走れコズミックホラー
中に入ると学校の体育館ほどの大きさの広さが円形に広がっていた。
なんか光源があるのか適度な明るさにが保たれている。
「追加の罠はありませんわね」
紫の瞳を淡く光らせながらシャルがそう断言した。
「落とし穴とかそういうのはどうなんよ」
「ありません。ただ、壁側面に改造跡があります」
遠目だとよくわかないかな。
「お姉さま、あちら位置を拡大表示してください」
あちらってどこよと思った瞬間にシャルの指示した位置が拡大表示され視界に入った。
あー、うん。
近くによればはっきりわかるくらいになんか壁に穴が開きそうな改造があるね。
「確かあの位置には上部からゴミを地下に放出するためのダクトがあったはずです」
シャルの眼前に円形の魔導式が回っているのが見えた。
詳細解析中か。
「ダクトに割り込んで屋内に放出するように改造されていますわね」
なるほど、あそこから何か出てくるのか。
不意を打たれたら厳しいかもだけど前もってわかっちゃうとなんだかだわね。
「ソータ師匠にしては雑な改造やね」
「いえ、経年から見てあれはおそらくこの迷宮に改修する前からあった仕掛けです」
つまりはソータ師匠の改造じゃないってことか。
「育成迷宮が作られる前、複数個所の塔で同様の仕組みができないかと模索した時期があります。レビィティリアもその一か所だったはずです」
「それってシャルがやらせたんかね?」
シャルが首を横に振った。
「当時のレビィティリアの王ですわね」
「あー、あそこの旧闘技場が動いていた時代か」
たしかレビィティリアがロマーニに統合されたのはシャルが王位に就く前の話だ。
その前の時代となると結構な昔か。
「そうなりますわね。ルキフグスの調査報告ではこの塔は機能不全により使用に耐えないということでしたが……」
確かに結構傷んではいるけれど壁とかに光るラインがいくつか動いてるのも見える。
これはセーラたちとの冒険の中で地下に潜った時に生きてる遺跡ってアカリが言ってたやつと同じ状態か。
「シャルちゃんや」
「なんでしょう」
「ステファの親だからこれでも一応言葉選んでたんだけどさ。元の宰相に結構情報隠されてないかね」
私がそういうとシャルが一度目を伏せた後で淡く苦い笑みを見せた。
「ルキフグスは臣下ではありましたが本来は赤龍機構の所属です。本人の意思を優先し必要であれば王命も拒否できることが引き抜く際の条件でした」
『『『えっ?』』』
反応したのはリーシャとアイラ、それと比較的若い妹達。
沙羅やフィーとかが反応しないのはロマーニ系の人間関係にはあんま興味ないからだわな。
てことはステファやマリー、アカリはこれを知ってたか。
「ルキフグスの家であるロフォカルスはロマーニの分家筋ではありますが実体としてはロマーニではなくドラティリアの貴族です。赤龍機構の上層部と親交も深くルキフグスは幼い頃からドラティリア本国の重役につくことが内定していました」
「えっとさ。それが何でシャルのとこで宰相してたんよ」
「ロマーニに欲しかったので譲ってもらいました」
まるで犬や猫の話やね。
「武力でとかではさすがにないよね?」
「当然です。赤龍機構相手に力では勝てません」
そりゃそうだよね。
「それってシャルの独断でかね」
「はい」
それだけ欲しい人材だったか、それともシャルが根回しが下手だったか。
どっちもありそうやね。
「どうやって手に入れたんよ」
「賭けに勝ちました」
あ、これ聞かない方がいいやつだ。
「さて、そろそろ攻略しますかね」
『あ、逃げた』
そりゃ、シャルの肝が据わりすぎてるとこは嫌って程見てきたからね。
ロクな話にならんことがわかってる。
「おねえちゃんがそれいうの?」
そういって私を半眼で見つめる月音。
「それはそれ」
なんで月影まであきれた目で見てるのか私にゃさっぱりわからんけどさ。
「とりあえずは前に進んでみますか」
「事前に穴を封じることも可能ですが」
「ん-、とりあえずはそのままで」
「わかりました」
そんな風にシャルと会話しながら部屋の中心まで進む。
すると壁の改造位置に穴が開き一メートルほどの獣が鳴き声を上げながら飛び出してきた。
プキー
それはこの世界に来て間もなくの頃、幽子が散々追い回された物質を破壊する魔法を使う角の生えた魔獣、ホーンボア。
プキー
そいつらが一定間隔でどんどんと穴から部屋に投入されてくる。
しかも穴の傍で止まらず文字通り猪突猛進にこっちに走りこんできた。
「二人とも一旦回避っ!」
「はい。フローティングボード」
毎度おなじみ、フローティングボードでふわりと浮かんだシャル。
それ対し月音の方はピクニックを題材にした童謡を歌いながらおもむろにポケットからスリングショットをより出して積み木を載せた。
『お、あれをする気か』
ナオの声とともに月音が勢いよく積み木をスリングショットで弾いた。
勢いよく飛んでいく積み木、とそこにいたはずの月音が幻のように掻き消え飛んでる積み木の上に出現した。
その積み木からひょいと飛び降りた月音。
「なんぞそれ……」
と、月音に注意を惹かれてるうちにホーンボアの第一弾が私の乗る魔導甲冑に激突。
「ピギーッ!」
ゴッ!という音とともに弾かれたホーンボアが悲鳴を上げた。
周囲に視線を向けたが特に割れたようなところは見当たらない。
「結構な勢いでタックルされたけどゲームでいうとこのノックバックもせんのね、これ」
「当然です。その為に重心を下げてミスリルのコーティングをしたのですから」
そんな会話をしている間にも部屋にはどんどんホーンボアが突入し、あいつらの使う固形物を破壊する魔法が炸裂してるのか甲冑の外に激しい音がまるで雨音のようにし始めた。
「ミスリルってそんなかんたんにつくれるもんなん?」
「いえ。私では一日に二十グラムが限度です」
たぶんにシャルの速度はいつもの通り参考にならんのやろうね。
ガンッ! ガンッ! ゴッ! ピギーッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ピギーッ! ゴッ!
そして部屋にあふれるホーンボアが鳴く音と私のつかってる魔導甲冑への攻撃で本当にやかましい。
つーかシャルはともかく月音はどこにいったんだか。
お、あんなとこにいた。
「随分と器用なことを」
壁から横向きに足の踏み場が積み木で形成されていて、そこに月音と月影がちょこんとのっていた。
「シャルちゃんや、月音のあれどうやってるかな」
ガンッ! ガンッ! ゴッ! ピギーッ!
ちらりと月音を見たシャルが私の方に向いた。
しっかし豚の攻撃が通らないのはいいとして音がやかましいわね。
認証フィルターで音声カットもできるけどそれやると声も聞こえなくなるんよね。
「おそらくですが月音のソングマジックで月影のスキルをアクティブ化」
ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ゴッ! ピギーッ!
連続的なホーンボアの魔法と体当たりを食らってもびくともしない魔導甲冑、だが喧しい。
「鏡花水月で領土に見立てた積み木の位置に……」
ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!
もう、全然シャルの説明が聞こえないというね。
「あー、豚どもやかましいんじゃー!」
面倒くさくなった私は魔導甲冑に急発進を指示、近くにいたホーンボアを跳ね上げた。
『『『『『『『『『『『『えーー!?』』』』』』』』』』』』
そのまま部屋の中を適当に勢いよく走りながら豚さんたちを次々と跳ねていく。
「ほーら、出荷の時間だーっ! 良い子はマネしちゃいけませんっ!」
『説得力皆無なんですけどっ!』
「護ろう交通安全っ!!」
『嘘だっ! 護る気ないだろっ!』
幽子とアカリの突っ込みが響き渡る。
走り回ること十数分。
穴から出てくるホーンボアもたっているホーンボアもいなくなったあたりで私は額の汗を拭う動きをする。
それに合わせて走るコズミックホラーも触手っぽい何かで汗をぬぐう挙動をした。
『なかなかの成果でありますな』
「みんなー、今日はとんかつよー」
『今日はコメがはかどるだな』
マイペースにコメントをくれるエウとヤエの姉妹以外の妹の反応がない。
「おねえちゃん、お外でいい案があるって言ってましたが」
「そういうことですか」
「そうよ。こいつ結構固いって話だったしトンクラスの重さあるし走ると早いからさ」
古のシールドアタック猟。
「そんな猟ないと思う」
「ならひき逃げアタックやね」
重ねて言うけど良い子はマネしちゃいけません。
「お姉さま、先に言っておきますが都市内でやったらつかまりますわよ」
「さすがにそこは場所を選ぶわよ。つーことでコズミックホラーに轢かれた豚さん達にはきっと異世界での大冒険がまってるさ」
『それトラックじゃないからっ! 異世界転生もしないからっ! ただのかわいそうな交通事故だから豚と皆に謝れよっ!』
「あ、うん。ごめんなさい」
えらい剣幕の幽子に気おされてつい謝ってしまったけどダンジョンで魔獣倒した私に非はないと思うんだ。
「おねえちゃん、ざつー」
「それが持ち味だからね。さてと、シャル、月音」
若干ひきつった笑いを見せる二人には見えてないとは思うけど私は満面の笑みを浮かべながら言葉をかける。
「この先もお姉ちゃん頑張っちゃうぞー」
「「………………………………」」
*
「長く苦しい戦いだった」
思ったほどは階層ないんやね、この塔。
「アカリ、まだ引き取れますか?」
『ちょっとまってください。……いいですよ』
私が轢き……もといシールドアタックで倒したホーンボア達に月音とシャルがアカリから預かったチップを張り付けていく。
結局、あの後も敵らしい敵はホーンボアしか出てこなかった。
そして目の前にはいつもとは逆に上に昇る階段が見えていた。
「むー、やることなかった」
「楽でいいやん」
田舎に行くと猪とか鹿が車にはねられることって結構あるからさ。
いけるんじゃないかと思ったわけよ。
「この階段上るとどこにつくんかね」
「わかりません。通常エリアのどこかの階層ではないでしょうか」
上りってことはやっぱそうなるか。
「こちらは小手調べでしょうね。やはり本命は海でしょう」
「やっぱそうなるか。ところでシャルちゃんや」
「なんでしょう」
「なんかこいつの中の明るさが下がってきてるんよ。あと、龍玉のとこが赤く光ってるんだけど」
私がそういうとシャルがほうっとため息をついた。
「そろそろマナが切れるようです。あれだけ動けば当然ですわね」
「やっぱ遊園地のゴーカートみたいに走り回っちゃあかんか」
『当り前だよっ! 泣いちゃってる子もいるんだからねっ!』
泣くほどでもないじゃん。
「シャル、そろそろ外に出たいんだけど。てか、これ完全にマナが切れたらどうなるんよ」
「出られなくなります」
本当に棺桶で笑う。
いや笑ってられんというか。
「ねぇおねえちゃん、これなんだろ?」
月音の声にズームアップされた視界の中。
そこには文字が刻まれた小さな石碑があった。
なんか少し傾いてるとこを見ると根元で折れてるっぽい。
「シャル、それなんて書いてあるんよ」
そういいながら話を振ってからシャルを見る。
するとシャルが少し目を丸くしているのが見えた。
「シャル?」
「あ、はい。『ヘカテー』の想い出を埋葬する」
ヘカテー、こっちの世界では初めて聞いた名前だわね。
向こうだと有名な女神の名だけどこっちの世界だとどうかな。
「あいたっ! 何するんですか、月影っ!」
石碑を見てぼーっとしていた月音に後ろから月影の猫パンチが炸裂していた。
そうこうしてるうちについに表示も消え中が真っ暗になった。
「あ……私の冒険が終わった」
『早いよっ!』
「いまシャルおねえちゃんが開けてます」
それから間もなく、背面が開き塔の屋内を照らす光が差し込んできた。
「お姉さま、お手を」
「ういよ」
シャルの手を借りて外に出た私は肩を回してほぐす。
「やはり動力源が今後の課題ですわね。今日の試験運転はここまでとしましょう」
「せやね」
一々突っ込まんけどやっぱ実験だったか。
『勝負に勝つ気あるんですかね』
そう通信越しにぼやくアカリにシャルがぽつりと返した。
「魔導機ではあなたにはかないません。ですがあのつくりはあなたにとっても面白かったんじゃありません?」
『そりゃ、まぁ』
ほんと変なとこで似たモノ姉妹だこと。
「チップをつかいます。誰かシスティリアに魔導甲冑を回収してください」
『シャル姉さん、それはボクが』
「ではお願いしますわね」
そして動力が切れた魔導甲冑は妹たちの待つシスティリアに一足先に戻っていった。
「ふっ、計画通り」
「……おねえちゃん」
何故に月音と月影は毎度毎度そういう目で私を見るかね。
それはさておいてヘカテーか。
「うにゃ、なに、急に」
頭を撫でた私に抗議する月音に対して月影がちょっとほっとした感じなのが嫌な予感をさせるんだよね。
「赤の龍王の謎も解ける気配がないんだけどさ」
地球における月の女神ときたか。
ここ、墓の中なんよね。