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シスタークエスト レベルは上がりませんが妹は増えます  作者: 幻月さくや
第六章 虚構竜宮編 それはひとつまみの奇跡
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加速山羊と少女

「ぬー、まただめでした」


 そっと近づいてきた月音(つきね)の音に気が付いたヤギが残像を残して二メートルほど先の位置に移動する。

 あれから数分、ヤギと戯れる月音を視界に私とシャルは茶を飲みながら休憩をとっていた。


「こうなったら……」


 そういいつつ月音が積み木をスリングショットに載せた。

 スキルを使う気か。

 おっ、月影(つきかげ)が私をじっと見てるってことは止めてほしいんだわね。


「月音、ストップ」


 一呼吸してから歌おうとしていた月音が私の方を見た。


「なんでですか?」

「スキルも月音の能力ではあるけどさ。月音、冒険者としてのタレント全然使ってないやん」

「む……そういえばそうですね」


 気が付いてなかったんかい。


「おっきな相手に使うなとは言わんからヤギたち相手にはタレントで対応してみたらどうかね。シャル、あのヤギって危険度はどのくらいよ」

「アクセラレートゴートの適正冒険者ランクはEです。かなりの脚力がありますのでうかつに後方に回り込むと蹴りで骨折する可能性があります」

「まー、ヤギだしね」

「また一瞬で距離を詰めてくることから渓谷などで遭遇した場合の接触事故で転落などもあり得ます」

「まー、ヤギだしね」

「お姉ちゃん、それしか言ってないー」


 だってヤギだもんよ。

 普通の野生のヤギだって壁の駆け上がりとか結構すごいことするってのにそこに加速と跳躍が追加されちゃね。


「シャル、あのヤギ即死クラスの攻撃はしてこんと思っていいかね」

「ええ。事故を除けば」


 そりゃ事故は何にだってあるわな。


「なら決まりだ。月音、せっかくだからタレント使ってあのヤギさんたちに訓練してもらいなよ。ずっとってわけにもいかんから今から一時間ね」

「はーい、なにとろっかな」


 タレント、取ってなかったんかい。


「はい。今からとります」


 そういいながら冒険者カードを凝視する月音にやっと安心したのか月影がリュックの中に身を隠した。

 月音は冒険者カード見ながらリングで何かメニューを開いた。


「街に戻らんととれんのとちゃうかね」

『あ、リングのメニューにレンタルタレント追加しました』

「レンタルタレント? なんぞぞれ」


 興味がわいたのか同じくメニューを開いたシャル。


「これは……対怪獣戦が宣誓されたときに赤龍機構(せきりゅうきこう)が貸し出す緊急用の貸借タレントですわね」

「そんなんあるんか」

「ええ。ですが発動条件が複数あったはずですが」

『発動条件は三つ。対怪獣戦の認定を赤龍機構が出していること。クエストが発効していること。そして対怪獣戦クエストが未完了であることです』


 ははぁ、確かにアカリが戻れてないってことは未完了なのか。

 相変わらず制度の隙間を使うのがうまい事。


「レンタルタレントは対怪獣戦クエスト終了時に強制返却されます。ですが……これは……」

『アカリちゃん。君ってしれっと制度を悪用するよね』

『悪用とは人聞きが悪いですね。善意のデバックですよ』

『次は僕にもきちんと言ってほしいな。いいね?』

『はい』


 アカリとクラリスのやり取りを聞いていたシャルが楽しそうにくすっと笑った。


「シャル?」

「いえ。考えたなと思いまして。レンタルタレントは対怪獣戦特例条約に紐づく仕様です。赤龍機構の一存だけでは改定できません」

「もしかして龍王の許可がいるとか?」

「ええ」


 私さ、アカリが慈善事業をするとは思えないんだよね。


「シャル、これアカリにメリットあるよね」


 私が小さくシャルに聞くとシャルは小さく頷いた。


「レンタルタレントの個別許諾はギルドマスターと対怪獣戦クエスト受託者のどちらからでも行えます。受託者が許諾代行した場合には一回当たりにつき事務手数料として報酬が出るのです」


 なるほど、それが狙いか。


「アカリ、昨夜の時点でリング更新に通知の仕組みを仕込みましたわね?」

『え? 何のことです?』


 姉妹通信(シスターサイン)越しにすっとぼけた声が聞こえたけど確信犯だわね、こりゃ。


「シャル、これ妹たちの訓練にはいいかもしれんね。巨大イカは論外だけどさ、ヤギ相手ならまだましよね」

「そうですわね。転落リスクはありますがそこは年長が対応すればよいでしょうね」


 そうなるとだ。


「私たちはここの攻略は止めてカニの方を退治してあっちから進もう」

「承知しました」

「あのカニ、上で使ったあの魔導(まどう)で行けるかな?」

「いえ。さすがにマナを摩耗しましたので連続では使えません」

「なるほど、ならほかの方法を考えなならんわね」


 そんなことを話してる私たちの視界の先、ヤギに近づいた月音が突っ込んできたヤギをひらりとかわしたのが見えた。


「お、何かとったみたいね」

「体術系ですわね。バックステップかアボイダンスでしょう。まずは自身のダメージを軽減するのは冒険者としての鉄則です」


 アボイダンス、直訳すると回避か。


「お、当たる時は当たるんだね」


 ヤギに頭で押された月音がそのヤギを捕まえようとするとヤギは残像を残して斜め後ろに下がった。


「あれ、瞬間移動ではないんね?」

「はい、ただの加速です」

「シャルがあれを捕まえようとしたらどうするよ」

「魔導士であれば答えは簡単です。ヤギより加速すれば良いだけです」


 ははっ、クラリスが脳筋というだけあるわ。


「前に使った地面の凍結魔導とか地面を滑らせるとか沼地化するとかそういうことはせんのか」


 私がそういうと少し笑ったシャルがちらりとこちらを見た。


「出来ますがマナ効率が悪いのとヤギが怪我をしますので」

「なるほど」


 あれ、ステファってタレントはカウンターの一点掛けだったような気が。


「シャル、ステファってどうやってヤギを抑えたんだろう」

「動体視力と先読み、それと腕力でしょう」


 まじか。


『え、さっきのってタレント使ってなかったの?』

『とってないからね。ソータさん達の指導で僕とマリーは体術系や生活系はとってなかったんだ』

『えー、てことは単純にステファの力ってこと?』

『そうだよ』

『ステちゃん素敵』

『マリーほどじゃないよ』


 最後に夫婦の惚気が混じったがそういうやり方もありってことか。


「なるほどなー。タレントって本人がどこまでできるかも加味して取らなならんのか」

「ええ。効果の大きなタレントの場合には前提条件があります。ですので先々を考えて取る必要があります」

「具体的にはどんなのよ」

「ステファリードのカウンターはソード系のタレントです」

「それなんだけどさ、剣以外のカウンターはどうなのよ」

「ありますわよ。元となったトライが剣士だったのでステファリードがそれに合わせているのです」


 龍札のスキルを借りるってことはかつて生きてた人の力を借りるってことになるか。


「二刀流に合わせようとするならソードタレント習得後の学習が必須です」

「そりゃそうか。前提なしで取得する方法は?」

「取得してる人物からの譲渡、もしくはギルドなどを仲介しての売買です」

「そういや売り買いできるんだったっけ。それってさ、金持ちほど強くなったりせんかね」

「はい。ただ、使いこなせるかどうかは別な話です。親から子に譲ることもあります」

「そりゃまーわかる。それさ、強いタレントを手に入れて調子に乗って死ぬってことも多いんじゃないかね」


 私がそういうとシャルが今度は完全にこちらを見る形で向き合ってきた。


「多いからこそ魔王(まおう)に管理された育成迷宮(いくせいめいきゅう)で教育するのです」

「なるほどなぁ……つーてもこのソータ師匠のダンジョンだと教育には向いてない気がするんやけど」


 そういうとシャルは私から視線を外した。


「ソータですから」

「まーなー、ソータ師匠だしなぁー」

『だからクソじじーだって言ってんでしょうが』

『大体、あいつが加減できるわきゃねーだろ』

『あの方ではしかたがないのです』


 アカリやナオのみならず咲にまでダメだしされたソータ師匠。

 別な意味で信頼が厚いって奴だわね。


『ところで優姉、シャル姉。システィリアに戻ってた例のアレ。マナのチャージ終わったみたいですよ』


 終わってしまったのか。

 あー、でも豚相手に無茶したからさすがに今日はもう使えんでしょ。


「なら私は一度システィリアに戻ってあれの調整をしてきますわね」


 シャル的にはどーしてもあのコズミックホラーの試験を優先したいらしい。


「いや、無理せんでもいいんよ?」

「無理ではありませんわね。どのみちまだしばらくは月音があれとやってるでしょうし」


 シャルの視線の先にはヤギの首を撫でる月音の姿があった。

 二匹目も捕まえたんか。

 あの分だと餌をあげたんかな。


「お姉ちゃん、私も一度街に戻りますっ! この子、リカちゃんをメリーさんに合わせたいのでっ!」


 メリーさんにリカちゃん。

 都市の怪談シリーズかな。

 世間で有名な後ろのメリーさんは確か最初のころリカちゃんだった時期もあるんよね。

 元々、あの怪談は生き人形と電話の恐怖譚の合成で有名どこの人形が当たってたのはわかりやすい話だわね。

 著作権的にあれだってことでいつの間にかメリーさんになったあたりが日本人らしいとおもう。


「ええよ、二人ともいっといで」

「ではしばしお待ちを。ステファ、私たち二人の召喚をお願いします」

『了解。シャル姉さん、月音、今から呼ぶよ。準備はいいかい?』

「お願いします」

「はーい」


 タレントの姉妹召喚で二人が消えたのち、ヤギが鳴く現地で私は一人茶を飲みながら空を眺める。


「いい天気やねぇ」

『あんたら、本当に私たちに勝つ気あるのか』


 あきれた音色のアカリの声が通信越しに聞こえた。


「私と月音はね。ただシャルはどうだろうね」


 負ける気はないといっていたのは本当だと思う。

 ただ勝つ気があるのかといわれると私にも言い切れんかな。


「ただまぁ……今の私だと一つ思うことがあるんよ」

『なんですか』

「なんとかならんかな……あれ」

『あれってどれのことですか』

「コズミックホラー」


 ヤギの鳴き声がする現地でしばし無言が続く。


『いや無理だろ』


 だよねぇ。

 それとアカリも現実から目をそらしてると思うんだ。


「アカリたちはさ、シャルを嫁にするなら、あれとも付き合わなならんよ」

『うぐっ……』


 言葉に詰まったアカリにかぶせるようにリーシャの声がした。


『だ、大丈夫っ! ほら、地下室作ったからあそこに隠しておけば』


 拷問部屋かな。

 ヤギがなくのどかな光景の下、チームエチゴヤの捕らぬ狸の皮算用ならぬコズミックホラー対策会議が響く。


「私もそろそろ腹くくってあれに名前付けるか」


 いつまでもコズミックホラーってのもあれだしね。

 触手、じゃなくてセンサー部分を除くと日本の棺桶(かんおけ)っぽいんよね、あれ。

 大きさはもっと大きいんだけどさ。

 シャルが見せてくれたエターナルコフィンにあやかって似た名前にしてみるか。

 魔法仕掛けの棺桶。

 あー、いやちょっとずらしてこういうのもいいか。


「マジカルカスケット、なんてどうよ、シャル」


 カスケットには棺桶以外にも宝石箱って意味もあるからね。

 魔法の宝箱。

 略してマジカス。

 何が出るかはお楽しみ。


『良い名ですわね。それではそれで登録しておきましょう』


 なら、次のカニ戦はマジカスに頑張ってもらおうか。

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