山羊と仏像
「こりゃまた見事に崩れとるね」
私たちがひと夏を過ごした夢の中では沙羅を緊急招来したことにより壊滅を免れた下層、城壁直下のバラックゾーン。
私たちの目の前にある現実のそこは崩れ落ちてきた城壁が山のように積み上がり下に何があるかどうかすらわからない状態になっていた。
「ヤギさんだらけです」
月音の視線がヤギにくぎ付けだが、この子は基本的に動物とかが好きな子なので放っておこう。
『あそこに……家が……』
『とーちゃんどうしたのかな』
『そっか……あの時やっぱり……』
通信越しに聞こえてくる妹に転換したレビィティリア出身の子たちの呟き。
この子らはあの時夢の中で助けた壊滅地区の元住民だ。
この廃墟と化しヤギがのんびりと暮らしているこの場所はあの子たちが住んでいた場所なわけで一か月しか暮らしてない私には原形がわからない程壊れている状態でも長年住んでいた子らには何かしら見覚えがあるんだろうね。
奥の方には私とリーシャが中層から降りてくる際によく使った壁沿に登っていく細い階段があった。
そしてその階段は大災害の爪痕の影響か歯抜け状態になってた。
ゲーム的に言うならジャンプで切り抜けてくアクションゲームっぽいともいえるけど、その途中にヤギがのんびりいたりする。
しかもあのヤギ、時折ふっと残像を伴って他の位置に移動してるんだよね。
「あのヤギが魔獣なんやね」
「はい。アクセラレートゴート、御覧のとおり加速と跳躍の魔法を使用する魔獣です」
世間一般だと肉食獣の方が強いってイメージが強いけど単純に筋力だとか身体スペックということであれば草食獣は強い。
豚もそうだけどヤギに人が殺されるなんてのも実際にある話だ。
主に草喰ってるからおとなしいと思われがちだけどボスを張ってるオスとかだと侵入者を追い回すとか普通だし力も強い。
「あれさ、シャルの魔導にもあるよね。加速とかいった身体強化」
「ええ。身体強化の魔法自体はありふれたものでしたが、より安定させるにあたって学生の時に魔獣も研究しました。魔導における身体加速はアクセラレート系の魔獣の魔法を安定化させたものです」
「なるほど。そーなるとだ、単純に威力とかでいうと……」
「通常運用であればアクセラレートゴートの加速の方が上です。魔法ですから不安定ですが出力差が加速の違いに出ます」
「だよなぁ」
そしておそらくあの上に昇る階段が通常ルートでのクリアルートだ。
「シャルちゃんさ、短い時間であのヤギたちをかいくぐってあの途中抜けの多い階段を上に昇れる自信あるかね」
「倒してしまってよいのであれば」
「ははっ、やっぱそう来るか」
「えっ、ヤギさん倒しちゃうんですか?」
ふと少しの間目を離していた月音に視線を向けるといつの間にか手に持った葉物の野菜を近くにいたと思われる子ヤギに食べさせていた。
その月音の手元をリュックから上半身を出した猫の月影がじっと見つめている。
「月音ちゃんや、野生動物に餌とかあんまやっちゃダメって習わんかったかね」
「だめですか?」
すでに餌を与えちゃってるしなぁ。
食べ終えたヤギはもっと欲しいのか月音の手に鼻をこすりつける。
「くすぐったいです」
そういやシスティリアにはヤギはいなかったね。
システィリアの外の詰め所の子たちが都市の外で大人しい羊系の魔獣を見つけてきて都市に連れ込んでたから一応乳は取れてたけど量は全然足りてなかった。
だから月の湯とかで提供されている乳製品も豆乳ベースの飲料物だったりする。
「シャルちゃんや、このヤギシスティリアで飼えると思うかね」
「どうでしょうね。育成迷宮にいる魔獣は家畜です。餌をもらうことには慣れているはずなので可能ではありますが人慣れするかどうかは個体次第ですわね」
まー、ダメ元って感じか。
「もうありませんよ、メリーさん」
あー。
「月音、まーた名前つけたね」
「あっ、つい。でも……あの……」
やれやれ、しゃーないか。
親ヤギとかどうしようね。
見たところ一匹だけ群れから外れてるからハブられた個体かな。
後で他の妹にでも確認してもらうか。
「ヤギ乳は欲しかったっちゃほしかったのよね」
雄だったら乳は出んけどそんときゃそんとき。
「ただし、その子が嫌がるようならここに戻すこと。それが条件、よいかね?」
「うんっ! メリーさん、先に帰っててねっ!」
月音がそういった瞬間、ヤギのメリーさんは緑色の淡い光を伴って消えた。
「「あっ」」
『まっ、ヤギっ! ヤギーーーーっ!』
『おいっ、月音っ! いきなりククノチに飛ばすなっ!』
『まってっ、それ私のご飯っ!』
ヤギって結構なんでも食おうとするんよね。
消化はできんらしいけど。
通信先での大騒ぎを聞きながら私は月音のこめかみに拳を当ててぐりぐりとひねる。
「いたいいたいいたいっ、いたいですっ!」
「うん、痛くしてるからね。向こうの皆に謝ること」
「ごめんなさい、ごめんなさいっー」
そこから数分。
システィリアから聞こえる声が悲鳴からヤギをめでる妹たちの声に変わっていく。
『メスだな。おっきくなるんだで』
『ふかふかー。月影とは別な癒しだわー』
『わりーな、ステねーちゃん。助かった』
『加速対応なら慣れてるからね。姉さん、とりあえずこっちはボクが見てるから大丈夫だよ』
ステファが対応してくれるなら大丈夫かな。
「さすがっちゃさすがだけど加速によー対応できること」
『所詮加速だからね。動線がある以上その先に構えていれば止めることはできるよ』
「いやまぁ、そういっちゃそうなんだろうけど」
普通は残像を残して加速移動する動物の動線を予測して対応とか無理やからね。
「いたかったです。むー、もうちょっと加減してくれても」
「それだと月音は反省せんでしょうが」
「ちゃんとするもん」
つい忘れがちになるが月音は私の心に潜んでいたティリアの欠片が死んだ妹の姿と記憶を継いで生まれた存在だ。
多少痛い目にあっても懲りないって意味では明日咲より私の方に似てる。
ぐりぐりされて涙目になった月音が自分のこめかみをさすっているのを月影があきれた目で見つめていた。
「お姉さま、あの子ヤギですが後で調査しますわよ」
「よろしく。つーても月影みたいにすっ飛んだことにはならんとは思うんだけどさ」
「そうだといいですわね」
ははっ、今回は私のせいじゃない。
監督不行き届きではあるけどさ。
「やれやれ、こういうのもダンジョンの収穫っていうのかね」
どっちかというと環境生成ゲームでの家畜の飼育っぽい感じだけど。
そんなことを考えながら視線を横に向けると再び例の石像が置いてあるのが目に入った。
あれ、やっぱ地蔵っぽいね。
しかも石が真っ白いとこからして比較的新しいんじゃないかな。
「ところで、シャル。アレなんだけど」
そういう私の視線をシャルが追う。
「やはり気が付いておられましたか」
「あー、やっぱなんかあるわけね」
「ええ。結論からいいますとあれはレビィティリアの防衛機構の一部です」
「ほー」
向こうでは事故のあった場所や境界に配置されることの多い地蔵が防衛の一部ってのはまた因果な。