猫が導く明日への光
<そうしているうちに帰ることを切り出しそびれた娘にとってあっという間の三日がすぎてしまったのです>
「メキラ、好きにしちゃっていいよ」
そういい放ったねーちゃんを赤い目で見つめた巨大なミスリルの鶏。
そいつはそのままくちばしを開くとその口の中から青白い光をほとばしらせた。
「コケーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
光とともに鳴り響く獣の鳴き声。
それはねーちゃんたちの雷撃とは違う、壁をえぐりながら進むメタルコッコの破壊光線。
直撃を受けたレオナが光に押され壁にたたきつけられる。
そのまま横に滑っていく破壊光線が皆を守ろうとしたレッサーベヒーモスを一瞬で粉砕。
「あかんっ!」
鳴り響くかっちゃんの鈴。
「護って水星詩歌っ!」
リーシャが持つ水星詩歌の前方に複数のハニカム型のシールドが出現する。
「「エアロシールドッ!」」
アカリと月音の声が同時に響いた。
ドンッ!
激しい音を伴って全員のシールドを貫きマジカそのものに直撃する。
強い衝撃とともに吹き飛びかけるマジカ。
「『電光石火』!」
その時、文字通り光のような速度でマジカとメタルコッコの間に割り込んだレオナの双剣が破壊光線そのものを真っ二つにした。
「『光彩陸離』!」
そのまま破壊光線を散らしながら前に進んでゆくレオナ。
やがてその歩みが止まると同時にメタルコッコの口から放出されていた破壊光線がぴたりとやんだ。
「月影っ!」
「レオナっ!」
かっちゃんの鈴がチリンと音を立てて鳴った。
内部で火花が散るマジカが映し出す映像の中、メタルコッコの一撃を受けたレオナは大きな傷もなくその場に立っていた。
<三日目の祝宴の中、娘が竜神に言いにくそうにこう切り出しました>
「かたじけない」
私の目の前で息を整えるかっちゃんはイオナの言葉を聞いて小さく笑った。
「無謀すぎるわ。素肌のところは他より防御低いんやから気ぃ付けんと」
あー、あの装甲ってそうなってるのか。
「承知」
やがてマジカ内部の火花が収まり破損を示す警報も消えた。
『マジカの修繕補助はオルゴノールのほうから行います。ですが大破してしまうとオルゴノールから直せなくますのでご注意を』
「わかっとる」
攻撃を受けても無事に見える私たちをメタルコッコがじっと見つめる。
<「村に病気の母親を残している。帰りたい」>
『シャル姉、こっちはまだ治療にかかります』
マジカのスクリーンのうち後方に映るアカリたちがズームアップされる。
少なくない怪我をしたリーシャにアカリと月音が魔導を使って治療しているのが見えた。
そんなリーシャを抱きかかえながら心配そうに見つめる沙羅。
「間に合わなくってごめんなさい」
「ううん、沙羅ちゃんがいなかったらこんなんじゃすまなかったよ」
リーシャを抱えそういう沙羅の背中にも大きな怪我があった。
とっさにかばったんだな。
「二人とも今できてるのは止血だけです。今からちゃんとした処置しますから」
「「うん」」
そんな三人の前に再び床材を基にしたレッサーベヒーモスが立ち上がった。
「ツチノコ」
アカリが服のおなか部分についたぽっけに収納されたツチノコの頭をそっと撫でる。
そして収納の中から茶色の魔石を一つ取り出した。
「ぷにゃ」
アカリの視線が『地震』の化身でもある大怪獣、ツチノコを封印する首輪に向いたのが見て取れた。
「お前、もどりたいか?」
アカリとツチノコの視線が正面からかみ合う。
「ベヒーモスに」
ははっ、やっぱアカリは気が付いてたか。
地震怪獣ツチノコ。
なぜ、ツチノコが墓場迷宮の第一層にいたのか。
そりゃ、墓の中に封印したからよ、ソータ師匠が。
その封印を解くということは地震のないこの世界に地球の地震を持ち込むのと同義だ。
そしてその行為には私や幽子、ナオにアカリといった地球の日本を由来とした人間じゃないとわかりにくい意味と感覚がある。
起こることの責任は私がもつとアカリにははっきり言ってあるからね。
さぁアカリの判断はどうなるかな。
「ぶにゃ」
不満そうな鳴き声を上げたツチノコの頭をアカリがさらに撫でた。
「だよな、あのクソジジィの地雷なんてくそくらえだっ!」
傷に喘ぐリーシャとそれを支える沙羅がそんなアカリたちを見て嬉しそうに笑った。
やっぱりアカリはいいね。
アカリなら私には越えられない壁をバグを使ってでもすり抜ける。
「シャル姉っ! 復号キー入りの魔石、チップ張っておいたんで回収してそっちで使っちゃってくださいっ!」
『わかりました』
シャルの返答とともにアカリの手元から魔石が消えた。
「よい姉妹でござるな、先生」
そう言ったレオナの装甲がきらりと光る。
「いけっ、魔王ツチノコっ!」
「ぷにゃっ!」
アカリたちを守るレッサーベヒーモスが頭を敵へと向けなおす。
その土の大怪獣を背にマジカとレオナは再び攻勢へと打って出た。
「『光芒一閃』!」
「そこっすっ!」
レオナの一撃に合わせた吉乃の攻撃。
息の合った二人の波状攻撃にひるんだメタルコッコの顎下をマジカルパイルドライバーがロックする。
「いっけえっ!!」
激しい機械音とともに打ち出されたミスリルの杭。
だが同じミスリルで覆われたメタルコッコの表面を貫くことができず金属がぶつかり合う硬質な打突音を部屋に響かせた。
もがきあがくメタルコッコのもとにねーちゃんの放った雷撃が複数着弾する。
「くっ!」
「うわぁ!」
直撃を避けるために引いたレオナと吉乃の操るマジカをメタルコッコの体当たりが追撃する。
チリンっ!
再びかっちゃんの鈴が鳴る。
マジカの視点が部屋の端に動きすぐ隣にいるレオナの姿をズームで表示した。
『一度立て直しましょう』
<娘がそういうと竜神はこう返します>
「そないうてもこのまま護り固めてもじり貧や」
『それはその通りですわね』
動きを止めた私たちを見ながらねーちゃんがゆっくりと地面の上を一歩ずつ歩きながらこちらに向かってくる。
「なんだ、もうおしまい?」
<「それやったら土産を持たせよか。なんでも好きなもんもってってええで」>
はは、ねーちゃんだけでも手に余るのにメタルコッコがシャレにならない強さで笑う。
「『閃光』!」
横一直線につきこまれたレオナの双剣を掌に展開したシールドで防いだねーちゃん。
「それさ、大体わかったよ」
そのまま剣ごと押し返されていくレオナを見つめるねーちゃんの口元が三日月のような笑みを浮かべた。
「そのにゃんこが未来予知、レオナちゃんがその見える中から一番いい未来をつかむ」
ねーちゃんの笑みがさらに深くなる。
<亀の戯言を本当に言っても良いものか迷った娘は竜神にこういいます>
「仮にそうだとして何が言いたいでござる?」
「選べる未来が限られるときはその中で一番ましなのを選ぶしかない。こんな風にさっ!」
ぎりぎりと押し戻されていくレオナ。
「ちょうどいいや。メキラ、攻撃」
<「亀に娘を嫁に貰えと言われた。でも私は女、それに病気の母もいるから養いきれない。だから欲しいものはありません」>
ねーちゃんの言葉に大きく鳴いて返事をしたメタルコッコがねーちゃんとレオナ目掛けて大きく跳躍した。
「え? いや、あっち……」
レオナとねーちゃん目掛けて一直線に落ちてくる超重量のミスリル塊。
「『光陰』」
<目を細めた竜神は娘にこういいます>
「嵌めたね?」
すっと剣を引いたレオナの姿が大きく後方にまで一瞬で移動する。
そのままねーちゃんの上にズドーンという音を立てて落ちたメタルコッコの重さに床が抜けた。
「ご名答でござる」
腹の下のねーちゃんごと床にめり込んだメタルコッコが抜け出そうと足掻く。
なるほど。
<「わかった」>
月影とレオナで一番ましな未来を引いたわけね。
『シャル姉、レオナたちが時間を稼いでくれましたがこの先どうします?』
『そうですわね……ナオ、見ていますか』
『なんだよ』
おっと、シャルがナオに話しかけるとは。
『お願いがあります』
『オレはそっちにはいかねーぞ。こっちを空けて街をやられたらたまんねーからな』
『いえ、純粋にあなたなら今使える手札でどう戦いに勝つかの意見を伺いたいのです』
どう戦いに勝つか、か。
『なんでオレなんだよ』
『私たちの中で一番戦闘センスが高いのはあなたです』
ステファといい勝負かそれを超えるのはナオだけだしね。
『けっ、オレに勝ったねーちゃんたちがそれ言うか』
『それはまた別の話です。お願いします』
『これはお前らが始めた戦いだろ。自分でけりつけろよ』
理由は知らないけど今回、ナオはとことんかかわりたがらない。
多分、カリス神ことかっちゃんがかかわってるからだとは思うんだけどね。
『お願いします、ナオ姉』
『………………』
シャルに続いて会話に入ったアカリの懇願にナオが黙り込む。
『なんなら私のコレクションコピーあげますから』
姉妹を盗撮した奴まだ隠してたんか、アカリ。
『『アカリちゃん、後でお話しあいしようか』』
『あっ、はいっ……お願いします、ナオ姉』
<竜神にとってはすべて些細な事でしたが、それ以上に誠実で不器用な娘の気質がいたく気に入っていたのです>
姉妹通信越しに聞こえたナオのため息。
『しゃーねぇなぁ』
『ありがとうございます。後で送っときますね』
<「娘を嫁にやろ」>
『いらねー』
ナオはそういう方向の趣味はないしね。
『いっとくが勝てるかわかんねーぞ』
『かまいません。実行するのはこちらの意志ですから』
『ならまず表に出ろや』
どこの時代のヤンキーだ。
『ふえっ!? こ、校庭に呼び出しっ!』
『ちげーよ、なんとかして地上に出て来いって言ってんだ』
太歳星君をあえて掘り出すんかい。
『地上にですか……』
考え込んだシャルに息を整えていたかっちゃんが声をかける。
「できるで。ねーさんが動けん今のうちなら」
かっちゃんの言葉を聞いたレオナの口元に笑みが浮かんだ。
なるほど、ここまでが月影とレオナの選択か。
私は妹たちを信じて語りを続けるしかない。
みんな、リアルは任せた。