竜宮百合女房
水平線に沈んでいく日の光が周囲一面を茜色へと染め上げる。
<いたずらを見破られた殿さまは嫁ともども賢い娘も自分のものにしたくなってこう言いました>
「あははっ、ほんと面白い子をそろえたね、優」
私だけの力じゃないんだけどね。
つーかここまで命がけの茶番劇とか私も初めてなんだわ。
「何考えてるか大体わかるけどさ、こういうのは」
『起動完了です。シャル姉、そっちでも補足できてますか』
『ええ。SGM-07の部位とオルゴノールがつながりました。到着後、あれを使うのですね』
『あの幻獣相手で他に勝てる手ないでしょ』
『そうでしょうね』
シャルたちの魔導は幻獣こと幻想怪獣を天敵としてる。
それに勝てる手段があるとすれば……
「覚悟っ!」
「あわせるっすよっ!」
しゃべるねーちゃんに双剣を突き込んだレオナとマジカで突貫した吉乃。
ねーちゃんに届く前に立ちふさがったバッハがレオナの剣を咥えてそのまま振り回しマジカにあてたうえで跳ね飛ばした。
「イノシシみたいな突貫するんやないっ!」
チリンという音とともに姿勢がたてなおったレオナとマジカ。
「そんで弱点はかわらないわけだよねっとっ!」
手に持った鞭を月音めがけて振ったねーちゃんの視線の先にいた月音がすっと掻き消えると同時にねーちゃんの腹に月音のこぶしが突き刺さる。
「ぐはっ」
大きく空へと跳ね上げられたねーちゃんはくるりと回ると下に瞬間で移動してきたバッハの背に乗った。
そして口元に流れていた血を指でぬぐう。
「エアログローブ、シャルおねえちゃんに教えてもらいました」
最愛の妹の姿をする月音に殴られてなお楽しそうな表情で月音と私らを見つめるねーちゃん。
『アキラがやっていたタレントの混成を教えました』
そんなシャルの言葉に合わせるかのようにシャドーボクシングする月音。
「次来たら伝説のカウンターが火を噴きますっ!」
よくわからんけど楽しそうやね。
「ほんっと飽きないね、あんたら相手は」
<「では次は百人の男女を集めて踊らせろ」>
「弱いけどさっ!」
ねーちゃんが月音めがけて神銃を撃ったその瞬間、ステファがすっと割り込んだ。
「カウンターッ!」
「あいたっ、ってあれ」
ねーちゃんが見たその位置にはすでにステファはいない。
肉薄してカウンター入れた後、マリーの時間停止あたりで離脱したんだな。
こういう使い方もできるわけか。
あの二人はほんとそつがない。
『これから階層を移動してそっちに向かいます』
『チップによる妹召喚ができない以上しかたありませんわね』
『こいつの深度が高すぎますからね』
王機の深度は五。
それに対して私の妹召喚はそこまでの深度はない。
システィリアに奉納した私の龍札のスキル数も五には届かない。
ただし、それは他の妹たちの能力を加味しない場合の話だ。
「月影先生っ!」
レオナの声に応ずるかのように各種部位を保護しているアーマーがきらりと光った。
<嫁が鈴を三度鳴らすとどこからともなく百人の男女が現れ出て、笛や太鼓でにぎやかに踊り始めます>
『えっ、ちょ!? シャル姉、今の変化見てました?』
『これは……機体の認証コードがSGM-01に切り替わっている。月影のコードですわね』
『これならいけるっ!』
月影が何かしたんだな。
「なんだ時間切れ狙い?」
沈みゆく夕日を背にねーちゃんがちょっとだけさみしそうにため息を漏らした。
<「飽きたな。次は見たこともないような巨大なものを出してみろ」>
『念のためチップも取り付けます』
「ならこっちから行こうかな、バッハっ!」
ねーちゃんの声とともに走り出したバッハがマジカの目の前で急停止する。
そしてゼロ距離で向けられたねーちゃんの神銃の銃口から放たれた光弾がマジカを吹き飛ばす。
宙に舞い上がったマジカをさらに狙い撃つねーちゃんの光弾が激しく揺らす。
「『閃光』!」
横か飛び込んだレオナの双剣をねーちゃんの鞭がしなやかに受ける。
さらにもう片方の手に持った神銃から打ち出される光弾がマジカに直撃する。
「何でもええから助けてやっ!」
マジカの表示に赤い色の警報が複数上がる中、花鈴の声と鈴が鳴り響く。
チリンッ
「えっ!?」
ふいに出現した巨大な構造物の窓から顔を出していたアカリ。
同時に聞こえたパンっという柏手の音とともに一瞬でアカリの姿勢と表情が変わった。
これはマリーがアカリを対象にして時を止めたのか。
「マルチエアロバーストっ!」
アカリが魔導を発動。
マジカの下から上昇する突風を複数発生させた。
それにより落下の威力は軽減したが完全には消しきれず、ドカッという音と衝撃を伴ってマジカが地面に着地した。
「いったたたたっす」
「うち……一体何を呼んだんや?」
マジカの表示がアカリが乗る蒸気機関車を模した王機の右手を拡大表示した。
「あははっ、やっぱそれ使ってくるか。でもさー、それだけじゃ私らには勝てないよ」
<調子にのってまた無理難題をふっかけてきた殿さま>
大きな口を叩くねーちゃんに対してバッハの方は何か感じるものがあるのかねーちゃんを乗せたままじりじりと後ずさる。
「せやろな。ねーさんテラの超合金より硬いんよ」
超合金と比較された姉がそこにいる件について。
そして王機の右手で勝てないと断定された時点で墓の下にいたねーちゃんことヘカテーの正体が大体わかった。
王機を深度で上回る可能性があるのはこの世界だと怪獣か超越か七星神、もしくは龍王くらいだからね。
「なにか策はあるでござるか」
『ええ。発動までの時間をお願いします』
「承知、『電光石火』!」
シャルとの短い会話の後、神技を使ってねーちゃんに肉薄したレオナがそのまま手数を使う形でねーちゃんの両手をひきつける。
そのねーちゃんを乗せたバッハはレオナには目もくれずに出現した機関車と私たちの方をじっと見ていた。
『アカリ、詠唱は私の方でやります。マジカとそれの連結と発動を任せます』
『え、準備はいいですけど発動もですか』
『あなたならできます』
『……はい』
『補助はします、相手の隙は一瞬でしょうから思い切ってお使いなさい』
『了解です』
連結とは何ぞと思っているとアカリの乗っている機関車がバックする形でゆっくりと移動し始めた。
その向かってくる方向は半ば床にめり込んだ形の私たちのマジカ。
『我、月華王、星空王、虚構王に願う』
シャルの詠唱が通信越しに響き渡る。
「なにするきや?」
『細かく説明してる時間はないです。やればアレが倒せます』
通信越しに聞こえるアカリの声を聴いた花鈴の鈴が小さく音を立てた。
「ほんまやな」
『はい』
<「ほんまによろしいんやろか。うち、どうなっても知らへんよ」>
「起きるっすよ、マジカ」
吉乃がマジカに語り掛ける中、通信を介してシャルの詠唱が聞こえてくる。
『フロイトの見つめる地平の彼方、イドの中よりティリアは覗く』
必死に姿勢を立て直そうとする吉乃の後ろで花鈴がアカリに指示を仰ぐ。
「どないしたらええ?」
『花鈴の足元、操作盤の横の方に三角の形の紐についた奴があると思うんですが』
アカリの説明を着た花鈴が背を丸めて足元を探し始める。
「あった、これやな。これをどないすればええ?」
『まずその上にあるレバーを縦に引いて安全装置を解除します』
そのままの姿勢で探っていた花鈴の背がびくっと震えた。
『エゴを創るは月華王、その導きは時超えて』
シャルの詠唱内容、面白いな。
事実がどうなってるかは知らんけど少なくともそういう解釈をした人がいるってわけね。
この説明が事実だとすると月影が未来を見てるというねーちゃんの説明にも補強ができるわけだ。
マジカの映す映像内ではレオナに加えて肉弾戦まで始めた月音も加わり、二人がかりでねーちゃんがこちらに来るのを押しとどめていた。
「……ほんま大丈夫なんやろうな?」
数秒の間の後でアカリの声が届く。
『それを動かすのは初めてですね。動力源は幽子姉のスキルをシャル姉が魔導化してくれたやつです』
さらに畳みかけるように聞こえたアカリの不穏な言葉に花鈴が震える。
ゆっくりと移動してきていた機関車はいつしかマジカのすぐ前まで近づいていた。
「あんたらを信じるで?」
『はい』
私の見えない足元で何かが動いた音がした。
『ユングが繋ぐはアカシック』
シャルの詠唱はさらに続く。
「次にその三角の奴を一気に引き抜くくらいのつもりで引っ張ってください」
「ぐぅ……ひっ、引っ張っとるんやが……」
あー、そういや非力だったな、この子。
『夢見る記憶を語り継ぐ』
しゃーない。
私は上半身をまげて花鈴の傍に寄せると花鈴が掴んでいる三角のそれを花鈴の手ごと掴んだ。
その上にさらにもう一つ手が重ねられる。
「マジカは立て直したんで自分も手伝うっすよ」
「ほんまにありがと。そんじゃせーのっ!」
三人で思いっきり引っ張った三角の先の紐がピンと張ると同時に、地底から響くような重い振動と何かが回転するような音が聞こえた。
『幾星霜の星々と』
同時にマジカのコックピット内の魔導回路が一斉に光り正面には『過出力制限中』という文字がルビ付きで大きく表示された。
「な、なんっすか」
「何が起きとんのや」
『細かい説明は後、接続しますっ!』
驚く私らをしり目に正面まで来ていた機関車とその後ろの位置となったマジカが鈍い音と振動を伴なって接続された。
<それでも折れない殿さまに呆れた嫁が三度鈴を鳴らします>
マジカの表示が機関車より前のものに切り替わり『時空消滅型縮退炉・低位稼働中』の文字が表示された。
『ふ、ふえっ!? しゅ、縮退炉っ!?』
「まじでなんなん、これ?」
『幽子姉の時空消滅魔法をシャル姉が魔導化してくれたんで魔導機に応用してエネルギーを起こしてます』
『え、ま、まって魔導ができるってことは地球の人類、縮退炉完成させたの? まじでっ!? いつ!?』
興奮に言葉をまくしたてる幽子に少し困った様子のアカリが答えた。
『わかりません。シャル姉が知ってたということは私たちの生きてたより未来だとは思います』
『そりゃそうだよっ!?』
まぁ、私らの時代は原子力はあっても縮退炉はなかったわな。
『心は原初に焦がれてる』
表示の中、俯瞰視点が右下に小さく表示される。
その映像の中、マジカに追加されていた謎の円柱が光を放ちながら高速回転しているのが見えた。
『魔導砲発射準備、前方部展開開始』
アカリの声とともに機関車の正面部分が大きく開いていく。
『幻想は今、座を離れ』
それはまるで筒のような……というか銃そのものか、これ。
この機関車、王機を素材にしたでっかい神銃なんだな。
『虚構の先のテラへと還る』
シャルの詠唱が止まりマジカの中の光もさらにいっそう輝きを増してゆく。
『深度四月魔導メイザーカノン、装填完了』
レオナと月音が大きく左右に跳ねる。
中央に残されたねーちゃんとバッハが動こうとしたその瞬間
パンっという柏手の音が雪原に響いた。
連結された機関車とマジカを含む私たち以外のすべての時が止まる。
やがてマジカの照準がねーちゃんたちをロックした。
『発射っ!』
迷いなく打たれた眩い光がねーちゃんとバッハを貫いて水平線の彼方へと消えていく。
そして、再び時は動き出す。
<すると海から大蛇が出てきて殿様もろとも家来たちを飲み込んでしまいました>
マジカに追加され轟音を立てていた縮退炉がガクンという音とともに急停止した。
『やっぱ緊急用の安全装置が動きましたね』
『ええ、理論通りです』
眩い光が収まるとそこにはバッハの姿は見当たらず衣服がボロボロになったねーちゃんだけがたたずんでいた。
「あははっ、まじでかー。バッハがやられるとは思わなかったわ」
<「だからどうなっても知らんいうたのに」>
沈み切った日の光が消える中、シャルの声がマジカのスピーカーを通して響く。
『メイザーカノンは私の弟子が宇宙怪獣戦を想定して組んだ対幻想怪獣用魔導です』
幻想を倒す魔導か。
『アレがいなければあなたは地表には残れないでしょう』
「あはは、そりゃそーだ」
日が沈み、急速に暗くなっていく周囲の景色の中、全身が金色の光とともに淡く散り始めたねーちゃんが私らを見ながらにやっと笑った。
「いつまでも妹だと思ってたんだけどなぁ。変わるもんだね、ほんと」
<こうして殿さまの難を逃れた娘は母親や妻と一緒に末永く幸せに暮らしたとさ>
ご清聴、ありがとうございました。
「優、最後に一つ良い?」
語り終えたことで口の空いた私にねーちゃんが問いかける。
「なによ」
全身が透けてゆくねーちゃん。
「その物語なに?」
ははっ。
最後まで花鈴の面倒を見るために付き合ってくれんだな、ねーちゃんは。
これは有名な民話、『竜宮女房』をベースにした私の二次創作。
「なにって花鈴の物語よ」
システィリアを竜宮と見立てそこから嫁入りしたと再定義された星神。
権能は鈴の癒しと親の七光り、そこから転じて家庭円満、および運輸の安全。
陰陽勇者、ユウ・アンドゥ・シス・ロマーニの名においてここに星誕を宣言する。
「竜宮百合女房」
「ふえっ!? 絶対それ違うよねっ!?」
日の沈んだ雪原に響き渡った私の向こうの世界での最後の妹、幽子の突っ込み。
その声に横を向いたねーちゃんの目に手をつないだクラリスと幽子の姿が映る。
「あははっ、じゃーね」
ねーちゃんは小さく手を振ると最後にこう言った。
「お幸せに」
そういって消えたねーちゃんの姿を私たちは忘れないと思う。
姉妹で繰り広げた命がけの茶番、もとい冒険劇はこうして幕を閉じた。