奇積の代価
足元にまとわりつくバッハを撫でながらねーちゃんが口を開く。
「ところで優。死反玉ってもってきてる?」
「死反玉? なんでよ」
意表以前に脈絡がないんだが。
「いやさ、あの人がいつか銀髪に紫色の眼の女の子連れた奴が来たらもってるから聞いてみろって」
あの人っていうとソータ師匠のことか。
「ははぁ、なるほどなぁ」
この世界に私を呼び込んだのはおそらくソータ師匠となっちゃんだ。
呼ぶにあたってどういう条件下で呼ばれるかの条件は厳選してたんだろうとは思う。
具体的に言うと『妹転換』のスキルは予想範囲だったんじゃないかな。
少なくともシャルたち、それとアカリは妹化される前提で私の方に振ってる。
その一方で夢の中のレビィティリアを旅して月音と月影を連れ帰るという流れは多分予想外だったんだと思う。
正直あれを二度やれと言われてもできる気がせんのだわ。
「もっとらんよ」
そしてここに来るまでのどこかの流れで多分レオナと出会って何かしらの冒険があった可能性が高い。
けど、現実としては私たちはセーラのいたあの過去のレビィティリアへと出向きソータ師匠たちの想定しない冒険をして今に至っている。
視界の先、シャルと洗濯物を干しつつ談話する月音とその足元でこっちを凝視しているタキシード猫の月影という光景は私たちが得た唯一無二のものだ。
「代わりに月音とあの子の羽衣が化身した月影ならついてきてる」
死反玉は物部が持っていたという十種の神宝として名が知られている。
その効能は『死者の蘇生』といわれる。
それができたら苦労はしないわな。
一体どういう流れを想定してたんだか。
「そっか」
私の視線を追って月音たちを見たねーちゃんは目を細めた。
「そりゃそーだよね。てかマジであの子もだけどあのにゃんこどうやったの」
どうやったって言われてもねぇ。
「夢の中のレビィティリアをまるっと妹転換したらついてきた。ティリアは明日咲のまねっこが可愛かったからつい」
私がそういうとねーちゃんは額に手を当てて上を仰ぎ見た。
「あははっ、そっか。つい使っちゃったのか。それじゃしょうがないなー」
そういうことか。
私はなんちゃってオンミョウジだ。
大体にしてなぜ『妹転換』というスキルを私が持っていたか。
少なくとも私は陰陽道における死者蘇生法とされる泰山府君の法は使えない。
あれも原点だと死にかけの蘇生と言われてるんだけどね。
スキル『妹転換』の定義、『失われかけている時』がここにかかるんだな。
私にとっての泰山府君の法、それが脳内で神羅万象を妹に組み替える『妹転換』だった。
そう考えると辻褄が合う。
そして普通に考えて広域に発動できる技能じゃない。
ナオの時もそうだけど夢の世界を現実に引き出すとか完全に魔法の領域だ。
私が広範囲妹転換をする場所は夢の中のレビィティリアじゃなくてこの墓の中。
ソータ師匠となっちゃんがそう仕込んでいた可能性は高いかな。
「しゃーない。茶でも飲む?」
「いらんよ。ねーちゃんだけ飲んどいて」
「りょーかい」
それを私はナオやアカリの妹転換の時に本来予定されてた仕込みを使ってるんだろうね。
二度目の世界の転換時には私の死と幽子、そしてシャルが代価を払う形で実行できた。
ちなみにシャルがどんな代価を払ったのかはいまだに本人が口を割らないのでわかってない。
さすがに絶対命令で聞き出すのもちょっとね。
大体にしてどこら辺からソータ師匠たちの計画とズレたかもよく分からんのだよね。
「そういやねーちゃん」
「なによ?」
ソータ師匠が想定してたかどうか聞いてみたかったことが一つあるんだわ。
「ランドホエール初期化しちゃったんだけどそれもソータ師匠の想定内だったかね」
ガチャーンと茶器が割れる音がした。
「は? ちょっとまって。えっ? ランドホエールを初期化? 何をどうやって?」
おっと、さすがのねーちゃんも想定外か。
てことはそのあたりではもうソータ師匠たちの想定からずれてるんだな。
多分、妹融合あたりからだろうな。
結果としちゃ沙羅に疑似スキルの『妹融合』とおつりがくるくらいの実入りがあったけど今の状況から客観的に見るならあの時点でのゴブリン退治はハイリスクローリターンだ。
人っ子一人いないというか多分ゴブリンに食われきったあの地域で無理にゴブリン退治する意味ってほぼないしね。
「ランドホエールを妹にして水がトラウマの子と融合させた後でゲロったら盛大にバグった」
「ごめん、優。なにをいってるのかわかんない」
さすがのお察し超人のねーちゃんでもわからんかったか。
あと足元でバッハが割れた茶器の片付けを手伝ってるのが地味にほほえましい。
それにしても頭の上にハテナ並べてるねーちゃん久しぶりに見たわ。
でも簡単に説明するとこうにしかならんのよね。
つーかねーちゃんと私が話し込むこの状況ももしかしなくてもバグの延長っぽいし。
「とりあえずかいつまんでの説明でいいかね」
「よろしくー」
*
「あっはっはっはっはっ、あのレビィがっ!」
セーラが絡む一連の騒動の顛末を説明した後のねーちゃんがこれである。
「少女ってあのレビィがねぇ」
余程ツボにはまったのかひぃひぃ言いながら笑うねーちゃん。
真面目に目じりに涙が見えるとこを見るとガチで笑ってるっぽい。
「あのくそ蛇ざまーないわ。あー、わらった」
ひとしきり笑ったねーちゃんの視線が外で作業を続けるシャルと月音、そして二人の足元から相変わらずこちらを凝視している月影へと向いた。
「大体わかったけどさ、優も大概に適当よね」
「そりゃねーちゃんにそっくりそのまま返すわ」
明日咲が私らに似なかったのは幸いっちゃ幸いだった。
いやまぁ、月音を見てると明日咲も健康で育てばほどほどに適当でいたずらっ子な面があったんだろうなとおもう。
「それで、あの子、シャルちゃんが何を代価にしたかわかんないわけか」
「まーね。本人が言ってくるまで待ってるつもりだったんだけどさ。そうやって待ってたらずるずると聞きそびれて今に至るって感じ」
「変なとこでヘタレな優らしいね」
「まーね」
他に妹たちもこの会話は聞いてるんだろうけど声が聞こえないってことは見入ってるのかもしれんね。
「あの子が払った代価ねぇ……」
そういってじっつ見つめていたねーちゃんの目が一瞬だけ赤い目に切り替わりすぐに元へと戻った。
今のねーちゃんの目、クラリスや幽子と同じ色してたな。
「大体わかったかね」
「どうする?」
聞くかどうかか。
これねーちゃんに試されてる気もしなくはないな。
ただまぁ他意はないってのもありそうだけど。
小さく頷いた私に二人を見つめるねーちゃんが小さくこういった。
「寿命の半分」
「そっか」
「見当、ついてたんじゃないの?」
「そりゃまぁ、あれだけ生き急いでればね」
『『『『『『………………』』』』』』
半分か。
この世界の人の平均寿命は五十年くらいだと以前シャルから聞いている。
あの見た目の年齢が加味されないと仮に仮定するなら二十数年ほど。
多いといえば多いし少ないといえば少ない。
転換前のシャルが七十台だったらしいから、その半分なら三十年ほどになるか。
「あの子も不器用だからなぁ」
そう呟いた私の頭の上にねーちゃんの手がのせられた。
「なによ?」
「いやー、優がそういう立場になるとはねぇ」
撫でるし。
「ねーちゃんさ、私いくつだと思ってるんよ」
「いくつになっても妹は妹だよ」
ははっ、違いない。
「まっ、シャルが自分で決めてやったことだから私がとかくいうことじゃないわな」
「優ならそういうとおもった。ところでさー、優」
人の頭をなでながら視線を合わせてきた姉の懐かしい瞳の中に私が映りこんでいるのが見えた。
「優たちが来た場所ってアクアタクシーの場所だよね」
「せやね」
一瞬だけ逡巡した後でねーちゃんがこう続ける。
「ヤギの階段は上らなかったわけね」
「まーね。普通のフロアかなって」
やっと手をどけたねーちゃんにしては珍しい苦笑を浮かべた。
「あの人がそんな温いことするわけないじゃん」
曲りなりにも育成迷宮と銘打たれた場所でそこまでやるかね。
「そんじゃあの先はどこに繋がってるんよ」
「七層上のボス部屋」
『ふえっ!?』
ついに我慢しきれなくなったのか幽子の驚愕の声が聞こえた。
たしか塔のあったとこが二十一層、次が三十五、そしてここが四十九。
七の倍数なのはわかってたけど。
「もしかして私たちの通ってきたルートってボスラッシュ?」
ボスラッシュとはネットゲームなどでたまに見るボスとの戦闘が連続する仕様のことだ。
「気が付かないでやってきてたんだ?」
「いやだって、怪獣いなかったし」
私がそういうとねーちゃんが小さく笑いながら頷いた。
「そりゃまだ未配置状態で閉鎖されたからね」
「上に行く階段を上るともしかして七層上のボス部屋に出る?」
「うん、そう」
タワーのあった二十一層から上に昇ると十四層ってことか。
ねーちゃんの足元に絡みついているバッハを見るとバッハもこっちを見つめてきた。
「トラップじゃん」
「だからあの人だってば」
ソータ師匠、ほんっと底意地悪かったんだな。
「ならさ、階段上ってここから外に出るつもりだったんだけどやっぱボスいる感じ?」
「いるねぇ」
本音を言うなら乗ってきた船で戻りたいけど。
「登らなあかんかね」
「外に出たいならね」
ははっ、逃げられないらしい。
「ただ優はあの子にはあった方がいいかもしれないな」
「あの子って誰よ?」
外の二人に再び視線を向けたねーちゃんはこう続けた。
「水崎カリス」
滝夜叉姫じゃないんかい。
しかもセーラの苗字の水崎ときたか。
てか、カリス神は大霊界でラスボスとして待ってるとばかり思ってたわ。
主神不在とか大霊界って奴どうなってんだか。
「でもなぁ、たぶん切れるだろうなぁ。優、覚悟しといて」
「いやまぁ、こっちはロマーニだししゃーないか」
そういう私に首を横に振ったねーちゃんが再び視線を合わせてきた。
「そうじゃなくてさ」
私が首をかしげていると困ったような様子でねーちゃんが言葉を続けた。
「あの子、ずっと死反玉が来るのまってたからたぶん切れる」
いろんな意味でいい予感がせんのだわ。
「逃げちゃダメかね」
「ずっとここで暮らすならね」
逃げられんらしい。