廃墟で踊るカニとのワルツ
「シャルちゃんや」
「なんでしょう」
再び旧アクアタクシーターミナルに戻ってきた私たちを待ち構えていたのは巨大なカニ、ギガノコ君だった。
「ノコギリガザミって陸に出てくる動物じゃなかったよね」
「そうですわね」
思いっきり陸に上がってきてるんだよなぁ。
しかもせわしなくハサミを動かしてる。
追い立てられたんかな。
あと何か食ってるね。
「何かから逃げてきたんかね」
しかも完全にこっちをロックオンしてるし。
「何から逃げてきたかってわかるかね」
「おそらくになりますがキラーオクトパスあたりではないかと」
なるほど、蛸か。
そしてこのおっきなノコギリガザミが逃げ出すくらいとなると。
「ドンくらいの大きさなんよ」
なんか知らんけど全体的に海棲類がむやみやたらにデカいんよね。
「個体によります。成体の平均であればおおよそ三十メートルほどですわね」
「でかいよ」
そんなのが海にいてギガノコ君が逃げる形で陸に押し出されてきたと。
しかし蛸なぁ。
たしかに人間を除くとカニを捕食する天敵ってのは蛸が多かったりする。
とはいえノコギリガザミは最強クラスのハサミを持つカニだ。
そう簡単に食われるかというとちょっと疑問なんよね。
いや、これは多分違うな。
「シャル、これってさ。このカニを倒して一息ついたと安心したとこでタコにばっくりってパターンだったんじゃないかな。もしくは戦ってるうちに海に近づいたら横からやられるとかさ」
「ありそうですわね、ソータなら」
『あの人ならやるね』
『あのくそジジィ、ホント性根が腐ってる』
もうお約束となったソータ師匠に縁があった妹たちの安心の定評。
ん-、この他の動物を使って誘導してって他にも見た気がするんだよなぁ。
鵜飼いの鵜はちょいと違うとして熊狩りでの熊犬のマタギ犬とかさ。
いくら魔獣といってもカニは犬ほどは知力ないだろうから追い立てられて出てきてるだけだとは思うけどね。
「むしろギガノコ君が飛び出してきたのはラッキーだったかもしれんね。これならバラでさばけるし」
「そうですわね。それで、どういたしますか。私が対応いたしましょうか?」
「いや、予定通り私がやる」
私がそういうと苦笑いしたシャルとうへぇという顔をした月音の表情が目に入った。
「戦闘の最中にキラーオクトパスは出てきた場合は?」
「そんときゃ悪いけど月音とシャルで対応宜しく」
「承知しました」
「はーい」
「ちょっと試してみたいことがあるんよ」
途端に湧き出した妹達からの声。
『優姉のことだからろくなことじゃないですよ』
『だろーな、けど勝つだけってんならねーちゃんの手でも悪くねーぞ。オレはやらねーけどな』
『まねできないやり方ってどうなんだろ』
妹達からの熱い声援もあることだしお姉ちゃんちょっと頑張っちゃいますか。
「私にいい考えがあるっ!」
『優のそれ、絶対ろくでもないからっ!』
ははっ、違いない。
「あ、そうそう。戦う前にアカリにひとつお願いがあるんだけどいいかね」
『え、断りたいんですけど』
「いや大したことじゃないからさ。後でリーシャと沙羅のちょっとエッチな画像とかあげるから」
『い、いりませんよ。もってま……あっ』
『アカリちゃん、ちょっとこっちでお話ししようか』
『いや、ちが、違うんですっ!』
「シャルと月音のもあげよう」
『のったっ! いや、いたたたたたたたたっ!』
アカリ、健闘を祈る。
戦闘はアカリのとこが落ち着いてからかな。
*
「「「……………………」」」
廃墟と化したアクアタクシーターミナル。
かつてレビィティリアの下層の船着き場や荷役所として栄えたその場所は今は見る影もなく朽ち果てていた。
そのすぐ脇では怪獣と見間違うほどの大きさの巨大なカニが捕まえた獲物を咀嚼していた。
「あれ、なに食ってるかわかるかね」
「マナのパターンから見てアクセラレートゴートですわね。海辺に迷い込んだ個体がいたのでしょう」
シャルのその言葉を聞いて月音がぐっとこぶしを握りこんだのが見える。
そんな月音に対して私は右手を開きながら止まるようにチェスチャーを出した。
「月音、あの子も生きるために食べてる。ヤギに入れ込んでるのは分かるけどそこはフェアに見んといかんのよ」
「…………」
返事はない。
まー、なんだかんだ言って子供だからしょうがないんだけどさ。
「そしてあのギガノコ君は私が倒してみんなの今晩のカニ鍋になるわけだ」
「えー、ヤギさん食べたあの子を食べるの?」
「食物連鎖とはそういうものです」
いやそうな顔をする月音に淡々と答えたシャル。
「命はつながるものだからね。そうして食ってつないでいかんとヤギもギガノコ君も報われんのさ」
『なんかもう終わったみたいなこと言ってるけど闘い今からだよね、優?』
「せやね」
けどまぁ、大体この先の流れは分かってるからね。
「さー、始めようか。シャル、召喚だ」
現在、私は妹融合と妹召喚は封印状態になっている。
ぶっちゃけ月音経由で都市に預けてある龍札の私に依頼すれば可能ではあるんだろうけど念の為って奴だ。
「はい。招来、マジカルカスケット」
淡々としたシャルの宣言に呼応するように稲光とともに少し見慣れてしまったコズミックホラー、もといマジカスが召喚される。
棺桶っぽいところやトゲトゲなんかは変わらないけど私の依頼で大きく変わった点が一つ。
『ふえっ!?』
『かっこわりー』
マジカスの胴体横にあからさまな突貫工事で接続されたソレ。
『なるほど。考えたね、姉さん』
「せやろ」
アカリがレッサーベヒーモスを倒すときに作ったマジカルパイルドライバー。
ミスリルの杭打機が固定されていた。
なお、頼んだのがアカリなのでもちろんレンタル費も工事費も取られている。
なんかこのままなし崩し的に改造を続けてえらいことになりそうな気もしなくもない。
「さー、行こうか」
マジカス……だとちょっとかわいくないからちょっとひねるか。
「マジカスをちょいと縮めよう。お前さんの機体名は今日から『マジカ』だ」
私がそういうとマジカの背中側のハッチが自動で開いた。
これはシャルが開けてくれたんだろうな。
中に入ると前回と同様に操作盤に窪みがあり複数の光がまるで待機状態の電子機器のように走っていた。
「シャル、マジカにつけられる龍玉って一個?」
「いえ、九個まで可能です」
よく見るとくぼみが複数あるのか。
てかバランス上そうなったんだろうけど九曜紋っぽいね、これ。
とりあえずリンクしっぱなしの『智恵』と同時に『礼節』と『信念』の龍玉を操作盤にはめ込み追加でシスリンクする。
「そんじゃまー。おねーちゃんと一緒にカニ狩りとしゃれこもうか、マジカ」
軽い駆動音とともにシャルとアカリの合作になりつつあるホラー仕立ての妹が起動する。
『なんか見た目グロイのに優が妹扱いするもんだからかわいく見えてきた気がする』
『ユウコおねーちゃん、それ絶対騙されてると思う』
『わかる、わかるんだけど』
ほー、幽子もその領域に足を踏みこんだか。
「シスは言っている。姉の目で見ろ、さすればそれは妹であると」
『いってないからっ!』
さてやりますか。
「マジカ、まずは横からだ」
私の声に呼応するようにマジカが瓦礫の多い海辺を走り抜けていく。
カニのハサミを避けて裏側からと思ったその時、ハサミがふいに動きマジカのボディをこすった。
「うっへぇ! 今のを見てたんかい」
そうこうしているうちにギガノコ君が姿勢を変えハサミをさらに繰り出してきた。
私とマジカはそれをくくりつけられたマジカルパイルドライバーで受けてから角度を変えて受け流す。
固いもの同士がこすれあった嫌な音とともに火花のようなスパークが散る。
「マジカ、サイドターンっ!」
私の声に合わせてマジカが横にずれマジカルパイルドライバーをギガノコ君の腹に当てようとするが今度はギガノコ君が角度を変え受け流してきた。
これじゃ当てられんね。
「ステップ、合わせてっ!」
変化する状況をきっちりと理解し対応を考えてくる『智恵』の戦術プランに合わせて『礼節』が光りマジカを制御する。
『えっ、これって…』
『なにやってんだ、あんた』
ギガノコ君が進めば引き、引けば進む。
右のハサミに合わせてマジカルパイルドライバーで受け流し、左の小さめのハサミに合わせて複数の触手でふわりと受け止める。
「なんか楽しそう」
巨大なカニと謎の物体『マジカ』の海辺でのワルツ。
「なるほど。礼節をそのように使われますか」
『礼節ってなんだよっ!』
ふむ、哲学やね。
『おかしいからねっ!? 礼節ってカニとホラーのダンスの為にあるわけじゃないからっ!』
「せやね」
そうこうしているうちに『智恵』の妹の誘導が効いたのかギガノコ君が海ではなく陸側に背を向ける位置になった。
これで倒せる準備は整った。
そしてちらりと映ったギガノコ君の黒い目にほんの少しだけ心が揺らぐ。
現在封印しているスキルは妹召喚と妹融合だけ。
弱らせて妹転換するのも……
『……………………』
瞬間、ピリッとした感触とともに心を引き戻された。
ははっ、私はまた逃げたのか。
そりゃそうだよな、どんな命も頂くってことは重いことだ。
こういうのも妹に教えられるっていうのかね。
光り輝く『信念』の龍玉をそっと撫でてから私はいつもの宣言をする。
「ファイナルターン」
マジカがすっと位置を変えマジカルパイルドライバーの打ち出し部分がギガノコ君の胴体のど真ん中にセットされた。
「グッパイ、ギガノコ君」
激しい駆動音とともにミスリルの杭打ち機がギガンテッククラブを貫いた。
『この姉、さらっと勝ちやがった』
『さすがお姉さま』
そして海辺に散るカニの内臓。
その横を魔導で誘導されたチップが飛びカニの甲羅にぺたりと張り付いた。
「あっ、そういやカニみそも喰えたよね。もったいないことした」
『そこなのっ!?』
取った以上は素材か食べ物だからね。
視線を月音の方に向けると小さく持ち上がった土の上に石を載せているのが見えた。
背中のリュックから半身を乗り出した月影と視線が合う。
ギガノコ君に食われてたヤギの墓かな。
「月音、ちょいといいかね」
「なに?」
悲しんでいるのか怒っているのか微妙な月音に私は一つ依頼することにした。
「みんなで食べて使える素材もとったら残りでギガノコ君の墓も作ってくれんかね」
意味はあるかというとないんだけどね。
多分、同じ思考に到達しているシャルも何も言わない。
「うん、わかった」
そろそろかな。
そんな風に考えているとギガノコ君をつかもうと吸盤のついた触手が伸びてきた。
「ブローフリージングッ!」
シャルの魔導が触手を凍らせる。
「アカリ、チップはシャルが魔導で張ったから回収してっ!」
『了解ですっ!』
一瞬で消えたギガノコ君の死体の後を触手が通り過ぎた。
「来ると思ったよ」
海からゆっくりと頭を見せたのは三十メートルほどの巨大な蛸。
魔獣、キラーオクトパス。
さすがにこれの相手は一人じゃ無理やね。
「シャル、月音、月影。もうちょい踏ん張ろうか」
「はい」
「うん」
ちょっと堅そうだけどいけるでしょ、たぶん。
「たこ焼きの為に」
『『だいなしだよっ!』』
なんでダブルで突っ込まれた。