これは昔の物語
「きゃっ!」
とっさに前方に出したリーシャの水星詩歌を使ったシールドが天から舞い降りた雷を弾く。
弾かれた雷は横にそれ地面に接触、赤く爛れたように変色するとそこから伸びた触手がマジカへと迫る。
「ランドシールド!」
アカリの声とともにせりあがった床材が触手を防いだ。
その間にマジカを急発進させた私は適当にジグザグを描くように走り回らせる。
「優姉っ!」
アカリの声に反応した私は目の前に落ちた雷をぎりぎりで回避。
「こりゃ長くは持たないな」
私はマジカを高速で移動させながら目の前のかっちゃんに質問をする。
「かっちゃんさ、ソングマジックは使えるかね」
「できへん」
そうか、できないか。
ここまでの戦闘において最後の決め手に繋がる一手は大体ソングマジックだったりする。
今ここにいるメンツだとソングマジックの使い手は月音とリーシャの二名。
ただ月音は現在バッハの異能封じが効いてる状態だしリーシャも状況に応じてシールドを張ってもらう必要があることから歌い続けるのは難しい。
大体にしてソングマジックは創世の魔法に近いだけあって本当に理不尽な効果を発揮することが多い。
こういっちゃなんだけどある程度は頼ってきた感もある。
だからなんだろうね、王機にソングマジック使いの枠があるのは。
そしてできないものはしょうがない。
なら先を見て先手で仕込むしかないか。
「了解。なら私がかわりをしよう」
『ふえっ!? 優、歌えたっけ?』
そこまで驚かんでも。
私のカラオケの成績は可もなく不可もなくだよ。
「いや、歌うんじゃなくてかたる」
『ああ、いつものなんちゃって憑き物落としね』
本当になんちゃってだから否定のしようがないわな。
「今日のは落とすのとはちょいと違うけどね」
偽装された上っ面をはがすわけだからある意味落としか?
「何をする気や?」
「スキル外のスキルみたいなもんよ」
怪訝そうな表情で振り返ったかっちゃんの鈴がチリンと鳴った。
横側で私らと同様に雷から逃げ回っているレオナと月音、月影の姿が見えた。
「ちょっとしたまじないみたいなもんだと思って」
やることは語るだけなんだけどね。
「つーわけでこれからしばらくの間、私は語る。その間、マジカの回避とか運動は吉乃に任す、いけるかね?」
「頑張るっす」
本人がそう答えてきたのを受けて龍玉たちに吉乃の指示に従うように指示、マジカの制御を渡した。
「アカリ、上に乗ってるメンツはまかせた。ダメだと思ったら逃げていい」
「そのつもりです」
ははっ、いうと思ったわ。
部屋全体に走る雷撃、そして着地地点から伸びる触手を吉乃が操作するマジカが躱していく。
「で、かっちゃんなんだけど」
「なんや」
「マジカの攻撃とか全体の取りまとめやって」
「ちょ、ちょっとまちぃな。うちにそないなことを言われても困るっ!」
目を剥いたかっちゃんに私は笑いかえす。
「失敗したら責任は私ということでいいから。つーか語り出したら終わるまでは私は手を出せんのよ」
「例のシャルって子でもいいやん?」
まぁ、シャルなら何とかしそうではあるけど多分ここは空気読んでくるれるかな。
『遠隔操作はタイムラグが出るのでお勧めできません』
「厳しいってさ」
そりゃそうだろうね。
「なら上に乗ってる子達じゃだめなん?」
『中に乗ったら魔導が出せません』
「さすがに乗らなきゃ操作できんよ」
ぐぬぬとうなったかっちゃん。
こうなる様に仕向けたとこもあるからね。
だから死者に対して滅法に強いフィーリアは上に待機させてあるわけで私と姉妹通信してた妹たちはこのことを分かってる。
わかってないのは姉妹通信に参加できてないレオナとかっちゃん、それとねーちゃんたちだけだ。
「消去法なんよ。よろしく、かっちゃん」
「しゃーない、やったるわ。けど何かあっても責任は取れんで」
そこも予想済みなので私は小さく笑いながらこう返す。
「もちろん」
そうはいってもこの子はできる限りのことはするだろう。
短い付き合いだけどそれくらいは分かるわな。
そしてねーちゃん相手の戦闘で奇積を使わないというのはほぼ無理だ。
つまりこの時点で私ら全員でかっちゃんをこの役割にはめたといってもいい。
私の語りをマジカ経由で外部、そして姉妹通信に同時に乗せるように設定。
配信先にも聞こえるだろうけどそれはそれ。
<語らねばなるまい>
私の声が残響を伴って地底に広がる。
今から語るはカリス神であるかっちゃんが本来持っていたストーリー。
これまで集めた全ての情報を基に私なりに設定の穴を適当に補足してアレンジを加えた二次創作だ。
変則的だけどタイトルコールは最後のお楽しみということで。
<これは昔の物語>
鳴り響く雷鳴と触手が飛び交う地下闘技場に私の語りが響き渡る。
これは蛇女房に次いで有名な婚姻難題型の異類婚姻譚。
そのアスティリアバージョン。
ここに騙ろう、全七十六段落の彼女たちの物語を。
*
<昔、ある海辺の村に、年をとった病気の母親と娘が住んでいました>
元になった昔話の主人公は息子であって娘じゃない。
ここはあえて娘に変えている。
「ひゃぁ!」
走り回る月音にふいにとびかかった月影。
月音が移動しようとしていた方向に落雷が落ち月音が目を丸くする。
「あ、ありがとう」
そのまま月音の肩につかまった月影はねーちゃんの方から視線を外さない。
「無事でござるか」
「うん」
すぐさま走り寄ったレオナに頷き返した月音の肩を足場に月影がレオナの方へとジャンプ。
「おっとっ?」
「月影?」
そのままレオナの肩口にのった月影が今度は横をちらりと見た。
その視線を見たレオナが即座に月音を抱えて脱兎のごとく走り出す。
<ある日、病気の母親に美味しいものでも食わしてやろうと、娘は山で花を摘んで町へ売りにいったそうな>
「やっ、えっ? なっ!」
『ふえっ!? ま、町へ駆け出したのっ!?』
いや、語りと戦闘には直接の関係はないからね。
後、花に隠語の意味もない。
月音の言葉を遮るように二人のいた位置に落雷が落ち地表が赤く変化、蠢く触手が二人を捕まえようと手を伸ばす。
振り返りざまに光る剣を振るったレオナの剣先が伸びた触手を切り飛ばし、切られた先がなかったかのように霧散する。
『もしかして月影、どこに落ちるか見えてる?』
『可能性は十二分にありますわね、あの子は月華王ですから』
レオナと月音たちにターゲットを絞ったのか四方から同時に落ちる落雷が徐々に範囲を狭めながらじりじりと輪を小さくしていく。
その窮地の中、月影と月音を抱えたレオナは月影の視線だけを見つめていた。
「あの……月影が雷さんが落ちる位置わかるかもって」
おずおずと口を開いた月音に深く頷いたレオナ。
「そのようでござるな。月影殿は次に落ちる方位を意識してるようでござる」
『『『『『『「「「月影殿?」」」』』』』』』
言いたいことは分からんでもない。
月影、殿ってつけたくなる風格あるし。
<「うれない」>
わずかに頭を動かして何もない方向に視線を向けた月影。
「そこでござるか」
レオナが月音たちを抱えたまま避けると同時に雷が襲う。
次々と襲う雷撃を月影の視線のみを頼りに回避し続けるレオナ。
不意に月影がすっと別の方向を見た。
「月影殿を信じるでござる! 『電光石火!』」
その瞬間、レオナたちを覆い隠すように複数の雷が同時に落ちた。
『『『『月音!』』』』
文字通りその場から光のような速度で掻き消えた二人と一匹。
神技を使ったレオナの足元に引きずったような二本の火花の線を残しながら離れた位置に出現した。
<ですが、いくら売り歩いても誰も買ってくれません>
切迫するレオナたちの戦闘の傍ら一定の周期で追いかけて来る落雷をよけながら私の語りも進んでいく。
雰囲気と語りの内容が噛み合っちゃいないけどこっちのは昔話ベースだからしゃーない。
「ふぅ、助かったでござる。月影殿、いや月影先生と呼ぶべきでござるな」
『『『『『『『『「「「月影先生!?」」」』』』』』』』』
<その年は不作の年で人々に花を買うだけの余裕はなかったのです>
この短時間に急速にレオナの中での評価を上げた月影がしゅたっと地面に立つと同時にレオナの方を仰ぎ見た。
その視線に大きく頷いたレオナが目を回し気味な月音をそっと地面におろすとその傍にしゃがんだ。
「なにかんがえてるっすかっ!」
慌ててねーちゃんとレオナたちの間にマジカを割り込ませた吉乃。
再び襲い来る落雷のうち直撃する一本をリーシャが掲げる水星詩歌のシールドが止める。
「お、おもっ、なにこの雷っ!?」
よろめくリーシャを沙羅が後ろから支えた。
「うんにゅうぅ!」
<折角摘み取った花ですが家にはすでに飾り付けた花もあり持ち帰っても仕方ありません>
その二人の傍に立ったアカリが複数の魔導陣を稼働させ魔導を出現させる。
「マルチエアロシールドッ!」
アカリの創る真空の断層を含むエアロシールドがリーシャたちの前に落ち続けていた異常な雷の線を断ち切り無へと返した。
そのほっとする一瞬の間も与えないかのようにさらに降り注ぐ複数の雷。
「ツチノコっ!」
「ぷにゃっ!」
胸元に叫んだアカリの声に対応するのように大きな鳴き声を上げたツチノコ。
その声に呼応するかのように土塊が床から盛り上がり巨大な四足獣の影を作り上げた。
「これって…………」
「レッサー……ベヒーモス?」
石でできた怪獣が雷の前に形成され私らを含むアカリ達全員をその身で庇った。
<「残り物でごめんなさい。良ければお納めください。竜宮の神様」>
私の語りが響く中、アカリがぽつりとつぶやいた。
「やっぱり……お前だったのか。ツチノコ」
悪戯狐を主題にした童話の最後の台詞っぽいけどツチノコなんだよな。
「封印解かなくたって強いじゃんか、ツチノコ」
そういって笑ったアカリの笑顔は少女というよりは年のいったおっさんのような、それでいて安心できるような暖かい笑みだった。
「ぷにゃ」
ねーちゃんの方に向けて姿勢を直したレッサーベヒーモス。
「あははっ、やっと起きたかい、ツッチー。そっちはどうかな」
<そういって娘は花を海へ流したんだとさ>
私たちが庇った先、レオナと月音たちは月影を挟んで何か真剣に話をしているのが見えた。
「伏して願い申し上げる。月音殿、某らに一時、月影先生のお力を」
なるほど、回避が読める月影の手が借りたいわけか。
レオナの熱い視線を受けた月音が少し困ったような表情で月影に視線を移す。
<すると波間から亀が一匹、すいっと出てきてこういったそうな>
「月影……その、どうしたいですか」
月音の声を受けて月影が数歩進み出て月音の足に頭をすり付ける。
珍しい。
月影はエリアを護るボスだけあってプライドの高い猫だ。
人前でこういう甘えを見せる事ってあまりないのよね。
そんな月影をそっと撫でた月音。
「私を護ってくれるんですか」
小さく呟いた月音の言葉に無言で返す月影。
再びレオナの方を見ると数歩進んでレオナの影を踏み、そのまますっと沈むように姿を消した。
影に潜った、いや一時的に同化したのか。
私の妹融合に近いな。
「かたじけない」
レオナは自分の影とその先の月音に深く頭を下げた。
<「いい花でした。実は竜宮では花を切らしてこまっていたんです。お礼に竜宮でおもてなしさせてくださいな」>
『優っ! 今いいとこなんだから! 何とかなんないのっ? その語りっ!』
そうは言われてもなぁ、こっちは序盤だし。
「この恩に報いるためにも月音殿は某が、いや某たちが必ず護るでござる」
そのまま立ち上がったレオナの手元の剣が再び神銃の形へと形を変え先ほどと同じように激しく明滅を始めた。
レオナの手の中には白と黒で彩られた弾丸が出現しており、神銃がカシュという音を立て横に開く。
その開いた場所に白黒模様の弾丸を設置するとレオナが手を添えて銃の開口部を閉じ銃口を上に向けた。
「変身ッ!」
トリガーが引かれた銃から立ち上る複数の金色の光がまるで降り注ぐ雨のようにレオナのもとへと舞い戻り一体化していく。
それまでなかった赤いゴーグルが眼前に装着され同じく白と黒をあしらった長いマントが肩口から後方へと広がっていく。
胸部の装甲の上に描かれたのは都市としてのシスティリアの紋章とギルドのマスターメダルにもなった月影の意匠。
左右に伸ばしたレオナの手には光る二本の刀が握られ各種装甲のカラーリングにも白と黒が入り込んでいく。
『陽炎稲妻月の影』
爺の宣言とともに装備が固定されたその瞬間、レオナたちめがけて雷が落ちた。
通信越しに響く姉妹たちの声。
その声に反応するかの如く月音を護りながらマントで身を隠していたレオナが傷一つない姿を出現させた。
「無事にござるか、姫」
「う、うん」
姫呼ばわりに頬を染めた月音の手を取りレオナが立ち上がった。
「アカリ殿」
「え……わ、わたしですか?」
完全に気を抜いていたアカリが動揺した声をあげる。
「反撃でござるっ!」
そういってねーちゃんの方へと駆け出したレオナ。
「了解っすっ!」
それに呼応するようにマジカを操縦する吉乃も逃げから攻撃へと姿勢を変える。
<驚く娘を背中に乗せて亀は海へともぐっていきます>
そんな中、リーシャと沙羅の手をつかんで引っ張ったアカリはそのままマジカから飛び降りた。
「どう見ても危なそうなののにノリだけでホイホイついていけるかっつーの。ばっかじゃないですか」
やるとおもったよ。
そのアカリの傍に佇むレッサーベヒーモスと二人の姉妹。
「「あかりちゃんらしいや」」
あかりの隣で顔を見合わせたリーシャと沙羅が小さく笑った。
「おいてかれました」
その少し手前側でおいていかれた月音がぼやく。
三者三様の反応の中、アカリの服にすっぽりと収まったツチノコがぷにゃっと鳴いた。
「ちょいまちっ!」
一緒に前線に連れ去られるかっちゃんが悲鳴を上げた。
「うちもつれてかれるんかいっ!」
大丈夫、私もだ。