その妹は
<「……三、年?」>
『吉乃の時を思い出せ。今から四分三十秒だ』
『承知しました』
『了解です』
姉妹通信越しに聞こえたナオの言葉にシャルとアカリが反応する。
「……全然意味が分からないっす」
「あんたに分からんことがうちに分かるはずもないやろ」
名指しで言われた吉乃が分からんのか。
あー、いやこれは吉乃っていうからわからんのか。
多分、チューキチの時の話なんだな。
『今、掴みました。アカリ、私は誘導に徹しますので軌道制御をお願いします』
『了解です』
『ユー・ハブ・コントロール』
『アイ・ハブ・コントロール』
怪訝そうな表情をしたねーちゃん。
「何をする気かわかんないけどさ」
<娘が竜宮で引き止められていた三日、それは地上における三年だったのです>
胴体に大穴の空いたメタルコッコを背後にしたねーちゃん。
「一番厄介なにゃんこはメキラが落としてくれたからね。お疲れ、休んでていいよ」
そういうねーちゃんの言葉に皆の視線がレオナへと集まる。
両手の剣はいつの間にか消えていた。
かなり厳しいのか手を膝につきながら立ち上がろうとするレオナ。
膝をついたままのレオナの装甲からは先ほどよりは弱くなった煙と火花が出ていた。
「月影、レオナ……私、何もできなくて……」
<「ごめんなさい」>
レオナのすぐ後ろでそっと装甲に触った月音の頬に涙が伝う。
かつて涙が宝石と化したティリアはもういない。
月音の涙はただ静かに下へと流れていく。
それを聞いての反応かレオナの纏う装甲全体に淡い金色のラインが走る。
そしてレオナはゆっくりと立ち上がった。
「いや、これで良いでござる」
<涙にくれる娘の肩に嫁がそっと手を置きました>
そのまま片方の手を月音の頬にあてたレオナが人差し指で涙をぬぐった。
「また泣かせてしまったでござるな」
「はい?」
また?
レオナと月音はそこまで付き合い深くないはずなんだけど。
「こちらの話でござる。姫」
「だから私は姫じゃないですよ?」
「某らにとっては姫でござるよ」
マジカの中からそれを見ていた吉乃とかっちゃんがそれぞれ複雑な表情をした。
「レオナ……」
シャルが何か他の作業に手を取られてマジカの修理速度が下がったのかマジカは先ほどの位置から動くことすらできていない。
「吉乃、あんさんあのけったいなんが好きなんか」
後ろからかけられたかっちゃんの言葉に吉乃が頷く。
「好きっすよ、誰よりも」
「さよか」
<「泣かんでもええ。そのためのこれや」>
かっちゃんの鈴が音を立てて鳴り響いた。
表示される映像の中、月音の前に立つレオナの装甲から出る火花や煙がすべて消えた。
それを見ていた吉乃が喜びの表情をしながら振り返り、そして驚きに目を見開いた。
「な、どういうことっすか」
私の目の前、着物に片方の髪にだけ鈴飾りを付けた星神の少女は全体が透け始めていた。
「奇積の代償や」
ここまでかなりの回数の奇積を使ってダメージを無効にしてきたかっちゃん。
ここにきてついに限界に達したか。
こちらを向いたレオナが深く一礼した。
「姫」
「うん、私は大丈夫。だからおねえちゃんたちを護ってっ!」
「承知っ!」
そのまま一直線にねーちゃんに切りかかっていくレオナの両手に再び光る双剣が出現する。
「あははっ、しつこいねぇ」
「それが某の性分なればっ!」
「モテないよ?」
ひらりひらりとかわしながら空から湧き出る雷撃をレオナへと向かわせるねーちゃん。
同じく紙一重で雷をよけつつ双剣で切りかかっていくレオナ。
先読みの先を読む攻防に誰も手を入れることができない。
「アカリ、このあたりかい?」
「もう少し左側です」
「了解」
アカリとステファ、マリーは何か別な動きし始めてるし。
『後、三十秒です』
さっきから何のカウントなんだろうね、これ。
<嫁は竜神から預けられた鈴を三度鳴らしました>
まるでダンスを舞ってるかのようなレオナとねーちゃんの戦い。
双方とも加減してるようには微塵も見えないし多分してない。
「そろそろあんたらの仕込みが動くんでしょ」
ねーちゃんの煽りにレオナは答えない。
<すると空のかなたから雷が三度落ち母に直撃します>
その瞬間、空が割れ巨大な岩の塊が不意に空中に出現した。
『『メテオストライクッ!』』
カウントより早く発動したシャルとアカリの仕込みがねーちゃんとレオナの方へと一直線に落ちてくる。
それは巨大な隕石。
ははっ、これ私らもやばいやつなんじゃ。
「メキラッ!」
「こけぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
私も数えるほどしか聞いたことのないねーちゃんの慌てる音色の混じった渾身の呼び声に傷の治りきらないメタルコッコが一気に跳躍した。
隕石に衝突したメタルコッコによって横にズレた軌道。
赤く灼熱した巨石がねーちゃんとレオナから横の方へと軌道をずらされる。
「エターナルコフィンッ!」
熱を少しでも逃がそうとした月音の魔導がフィールド全体を一気に冷却し灼熱の隕石を一瞬にして凍った石へと変化させる。
だが勢いそのものは止まらない。
地上へと到達しようとしたその時、隕石と地表の間に一人の人物が割り込んだ。
「エクスッ!」
パンっという柏手の音とともに時が止まる。
凍結する時の中、少女が一本目の剣を当てて滑らせる。
そしてタイミングを合わせて二本目の剣を隕石にあてる。
合掌していた少女のタレントが解け時が動き出す。
「カウンターッ!」
ステファのエクスカウンターで弾かれた凍った隕石がメタルコッコに直撃。
メタルコッコを巻き込んだ隕石はそのまま倍の勢いで空の彼方へと消えていった。
「あ……あははっ、やってくれたね」
一瞬呆然としたねーちゃんが状況を把握してステファの方に視線を向けた。
「熱い視線ありがとう、でもボクにはマリーがいるからね」
「もう、ステちゃんたら」
流れるようにさしこまれる夫婦の惚気をマジカの中から見ていたかっちゃんが鈴を小さく鳴らしながら私にもたれかかってきた。
「うち、もうあかんみたいや」
慌ててこちらに来ようとする吉乃を私は手の動きで制止する。
「堪忍したってや」
正直言うと最後まで語ってから発動した方が多分成功率は高かった。
とはいえさすがにここらが潮時だろう。
「カコのこと、よろしゅう頼んます」
『かっちゃんが助けなきゃだめだよっ!?』
姉妹通信越しに響く幽子の声。
そう言ってくれる幽子にどれだけ救われたことか。
本当にあの子は私の救いだったんだな。
「ああ……最後にもう一度会いたかったで、カコ」
私はかっちゃんの手の上に手を重ねると無言で『妹転換』を発動する。
目の前で光を放ちながら組み変わっていく一柱の星神。
『『『『『『『『『『「「……」」』』』』』』』』』』
子供用の着物の柄が水面をあしらった水色主体の愛らしいものに切り替わり薄れていた姿が再び明瞭に現実へと引き戻されていく。
バッハの異能封じは本人自身にかける魔法には効きにくい。
だから月音の衣装替えが成立してる。
そして今の私はシスリンクを使って龍玉とそれをセットしたマジカ経由でかっちゃんとつながっている。
<なんということでしょう、不思議な事に死んだ母親は生き返り、しかも病気まで治っていたのです>
髪についた鈴と括り付ける紐の色は変わらないまま、赤かった瞳の色が澄み渡るような水の蒼に。
青かった髪の色は逆に水底の珊瑚のような赤へと変化していく。
色の戻った自分の姿にかっちゃんが目を瞬かせた。
「な、なんなん、これ」
呆然とするかっちゃん。
そんな彼女に姉妹通信越しシャルが解説を入れる。
『お姉さまのスキル、『妹転換』ですわね。あなたが失われかけていたので成立したのでしょう』
日が傾きすべてが赤に染まる雪原でねーちゃんが嬉しそうな笑いとともに口を開いた。
「あははっ。優さ、かっちゃんが消えかけて焦ったでしょ」
まぁね、さすがにあのまま消えさせるわけにはいかんかったし。
ねーちゃんの声に気を引き締めなおしたかっちゃんの鈴が小さく鳴る。
<竜神の娘は鈴を三度鳴らして竜宮の者を呼び出すと竜宮の財力であばら屋を立派なお屋敷に建て替えてくれました>
その音色が吸い込まれるように周囲に響くと同時にマジカ全体が一気に動作可能状態まで引き戻される。
その一方でかっちゃんの姿は現在進行形で組代わり中、つまりスキルが半端にかかった状態だ。
「語り、終わってないよね」
やっぱそこんとこ見逃しちゃくれんか。
戦闘が終わってからゆっくりともいかんわな。
<それからしばらく、実家からの仕送りもあって食事に困ることもなく幸せに娘と嫁は母と暮らしていました>
語り終わりまであと二十二節。
タイトルコールは先に言った通りかっちゃんの妹転換が無事確定したらということで。
「確率のある事象を引いちゃったね、優」
ははっ、わかってる。
本当はやりたかなかったんだけどしゃーない。
月音。
「え? なに?」
語りとねーちゃんの落としの両面を並走する。
オンミョウジの補助たのむわ、月音助手。
「いいの?」
今それができるのは月音だけだからね。
お願い。
「うん、わかったっ!」
そういってくるんと回った月音の衣装が組み変わる。
金色の糸で刺繍された五芒星の付いたジャケット。
指の出る同じく五芒星の付いたグローブ。
頭には白い大きなリボンが彩られている。
全体的に黒と白のコントラストを土台にした上着にフレアのついた可愛らしいミニスカート。
片目を覆うアイパッチとそれの上に描かれた五芒星は月音オリジナルかな。
『ふえっ!? 月音が中二病にっ!?』
失礼な、由緒正しいなんちゃって陰陽師ルックスだよ。
こりゃさっきまで自分にできることに悩んでた分、余計にはっちゃけたな。
『創造神ティリアは精神を病んだことにより制御不能となり子に倒されましたが……これは病んでるのでしょうか』
すこぶる健康な部類じゃないかな。
『ナオ、これも計画のうちですか』
『なわけねーだろ』
その様子をじっと見ていたレオナが小さくつぶやいた。
「月影先生、これでよかったのでござるな」
装甲に化身した月影は何も語らない。
可愛らしい陰陽師ルックスになった月音がねーちゃんむかってビシッと指をさした。
「そこのおねえちゃん」
「あっ、はいっ」
なぜか姿勢を伸ばしたねーちゃん。
というかねーちゃんも心底戸惑ってんな、これ。
ねーちゃんの記憶の中の明日咲っていうとちょっとおちゃめなとこはあったけど病弱可憐で優しいって印象だったからなぁ。
「むぅ、なんか酷いこと思われてる」
ははっ、ごめんて。
「私はシスティリアの都市神にして座敷童の月音、そしてオンミョウジの助手です」
これは久々に三千世界の姉妹たちに語らねばなるまいて。
「なのでっ!」
仕切り直してもう一度ねーちゃんに指を向けた月音。
「おねえちゃんに代わって夢も希望も原稿も、そしてそこのおねえちゃんもっ!」
心底可愛い中二全開の妹がそこにいた。
「全部まるっと落としちゃう」
他はともかく原稿は落としちゃダメだろ。
そして突っ込んでくれる妹がいないというね。
「オンミョウジ助手の月音、語りますっ!」
ここから先はオンミョウジ姉妹による最後の語りだ。
「月影先生、本当にこれでよかったでござるか?」