エターナルコフィン
「おわらんね」
「そうですわね」
月音が戦闘を開始してからそろそろ三十分。
倒されたジャイアントクラーケンをシャルが魔導で浮遊させ塔の前に器用に積み上げていく。
その数はすでに二けたの中盤に差し掛かろうとしていた。
運ぶ際にシャルが例のチップを張り付けているらしく順次召喚されて消えてはいるが湧き出てくる数と倒す数が多すぎる為か滞留する数は徐々に増えちょっとした小山と化していた。
「どんだけ湧いてくるんよ、イカ」
「通常であればとっくに収容限界を超えているはずです。ただ相手はソータです。もしかしたら……」
私が視線を向けるとシャルが紫の光る瞳で直視してきた。
「一階層丸ごと使用して効率のいいイカの養殖ゾーンを形成してる可能性があります。その場合はこの数倍は出てくると見た方がいいでしょうね」
「そりゃあかんね」
遠目で見る限りは危なげなく戦っている月音たちだけどこんだけ激しい運動をしてればそろそろ疲れる。
「シャル、月音に一回引き上げるように伝えてくれるかね」
「わかりました」
程なく私たちの傍に飛んできた積み木の位置に月音と背中に背負ったリュックに入った月影が出現した。
歌を止めて息を整える月音とすぐにリュックの中に引きこもった月影。
やっぱしんどかったか。
「おねえちゃん、全然終わんないー」
「いや、よーやった方だと思うよ」
月音の頭を撫でながら海を見る。
歌の終了と同時にどこへともなく消えた月音の積み木を警戒してるのかイカたちは相変わらず宙に乗り出しそうな勢いであらぶっていた。
さて、月音はさすがに連戦はさせられんし私のコズミックホラーは都市に戻ったまま。
「シャル、交代でいいかね」
「はい。後はお任せください」
シャルなら何とかするんだろうなという安心感とどうやるんだろうなという好奇心が混じる。
「シャルおねえちゃん、残りのイカさんどーすんの?」
「海から湧いてくるのを止めます」
湧いてくるのを止めるねぇ。
「つーてもさ、あいつら海の中からどんどん湧いてくるよね」
「そうですわね。ですのでジャイアントクラーケンではなく海の方に処置を施します」
「あー、あれか。ゴブリン倒した時にやってもらったブローなんちゃら」
適当に言った私に苦笑しながらシャルが訂正する。
「ブローフリージングですわね。いえ、あれは深度二。近距離しか凍らせることができません。ですので今回は……」
視線を海に向けながらシャルがそっと微笑んだ。
「奥の手を一枚切ります」
奥の手か。
随分前、今のナオと戦った時にはシャルは使えないって言ってたけど条件か何かが変わったんだな。
「いいのかね、みんなに見せて」
「ええ。見せるために切りますので。アカリ」
不意に話を振られたアカリがとっさに反応でなかったのかワンテンポ遅れて声が聞こえた。
『なんですか、てかこんなに大量にイカ送り付けておいて見てる余裕もないんですよっ!』
「そちらの作業はリーシャたちに任せてあなたはこちらを見ておきなさい。見せておきたい魔導があります」
『え……いきなり何を……』
「この類の相手は圧倒的な物理で押し切るのが基本です。魔獣だからと言って手を抜くと手痛い目にあいます」
罠とかじゃなく物理で押し切るんか。
『結局君は脳筋なんだね』
「魔導とはそういうものです。考察千回、基礎万回、迷ったら物理を強化して殴れ、それが魔導のコンセプトですから」
だから宇宙怪獣や幻想怪獣には相性が悪い。
逃亡を続けたシャルが負けた相手も宇宙怪獣だという話だしね。
「お姉さま、月音。予備の夢幻武都のポシェットは持っていますわね」
「あー、うん」
「リュックでいい?」
「かまいません。手伝いをお願いします、今から言う位置に立って夢幻武都の出入口を開いてください」
*
「我、風の王、火の王、水の王、地の王に願う。我が血に眠る空の命脈をもって大気は巡る」
私と月音を左右に配置した状態で杖を前面にかざしたシャルの詠唱が響き渡る。
魔導でシャルが詠唱するのってかなりレアやね。
地の王ってことはランドホエールも関係するのか。
たしか魔導での詠唱は王機への宣誓だったはず。
もしくは連想記憶で単語に対応した術式を引き出してるあたりかな。
アカリがちょいちょいプログラムっぽい事やってたしね。
「遠きテラにて地に眠るカルノーの理に導かれ巡れ循環」
『ふえっ!? 地球のカルノーってあのカルノー!?』
幽子しか反応してないってことは科学技術系でマニアックなんだな。
「誰よ?」
驚く幽子にゃ悪いけど私は知らん名前だわね。
「熱力学第二法則にものすごく貢献した人っ! しらないの!?」
「しらんがな」
杖の周囲、それと複数の光の帯が海と杖、そして私と月音の持つ夢幻武都へと吸い込まれていく。
「純然たる物理の理に笑う悪魔なし」
周囲に強い風が吹きシャルのスカートを翻す。
だが本人は意に返すこともなく詠唱を続けていく。
「此方から彼方へ」
シャルの詠唱とともにシャルの周囲に回る複数の円形魔導陣が強い光を放ち始めた。
「簒奪せよ、放出せよ」
海から吹き上げてくる強烈な寒波にイカだけではなく私も月音も身を震わせる。
「力の均衡は破綻し天秤は傾く……深度四魔導」
その瞬間、全ての風がぴたりと止まった。
続いてシャルの宣言が静かに響く。
「エターナルコフィン」
効果は一瞬、気が付けば見渡す限りすべての海が凍結していた。
氷の棺ってか。
たしかに吹雪くわけでもないからブリザードではないんだな。
視線を海に向けるとあらぶっていたイカたちがそのままの姿で冷凍イカへと姿を変えていた。
「シャルちゃんさぁ」
異常気象にも対応したのか空から光が舞い降りてキラキラと光る氷の微粒子を照らしあげる。
再び吹き始めた風に長い髪をたなびかせたシャルは嘘偽りなく心を鷲掴みにするほど綺麗だった。
「なんでしょう」
そこで微笑するのはなしだと思うんよ。
「取り合えずさ、寒い」
「へくちゅっ」
海を凍らせるレベルの魔法、いや魔導か。
私の知らない遠い未来では科学の力でここまで可能だったんかね。
「少々お待ちを。防寒魔導をかけます」
ちょっと抜けてるんだよね、この子。
慌てた様子のシャルがかわいいと思ったの私だけじゃないんじゃないかな。
「アカリ、見ましたか」
『えっ、いや、スカートの中はいまいちというか』
「何を言っているのです。魔導式のことです」
いろんな意味で見入ってたんちゃうかな、アカリは。
『あっ、はい。見ました』
「再現できますわね」
『そりゃまぁ、魔導として確立してますし』
深度四魔導を見ただけで再現か。
地味におっかないことを言ってるんだけど、これアカリは分かってるんかね。
「この魔導の効果は一日です。その先は周囲の温度変化と同化します」
「エターナルなのに永遠じゃないんか」
私がそういうとシャルがそっと視線をそらした。
「学生の頃に作った魔導ですから」
ああ、メテオストライクと同じノリなわけね。
中二的センスとしちゃこういう名前つけたくなるよね。
『エターナルからはいった抗議と名称変更要求、結局君たち対応しなかったよね』
最近、元々の知り合いなのを隠さなくなったとこを見るとクラリスから幽子に教えたのかな。
「クレームは命名したメティスにいってくださいまし」
つまり変える気はないんだな。
名前呼びしてるけど自分の母のことだよね、シャル。
よくよく考えてみると親子で同級生ってすごい状況だわ。
「防寒魔導も掛けましたし行きましょうか、お姉さま」
「行くってどこへよ」
シャルの視線の先には書割のレビィティリアがあった。
「次の階層です」
「歩いてかね」
「ええ。さすがにマナを使い過ぎましたから」
シャルがそういうと月音がうへぇっといった顔をした。
「しょーがないですね。行きましょう、月影っ!」
月音がそういうと背負ったリュックの中から黒地に口元から胸元を経由して腹にかけてと手の先が白い猫、月影がひょっこりと顔を出した。
その頭の上にはサンタの帽子がかぶせられており肩の上には赤いマントが載せられているのが見えた。
『『『『『『『『「かわいいっ!」』』』』』』』』
サンタ月影ってか。
つーか誰よ、月影にこんなコスプレさせたんは。
『似合っているのです』
「もしかして咲ちゃんかね、これやったの」
『はいなのです』
可愛いからいいか。
「似合ってますよ、月影っ!」
月音の言葉にどこか誇らしげな月影。
だんだん口元が白髭に見えてきたわ。
「なら私もこうですね」
そういいながらくるんと回った月音の衣装がサンタ服へと変化した。
クリスマスにケーキ売ってそうやね、ミニスカだし。
おしゃれは我慢とは言うけどさ。
普通に風邪ひくよね、この服。
「行きましょうか、お姉さま」
「おねえちゃん、次ですよっ!」
猫の可愛さに逃避しても現実は逃がしてくれないらしい。
ははっ、まさか歩かずに移動できるコズミックホラーがちょっとだけ恋しくなる時が来るとは。