魔の導きの到達点
ねーちゃんを見ると私の目を見てにやりと笑ったのが見えた。
なるほど、そういうつもりか。
「かっちゃんさ、ぶっちゃけきくけどねーちゃんとかっちゃん、素で戦ったらどっちが強い?」
嘘をつかれる可能性も十分にあるけどこの状況ならかっちゃんはきっとこう答えてくる。
「……ねーさんや」
だろうね。
そしてねーちゃんがかっちゃんに喧嘩を吹っ掛けてるのも手伝いの一環なんだろうね。
「そっか。私らとしちゃここに残るわけにはいかんのよ」
「そうなん? 衣食住つけるで」
住めってか。
かっちゃんの言葉に私は首を横に振った。
「シャルは嫁ぎ先きまってるんよ。だから戻らないとダメ」
「なんやあの別嬪を射止めたんがおるんか。そりゃまた幸運な男やな」
この子は話の流し方が読みやすくていいわ。
そしてこれにはこう返す。
「男じゃなくて女の子だけどね」
かっちゃんの表情は変わらないけど視線がわずかに揺れ鈴が鳴った。
「今こっちに向かってる」
正確にはメインのアカリはリーシャの嫁であってシャルの旦那じゃないけどそこは意図的に省く。
『優姉!? それ教えたら不意打ちできないですよ!』
まぁ、アカリはそうだよね。
ただかっちゃんについては心根を折らずに妹転換することを狙う関係もあってある程度は誠実に話す必要がある。
それにねーちゃんも待っててくれてるわけだしさ。
にやついてるのがちょいとむかつくけど。
「女同士なんか?」
「ロマーニだからね」
頭を小さく動かしたかっちゃんの鈴が小さく鳴った。
「船で移動したねーちゃんのとこはともかく今向かってる子がたどり着ければかっちゃんのとこまでの経路は確保できる」
「なにがいいたいん?」
怪訝そうな表情のかっちゃんに私が笑いながら言葉を続ける。
「住むのはダメだけどシャルもあのオルゴノールってのに夢中っぽいから定期的なメンテでここに通うのは構わんよ」
本来はシャルの同意もいるだろうけど今は後回しにさせてもらう。
「あんた……まさか」
ねーちゃんがわざわざ棒演技で青鬼役をやってくれてる以上、こっちも全力で演じないわけにはいかんのさ。
「私らと一緒にねーちゃん倒さん?」
なお、私らはねーちゃんには攻撃できない状態のままだから負担はかっちゃんの方が大きい。
なのでここで手札を一枚切る。
私は収納の中にあるマジカをタレントのシスコールで外に呼び出した。
「なっ!?」
組み立てるとこを見ていたねーちゃんは特に驚いた声は上げない。
動体の下に追加されたキャタピラー。
前回と変わりそろばんの玉のような頭部が追加されそこからぴょんと飛び出た二本の触覚。
右側にはギガノコ君の残したハサミをアカリたちが魔導のからくりで動くようにしたもの。
左側にはマジカルパイルドライバー。
さらに胴部に増えたのが何か円柱のような謎の筒。
「なんなんそれっ!?」
それが何かと問われてもね。
「名前はマジカ。シャルたちが作ってくれた私の甲冑よ」
私がそういうとマジカの後部ハッチが自動で開いた。
やっぱこのマジカ、ちょいちょい自分で動いてる気がする。
「いいねぇ、そういうトンチキでわけのわからないのは優の本領って感じがするわ」
ねーちゃんの中の私のイメージがひどく怪異な件について。
「優達もかかっておいで。久しぶりに手合わせしてあげるよ」
おっと、そこで塩をくれるのか。
「かっちゃんだけだとあっというまにおわっちゃうからさ」
姉妹間殺傷禁止は解けていないけど訓練という名目であればかなり幅が広がる。
「そりゃ助かるわ。つーことでだ、かっちゃんや」
私が肩に手を置くと呆然とマジカを見ていたかっちゃんがびくっと反応し鈴がチリンと音を立てた。
「な、なんなんよ?」
本質的にカリスやってたならエログロも見てただろうかっちゃんがここまでマジカに気を取られるとはね。
「ねーちゃん倒すまでの呉越同舟のお誘い、どうよ」
そういう私を戸惑った様子で見つめたかっちゃん。
手段と目的の倒錯があるんだけど気が付くかな。
少しだけ視線を下げたかっちゃんが鈴を鳴らしながら小さくため息をついた。
「今だけやで?」
「もちろん」
私がかっちゃんに向けて伸ばした手をつかんだかっちゃん。
よし、これで嫌がる月音を乗せなくて済む。
「そんじゃ早速乗ろうかっ!」
「はっ!? ちょ、ちょっとまちぃや! なんでうちがっ?」
視線を横に向けると私たちから距離を置く形で全身で乗りたくないという感情を表現した月音がいた。
「相乗りさせようと思ってた妹に逃げられたから」
「あたりまえやっ! こんなけったいなんに誰が乗りたいと思うんかいっ!」
まぁ、そうだよね。
「まぁまぁ、そういわず。怖いのは最初だけだから」
「いややっ、うちが相乗りするんはカコと……って、はなしぃや、はぁなあしてぇ!」
ふむ、物理の力はないんだな、この子。
多分月音の方が腕力あるわ。
『なんか病院に行きたくないワンコみたいになってる』
わかる。
『今の若い子にはあのデザインの良さがわからないのですね』
いや若さとか関係なしにいやだと思うんだけどね。
私はそのままかっちゃんを両手で抱え上げた。
てか小柄な上に軽いときたか。
「あ、ちょ、そこくすぐったいんよ、やめっ、やめてぇな」
そのままマジカの中に入ると自動で後部ハッチが閉まった。
「あーーーーーーーーーーーーー!」
なんというか幽子とかアカリとかとは別な意味でいいな。
かっちゃんのリアクション。
ちょっと、いや結構真面目にこの子、妹に欲しくなってきたわ。
「声だけ聴いてるとエッチなことみたいやね」
「勝手に中に入れといてなにいうとるんっ! だしてっ!」
バタバタするかっちゃんを片手で押しとどめつつ龍玉をマジカに全部セットする。
低めの駆動音とともに魔導甲冑マジカが起動する。
「行くよ、かっちゃん」
「もう……かってにしぃや」
飼い主に洗われた後の猫のような表情をしたかっちゃん。
そんな私たちの耳にねーちゃんの声が届いた。
「あははっ、そんじゃ早速はじ……」
「エアロバーストッ!」
言葉の途中に襲い掛かった横殴りの突風に吹き飛ばされたねーちゃん。
だが空を舞う途中で腰につけていた鞭をつかって体を引き止めた。
「おー」
そしてくるんと回ってから地面に着地する。
アドリブでこれができるんだよ、この姉は。
「さすがにびっくりしたよ」
そんなねーちゃんが視線を向けた先にはシャルが着ているのによく似た魔法少女衣装に身を包んだ月音の姿があった。
『ふえっ!? 月音が魔導!』
いや、今の時点だと体外に反応を引き出す一般の魔導は動作しないはず。
となると答えは限られるかな。
「へへー、すごかったでしょ」
「もしかしてタレント?」
「うんっ!」
そう、月音が使ったのは自身の中のMPに演算式を走らせる古典の魔導ではなくタレントとして実装された魔導。
下の階層でできることを検証するように二人に言った時に試してたんだな。
これはかっちゃんにも聞かせた方がいいね。
操作盤にある複数の模様のうち会話を描いた絵柄を押す。
「シャルやね、これ仕込んだの」
『はい』
マジカ内に不意に聞こえたシャルの声にかっちゃんがびくっとして鈴が鳴った。
これは姉妹通信の音声を魔導機の入出力につなげてくれるマジカの新機能。
「どこまでできるんよ?」
『アカリが学習した魔導であれば月音のマナが許す範囲で可能です』
月音のマナって私と共通だから億越えなんだよなぁ。
「あははっ、千年かかってやっとここまで来たか」
そう楽しそうに笑うねーちゃん。
赤龍機構が使う赤龍歴が千七十二年。
千年ねぇ。
「あんたら、なんや普通とちゃうな」
「そりゃどーも」
マジカが本格的に起動し前方へと走り出す。
避けようとしたねーちゃんの上に月音の声が降り注ぐ。
「グラビィティ!」
重圧で一瞬動きが鈍ったねーちゃんをマジカが跳ね飛ばした。
『ふえっ!?』
『『『『ええー!?』』』』
それはシャルが生まれるより昔の話。
獣の形をした災厄、怪獣への対応は限られていた。
都市を守護する星神に特異なタレントを有する勇者、そしてソングマジックを使う聖女や星獣が人々が逃げる時を稼ぐ。
その貴重な時の合間に王機を始めとした怪獣に対抗しうる力が間に合えば生活の場である都市を護ることができる。
アスティリアはそういう世界だった。
そんな世界でも生き足掻いた者たちは確かにいた。
シャルの所属した小室教室が提唱した再現性のある物理に特化した対怪獣用魔法。
それが『魔導』
遠い異世界の地球の科学を模したその力は時を経て冒険者であれば誰もが使える技能『タレント』と才能によらず恩恵にあずかれる『魔導機』という形でここに結実する。
「やれたのかな?」
『それフラグっ!』
発動直後で多少放心気味だった月音の前に割り込ませたマジカにガンッという激しい音と揺れが発生する。
「いったっ、かったーーー」
そういいながら赤くなった手をふーふーと吹くねーちゃん。
「素手でやったんかい」
「まずはねー」
そういうねーちゃんの服装が冒険者から映画に出てきそうなガンマン風に切り替わった。
「ねーちゃん、ちょっとだけ本気出しちゃうぞ」
そういうねーちゃんを苦いものを飲んだような表情で見つめるかっちゃん。
「ねーさんの一段目や」
そういいながらかっちゃんがマジカの操作盤に手を触れると光のラインがマジカとかっちゃんの両方に走った。
「お、手伝ってくれるんやね」
「いっ、いまだけやっ」
なんとなく目の前にあるかっちゃんの頭をなでてみる。
「なでんなや」
「いやー、かっちゃんがかわいかったからつい」
私がそういうと前方にぷいっと視線を向けたかっちゃんの鈴がチリンと鳴った。
「うち、あんたらの味方になったわけやないで。せやから勘違いせんといてや」
うん、こりゃ可愛いわ。
さてカコのためにもまずはこの状況を乗り切らんとだね。
「……なんでうち、なし崩しでこないなってるん?」
あ、気づかれた。