蛸と魔改造マジカ
高速で動くタコの触手がほんの一瞬だけ月音を捕まえる。
つかまったその瞬間、離れた位置に月音が移動した。
「マルチアイスバレットッ!」
シャルの魔導が巨大蛸に届き触手をひるませる。
その直後、月音が形成した巨大な積み木の拳が蛸を横殴りする。
そのまま私の目前まで飛んできた蛸。
「アン、ドゥー」
マジカで蛸の触手に触れると巨大な蛸の体が円を描く淑女のようにマジカを中心に回転させられていく。
「トロワッ」
そのままの勢いで宙に放り投げるとその先には魔導を展開したシャルが待ち構えていた。
「グラビティッ!」
宙を飛んでいた巨大な蛸が地面にめり込む形で落下し押しつぶされているのが見えた。
「ふいー、これで流石におわったかね」
「いえ、まだです。キラーオクトパスはタフネスと回復の速さが特徴の魔獣です。この程度なら復帰してきますわね」
「まじか……」
そんな感想とともにマジカの動きを止めた私の傍に月音が着地し荒い息を整えているのが見えた。
リュックの中の月影は穴の底の巨大蛸から視線を外そうともしない。
月影が警戒を解かないってことはマジっぽいわね。
「シャル」
少しでも動きを止めようとブローフリージングを穴の底にかけているシャルに話しかけた私。
「なんでしょう」
「魔獣ってさ……怪獣より弱かったんじゃなかったっけか」
「はい、怪獣ならばこの会話の間にも回復が終わっていますわよ」
毎度のことながら怪獣が強すぎんのよ。
「あれ、本当に怪獣ちゃうの?」
「はい。魔獣キラーオクトパス。深度零の魔獣です。カイジュウアラートもなってませんわよね」
「まー、確かに」
つーてもこの大きさの巨体が暴れたら実感としちゃ怪獣と変わらんのだけど。
「少なくともアカリたちなら簡単に倒せますわよ」
「まじでっ!?」
『シャル姉まで無茶ぶりすんのやめてほしいんですけどっ!』
通信越しにアカリの非難が聞こえた。
「キラーオクトパスはスタミナの多さとそれに伴った回復が特徴ですがそれを除けばただの蛸です」
「これをただの蛸と言い切るのはシャルちゃんだからなんちゃうかね」
「この蛸さん、でっかくてヌルヌルするし触手がすっごく強いです」
やっと息が整ったのか一度触手につかまってヌルヌルになった月音がうんざりした表情をしている。
蛸のヌメリはなー。
「えらい回復が早いけど高速回復ではないんね?」
「はい。キラーオクトパスは元々千年以上前に出現した蛸型怪獣が子を作り種族化したものです。交雑した際に特徴であるスキルは継承されませんでした」
ほーん、交雑ねぇ。
やっぱ怪獣も子供作れるんやね。
「フライングシャークもそうですが親種である怪獣の劣化したスキルが派生した種に固着するということはままあります」
あの海峡で飛び回ってたサメか。
確かにあの動きは魔法としか言いようがないわな。
どう見ても空を泳いでたし。
「なるほど、そしてあの蛸はとにかく回復が早いと。攻略方法はあるかね」
「王道であれば毒です」
「あれにも毒が効くんか」
「はい」
そういうとこは怪獣とは違うってのがわかるね。
「ですがその場合には食用には適さなくなります。討伐依頼が出ることも稀なので基本は放置される魔獣の一つです」
「船とかの邪魔にはならんのかね」
「近海ではあまり出ませんので。遠洋航行できる船舶は数が限られますし対策も知られています」
「対策ってどんなんよ」
「キラーオクトパスの急所は目と目の間の少し下です。その位置に貫通打撃を入れる事ができれば倒せます」
「シャルのアイスジャベリンじゃダメなんかね」
「威力不足です。今の持ち札であればマジカについているマジカルパイルドライバーが最適かと」
目と目の間の少し下ねぇ。
「それって食われる寸前といわんかね」
「ええ」
ええって…。
まぁ、シャルのことだから最適解を言ってるだけだわな。
「つーてもなんか知らんけどあの蛸、私というかマジカを近づけたがらんのよね。シャル、原因分かるかね」
「わかりません」
シャルと私が疑問に首をかしげていると
「蛸さん、それが怖いんじゃないの?」
『『『『『『………………』』』』』』
蛸も怯えるコズミックホラーってか。
いや、たぶん別な理由がありそうだけどね。
「よし、ならちょっとやり方を変えよう。月音、マジカに乗れるかね」
「えっ……でも、蛸さんの相手、シャルお姉ちゃんだけだと大変だよね」
驚いた表情の後で後ずさりした月音。
その横で蛸に凍結魔導をかけ続けているシャルがちらりと私を見た。
「しばしであれば構いませんわよ。月音、お姉さまに何か案があるようですし」
「ちょっとね」
さっき雑談でしてた手足がって話で思いついたことがあってさ。
「私にいいアイディアがある」
月音の傍に止めていたマジカの後部ハッチを開けて乗り出した私は月音に手を伸ばした。
「つーことでカモン、月音」
「えー、ほら、今私ヌルヌルだし」
セーラー服でヌルヌルって特殊な性癖の人を刺激しそうだわね。
「狭い空間で妹とヌルヌルとかご褒美ですが」
『思っても口にすんなよっ!』
『ドン引きだよ、優っ!』
何故罵倒される。
「どのみちさ、あんだけ跳ね回ってたら月影がちょいとばて気味よ。気が付いてるんでしょ、月音」
「うっ……」
振り返った月音とリュックの中から上半身を出している猫の月影の視線が絡みあう。
「つーことでコンビ変更だ。おいで月音」
「うん」
そういいながら月音がマジカの中に入ってくる。
それと同時に月影がすっとリュックの中に潜った。
結構限界だったっぽいね。
猫は限界まで弱いとこみせんから注意しとかんと危ないとは思ってたんだわ。
「狭いよ。どこに乗ればいいの?」
「一人乗りやからね。とりあえず膝かな。リュックは足元に」
「はーい」
月音が座ると同時に背中側のハッチが閉じた。
多分衣装を変えればヌルミも消えるんだろうけどこれはこれで面白いのであえて教えない。
つーか私の心が読めてるはずの月音が反応しないってことはかなりてんぱってるね。
「月音との共同操作はムーンライト以来やね。月音、これもって」
そういって月音の手のひらに『孝行』の龍玉を持たせる。
「で、私と同時にその龍玉にシスリンクを張る」
「え? 同時って出来るの?」
「しらん。でもなんかできそうな気がするからやる」
『でたよ、お姉ちゃんのいい加減』
『そもタレントって二重掛けって出来るの?』
みんな忘れてるみたいやね。
「それができなきゃエクスカウンターは成立せんのよ」
『たしかに』
『さすが姉さん』
そんじゃ行きますか。
「月音、始めるよ」
「うんっ」
『孝行』の龍玉を手に持った月音の手の上に手を重ねてから同時にタレントを発動する。
「「シスリンクッ!」」
妹融合は封印してあるけどこれは妹融合には該当しない。
「ちゃんと締めたらみんなで蛸料理食べよう」
「うんっ!」
龍玉経由で月音に指示を出した私。
その指示に従って月音が新しいスキルである『玩具操作』を使って積み木でマジカに四本の足を追加した。
そんじゃ蛸を締めに行きますか。
*
『えっ、なに、それ、きもっ!』
そりゃ触手満載、打突武装付きのホラーもどきが積み木でできた四本の足でシャカシャカ歩いたらそう思うわな。
走るマジカに逃げる蛸。
「お姉ちゃん、ヌルヌルするー」
「これがおわったらお風呂にしようか」
海の方ではシャルが浮遊しながらフローティングボードを使いながら牽制してるものだから水底に帰れない蛸は海岸線を横に移動するようにマジカから逃げる。
「アイスバレット」
シャルの使う魔導が徐々に深度の低いものになってることからシャルのマナ切れも近いのがわかる。
さて、ちょっと加速しますか。
『うへぇ、なんか黒いあれっぽくていや』
一匹湧いたら三十匹のあれか。
「そんなん言ってると夢に沸くよ」
『いやーっ!』
そして逃げる蛸がついに何かにぶつかって止まった。
そう、ここ育成迷宮ことダンジョンは有限だからね。
どっかで突き当るのよ。
「追い込み漁って寸法さね」
『追い込み漁は網があるからね』
そりゃ定置網だわね。
逃げられなくなった蛸。
それでもなお生き足掻くために触手を伸ばして抵抗するが、マジカに連動した『礼節』がさばいて横にずらすことでじりじりとマジカが近づいていく。
『蛸さん……』
なんか嫁が蛸に同情的なのが釈然とせんけど討伐相手だからね。
そうこうしてるうちに蛸の顔がマジカのすぐ前に近づき再チャージしておいたマジカルパイルドライバーが弱点にセットされた。
『礼節』の働きのおかげか左右にマジカや蛸が揺れても打突ポイントからはぴたりと動かない。
「月音」
「な? なに?」
静かになっていた月音が慌てた様子で私を振り返る。
「イカもそうだけど蛸だって生きちゃいるのよ。それでも私らは必要とか食べるとか私らの都合で倒す」
「……うん」
再び前方を向いて蛸の目を見た月音の頭を私はそっと撫でた。
最後の一撃はいつも一瞬だ。
「マジカルパイルドライバー……シュートッ!」
動いていた蛸から一気に力が抜けた。
そうして動かなくなった蛸にすぐさまシャルがチップを魔導で張り付けた。
「たこ焼き何人前になるかね」
『なんかちょっといい雰囲気だったのに台無しだよっ!』
そうは言われてもね。
あとさすがに風呂行きたいわ。
月音とかヌルヌルに気を取られて完全に回り見ちゃいないし。
『優姉。その蛸、今送られるとあれなんで』
まーそうやろうね。
「そんじゃまっ、蛸をアカリのとこにおくったら今日はこれまでにして月の湯に行こうか」
「うんっ、すぐやりますねっ!」
あっ……蛸が目の前から消えた。
『ぎゃーーーーーーー、蛸がーーーーーーーーーーーーっ!』
『優っ!』
『おいっ、墓石倒れてんぞ』
湧き上がる妹たちからの非難。
「あー、月音さ。もしかして妹召喚の逆もできる?」
「はい。うへー、ヌルヌルですー」
まさかの妹送還ときたか。
ヤギがククノチに飛んだのももしかしてこれかな。
「さっきのアカリの言葉聞いてたかね?」
「はい? アカリお姉ちゃん、何か言ってましたか?」
こりゃもうちょっと周囲に注意残すように教えんとだわね。
月音のこめかみに拳を当てつつ、私は妹たちへの言い訳を考えていた。