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シスタークエスト レベルは上がりませんが妹は増えます  作者: 幻月さくや
第六章 虚構竜宮編 それはひとつまみの奇跡
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妹の考察 シャル・アンドゥ・シス・ロマーニ編

「ふぃー、生き返るー」


 目の前には湯船に足を延ばしてくつろぐお姉さまの姿がありました。

 月の湯では今日も複数の妹がそれぞれくつろいでいます。


月影(つきかげ)ー、もうちょっとまってね」


 そんな奥の方では月音(つきね)に専用のシャンプーをされた月影がじっと耐えているのが見えます。

 あの子も本当に辛抱強い事。

 やがて洗い終わった月音が月影を抱えて湯船の方に向かい始めると、するりと月音の手から抜け出した月影が文字通り脱兎のごとく脱衣所の方に逃げていきました。


「あーー、まってーっ!」


 それを見ていた他の妹達もすぐに視線を戻すと黙浴や体洗いの続き、近しい友人との談話を再開しています。


「シャルちゃんさー」


 私が髪を洗っておりますとお姉さまが声をかけてきました。

 他の子は知りませんが私は髪を洗ってから体を洗うのでまださほど洗いは進んでいません。


「なんでしょう」


 振り返った先のお姉さまは何時も通り咲お姉さまを膝の上に乗せた状態で月の湯の隅の方を指さしました。


「あれなんやろ?」


 指し示す先には月の湯の温水と帰ってくる排水を運ぶパイプが伸びて木製の四角い枠の中に消えていました。

 確かに前回はありませんでしたが、あれはおそらく……


夢幻武都(むげんぶと)の出入口ですわね。アカリがここから温水を引き出して排水を戻しているようです」

「ってことは墓場行きかな」

「そうでしょうね。まだ何も聞いていませんが迷宮の一層目に簡易湯あみでも作ったのでしょう」

「なるほどなぁ……てっかさ。アカリってほっとくとどんどん環境改造していくよね」

「ええ。実にあの子らしいですわね」

「いやまったくだわ」


 頭を洗い終えたので次はリンスに入ります。

 リンスを使い始めたところで月の湯の監視用のカメラが増えていることに気が付きました。

 あの子も懲りないこと。

 気にしても仕方ありませんわね。


「アカリのさ、あのやり始めると止まらんのって元々かな」

「おそらくは」


 あえて口にはしませんがその意味においてはアカリは『魔導(まどう)』のトライとして最適だったのでしょう。

 私が参照したテラの科学技術、それは星の環境を組み替えるだけの大きな力を持った体系だった学問です。

 後代になると重力も制御していたようですがそれはあくまでテラの文明が大きく進み、ネットワーク社会から人を介さなくともサービスや物品の生成が進む自動社会を経由して更なる進展を目指して宇宙に繰り出すようになったテラ文明が到達した極みの一例。

 一般的な多くの技術は電気や化学反応、力学などを応用した代物でした。

 アルカナティリアへの留学時に私が所属した小室教室では科学の指し示す物理現象、再現性に着眼。

 そこからマナというエネルギー体系から科学的反応を引き出すことによって物理現象を起こし怪獣(かいじゅう)に痛撃を食らわせる流れを編み出しました。

 それが魔導の根幹、コンセプトです。


「アカリもよーやるなぁ」

「アカリちゃん、月の湯の二号店も作るといっていたのです」

「それってさ、もうできてんじゃね?」

「そうかもしれないのです」


 魔導を設計するにあたり参考にしたものが大きく二つあります。

 一つは地球における錬金術(れんきんじゅつ)の概念。

 その中でもサブカルチャー向けに簡素化された理解(りかい)分解(ぶんかい)再構築(さいこうちく)するというシンプルな考え方。

 この世界は抜本的にはティリアの創作世界でありそのティリア自身は世界創造能力者ではなく一種の転送、転換能力者だったのではないかと小室教室では考察していました。

 テラ、ここはあえて地球(ちきゅう)といいましょうか。

 地球の言葉でいうならばESPとサイコキネシスを合わせたPSI能力者(ちょうのうりょくしゃ)だった可能性が高いのです。

 素粒子レベルに分解されても蘇生するティリアをあちらの世界で(ヒト)と呼ぶのか、はたまた(カミ)と称するのかはわかりませんが。

 ソータや他の同級生、師である小室先生とも散々議論した内容ですが、挙動や文字、昔語りの内容からティリアはテラ由来ではないかという仮説を私たちは立てていました。

 そう考えるとSGMやトライがなぜテラから呼ばれるのかについても理解しやすいのです。

 またティリアの能力はどの逸話(いつわ)においても不安定です。

 不安定だからこそ(うた)に乗せベクトルを安定させるという処方が多用されていたものと推察できます。

 その不安定な能力を安定させるために外部補助装置を付けた、それがSGMだったと考えると一番腑に落ちるのです。

 ではその目的やSGMが何の略語だったかとなると現状、皆目見当がつきません。

 SGMの真実は置いておくとしてこの世界の根幹はSGMとMP、つまりティリアの破片がほぼ全てといっていい状態です。

 そしてSGMは現在の赤龍機構(せきりゅうきこう)でもその一部であるワルプルギスの修繕に苦心惨憺しており私たちのような寿命もちには荷が重い代物でもあります。

 月影の健診とともにデータ収集はしていますがそのほとんどがジャンクデータ、つまり解析不能な謎の塊です。

 SGMだけでなく魔法(まほう)についても同様です。

 長い間、わからないものを感性だけで操作していたというのが正しいのでしょうね。

 それが原因で魔法は長らく再現性を保持できませんでした。

 トライたちのスキルであってすら、毎度同一の動作はしてなかったのです。

 そこで魔導では二番目の概念、条件の区分化と再現性を突き詰めました。

 求めた本命は対怪獣用の攻撃魔法としての物理特化魔法としての魔導でしたが、それだけでは国家予算がつきにくいのでテラの文明の利器を魔導機や魔導具として再現、今に至ります。


「ふぅ……」


 リンスが終わったので準備しておいたタオルで頭を簡単に纏めます。

 次は上半身から順に体を洗います。

 魔導においては生活用の魔導や魔導具類は基礎研究の過程で生じる副産物であり主軸ではありませんでした。

 なぜそうなったかというと理由は簡単で、この世界が怪獣との戦いを恒常的に行っている世界だという事実が一つ。

 また魔導機を作るための素材生成に大量のマナや魔導機が必要という状態になってしまうことから量産体制に持ち込むのが難しかった。

 以上の二点が原因です。

 素材生成に必要な錬金は本来はドヴェルグのユニークスキル。

 現在普及しているのはドヴェルグの協力の元、魔導で限定的に再現したものです。

 土をこねたりツルハシを振るえばレア金属が湧き出してきた彼らのオリジナルスキルには遠く及びません。

 結果、通貨や生活に使う分には何とかといった水準でできた金属の練成も複雑な魔導機を組み上げるのに必要な分量の調達となると厳しいものがありました。


 カッポン


 視線を横に向けると何を思ってアカリがつけたのかいまいち測りかねる鹿威(ししおど)しが視界に入ります。

 その表面に施された魔導回路によって水流を利用して発電した電力を光るイルミネーションに転用するという技術の無駄遣いの極みがそこにありました。

 竹の炭素表面に薄く伸ばしたMPで魔導回路を焼き付ける。

 魔化した炭素により通電負荷はゼロとなりその微細電力で発光する。

 これは地球で生み出された炭素系常温常圧超電導回路の挙動に近いものです。

 元は二十一世紀に生きていた人間であるアカリにそれを発明は厳しいでしょうから、誰かが一度作った魔導回路を見たのでしょうね。


 本人の自覚は薄いようですがアカリの魔導は環境を激変させます。


 あれは私たちが魔導ではあえて前面に押し出さなかった科学技術の一面。

 人が環境に合わせるのではなく環境を人に合わせて改変するという人類の持つ最大の武器であり特徴そのものです。

 そうして墓場の迷宮はアカリの手によって歓楽街化していくのでしょう。

 ソータは不本意でしょうがあの子が絡んだ時点でこうなることは分かっていました。


「さて……」


 体も洗い終えたので湯船に入るために髪をもう一度纏めなおします。

 今の私ではあの子の変化についていくこともできていません。

 傍目には拮抗しているかのように見えるかもしれませんが、それはシャルマー・ロマーニ七世の積み上げた貯蓄でごまかしてるにすぎないのです。

 現状のままではいつか私自身が皆の足を引っ張る状態に陥ります。

 現状、アカリのみならずステファやリーシャの成長速度にすら追随できていません。

 世間では魔導王(まどうおう)と呼ばれたりもしましたが、本来私の得意とする分野はMPの基礎研究です。

 そのための装置は王都地下の研究施設に設置してあります。

 私がさらに先に踏み出すためにはソータが作った()()が必要です。

 神代の遺跡、レプリカ版のSGMなども組み込んだあの設備は今の魔導工学では再現不可能。

 ですが、お姉さまたちの視線の先にあるのはカリス教、そして大霊界。

 進む方向が違っているのです。

 幸い、私自身がかつてエクスプローラーズに所属していた経緯もあり探査や発掘には慣れています。


「お邪魔しますわね」

「うぃよ」


 お姉さまの傍の湯船につかると少し熱めの湯が全身を解きほぐしてくれます。

 しばし目をつぶり湯を堪能すると昼の疲れもあってかわずかですが眠気が出てきました。

 頭を振って意識を戻すと先ほどのとりとめもない考察の続きがふと浮かびました。


 やはり、私は一度は皆と離れ地下研究施設を目指すべきなのでしょうね。


 長らく共にいたこともありこの子たちに情がないわけではありませんが必要性を考えるとそれがベスト。

 今回の挑戦では一緒に組んでくれた月音とお姉さまですが……


「ふーーーーん」


 いつしかじっと私を見ていた月音と視線が合いました。

 読まれていましたか。


「シャルちゃんさぁ」


 湯船で目をつぶっていたお姉さまも私に声をかけてきました。


「なんでしょう」


 一呼吸ほどの間をおいてお姉さまが口を開きます。


「大体何考えてるか見当つくけどさ」


 月音経由で見ていたわけではないのですね。


「たぶん、それ自分も(だま)してると思うんよ」

「と、言いますと?」


 さて、騙すとは?


「もしくは考えすぎてすっぱりと視野から抜けてるかやね。シャル」

「はい?」

「メティスに会いたいのはたぶん月音も一緒なんよ」


 なるほど、そういう視点でしたか。


「そうでしょうね」

「それとさ、シャルにはわるいけど(さき)の妹のカコの確保の方が先なんだわ」

「……覚えていてくれたのですね」


 お姉さまの膝の上に乗せられている咲お姉さまがため息交じりでそういいました。


「たぶん遠回りしても王城地下の研究所いった方がシャルには都合がいいんだよね。あっとるかね?」

「はい」


 お姉さま相手に誤魔化しても無駄ですので正直に答えました。


「シャルはさ、今回なんで私が縛りプレイ受けたかってわかるかね」


 縛りプレイという字面はともかく確かにメリットとしては薄いかもしれません。


「姉の情報が目当てでは?」

「それもあるけど試して見たくなったんよ。龍札(たつふだ)抜きの自分がどこまでできるかをさ」


 なるほど。

 眼を開いたお姉さまは私の方を見ながらさらにこう続けました。


「シャルにも試してほしいんだよね。シャルマーではない、シャルがどこまでできるか。多分その方がさ……」

「積み上げになる、ですか?」


 そう返した私にお姉さんは笑いながらこう言ったのです。


「うんにゃ、面白い」


 この姉はこう出てくるから面白いのですわね。


「二日目は全力で行くよ」

「はい」

「おー」


 ならば私も本気で行かねばいけませんね。


「あがったらマジカの改造を行います。ご期待くださいね」

「あれがさらに変わるんか……」


 ラフはもう書いてありますので。

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