あの子が欲しい
オルゴノールが奏でる音だけが響く部屋の中、シャルはその複雑な機構をじっと見つめていた。
「警報が出てますわね」
小さくつぶやいた声が全員の耳に届いた。
「あんたこれのことわかるんか?」
「ええ。オルゴノールであれば使っていましたので」
シャルに近寄ったかっちゃんの鈴がチリンと鳴った。
「ほな、今どんなんなってるかみてもらえへんか」
「私が操作してかまわないのですか?」
ねーちゃんとかっちゃんが視線を合わせた後、かっちゃんが頷く。
「うちもねーさんもこういうのはからきしなんよ」
「ボタンを適当に押すだけならできんだけどねー、ここらへんとかさ」
「さわんな。あんた一度落としかけたやろ。うち、ねーさんにはもうさわらせんていうたで」
「落ちるとは思わなかったんだよー」
ねーちゃんの機械操作は他人の動きを見ての一発丸暗記となんとなくのパターン読みだからこういう複雑な専門機械になるとからきしなんだよね。
大体のことが覚えりゃ強いけど覚える気がないタイプだし。
「ソータさんがおらななってからは誰もまともにさわれとらん」
ソータ師匠が死んだのが私がこっちに来る半年前程。
それからもう少しで一年になるからおおよそ一年半ほどってとこか。
『優姉、いま三十八層まできました』
『おつかれ。安全優先で』
『了解です』
こうして話をしている間にもアカリたちは着々と近づいてきてる。
まだプランAでいいかな。
「あんたこれの調整とかできるんかいな?」
「ええ。ハードは直せませんが経年劣化などの部位を避けて設定変更で繋ぎ変える程度であれば」
「ほな、この機械ちょっとみてくれへんか。先週にも一度落ちたんよ」
「あれねー。いやー、焦ったわ。斜め四十五度のチョップが効かなかったらやばかったね」
それ、古い機械の直し方だ。
「あんとき火花散ったやん」
「直ったからいいじゃんか」
「ねーさんにはもう触らせまへん」
口元を隠していたシャルが二人の会話を聞いてぽつりとつぶやいた。
「それは破損したのでオルゴノールの自動修復でリカバリされただけですわね」
そんなこともできるのか、この機械。
つーか王機にも使われてるって言ってたっけか。
だからランドホエールを落としたときにもすごい速度で復旧してきたんだな。
二人で顔を見合わせたねーちゃんとかっちゃん。
再びシャルの方を見たかっちゃんがおもむろにシャルの手をつかんだ。
「ほんまたのむわ。このままやとカコがねーさんに殺されかねんのよ」
いや、ねーちゃんこれでも元看護師だしさすがにそれはないと思うんだけどなぁ。
少なくとも生命維持装置っぽいのに手を出す人じゃないからそん時は多分本当に他に方法思いつかなかったんだろうね。
「わかりました。それでは操作させてもらいますわね。優先順位はこの子の保全ですね?」
「せや」
小さくうなずいたかっちゃん。
それを見たシャルがオルゴノールに近づいて手をかざすと複数の青くて透明な操作盤が浮かび上がった。
ふーむ、なんか見覚えあるんだよなぁ、シャルがこれいじってる光景。
そうか、これあれか。
「なるほど。オルゴノールって王機でシャルとかアカリが座ってたコンソール席の中身か」
即席疑似王機のムーンライトだとなぜか月影が座ってた席。
「ええ。王機にオルゴノールが搭載されている場合にはあの席がオルゴノールの操作鍵盤を兼ねます」
鍵盤なのか。
「怪獣のアナライズとエネルギーコントロール、リペア他、王機の管理機能全般があの位置に集められているのです」
「操作はトライが中心でソングマジックは後ろの席だったよね」
「はい」
レビィティリアの地下遺跡にもあったね。
古代遺跡の中央制御は標準仕様でそういう作りになってたはず。
話からするにオルゴノールが後付けなんやね。
「どんくらいかかりそうや?」
「一時間ほど見ていただければ」
「ほな、うちらはそとでよか。ねーさん、念のためバッハを見張りにつけてな」
「はいよー」
ふーん、バッハへの指揮権ってねーちゃんの方が上なのか。
上に昇っていくねーちゃんとかっちゃんを見送る。
バッハは指示がわかってるのかシャルの方を見ながら座り込み、そのバッハを高い位置から見下ろす形で月影も同じく監視を続けている。
「あんた、なにしれっと残ろうとしとるん。さっきのも込みで上で話があんねん」
「あー、覚えてたか」
仕方ない、上に戻るか。
「私は?」
月影を一瞥してから不安そうに見上げてきた月音の頭をなでる。
「月音は私と上にもどろうか」
「わかった」
再び上から伸びる階段を登り始めた私。
この迷宮、階段だらけなんだよね。
『お姉さま、一つご報告が』
『なによ』
姉妹通信経由で話しかけて来たシャル。
これは全体には聞かせないピンポイント通話か。
システム抑えてるアカリにはバレるだろうけど。
『カコの状態についてです』
『もうわかったんかね』
『はい。オルゴノールで養生している時点でおおよその見当はついていました』
ほー。
『MPで構築されている月華王が致命的な破損をしています。大怪獣戦における精神破壊により月華王、それと個人を形成する記憶と情動といった情報が破損したと思われます』
『それって物理の方ではどうなんよ?』
『脳細胞の九割が破損していたとログにあります。オルゴノールの復元機能で新規に作り直しているようです』
『あー、実質脳死か』
『テラの用語であればそうですわね。この世界にはMPがありますのでそちらから人格情報が逆転写される形で復元する事もままあります』
脳死からでも蘇生できるんか。
『ですが……』
逆転写が成立するならやね。
『カコの月華王、つまり心を護る王機と中のティリアが壊れてるんやね』
『はい。小室教室ではこれを魂の死、魂死と定義づけておりました』
どのみち死んでるわけね。
『そうなると人として蘇生ってのは厳しいと思っていいんかね』
『いえ、人としての営みをおくらせるだけであればやり方はいくつかあります』
『あるんかい』
『はい。例えば月華王の代わりになるMP構造体を他より移植、臓器の不全については体表や内臓に直接魔導回路を記載することで生命補助とした前例があります』
『それって元の人格はどれだけ再現できるのよ』
『この手法では完全な人格の再生は出来ません』
『あー、妹転換と同じか。いや記憶を継がない分だけより別人だわな』
『はい。それでも実績としては十分です』
『それ、意味あるんかね?』
『青の龍王の子孫を復帰させるという意味であれば』
やれやれ、咲の妹ってことはシャルにとってもひ孫だろうに。
そういう意味では元の人物を限りなく復元したいという条件であれば妹転換でも変わらんか。
『他は?』
『ソータがカコの魂魄のバックアップを取っていればあるいは』
魂魄のバックアップときたか。
『できるんかね?』
『できます。むしろこの装置の本領は魂魄の加工にあります』
マッドサイエンティストすぎんよ、ソータ師匠。
『レオナの持ってる神銃は覚えていますわね』
『そりゃまぁ』
『神銃のメイン制御には魂魄データを転写したものが使用されています』
『……おっとそう来るのか』
レオナの爺もそういうことなんか。
『ねーちゃんの持ってるあれは?』
たしかデカルトだっけか。
『以前に破損した際、中身は失われています』
『そっか』
『あの後別の魂魄を入れてないなら空の状態でしょうね。ですので最低限の機能以外は動作しないと思われます』
『つまり弱い?』
『はい。神銃としては基底状態のはずです』
そうは言われても神銃の強さがわからんのだけどさ。
『結局のとこ、カコを治すには魂の控えがあればワンチャンってとこであってるかね?』
『はい。それも蘇生とは程遠いしろものですが』
そりゃそうだろうさ。
『そこんとこも含めてどう落とし込むか決めろってことやね』
『はい』
『あの、ちょっといいですか』
私とシャルが会話しているとアカリが割り込んできた。
やっぱり盗み聞きしてたか。
『なによ』
『レオナが連れてるアトラが情報持ってたってことは以前いいましたよね』
『いわれたね』
確かパケット怪獣には情報を持たせることができるんだっけか。
『はっきり読めたメッセージ以外にもいろいろあったんですが属性とサイズから見て魂魄データの一部じゃないかってのもあったんです』
ほう。
『解析は?』
『スクランブルがかかってて細かくはできてません。無理に開けようとすると壊れます』
アカリがお手上げってことは他の人には無理なんじゃないかな。
『アトラの中に復号キーっぽいのもあるにはあったんですが……』
鍵か。
『ソータのことですから地雷がありましたわね?』
『はい。一度使ったら壊れるカギです』
情報キーで一度使ったら壊れる仕組みってどうやるんだろうね。
『多分、このキーを使えばあのくそじじぃの仕掛けたものなら何でも開くとは思います』
『ただし使い切りと』
『はい』
てことはツチノコの封印解除にもつかえるのかな。
『魔石に転写してあるんでシャル姉の方でも魂魄データかどうか確認してもらえませんか』
『わかりました。チップを貼ってください、こちらから取り寄せます』
『お願いします』
そこまで会話した時点で私は階段を上り切った。
上った私の顔を見たかっちゃんが口を開く。
「あんさんがカコの蘇生が難しいんはわかった」
「わるいね。妹転換で作れるのはそれっぽい子だけなんよ。他の視点から見たカコの人物像と肉体があるから限りなくそれっぽく動くカコを基にした子は作れるけどそりゃかっちゃんのカコではないんだわ」
それが私のスキル、妹転換の限界点。
セーラを転換しなかった最大の理由がこれだ。
「残念やわ」
「ほんとすまんね」
頭を下げた私の耳にかっちゃんのぬるりとした言葉が届く。
「ほな、うちは死返玉の代わりにあのシャルって子をもらうわ」
『『『『はぁ!?』』』』
ははっ、そう来たか。
頭を上げた私の目にかっちゃんのどこを見てるともしれない自己陶酔にも似た表情が映った。
「あの子がおればカコの帰りをいつまででも待てる」
「あー、そりゃ確かに私らがあの機械どつくよりはましか」
ねーちゃんは機械が動かなくなったらとりあえずたたく癖は直した方がいいとおもうんだ。
「せやろ。ねーさんもそれでええな?」
自信に満ちた目でねーちゃんをみたかっちゃんにいい笑顔を浮かべたねーちゃん。
「かっちゃん」
「なんや」
小首をかしげたかっちゃんの鈴がチリンと音を立てた。
「断るっ!」
『『『『『『『『えーーー!?』』』』』』』』
いうと思ってたよ。
「あの子は私がもらうっ!」
「どういうつもりなん?」
「その方が面白そうだからっ!」
こめかみに血管が見えそうな形相のかっちゃんが地獄の底から振り絞るような声を出した。
「ほんま、ふざけとんなぁ。もういっぺん死んでみんとわからんみたいなや、ねーさん」
ごめんよ、こういう姉なんよ。
とりあえず怪獣大決戦に巻き込まれんようにだけはしておこう。
「月音、わかってるよね」
「はいっ、もちろんです」
そういってキラキラした目で見上げてきた月音。
あっ、これ心は通じていても意図は微塵も伝わってないやつだわ。
一歩前に踏みだした月音が睨み合うねーちゃんとかっちゃん相手に堂々の啖呵を切った。
「シャルおねえちゃんは私たちのおねえちゃんです。だから渡しませんっ!」
ははっ、いうと思ったよ。
『お姉さま』
今度は全体に聞こえる姉妹通信で話しかけてきたシャル。
『なによ』
少しの間の後で困惑した声音のシャルの声が通信にのった。
『これがモテ期というものなのでしょうか?』
こういうとこがかわいいんだよなぁ、シャル。
『優、たぶん脳内で逃避してると思うけど現実からは逃げらんないからね』
『せやね』
そしてどうしよう、この状況。