鈴の絆
小さな爆発とスパークが舞う王機メビウスイーグルの制御室内。
座って操作できる席が横に二つつながった並列複座に座る二人の少女。
王機に追加された特殊機構であるオルゴノールが自動回復のための旋律を奏でる中、気絶した水色の髪の少女の横に座った黒髪に透き通るような藍色の瞳、髪の両側に赤い飾り紐につけられた小さな鈴をつけた少女が浮かぶ操作盤に手を添え黙々と作業をする。
「う……んっ……」
隣に寝ていた青い髪の少女がゆっくりと目を開き、その赤い瞳が周囲をとらえる。
その声に反応した黒髪の少女が顔を覗き込むように姿勢を変えると両髪に付けられた小さな鈴が音を立てた。
「かっちゃん、やっと起きた」
乏しい表情の中にも安堵の色を見せる黒髪の少女。
「すまん、おちてもうた」
「しかたない。いける?」
起き上がろうとするも力が入らない様子の青い髪の少女、かっちゃんに黒髪の少女がさらに顔を寄せた。
「あかん、もうちょっとまって」
「わかった」
その言葉に再び制御盤に向かった黒髪の少女。
「カコ……」
「なに?」
かっちゃんに名を呼ばれた黒髪の少女、カコは今度は振り返らずに火花の散る王機の制御室の中で動作可能なモジュールをオルゴノールに再接続するために検索と操作を繰り返していく。
「うちが気絶してる間、どうなったん?」
一瞬だけ手が止まったカコ。
すぐに操作を再開すると状況を説明するために小さな口を開いた。
「アルカナティリアが大怪獣になった」
「そこまでは覚えとる。住民とうちのオリジナル、周辺のレビィも全部飲まれたんやったな」
少しの間、その間にもメビウスイーグルの持つオルゴノールが奏でる自己修復の伴奏が響く。
「うん」
「そのあとや。どうなったん?」
「ナオヤがみーくんと一緒に戦ってる。ハルチカとリトルスノーはリボーンドラゴンの起動、ソータとメティスは他のオルゴノールのとこにいってる」
リボーンドラゴン、それは一般には知られてない命竜王のもう一つの名前。
古代の独立戦争時に超魔法のトライと初代青の龍王が創りあげた最後の龍札の影響を受けて深化した世界唯一の深度六王機。
「王機としてはずっとうごけとらんやん。いくら頑張ってもむりや」
「でも、やるしかない」
そう言い切るカコにかっちゃんがため息をついた。
「大体なんなん、あの怪獣。わけわからんにもほどがある」
「大怪獣アルカリス、メティスはそういってた」
答えたカコにかっちゃんは反応しない。
「悪性他力本願、それがあれの中核」
「他を頼って何が悪いんよ」
「助け合いなら。でも悪性もある」
メティスはもっと詳しくカコに語っていたのだが言葉数の少ないカコは最低限の言葉だけでかっちゃんに伝える。
「そんなんうちらに言われても困るわ」
「うん」
二人の会話が止まり沈黙と機構の奏でる伴奏だけが場を包む。
操作する手を止めないカコの隣でかっちゃんが沈んだ声を振り絞る。
「無理や。あんなん無理筋やん」
「うん」
操作しながら相槌を打つカコ。
「うちは分霊で見た目セーラなんも上っ面だけや」
「うん」
室内に発生していたスパークや小さな爆発はいつしか鳴りを潜めていた。
「うちは所詮はカコの御守りなんよ。そんなでっかい願いはかなえられへん」
かっちゃんの自虐にカコは同意しない。
「カコはあの怪獣がこわかないんか」
操作する手をぴたりと止めたカコが深い藍色にも見える青い瞳でかっちゃんの赤い瞳をじっと覗き込んだ。
「怖い」
その一言にがばっと上半身を起き上がらせたかっちゃんがカコの服の裾をつかみながら叫ぶ。
「なら諦めてもいいやんっ! なんでうちらがせなならんの、誰かほかの人に頼んでもいいやんかっ!」
それは誰しもが持つ自然な感情の動き。
悪性他力本願。
本来の語意から離れた誤用の多重化。
それこそが大怪獣アルカリスの根源だとカコは聞かされていた。
「うん」
けれどもカコはかっちゃんの嘆きを否定はしない。
「せやろっ! ならもうここはあきらめてどこか二人で」
「逃げられる場所、ある?」
正面から瞳を見たままで小首を少し傾げたカコの動きに鈴が音を立てた。
「…………」
二の句が継げずに絶句するかっちゃん。
分割によって構築された『聖水』の龍札と他者から見たセーラの肖像、骨子が失われた異界の御伽草子を土台にした星神。
創作由来、かつ同系統の力を持つ星神であるがゆえに相手の力を読み違えるということがかっちゃんにはできなかった。
そして社会的動物の根幹に近い情動をエネルギーに変えるあの大怪獣が手に負えなくなり世界から知性体が食いつくされるのも時間の問題だった。
「うち、怖いんよ」
「うん」
うなだれたかっちゃんにカコが小さく同意する。
「カコみたいに勇気、振り絞れへん」
沈黙したカコ。
シュルっという音に続き小さく鈴の音が聞こえたがかっちゃんは気が付かない。
かっちゃんが視線を下げたまま呟く。
「世界はこういうとこだけえらいシビアや」
それはかつてソータが周囲にいっていた『世界は冷たい方程式で組まれている』と同義の言葉。
「できんことはとことんできん」
カコがかっちゃんの髪を一房つかみ取る。
「うち、カコを無事に護りきる自信ないんよ」
そういったかっちゃんの髪が一房もとの位置に戻り、その動きに合わせる形で飾り紐に括りつけられた小さな鈴がチリンと涼やかな音を立てた。
「……あんた、人がシリアスなこと言ってる時になにやってんねん」
「おそろい」
そういいつつ残ったもう片方の鈴のついた髪を持ち上げたカコ。
鈴がチリンと音を立てた。
「カコ、うちの話聞いとった?」
「うん」
小さく頷いたカコの髪が揺れ鈴が音を立てる。
「かっちゃん」
「なんよ」
傍目には表情があまり変わらないカコに多少毒気が抜けたかっちゃんが気の抜けた返事をする。
「かっちゃんに半分あげる」
「そりゃありがとさん、でもいまやることやないで?」
少しだけ笑ったカコがかっちゃんの鈴を指さした。
「それ、勇気。半分こ」
意表を突かれた顔をしたかっちゃんが自分の髪に括りつけられた飾り紐と鈴にそっと手を触れる。
すると鈴がチリンと鳴った。
「これ、あんたのオカンの形見やん。いつか双子に一つ渡すんちゃうんか?」
「死んだら渡せない。それに大切な人に渡せって書いてあった」
「せやから姉やないの?」
少しだけ首を横に振ったカコが少しだけはにかんだ表情で苦笑する。
「わかれ」
たった一言、けれどその一言にかっちゃんが赤面する。
ゆであがった顔を抑えながらぶつぶつとつぶやくかっちゃんから視線を正面に戻したカコが言葉を続ける。
「それに」
「そ、それになんや?」
慌てた様子でカコの顔を見たかっちゃんがその表情を見て真剣な表情に戻り同じく正面を見た。
その瞬間、部屋全体に光のラインがはしり奏でられていた伴奏が一層と強くなる。
「メビウスイーグルはまだあきらめてない」
「そうみたいやな」
そういう二人の手が二人の前にある制御盤の上にそっと重ねられてのられる。
「かっちゃん」
「なんや?」
「結婚式はどこでする?」
「土壇場でフラグ立てるのやめーやっ!」
ボケたカコに突っ込むかっちゃん。
そして顔を見合わせて笑った。
「逆境の時ほど笑えやったっけか」
「うん。ソータがそういってた」
「ほんま笑うしかないわ」
二人の視線が正面を向く。
「ええか」
「いつでも」
二人の重なった手の下の操作盤が光り輝く。
「「メビウスイーグル、起動っ!」」
二人の宣言とともに残されていた全機構が再稼働、外部の怪獣戦による凄惨な光景が全面スクリーンへと投影された。
「修羅場やな」
「うん」
そうして一人と一神、一機は戦場へと駆け戻っていった。
それはカリスに繋がれた者たちが人知れず世界を救った自業自得の物語。
凄惨な人同士の戦争につながるエピローグ。
*
階段を下りたその薄暗い部屋、そこは異常な空間だった。
謎の部品群が点滅し、中心にはどこから持ち込んだのか自動演奏機能が付いていると思われるパイプオルガンもどきが時報のような、心音のような音をリズミカルに鳴らしていた。
その機構の中でもガラスのようにも見えるシリンダー型の三本の円柱がひと際目立っていた。
「オルゴノール、ここにもあったのですね」
そういったシャルに優が問いかける。
「オルゴールじゃなくてオルゴノール?」
「はい。ソータが作った万能自動伴奏機。それがこのオルゴノールです」
数秒考えこんだ優がシャルの目を見てこう言った。
「ソングマジックを自動化した装置かね?」
「よくお分かりになりましたね。量産はできませんでしたが複数機製造されロマーニ地下研究施設の中核にもなりました」
肩をすくめた優がシャルに続きを促す。
「それだけじゃないよね?」
小さくため息をついたシャル。
「はい。王機の主要な補修部材としても使用されていました」
「ワルプルギスとかメビウスイーグルにも?」
「はい」
「あの二機、空で月してるよね。どうやったんよ」
「地上に緊急降下させてメンテナンス後に再打ち上げです」
「打ち上げできるんかい」
「ええ、赤龍機構とカリス、それとロマーニが可能でした」
「毎度思うんだけどさ、剣と魔法の世界の実装じゃないんよ」
呆れた様子で返す優。
一方で目を輝かせながら機械を見ていた月音がシャルの方を向いた。
「真ん中の透明な筒は何ですか」
「搭乗員用の治療ポットです。分解と再構築、および魂魄の加工ができます」
シャルの言葉に目を丸くした月音が機械全体を見た後で中心部分の巨大なガラスのような素材で作られた円筒に視線を戻した。
「人が居ます」
「いるねぇ」
中心部分に見える溶液が詰まった巨大な円筒。
「シリンダー少女とはまたマニアックだわね」
その手前の容器の中に片方の髪にだけ鈴をつけた咲によく似た容姿も持つ黒髪の少女が入っていた。
『……カコ……』
姉妹通信越しに聞こえた咲の言葉に誰も反応しない。
そのシリンダーにそっと愛しそうに手を当てたかっちゃんが振り返らずに口を開いた。
「もうすぐ四年や」
アルカナティリアが消失し戦争が起こってから二年。
その後、ロマーニがカリス教によって滅びてから約一年。
それに優たちが歩んできた月日を足した年数、それが四年。
「さぁ、うちがここにいる代わりの契約や」
振り返り優に視線を合わせたかっちゃんの髪に括りつけられた鈴がチリンと音を立てる。
「はよ死返玉つこうてや」
深いため息をついた優が隣に立つヘカテーを見上げる。
ヘカテーは小さく首を振った後で「いっちゃって」と優に伝えた。
「かっちゃん」
「なんよ」
珍しく視線を逸らした優。
意を決しもう一度かっちゃんの瞳を見ながら正面から向き合う。
「ごめん。私にはそれ、出来んのよ」
痛いほど続く沈黙の間にもオルゴノールの奏でる心音のような音が響く。
「はぁ? なんや聞き違えたかいな。もういちどいってくれん?」
「できんのよ、死者蘇生は」
よろめいたかっちゃんの首元でチリンと小さな音が鳴った。
「この世界、出来ない事はとことんできない」
「……嘘や」
「一番よく知ってるんちゃうかね、かっちゃん」