魔導甲冑の起動
第二層・裏ルートにある塔の玄関前。
そこでコズミックホラー、もといシャルがデザインした魔導甲冑の背側が大きく開き、私が乗るのをまっていた。
「これ、表側が開いてたらテラの有名な処刑器具みたいだったね」
さすがに中にとげとげはついてないけど。
私の言葉に少しだけ小首をかしげたシャルの銀髪がさらりと流れる。
「アイアンメイデンですか」
「お、さすがはテラオタク。しってたか」
あれは実際には実在しない空想上の品だって説もあったはず。
それともっと小さかった気がする。
「ええ。あちらの処刑器具を軒並み再現した好事家が過去にいましたので」
いたんかい。
『うへぇ、そういうの聞きたくなかったよ』
幽子はそうだろうね。
「シャル、ちょいと聞きたいことがあるんだけどいいかね」
「なんでしょう」
「たしかゴブリンとかになるのって人として踏み外した時だったよね」
「おおよそであればそうです。MPが形成する心を護る月華王の端末が破損した場合ですわね」
そう、私でいうなら月音と月影のコンビがそれなんだよね。
「拷問する人って堕ちたりせんのかね」
「通常はしません。それで変質するようであればやむを得ない時に身を護った場合にも問題が出ます」
「なるほど」
となると実際のところ肝になるのはMPが壊れるかどうかか。
たしかMPは日々の食事とかからも補給できるんだっけか。
「もしかして補給するMPに問題があった時に亜人化する?」
「はい」
なるほど。
それでゴブリンにオークか。
いろんな意味で喰っちゃってるんだな。
マーマンとかの場合はたぶん未熟児が必死に生きようとして周りのMPを取り込んでるんじゃないかな。
「まぁ、今はそれ以上はいいや」
『えっ、すっごく気になるんだけどっ!?』
心の中のティリアが転換した月音。
同じく私の月華王を取り込んで出現した月影。
「なら、幽子が聞きなよ」
『それは……ちょっと』
そんでもってだ。
月の音色と月の影、そして龍札を身から外した私が亜人化していない。
「ならこの話は今はおしまい」
『むぅー』
今の会話でも私の内心が読めてないってことは本格的に幽子との接続が遮断できてるんやね。
なら安心して無茶ができるか。
「とりあえずは、これに入ってみるわ」
私が中に入ると自動で周囲に明かりが点灯しこちらの文字で『ウィンダリア バージョン7』と表示され後ろ側が閉じて完全に密室になった。
ウィンダリアっていうと確か魔導機や神銃とかにつかわれてる奴だっけか。
レオナの爺こと神銃を修理したときにコピーをとった奴だわね。
そんなことを考えていると文字が消え前面が一気に明るくなった
「ほーん、外の風景はまんま見えるんやね」
これさ、怪獣とかにふまれたときはミンチになる奴だわ。
脱出装置とかちゃんとついてるんかね。
「ええ。アカリから融通してもらったウィンダリアの最新版のおかげです。お姉さま、お手元をご覧ください」
手元といわれて下の方を見た私の視界には王機ではおなじみの操作用の石柱が置いてあった。
「王機のいつものやつ……じゃないみたいやね」
「はい。真ん中にあるくぼみの位置にお渡しした龍玉を一つセットしてください」
「どれから先にというのはないのかね」
「とりあえずは基礎動作からなのでどれでも構いません」
さて、どれでもいいときたか。
先ほどシャルに渡された袋から八つの龍玉を取り出してみた。
『優、これってもしかしてあれ?』
「そうよ。某有名なあれ」
『きちんと固定されているでありますな』
『君たち、いつの間にこんなものを』
「何のために長らく部屋に籠っていたと思ってるんです」
「え、妹たちのコズミックホラーをかくためちゃうの?」
『相変わらずだけど単語がおかしいよっ!?』
『『『『『『『『………………』』』』』』』』
元気に突っ込みを入れてくれる幽子以外の妹たちが沈黙してるってことはみんなもそうだと思ってたってことだわな。
『ほんとしれっと限界を超えてきますね、シャル姉は』
「気が付けば隙間を駆け抜けてくるアカリほど破天荒ではないつもりですが」
『どっちも大概だよっ!』
延々と突っ込みに回る幽子のストレスがまっしぐらだわね。
「あー、そうか」
いつもなら突っ込みの来るタイミングで幽子の突っ込みが来ないものだから変にまっちゃったわ。
「突っ込みって何をすればいいの?」
「月音はつっこまんでいいわよ、ボケ側だから」
ふくれっ面を見せる月音。
こりゃ、本格的に幽子との接続を切ってるってのに慣れとかんとあかんね。
さて、話を戻そう。
元々、龍玉自体は私のなんとなくのひらめきでできたものだ。
それとは別にソータ師匠たちが行っていたという権能分解と固定化についてはシャルがずっと研究をしていた。
ナオとの戦いの際に王機の一柱、ランドホエールを強制初期化したわけなんだけどその際にランドホエールが抱えていた複数の権能が外に飛び出した。
その飛び出した権能を足掛かりにシャルはずっと研究を続けていたわけだ。
シャルが言うには初期化といっても修繕されてるハードはそのままに上に載ってた権能だけが弾かれたらしい。
そのうち周囲の空間ごと怪獣を時空のかなたに吹き飛ばす魔法については手ごろだった幽子の中に、権能解析の権能はシャルが独断で自分の杖の中に取り込んだ。
その他にもあの時、王機から飛び出してシャルが一時的に確保できた権能は『複製生成』『順次実行』『朴念仁』『頓智』『節理』『道祖』の六つ。
シャル曰く、四文字の権能は初代の青の龍王が王機に入れたもので三文字以下の権能はかつてランドホエールを相棒として戦った者達の龍札の文字を王機自身が覚えていたものではないかという話だった。
シャルが学生だった頃の同級生でランドホエールを乗りこなしてたトライが『道祖』の龍札だったらしいから多分それであってるんじゃないかなとは思う。
それの中で『複製生成』は試作品の龍玉として赤龍機構に提供した。
そして残った権能はどうするかという相談を私がシャルから受けたわけだ。
つーかランドホエールを使ったってことはトライなわけでさ、正直『朴念仁』ってどうなのさとは思ったよ。
まぁ、それはさておいて二文字の龍札を分割してそれぞれに不足する一文字を足すってのはソータ師匠がやってたからね。
シャルにお願いして同じようなことを再現してもらった。
というわけで残った文字を組み合わせたり足りない文字を補ったりして組み上げたのがこの『汎用型龍玉』ってわけだ。
その文字は『仁愛』『義理』『礼節』『智恵』『信念』『忠実』『悌順』『孝行』の八種。
せっかく作り上げるならってことでテラの有名な伝記小説の登場人物達がもつ八玉になぞらえてみたわけさ。
飛び出したのは犬に惚れた姫じゃなくてクジラからだったけどさ。
「最初はこのあたりかな」
私が『忠実』の龍玉をセットすると台座から光が出てるのか文字を含めた龍玉自体がふわっと光った。
「で、これどうやって動かすんよ」
「昨日、お願いしたタレントはお取りいただけていますか」
あー、あれをここで使うんか。
「ええけど対象は龍玉?」
「はい」
シャルの言葉を受けて私は手をかざしてからタレントの発動を宣言した。
「シスリンクッ!」
『ちょっ!? はぁっ!?』
リンクが張られると同時に私の感覚が拡張され内部からの映像のみならずぼんやりと機体そのものが複数伸ばしてる触手っぽいとげが捉えてる周囲の風景も脳に飛び込み始めてきた。
いやー、こりゃあれだわね。
「シャルちゃんや、これ認証フィルター張れる私だからいけたけど他の子がやったら吐くよ。情報酔いで」
レビィ的な表現でいうと頭がパーンだな。
「そうでしょうね」
わかっててこうしたんかい。
完全に私専用やね、これ。
「そこら辺の情報処理については今後の課題です。お姉さまの処理を基にフィルタを作成いたします」
「そこも込みで実験なわけね」
「はい」
こういうとこで悪びれないあたりシャルもアカリによく似てると思う。
「お姉さま、まずは進んでみてください」
進むって言われても……お、思うだけで前に滑っていくのか。
前横、斜め後方と好きに動かせるんやね。
つーても車輪で動いてるだけっぽいから動きに幅があるけど。
『なんかこわいのが走り回ってる』
『ねーちゃん、調子にのってこけんなよ。多分こけたら起こせねーぞ』
確かにそんな気もするね。
これ海とかに沈んでも終わる気がしなくもない。
「とりあえず中はいってみよっか」
「はい。月音、私の後ろに」
「はーい」
「えっ? 私が前面に立つん?」
「その為の魔導甲冑ですから」
「これ固いん?」
「固いですわよ。ミスリルを薄く伸ばした被膜を使っていますから」
ミスリルっていうと魔化した銀だっけか。
「これ、どうやって会話してるんよ」
「ミスリルは深度四以上に該当する四文字のスキルは防げません。通話の基盤になっているのはお姉さまの『陰陽勇者』のスキルですからミスリルを超えて対話できるのです」
普通に会話できてるからあんまり違和感を感じなかったけど、これは共感経由で話してるんやね。
このコズミックホラー、とことん私が乗ることを前提に組んだ感があるね。
「いつも思うんだけどさ、スキルってずるくない?」
「ずるくはありませんわね。そういうものです。故に重く硬く速い上に魔法が通じずスキルを使う怪獣は強いのです」
そりゃ強いだろうさ。
前々から思っちゃいたけど、この世界なんでこうなってるんかね。
「お姉さま、前衛をお願いします」
「はいよ。そんじゃはいろっか」
塔の入口で引っかかったら笑いどころだけど結構な広さがありそうだし大丈夫でしょ。
「おー」
私の言葉に月音が元気に手を振り上げ月影も合わせるかのように私を見てきた。
やっと冒険らしいっちゃらしくなるかな。
しかし、この魔導甲冑、結構な速さが出るわりに結構重そうなんよね。
「重くて速いねぇ、まるで怪獣のミニ版やね」
「さすがにそこまででは」
私がそういうとシャルが苦笑した。
ふむ、一つ思いついたことがある。
塔に入ったら試してみますか。
「シャルちゃんや、入ってすぐに魔獣とかいたらちょっと任せてもらってもいいかね」
「それは構いませんが何をなさるおつもりで?」
私が中で指を振るとコズミックホラーの触覚っぽい棘の一本が合わせて揺れた。
「ちょっとね。私にいい考えがあるっ!」
『誰か優を止めてっ! 絶対ろくでもないことするっ!』
「ははっ、違いない」
『そこは否定しろよっ!』
やっぱ幽子の突っ込みは和むわ。
さて、行ってみますか。