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シスタークエスト レベルは上がりませんが妹は増えます  作者: 幻月さくや
第二章 世界樹編 その幻想は茜色に染まっていた
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魔法と魔導

「てめぇ、俺の事馬鹿にしてるのか」

「いたって本気ですわ。さぁ、手ほどきしてあげましょう」


 怪獣には魔法が効かない、私が姉に言ったこの言葉は凡そ真実でありこの世界の理です。

 怪獣は重く大きく素早い。

 大体深度三くらいになると五十トンを超える巨魁が最速百メートル当たり二秒以下で駆け抜けてくる。

 人のみならずこの星にいる全てのモノにとって怪獣は脅威です。


「ファイアバレット」


 彼の詠唱が終わり飛んできた火の球を強化した杖で返しました。


「……嘘だろ、おぃ」

「その程度ですか。では、ライトニングジャベリン」


 前詠唱なしで打てたのは大したものですがその程度ですね。


「エアロシールドッ!」


 おや、通常運用ではなく気流の断層を作ってとは器用なことをしますね。

 ですが遅い。


「うごぁ!」


 加速して近づかれたことに気が付いてない時点で殴ってくれと言っているようなものです。

 四回ほど地面に跳ねましたか。

 火浦もきちんとこちらを見てくれているようですし少し待ちましょう。


 先ほどの続きです。

 何故怪獣に魔法が効かないのかについては古くから研究がなされていました。


 曰く、怪獣は神の力をもっている。

 曰く、怪獣は全ての攻撃が効かない。

 曰く、怪獣は失われた黒の龍王の呪いである。


 有力な説が上がらないことと、怪獣を魔法の対象とすると多く場合において魔法自体の発動が打ち消されてしまう事から何時しか怪獣に魔法は無効であるというのが通説になっていました。


 物理の力では到底及ばない。

 魔法の因果では打撃を与えられない。


 だからでしょうね、長い年月の間に皆が思考停止に陥り、強い怪獣が出たら王機が来るまで息を潜めるか祈りを捧げるしかないと思い込んでいたのです。


 そこに風穴を開けたのは私の恩師、小室先生でした。


「ようやく起き上がりましたか」

「くそったれ、お前のどこが魔導だっていうんだ」


 数カ所の出血と腕が折れていますがまだ元気そうですね。

 悪態をつきながらも即時に治療魔導を発効できているあたり腕はありますね。

 たぶんに、先ほどもとっさに魔導を使用して衝撃緩和したのでしょう。

 ふむ、確かにこの子は魔法使いではなく魔導士のようです。


「魔導は物理に結果の出る再現性の高い魔法を選抜して体系化したものです。杖で殴るのは王道ですよ」


 私が発光する杖を構えると苦虫をかみつぶしたような顔をしていますね。


「そんな馬鹿な戦い方するのはシャルマー・ロマーニぐらい……そういやお前、名前なんて言った」

「シャル・アンドゥ・シス・ロマーニです。私の魔導はシャルマー由来のものですわ」


 嘘は言っておりません。


「そういうことかよ。老いぼれに隠し子がいたってか」


 ここは沈黙で答えましょうか。

 何か一人で納得したのか似合わない笑みを浮かべていますね。


「おい、悪いことはいわねぇ。生き残りたければ俺と一緒にカリス教に、ふげぇ!」


 無駄な喋りが長いのでつい殴ってしまいました。

 火浦がこっちをしっかり見てるのは重畳です。

 このままもう少しこの馬鹿と遊んでいましょうか。

 回復魔導はかけているようですからそのうちまた起き上がってくるでしょう。


 さて、先ほどの続きです。

 怪獣も死にます。

 主なところとしては蓬莱人(ほうらいじん)にどつかれたとか怪獣同士の戦いに敗れ喰われたなどです。

 蓬莱人については論外として、大体、物理で何かしらの苛烈な衝撃があった時などに死にます。

 故にシンプルに言うと物理で怪獣は倒せます。

 普通の人間が力で倒せないのは怪獣が強すぎる為です。

 ですので怪獣個体の強度を超える苛烈な武装を使用すれば浅い深度までであれば勝てます。

 一時期流行ったトライの同級生が作成した『ちぇーんそー』という武具はその最たるものです。

 残念ながらあれにはミスリルを多用した為に量産できませんでしたが、大きくても十メートルを超えない深度一怪獣に対して絶大な威力を誇りました。

 テラの科学兵装を再現したものも多くの場合では効果を発揮しましたが、こちらの世界にはあちらの世界にはあるという化石燃料がほぼないため継続的な使用ができません。

 『ちぇーんそー』は凡その作りは変えずに動力等を魔導回路に差し替えた兵装で物理効果をもって怪獣に効果をなします。

 力の強い冒険者たちが深度二に打ち勝つことがあるのも同じ原理です。


 小室先生はそこに着目し仮説を打ち立てました。


『魔法は個人の抱える内部幻想を外部に転写することで成立する』


 やっと起き上がってきましたか、足が震えているのでもう少しかかるでしょうかね。


『その一方で怪獣は幻想に対する耐性を持っている。怪獣が精霊や幻獣などを好んで捕食しようとする事から考えるに、おそらく怪獣はこの世界の幻想や魔法といったティリア由来の力を食べて生きている』


「てめ……うぐゎ!」


 あ、つい殴ってしまいました。

 少しやりすぎましたわね。


『そうであるならば魔法で怪獣に攻撃するということは餌を与えているに等しい。故に体内などの局所的な場所で物理魔法を起こして、物理で叩けば有効打になりえる』


「お、前みたいな奴が魔導士……だと……」

「物理で殴ってこその魔導ですわ。そんな綺麗ごとを言う割にはエクスプロ―ジョンバレットなどという禁止魔導を使ったではありませんか」


 地面に這いつくばってこちらを見上げるソレ。


「力を使って何が悪い」

「悪くはありませんがアレは怪獣には使えなかった魔導です」


 あれは連鎖炸裂という試作魔導を試すための試作品でした。

 その成果の応用でループ型魔導回路が後に再現できたのですが、原点となった魔導そのものは怪獣相手では有効打にならなかったことから封印処置としました。

 技術は因果なもので対人に使う馬鹿が度々出ましたが、私が現役の間は叩きのめしていました。


「人には使える。それで十分だ、がっ!」


 つい頭を踏みつけにしてしまいましたわ。

 人の黒歴史を掘り出してきたので多少ムキになってしまいました。

 これは完全に伸びていますね。

 まぁ、多少は時間稼ぎができたので善しとしますか。


 さて、次は火浦をうまく煽ってファイアーバードをこちらに引き付ける必要があります。


「そちらの方、逃げるなら今のうちですわよ」


 むしろ逃げてくださるなら助かるのですけどね。

 何せ物理の効きにくい怪獣は魔導士の天敵なのですから。













「だ、大丈夫なのかな……」


 兵士の視線の後ろをそろりそろりと沙羅(さら)が歩いていく。

「隠蔽の魔導をかけておきますが、あまり大きな音はたてないように」という姉の言葉に従い息を潜めてゆっくりと、しかし確実に歩みを進めて世界樹へと近づいていく。

 シャルの魔導のおかげなのか、それともどこかの誰かの加護なのか周囲の兵士はまるで沙羅の事を避けるかのように気が付きもしない。


「ふきゃ」


 転倒した沙羅。


「なんだ」「声が聞こえなかったか」「こっちだ」などという兵士たちの声に緑色の肌を一層青ざめさせた。


「うわ、ネズミがいやがる」

「マジか。まじじゃねぇか。どこから入った」


 偶然、近くに出たネズミに気を取られた兵士たちの声が沙羅から遠ざかる。


「おい、何をしてる! 陣形を組み直せという指示が聞こえなかったのか」

「はっ!」


 程なくして一部、設営部材の監視に置かれた兵士を除いて世界樹の周辺からは兵士がいなくなった。


 遠くから風に乗って大音量に拡張された姉の声が聞こえた。


「手が滑りました」


 兵士たちが騒いでいるのが聞こえ沙羅は首をすくめた。

 世界樹の結界まであと少し、だがそのあと少しが遠い。

 兵士のざわめき、そして姉の名乗りと敵への降伏勧告が聞こえた。


「だとすると私は沙羅・アンドゥ・シス・ロマーニなんですかね」


 ぽつりとつぶやいた沙羅の声に近くの兵士が反応する。


「だれだっ!」

「ひっ!!」


 ポシェットを全身で守るようにしゃがみこんだ沙羅。


「がはっ!」


 兵士の悶絶した声につい顔を上げると、そこにはシルバーの髪をした姉がいた。

 沙羅を見て小さく笑みを浮かべたその姉は残像を残して掻き消えた。

 寸時、呆然とした沙羅だったが周辺の兵士が軒並み昏倒していることを確認すると、かぶりを振った後、世界樹へと一気に走り寄った。


「えっと……つきました」


 そういうと沙羅はポシェットの口を開く。


「出てきてくださいっ、ヤエおねーちゃんっ!」


 そう沙羅が言いながら手を突っ込むとポシェットの口から引き出されるようににゅるんとエルフの幼女が飛び出してきた。


「ついただが」


 沙羅と手を繋いだまま外に出てきたヤエは周囲を軽く見やる。


「ねーちゃん!」


 ヤエが声を出すと同時に沙羅とヤエの視界が変化した。


「なぜ戻ってきたでありますか」


 そこは焼けただれて黒く炭化した世界樹とそれを包む結界の内側、その黒い樹木の前にぼんやりと浮かび上がる緑の髪に緑の衣装をまとった半透明な少女。

 身長はヤエとさして変わらないその少女こそが世界樹のドライアド、エウリュティリア本人である。


「心配だったがら。だめが?」


 真っ直ぐに見つめるエルフの少女に戸惑った表情を一瞬見せたのちに困ったような怒ったような表情になったエウリュティリア。


「駄目であります。命令違反でもあります」

「んだどもっ! おらはねーちゃんが心配だっただっ!」


 エウリュティリアは溜息をついたのち傍まで宙を移動して近づくとそっと抱きしめた。


「仕方のない妹分でありますね。少し記憶を見せてもらうでありますよ」

「わかっただ」


 そういって彼女はヤエの額に額を当てる。


「なるほど。ヤエの状況は理解したであります。ならば沙羅殿」

「は、はいっ?」


 エウリュティリアはヤエの手元に小さな袋を握らせると突き放すようにヤエを沙羅の方に押した。


「感傷に浸っている余裕はないであります。ヤエを収納後に咲を出して欲しいのでありますよ」

「ねえちゃん! おら、ねーちゃんもいっしょににげてほしいだっ!」


 ヤエが姉に対して手を伸ばすがそれを避けるように後ろに下がるエウリュティリア。


「検討するであります。時間が惜しいので詳細は後にするでありますよ」

「約束だからなっ!」


 ヤエの目を直視しながらエウリュティリアが沙羅を急かす。


「沙羅殿、急ぎ入れ替えを」

「あ、は、はいっ!」


 ヤエがポシェットに吸い込まれていくと入れ換わりに咲が現れた。


「あっ」

「久しいでありますな、キサ殿。今は咲殿でありますな」

「お久しぶりなのです、エウおねーちゃん」


 小さく会釈する咲をじっと見つめるエウリュティリア。


「会ったのは随分昔の事であります。よく覚えていたでありますな」

「はい。それで……あの」

「把握しているであります。ランドホエールを貸してもらえるでありますか」


 咲は小さく頷くと鯨の入った球をエウリュティリアに預けた。

 球体を見つめてじっと動かなくなったエウリュティリアを咲と沙羅が見つめる。


「可能かどうかといわれると、可能でありますな」

「ほんとなのですか」


 エウリュティリアが頷く。


「元々、王機は先代の世界樹を素材に青の龍王が鋳造したものであります。共振機能を使い力を譲渡すれば出てこれるようにすることは可能なのであります」

「それならお願いしたいのです」


 願いを口にする咲と隣にいる沙羅を見つめた後、エウリュティリアが目を閉じて思案する。

 少しの逡巡の後に目を開くと彼女は願いを口にした。


「一つ頼まれてもらえるならかなえるであります」

「なんですか」

「あの子を頼むであります」

「えっと、それって……どういう意味でなのですか」


 首をひねる咲にエウリュティリアが笑いかける。


「文字通りでありますよ。仲良くしてやってほしいであります」

「はい、もちろんなのです」


 安心したであります、というエウリュティリアの小さな呟きは幸か不幸か二人には聞こえることはなかった。


「作業に入るであります。それと姉君に伝言を頼むのでありますよ。『ヤエスヴィティニトラーヴァを頼むであります。それと無理を押して機会を作ってくださったことに深く感謝してるであります』と」

「あ、はいっ、伝えておきます」


 もしかして過保護な人なのかなと沙羅は首をひねる。

 その一方で何かを理解したような表情をした咲。


「あのっ!」

「なんでありますか」

「その……ヤエちゃんには何か伝えることはないのですか」

「あれば後で自身で伝えるのであります」


 その答えに咲は小首を捻ってあれっという表情をした。


「作業開始であります」


 大人は時として他者の幸福の為にも嘘をつく。

 この時の咲と沙羅はその事実を理解していなかった。

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