ファイアーレディ
響き渡るカイジュウアラートが四回の音を立てて止まった。
深度四か。
ナオヤとみーくんの融合と比べて一段浅いんだな。
「体が重いねぇ」
そういって肩を回す焔の巨人。
火の四聖、ナオヤが主体だったときは巨大な燃える人型だったそれはねーちゃんが主体のせいか出るとこは出てひっこむとこは引っ込んだ姿をしていた。
ぶっちゃけいうと燃えてるということを差し引くならレオタード着てる人みたいなかんじやね。
『オルゴノールでの解析が終了しました。再現怪獣ファイアーレディ。深度四、怪獣の基本三能力、その上に『炎上』のスキルの発動を確認しました』
炎上は本来ナオヤのスキルだ。
触ったものを燃やすことができる、それも物理に限らないという。
そして初見殺し以外は学習して対応してくる環境適応、五分で全快する高速回復、半端な攻撃だと傷もつかない堅牢鉄壁も動作してる。
これ実質こっちからの攻撃はほとんど通らないのに向こうは通るって状態に等しいわけでぶっちゃけズルい。
「あらよっと」
ねーちゃんが無造作に動かした手の軌道にいた妹たちが避けながら火鼠の外套で防御した。
外套に包まれてない頭とか足元とか危ないかなと思ったけど今んとこは大丈夫そうやね。
妹たちは燃えずに済んでるけどその周囲の床や壁が燃え上がりすぐに火が消える。
そういや確かにナオヤの時も地面全体が燃え溶けるってのはなかったか。
「「あかりちゃんっ!」」
声のする方に視線を向けると水星詩歌を掲げたリーシャとそのリーシャを降妖水舞で支える沙羅が巨大な水球を持ち上げているのが見えた。
「アクア」
アカリの周囲に円形魔導陣が複数出現する。
「バーストッ!」
水球が水のラインとなって高速でねーちゃんへと襲い掛かる。
水流の細い筋はねーちゃんの肩を貫いてその向こう側に到達、貫いた場所が爆風とともに砕けた。
「あいたたっ。ふつー今ので貫通する?」
吹きあがった焔がねーちゃんの傷を覆い隠しすぐに元の形へと復元した。
「ちっ、頭を狙うんでした」
「こわっ、この子こわっ! 優、なんなのこの子?」
アカリを説明しろってか。
「こっちで作った妹、シャルの旦那の嫁」
「関係ぐっだぐだだね」
そうともいう。
そんなことを言ってる間にもねーちゃんの頭に足が直撃する。
直撃した足を持つ人物は火だるまになったまま地面に落下する。
「レオナッ!」
慌てて駆け寄る吉乃とアトラを手で制した火だるまの少女は少し足をふみ上げると地響きを立てて地面に足をついた。
瞬間、彼女を焼いていた火が一瞬で消える。
「いやはや、正攻法では熱いでござるな」
「えっ、いや、今焼けたよね? 焼いたよね、私」
ファイアーレディが困惑しとる。
「然。ご覧あれ、こんがり焼けましたれば」
そういうレオナの服はあちこちが焼けて炭化し下の白い肌が覗き見えていた。
なお、焼けた瞬間はちりちりだった髪の毛も一瞬で元に戻ってるあたりわけがわからない。
「レオナって人間だよね?」
すっかり鑑賞モードの私がすぐそばにいたかっちゃんに聞くとかっちゃんが鈴の音をさせながら少し小首を傾げた。
「せやな」
「あれさ、人間の強さじゃないんとちゃうん?」
「レオナはドサンコやからな」
『そういう問題!?』
姉妹通信越しに聞こえる幽子の声はかっちゃんには聞こえてないわけで当然答えは返ってこない。
ドサンコは確かセーラの嫁、詩穂がこちらの世界で生み出した種だったはずだ。
『ドサンコは丈夫な半幻想種です。高所から落ちても怪獣に跳ね飛ばされても痛がりはしますがそうそう死にません』
ギャグ時空の人間かな。
『それ人間の丈夫さじゃないよね?』
『私たちの世界では人間の範囲です。正確には亜人分類第二類に該当します』
通信内で幽子とシャルが話している間にも複数の水球を作り上げていくリーシャたちとその水球を高速のウォータージェットに作り替えて攻撃するアカリ。
そしてそのアカリへの注意が向くと頭にけりを入れては離脱して火を消すレオナ。
それに対応するねーちゃんも痛がりはしてるけど冷静に順番にさばいていく。
こりゃ長期戦になるかなと思ったその時である。
「おねえちゃん、あの、レオナちゃんが……」
「まぁ、あーなるよね」
何度目かの特攻の後、服が燃え尽きてしまったレオナ。
『姫っ、はしたのうございまずぞ』
「おっと、戦に気を取られていたでござるな」
そういったレオナの周囲に月音の衣替えと同じ金色の光の粒子のようなものが舞う。
するとレオナの姿が全裸からピンクに紺地の袴装束と切り替わった。
「あれって私のお着替えと同じですね」
『あれはドサンコの種族特性の一つです。ドサンコは空中の元素を利用して衣服が形成できるのです』
ほう、空中元素の固定か。
「ちっ」
レオナの方を見ていたアカリが近くに寄ったリーシャに耳を引っ張られえた。
「いたたたたたっ、いや、今のはその、男として普通の反応といいますか」
「アカリちゃんは今は女の子で私のお嫁さんなんだからっ!」
そんな風にいちゃついている二人を傍であわあわしている沙羅。
いちゃつくのは構わんけど今怪獣……
ダンッ!
その瞬間、三人の位置に振り下ろされたファイアーレディの足。
『『『『『あっ!』』』』』
「そんだけ余裕があったらヤるよね。ふつーに」
その下からじんわり流れてくる血。
『アカリッ! リーシャッ! 沙羅っ!』
通信越しに幽子の悲痛な叫びが聞こえる。
……いや、おかしいだろ、燃える巨人の下から血が出てくるの。
同じことを考えたのか怪訝そうな顔をしたファイアーレディが次の瞬間、地面にめり込んだ。
「「グラビティッ!」」
右手の方には光る水星詩歌を持ったリーシャの後ろで魔導を使うアカリとそのさらに後ろにいる沙羅。
なるほど。
水星詩歌をつかった幻影で全員を騙したのか。
そして左手には月影が足元で警戒に当たっている魔法少女ルックスの月音の姿があった。
アカリと月音が繰り出す重力を使った攻撃によって焔の巨人であるねーちゃんがめりめりと地面にめり込んでいく。
「ぐぬぬぬ、この、重さはやばめだけどまだなんとか」
重力に抗い立ち上がろうとするねーちゃんの前にレオナが立ちふさがる。
「爺」
『姫、殿中にございますっ』
いつからここは殿中になった。
「今抜かずしていつ抜く」
「かまへんっ、うちが許すっ!」
揉めるレオナと爺に私の傍にいたかっちゃんが大きな声で叫んだ。
『仕方ありませぬな』
ため息混じりの爺。
「こいっ、アトラっ!」
主の呼ぶ声に反応した白猫のアトラが袴には不似合いな神銃を構えたレオナの腕の上に飛び乗った。
「なんでもいいから早くしてくださいっ!」
「にゅーーーーー!」
重力を操る魔導を使用しているアカリと月音の叫びが響く。
「承知」
桜の花びらが舞うようなエフェクトを伴ってレオナの衣装が時代錯誤な武芸者のような風体に切り替わった。
そして消えた白猫の位置に添えられたレオナの手には白い弾丸が出現していた。
神銃がカシュという音を立て横に開く。
その開いた場所に白い弾丸を設置するとレオナが手を添えて銃の開口部を閉じる。
『姫、抜刀許可にございます』
そのまま上に銃口を向けたレオナ。
「変身ッ!」
トリガーが引かれた銃から立ち上る複数の白い光がまるで降り注ぐ雨のようにレオナのもとへと舞い戻り一体化していく。
和装の上に次々と出現する各所を護る防具。
ピンク交じりのストロベリーブロンドが風で翻り、アンバーの瞳が敵を見据える。
その最後に出現した胸当てには星の文様をあしらえた杯の意匠が彫り込まれていた。
そして特筆すべきは鞘のない光る日本刀のようにみえる刀。
どっちかというと某宇宙活劇映画のブレードって言った方がいいか。
『それは桜舞う道の如く』
刀を縦に構えたレオナが身長の何倍もの高さもある位置に跳躍しそのまま刀を下にしながら二人の重力使いの技の中心部へと突っ込んでいく。
「がっ、ちょ、ちょっとまっ」
重力の上にさらに光る刀の先が載せられた攻撃にうろたえるファイアーレディ。
超重圧の中、歪む空間とその中心でつきこまれていく光の奔流が上下に光をほとばしらせ幻想的な光景を紡ぎ出す。
そんな中、かっちゃんのつけた鈴がチリンと音を立てた。
「ここまでの死んでしもた分の重さ、上乗せや」
その一言が届いた瞬間、レオナが床面にまで一気に到達しファイアーレディの胴体に風穴を開けた。
「成敗っ!」
そして巻き上がる爆風が部屋全体を揺らす。
チリンッ
鈴の音が響いた瞬間、爆発も攻撃も何もかもがなかったかのように消え失せる。
そこにはあちこちに傷を作ったねーちゃんとその前に佇むバッハの姿があった。
そして攻撃を振りぬいた位置にいたレオナが振り返った。
同時に魔導としてのグラビィティとタレントとしてのグラビィティを使っていたアカリと月音の膝が崩れた。
「うやぁー、きつかったです」
月音の傍には月影が佇む。
「ざまーみろ、化けの皮はがしてやりましたよ」
悪態をつくアカリの前には護る様に水星詩歌をかざすリーシャ、そしてアカリに肩を貸す沙羅の姿があった。
「ねーさん、ナオヤの力は還してもろたで」
そういうかっちゃんを見つめるねーちゃんが苦笑いを浮かべた。
「しゃーない」
そういいながら服のほこりを払いながら立ち上がったねーちゃん。
ねーちゃんの足元にすり寄ったバッハが小さく口を開いて閉じた。
無音、けど今のは何か言ったね?
「あー、やっちゃうか。それくらいしないと駄目っぽいしなぁ」
先ほど同様に銃を上に向けて構えたねーちゃんの足元にいたバッハが稲妻を伴って掻き消える。
そして稲妻は神銃の横から中へと吸い込まれるように消えた。
「ちょーっと本気出すからさ。かっちゃん、それと優」
「なんなん」
ははっ、なんとなくわかった。
「「死ぬなよ?」」
先読みで出した私の言葉とねーちゃんの言葉がきれいにかぶる。
銃の引き金にかけられたねーちゃんの指が動いた。
その中心部分のねーちゃんが再び光の柱に包まれて消える。
『それは激雷の鏡面星』
あ、ちょっとまって。
まじか、その相手はさすがにまずい。
『やばいな』
『ふえっ!? そんなに?』
『うん、やばい。今いるメンツ以外はこっちくんな。マジでヤバイ』
まず文言の末に星が入っている。
その星の元は鏡面の上に映る激雷、つまりバハムートだ。
バハムートというからわかりにくいけど雷の星、つまり木星のことやね。
その木星の鏡像にあたる仮想の星が道教、および陰陽道にはある。
陰陽道の方位神であると同時に道教における最強クラスの祟り神。
光が晴れるとまるで神事に使うかのような巫女服にも見える白を主体とした服装に身を包んだねーちゃんがそこにいた。
「折角だから全員占ってあげよう」
陰陽勇者の優
魔導使いのアカリ
河童の沙羅
水のリーシャ
元大司祭のレオナ
神銃の爺
猫のアトラ
妖怪リモコン隠しの吉乃
守護獣の月影
そして都市神にして座敷童の月音
上にあえて待機させてるフィーリアとオルゴノールで補助しているシャル。
今回、私が疑似スキルとしての妹召喚を封じてしまったために来れない他の妹達を全部足してもあれには届かない。
「ははっ、最悪だよ」
小刻みに聞こえる鈴の音がかっちゃんの震えを見なくても教えてくれる。
月と魔術を司る女神ヘカテーには複数の別名がある。
「今日のあんたらの運勢は……」
たとえば「女魔術師の保護者」や「死の女神」
その中でも際立つ別名、それが「無敵の女王」
「大凶だ」
そりゃ無敵に決まってる。
サイコロを振って出目を好きに決める神とかチート以前だ。
「まじで何考えてんだ、ソータ師匠」
かっちゃんを追い詰めるためだけにえらい相手を出してよこしたもんだわ。
「太歳星君、か」
さすがに本物じゃないだろう。
けどMPを用いた疑似神だとしてもまともな攻略筋が思いつかんのよ。
「あははっ」
半月状に笑ったねーちゃんの口から音が聞こえた。
「正解。当たり商品は大殺界への招待券」
謹んで辞退したい。