地獄の駅
「こりゃまた随分と違うね」
ここはねーちゃんに連れられて階段を上った先の四十二層目。
元になった場所はたぶんレビィテリア中層、一階の酒場を併設したギルド会館とその周辺地。
私らだとククノチに改修して隣に月の湯を併設した場所やね。
その建造物はここでも改造され大きくその形を変えていた。
『ふえっ、本当に駅になってるっ!』
ギルド会館の建造物は元々柱を中心に中央がホールのように開いている構造になっており奥の方にはバックヤードや事務所などが配置されていた。
その奥の方を大きく取っ払ったレビィティリアの元ギルド会館の横にはずっと遠くまで続く線路が見えていた。
繁華街だった周辺は大体の物がなくなったためか大きく開けておりさらに遠くには多分映像なのだろうけど海も見えている。
「おねえちゃん、あの線路の先にあるのがそうなんですか?」
「そうなんだろうねぇ」
駅舎に大改造されたその場所、駅のホームには線路も敷かれている。
視線を少し奥の方に向けると屋根のついた場所まで線路が引かれているのが見えた。
さらに奥には機関車っぽい何かが見えている。
『ふえっ、まじ!? 転車台まであるの!?』
「転車台って何よ?」
『見てわかるでしょ、奥のあるあの回転する奴っ!』
ああ、あの建物の前にある線路ごと回る奴か。
だから建物が微妙に扇型になってるんだな。
その転車台とかいうやつの先の建物には機関車が停められていた。
機関車というにはゴテゴテした感じがするあたり特撮とかで出てきそうな奴だわね。
つーか駅も機関車も改造しすぎて元の面影がほとんどわかんないかんじなんだわ。
しいていうなら駅舎の隣にあるあの木、あれたぶん冒険者のタグをつっこんでたっていう木なんじゃないかね。
大きさ的にも結構な樹齢だしわざわざ運んできたとか魔法で育てたんじゃなければ元の木のままかな。
「……枯れずに残ったのですね」
冒険者にとっての墓標でもある樹木を見上げるシャルと木の足元に視線を向けた月音。
「お社です」
「せやね」
樹木の前に建てられた小屋の中にちんまりとした社が据えられていた。
「それ、かっちゃんのお社よ」
「ほーん」
カリス神の社は初めて見たな。
その社の奥の方には赤ん坊くらいの大きさの石が鎮座している。
セーラは蛇神の呪いだと認識してたようだけど蛇女房の場合には子が延々と祟られる所以がないんよね。
たぶん、どこかで物語の倒錯か換骨奪胎が起こってる。
セーラの家系は断絶の危機にさらされたことが多いらしいから親から子への口伝自体がどこかで失敗するなりして不安定になったんじゃないかな。
その上、憑き物祓いや陰陽師とかの手を借りた上で何度も失敗しては補完再生してきたようだから異類婚の流れ以外はまるっと破損してる可能性も高いんだわ。
一般に語り継がれる蛇女房にはカリスほどの権能はないからね。
というか消失に対する富の保管という物語の骨子に紐づく現象だけが残ったんだろうね。
だから夢の中のレビィティリアで私がやった蛇女房対策は効きはしたけど怪異に対して致命打にならなかった。
それとポイントはセーラが言ってた『男絶の呪い』。
これ要はお家断絶なのよ。
御伽噺が語られるくらいの昔だと女の子に家督相続ってレアだからね。
水系の異類婚、喪失からの巨万の富、そして作中に断絶が入ってるとなると、たぶん本来の物語はアレあたりかな。
『優姉、いま三十七層の真ん中くらいまできました』
『おつかれ、あとどれくらいかかりそうかね』
アカリ達、救護を頼んだ子たちはねーちゃんに教えてもらった下への階段から降りてもらい現在こちらに向かう形で攻略してもらっている。
『結構かかります。魔獣も罠もがっちりセットされてるんですよ。しかも地下迷宮をそのまんまもちこんでるからスライムたちもいるし』
『あー、みんなでいったねぇ、地下水道』
妹たちも船でこれればよかったのだけど現在私らが戦闘中という扱いになってることから船は出ないといわれている。
仕方がないので三十六層から順次攻略することとなった。
『間に合いそうかね』
『正直言って厳しいです。レオナと私たち、それとフィー姉も駆り出してこの速度ですから』
『ちょろちゅーのあれは?』
『水路の先には行けません』
なるほど。
『それより優姉。それあいつの社ですよね』
『せやね』
『ならそれを盾に取るとかすりゃ有利にできるんじゃないですか?』
まぁアカリならそういうと思ったよ。
「姉として全妹に指示する。この社の破壊を禁止する」
『なんでだよっ! 使えるんだからいいじゃないですかっ!』
不意に外に聞こえる言葉にした私にねーちゃんと妹たちの視線が集まる。
「これ、場所的に見て鎮魂用なのよ。壊したら確実に収拾がつかなくなる」
それにねーちゃんに祓うのは止められたからね。
なら神格を形作るこれに手は出せんのよ。
「ところでねーちゃん、そのかっちゃんってどこよ?」
ねーちゃんの方に視線を向けるとねーちゃんとバッハが線路の先、畑らしきものの見える方を向いた。
「時間的には畑作業じゃないかな」
『墓の下で畑やってるんだ?』
『食べ物っているのかな』
どうなんだろうね、そこら辺。
『優姉』
『なによ』
『今だったらまだ先制攻撃できますよ』
どうにも一撃入れたいみたいね、アカリは。
『そんなに嫌いかね』
『好きなわけないでしょう』
『おい、アカリ。後でちょっと面かせ』
『あ、いやナオ姉、その、これはですね』
静かだなとは思ったけどナオも見てたんだよね。
二人のやり取りが落ち着いたあたりでナオを意識して私は姉妹通信に言葉をのせた。
『ナオ』
『なんだよ』
カリス神に深く入れ込んでいたナオは今回の私たちの冒険やギルドが招集した救護組には加わらなかった。
『たぶん戦うことにはなるとおもう』
『だろーな』
ナオは今もいつも通りククノチで給仕作業中だ。
『伝えておきたいことがあるかね』
かつて母親に会いたかったナオヤ、今は妹と化したナオはカリスのいう死が救いである言葉に従い多くの人の殺害に手を染めた。
私はあの子のカリスへの信仰心は打ち崩していない。
実際のところこの世界で死を迎えても救済されるという保証はないしカリス教の創った大霊界が文字通りの天国とは限らない。
そして地球で死んだナオの母親は大霊界にはいないだろうね。
つまり神であるカリスがナオヤに言っていたことは嘘だったということになる。
元々地頭がいいナオがそこんとこ分かってないわけもなく。
『ねーな』
『そっか』
『あ、いや。やっぱ頼むわ』
ナオからカリスへの言伝を預かった私は苦笑せざるを得なかった。
「なるほどなぁ、大体わかった」
「わかっちゃったかぁー」
私の言葉に肩をすくめたねーちゃん。
ヒントはあったからね。
リーシャと違って水崎の苗字持ってるし。
「ねーちゃんさ、カリスつーかかっちゃんってさ」
「うん?」
見上げるとそこには青い空に白い雲。
どこまでも広がるように見えるこの階層を通り過ぎる潮風が鼻をくすぐる。
横を向くと月音の背負うリュックから半身を乗り出している月影と視線があった。
今の私の心は月音と月影には読まれている。
けど、月影の瞳には特に含むものは見て取れない。
やっぱ、そうなんだな。
「いい子だろ?」
『『はぁっ!?』』
通信越しに驚きが聞こえたのは幽子とアカリの二名だけ。
ファイブシスターズはそうは思いたくない子が多いだろうね。
目の前にいるシャルと月音は微妙な表情をしていた。
『優、本気? カリス教の神様だよ? 人が死んだらそれを利用していろんなことをやっちゃったりするそういう神様だよ?』
それだけいわれると有名なホラー小説の猿の手の逆だわな。
あれは願いを叶えることに対して代償が発生する。
カリスの場合は失ったものに対して代償が発生する。
ここら辺は民話だと珍しくないけど普遍宗教だと基本ないのは汎用性がないからだ。
仏様のとこの教えも現世利益はぶっちゃけ省いても教義そのものは成り立つからね。
私が幽子に返事しようと思ったその瞬間、鈴の転がるようなきれいな声音が聞こえた。
「なんや、さわがしーおもったらねーさんがお客さん連れてきてたんか?」
「これ、かっちゃんが待ってた例の」
そういいながら私たちを指さしたねーちゃん。
その言葉にかっちゃんが目を細めた。
「それならそうといってくれればええのに」
声のする方に皆の視線が集まる。
『おねーちゃん?』
いや、リーシャが一瞬そういうのもわかるけどセーラじゃないのは確かなんだわ。
少なくとも私が出会ったセーラはロリじゃなかった。
流星王子は女装ショタであって女の子じゃなかったからね。
作業のしやすい農作業用と思われる上下の服に背中に背負った籠と野菜。
透き通るような水色の髪に赤い瞳をした小学校高学年くらいの身長の少女。
その子の長めの髪の片方だけを括った赤い飾り紐につけられた小さな鈴がチリンと涼やかな音を立てた。
不意にふいた潮風とともに彼女の衣装がほどけるように組み変わっていく。
月音も着ていた紫陽花柄の着物、あれはセーラの子供時代の着物か。
「ちょうどぶぶ漬けはきらしとったんやわ」
お茶漬けがきれるのか。
「丁重におもてなしせなやな」
あんたはどこのなんちゃって京都人だ。
そんな私の気持ちは当然わかっていないかっちゃんは駅舎の方へと先に歩いていく。
「その言葉、京都弁じゃないよね?」
イントネーションもそうだけど細かな言葉が全然違うんだよね。
こちらを振り返ったかっちゃんの首元でチリンと鈴が鳴る。
「そう。うちのはオトン譲りのなんちゃって関西弁なんよ」
そうか。
だからアニメ関西弁なんだな。
確かにカリスにはこの世界における海の大怪獣レビィアタンも混じってたね。
「立ち話もなんやしあんたらもこっちきーや」
とりあえずは誘われるままに駅舎へとついていく。
建物の入り口につけられた駅名が目に入った。
「よりによって『きさらぎ駅』かい」
ここにきて地球のオカルトに逢うとはね。
分類としては都市伝説かな。
これはソータ師匠の嫌がらせか、それとも如月に意味があるのか。
そこら辺の考察は後に回そう。
『優姉、三十七層の後半にはいりました』
『了解、こっちでできるだけ時間稼いどくから早めに宜しく』
できればねーちゃんとかっちゃんの大怪獣戦とか巻き込まれたくないんだわ。
そんなことを考えていると月音に裾を引っ張られた。
「なによ」
楽しそうな表情の月音と呆れた感情を目に浮かべた月影が視界に入る。
「フラグ?」
ははっ、違いない。