったけどね」


 今のところシャルが私たちから離れる気配はなくなっている。

 多分、あのオルゴノールが欲しかったんだろうな。

 そのシャルは現地で花鈴たちと一緒に私たちが着くのを待っているはずだ。


「私たちだけじゃあの人は止められませんでした」

「シャルは頑固だからね」


 今の状態もどこまで持つか。


「そういやあのオルゴノールってさ、どこまでできんの?」


 ふいに話を変えた私にアカリが戸惑った表情を見せる。


「どこまでっていわれても私にはわかんないですよ」

「そりゃそーか」


 相槌を打った私を見ていたアカリがさらに頬を染めて視線を横にそらした。


「ただまぁ……ステファ姉が()()されたのがあの装置だってのはわかってます」

「おうふっ」


 ははっ、ステファの両親ってどっちも()なんだよなぁ。

 アレがあると同性同士で子供が作れるんか。


「ロマーニというかさ」

「はい」


 視線を戻してこないアカリに私が言葉を続ける。


「ソータ師匠とシャルがやりすぎなんだよ。社会制度とかモラルとか倫理とか根こそぎぶっちぎったもんつくって運用してんじゃん」

「だから『鬼畜赤眼鏡(きちくあかめがね)』とか『(ひがし)大魔王(だいまおう)』とか呼ばれてたんですよ、あの二人」


 ははっ、そりゃ言われるわな。

 あと私がソータ師匠につけたあだ名が広まってて笑う。


「あの……そろそろ行かないと」


 私の手を握った咲が遠慮がちに催促してきたのでそろそろ行くとしますか。

 月音にいたってはいつの間にか立体収納墓でなんか遊んでるし。


「おねえちゃん、このお墓、なんか豪華(ごーじゃす)ですよっ!」

「月音が()きてるから行くわ、そんじゃ後でね、アカリ」

「はい」


     *


 オルゴノールが鎮座するその部屋にはシャルと花鈴だけではなくレオナに月影(つきかげ)、それにクラリスと幽子(ゆうこ)が待っていた。


「お待たせ。もうちょっと呼んでもよかったんちゃうかね」

「いえ。そもこの部屋自体があまり広くありませんので。今回は関連があるものに限定しております」


 レオナはともかく月影って直接の縁あったかなと思って視線を向けるとタキシード柄の猫(つきかげ)が澄んだ瞳で見つめてきた。

 まぁ、今回の功労者だしいっか。


「なるほど」


 クラリスと幽子はドラティリアに行ったときに何かあったってあたりかな。


「そんで、どんな感じよ」

「身体、および魂魄(こんぱく)修繕(リペア)は終わっています。養液(ようえき)の排出と同時に覚醒(かくせい)が始まります」


 横を見ると真剣な眼差しでシリンダーを見つめる(さき)と視線を下に向けた状態の花鈴(かりん)の姿が見えた。


「記憶は?」

「咲と同居していた頃のものであれば復元しています。その他の記憶は厳しいですわね」


 たしか脳の九割を作り直した状態だったっけか。

 つーてもこのメンツで忖度(そんたく)なしに聞けるのって私くらいだろうしなぁ。


「シャル、この子を起こす前に確認したいんだけど」

「はい」

「花鈴との思い出がちょっとでも戻る可能性ってどんくらいと読んでる?」


 横で鈴が小さくチリンとなった。


大脳(だいのう)に残った情報を移植されたMP(ムーンピース)からの逆転写(ぎゃくてんしゃ)がどこまで引き出せるかによります」


 一呼吸置いた後でシャルが言葉を続ける。


「最大で十六.七パーセント、それがオルゴノールが出した確率です」


 サイコロを振って一が出るくらいの確立か。

 さて、どうするかね。


「花鈴」

「……なんや?」


 ようやく顔を上げた花鈴だが未だカコの方を見ようとはしない。


「今から起こすけどいいかね?」

「……うん」


 小さくうなづいた花鈴の鈴が小さく()った。


「思い出せないかもしれないし覚えていても今の花鈴がそうだとは認知できないかもしれない」


 容姿は変えてないけど髪の色や目の色とかいじってるしね。


「せやな」


 一呼吸の後で私は花鈴に問いかける。


「いいかね?」

「ええよ、覚悟はできとる」


 私がシャルの方を向いてうなづくとシャルが手元の操作盤に触れた。

 やがてシリンダーに詰まっていた液体が抜けていく。


「げほっ、がはっ……」


 中の少女が肺の中の液体を吐き出しながらゆっくりと顔を上げ目を開いた。

 咲と同じ透き通るような深い藍色(あいいろ)の瞳。

 花鈴とおそろいの鈴は液体に濡れ今は音を立てない。

 周囲を見渡したカコの視線が咲にとまった。


「キサ?」


 キサ、それは(さき)の本来の名前だ。

 咲は偽名だからね。


「はい、なのです」


 私の手をつかんだままの咲の目から涙がこぼれていく。


「おはよ」

「はい、おはよう、なのですよ」


 震える咲の手を握ったまま私はカコを観察する。

 咲を見て安堵したカコの視線が私たちを順に追っていき、やがて横にいる花鈴の位置でとまった。

 少しの沈黙の後、私は花鈴に声をかけた。


「花鈴」

「わかっとる」


 小さく音を立てた花鈴の鈴を見たカコが小さく首を傾げた。

 なるほど。

 座敷童(ざしきわらし)とその守護獣(しゅごじゅう)伊達(だて)じゃないってか。


「おつかれ」


 私がそういうと月影(つきかげ)が珍しくにゃっと鳴いた。

 だからシャルはこの子たちもこの場に呼んだんだな。


「なんか赤い?」


 カコの声が自分に向けられたことにびくっと反応した花鈴。


「わかってたんや」


 花鈴がゆっくりと頭を上げていく。


「うちのカコはもう……」


 そして二人の視線が絡み合う。

 花鈴の表情がみるみる変わっていくのが見ていなくても分かった。

 失われた女の子をめぐる物語。

 その最後にちょっとだけ足されたスパイスがある。


「おはよ」


 それはひとつまみの奇跡(きせき)


「かっちゃん」


 跳ねるようにシリンダーの中へ駆けあがってカコに抱きついた花鈴。

 二人の髪についた二つの鈴が小さく音を立てた。

 夜空にきらめく星のように数多(あまた)の物語はあるけど私たちの物語はいつもハッピーエンドとは限らない。

 それでもできる範囲でやれることはやってきたつもりだ。

 だからさ、奇妙(きみょう)()み上げる奇積(きせき)じゃない奇跡(きせき)がたまにあってもいいと思うんよ。


「ただいま」


 これは姉妹が幸せになるまでのお話だ。

 そして私からの二人に送る言葉は決まってる。


「カコ、全裸のままだけどいいんかね」

「雰囲気がだいなしだよっ!?」


 幽子の突っ込みと同時にカコが小さくくしゃみした。

これにて六章終了です。


ここまでご覧いただきありがとうございます。

次回、シスタークエスト最終話。

妹たちのエンドロールとなります。


最後までお楽しみいただければ幸いです。

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