少女は月に手を伸ばす
ここは育成迷宮の第一層、墓場エリア。
すっかり夜になったこの場所では天井にテラと同じ月が見えており、どういう仕組みなのか月明かりが墓場全体を照らし出していた。
そんな月明かりに照らされる複数の墓石が並ぶ中、この世界の文字でロマーニと書かれた墓石とその隣の墓石の敷地に跨ってマリーの手作りであろうテントが設営されていた。
「アカリちゃんや」
「ふぃー、今やっと一息ついたんですらかほっといてもらえませんか」
テントの中には妹達から差し入れられたと思われるいろんなものが雑多に置かれていた。
その中ではリーシャが品物をどこに置くかで悩んでいた。
その前の位置ではどのタイミングで作ったのか不明なドラム缶のような金属製の筒がデーンと設置されていた。
揺れる水面の中、アカリの足元には金属の熱を直に受けないために敷かれた木製の板が見えた。
「熱くないですか、アカリちゃん」
「いい感じですよ」
ドラム缶もどきはご丁寧にもブロックのような形に成形された元レッサーベヒーモスの部材で作られたレンガの上に乗せられており、ドラム缶もどきの下で炊かれた薪に風を当てながら沙羅がアカリに加減を聞く。
「こうやってると懐かしいですね」
「あー、沙羅姉が夢の中に呼び出された日ですね。もうずいぶん前な気がしますねー」
ものすごくナチュラルにキャンプサークルのノリで動いてる三人。
「ここ墓場よね?」
「そうですねー」
よほど疲労がたまっていたのかとろけそうな表情でドラム缶もどき風呂に入っているアカリが適当な返事をする中、火の番をしていた沙羅が申し訳なさそうな表情で振り返った。
「その、やっぱりまずいですよね。お墓でキャンプしちゃ……」
「いやー、アカリがここをキャンプ地とするとか言い出した時は私もどーかと思ったけどさ」
墓場キャンプ、略して墓キャン。
向こうの世界でやったら顰蹙モノだわね。
常識でいうなら他人が私有する墓でキャンプするなって言われそうなとこだけど、そういうコンセプトの育成迷宮の場合にはどうなんやろね。
どちらにせよ墓場とか所有権とかを全部脇に置いて育成迷宮攻略として考えてみるとさ。
「理にはかなってるのよね」
あの後、いろいろ試したが結局月影はツチノコ付きのアカリの都市への再入場を一切認めず、ツチノコの方もよほど怖い思いをしたのかアカリにべったりで離れず。
結果、本日のリーシャチームの挑戦が終了したにもかかわらずリーシャ達三人は都市に戻らずこの育成迷宮の中で宿泊することになったのである。
「その……リーシャ姉と沙羅姉はやっぱり向こうで休んだ方が」
「「駄目」」
ぴしゃりと言い切った二人の言葉にアカリが続ける言葉を失い黙って入浴する。
そんな微妙な空気の漂う墓場のテント前ではころころと太った猫、ツチノコがのんきに横になっていた。
最初は三層目とかの適当なとこではどうかと聞いてみたのだけど魔獣が出るエリアだとバックヤードで養育された魔獣が再配置されることがあるということでアカリが渋った。
なら、七層目のボス部屋はどうかって話もあったんだけど、一応普通の育成迷宮であればあのクラスの怪獣が再配置されることはまずなく、仮にされても一週間とかのインターバルがあるという話だったのだけど何せこの迷宮を作ったのはあのソータ師匠だ。
常識を逆手にとって実は二体最初からいましたー、とかやりかねんというアカリの意見に私を含めソータ師匠と縁があった妹たちの意見が一致した。
なら迷宮の外はどうかということになるのだけど……
「アカリちゃんさ、やっぱ兵士詰所の方が安全だと思うんだけど」
「それだとツチノコが置き去りになります」
「いや、ボス部屋に置いてシスティリアに帰ろうとしてたよね、アカリ」
「それはそれ、戻れないならクエストも途切れないのでそっちの方がシャル姉に勝つには有利ですから」
ユニーククエスト『姫を護りながらゴールせよ』
アカリ達が個別に受けたこのクエストなんだけど、現時点でも継続中になっている。
もしこの育成迷宮が私の妹、明日咲がやっていたものと同じだとすれば七層目の攻略と共に出現する外、つまり出口の階段を昇れば一応のエンディングは見れたはずだ。
ただしバッドエンドなんだけどね。
アカリ的にはクリアしてポイントが手に入ればいいと思ってたとこがあるらしくて外、この場合は育成迷宮以外であるシスティリアにツチノコを連れて脱出、それをもってゴールすれば会得ポイント的にも怪獣撃破点に合わせてユニーククエスト成功分、七層までの先行攻略に上層部の完全走破も含めて、多少私らが頑張ったとこでひっくりかえせない点差になると読んでたらしい。
「二層目は駄目なんだっけか」
「あそこは罠がコンセプトみたいなんで滞在時間で動く罠もありそうだなと」
ソータ師匠ならやりそうではある。
「一層目もカラスは出るじゃん」
「逆に今のとこあれしか出ていません。あいつらなら寝てる間くらいなら私の自動防衛魔導で対処できますから」
マルチエアロシールド、だっけか。
この子、アカリは適当に流して生きてる私と違って生真面目に小狡く、そしていつも全力で生きている。
本人は自覚がないようだけどそういうとこが姉妹たちに愛されてるんやろうね。
「くっそー、先行逃げ切りの予定だったんですけどねー」
そういってアカリはドラム缶もどきの中のお湯で顔を洗った。
「しょうがないよ。もう一日あるんだし頑張ろう」
テントから顔を出してきたリーシャの言葉に沙羅が頷く。
顔にかかったお湯を手でぬぐったアカリはそんな二人の激励に小さく笑った。
「そうですねー。それに折角ここにキャンプを構えたのでいっそあれをやろうかと思いまして」
「あれって何よ」
私がそう聞くとアカリが呆れたようにジト目で見つめてきた。
「優姉が言ったんじゃないですか。育成迷宮内に二号店開いてもらうって」
「あー、そういや言ったわね。つーかよー覚えてたこと」
まじで開くんか。
ダンジョン内ショップ、カヤノの二号店。
ミニスーパーというよりはコンビニかな。
「ちっ、これだからこの姉は」
いやー、マジで適当に言ったから記憶のかなただったわ。
「ごめんごめん」
「あと仏飯器でしたっけ。そこに適当に何種類か作ったんで好きなのを持ってってください」
おおう、戦闘中に適当に言ったこともやっててくれたんかい。
アカリが指示したそこにはレッサーベヒーモスの部材を基に作ったと思われる茶碗や仏飯器、石鍋に果ては湯飲みや箸、食器の類がずらりと並べられていた。
「いや、ありがたいけどこんなにはいらんよ」
「誰が全部あげるといいましたか。優姉が必要分取ったら残りは明日から開くカヤノ育成迷宮出張店で売るんですよ」
ははっ、さすがアカリだわ。
「せやけど私、報酬決めてなかったんだけどさ」
「それなら今から言ってもいいですか、報酬」
「ええよ」
「そうですね……」
少し考えた後でアカリは口を開いた。
「明日以降の攻略で素材が出たら全部私達にうってください。それと二順目の攻略順、私たちのチームを最後にしてください」
「そんなんでいいんかね」
「それがいいです」
そういうアカリの目は真剣で必死だった。
「ならそれで」
『『『『……』』』』
最初から無断で配信していた私。
おそらくそこそこの人数が見てると思うのだけど誰一人として声を出さない。
見入ってるんだわね。
シャルには後から言うとして。
割り込まんのなら同意してるとみなすからね、月音、フィー。
「え……本当にいいんですか」
驚きの表情を見せたアカリに横から声がかけられる。
「構いませんわよ」
ドラム缶の下の焚火が照らす墓前。
「そのかわり私にも幾つか、あなたの作品をくださいまし」
そこに銀髪紫眼の妹が姿を現した。
「いいましたね? 撤回はさせませんよ」
「かまいません。勝つ気なのでしょう?」
ドラム缶の中で立ち上がったアカリが大きな胸を揺らして胸を張った。
微妙にアカンところが見えそうで見えないのは多分クラリスが頑張ってるんだわね。
「当たり前ですっ! 勝ってっ! 私は……」
「私達だよ、あかりちゃん」
いつの間にかテントから出てきていたリーシャがアカリの傍に立つ。
ソータ師匠の作り上げた育成迷宮の第一層、墓場エリア。
天井のあるその場所では夜にふさわしく天井にテラと同じ綺麗な月が映像として表示され、同じく照射されている淡い光が彼女たちを照らしていた。
「私たちは勝って貴方を嫁にもらいますっ!」
全裸丸出しで再告白ってとこがほんとアカリらしいっちゃらしいわ。
この子……アカリは決してヒーローじゃない。
やり方は狡くてスマートじゃない。
それでいて小心者でメンタルも強くない。
トライアンドエラーを繰り返して前に進む。
あえて言うなら泥臭い歩みを止めない脇役なのさ。
「そこまで言うなら……」
そんな中、再び告白を受けたシャルが楽しそうに微笑む。
それはまるで手が届きそうで届かない月のような少女。
その昔、人は近くて遠い月に思いを寄せ、いつかたどり着くその日を夢見た。
「捕まえてごらんなさい。できるのでしょう?」
魔導とは魔法のあるこの世界において天の星に手の届いた地球の科学を模倣し、誰にでも使えるよう再現しようとする概念、言い換えれば意志である。
「とーぜんです」
少女は月に手を伸ばす。
これは魔導使いの求婚譚。
「首洗って待ってろよ、シャル姉っ!」
「ええ。ところでアカリ」
「何ですか」
「そろそろ服を着るか湯に入りなおさないと風邪をひきますわよ」
「あっ!?」
シャルに全裸晒してるの気が付いてなかったんかい。
顔を真っ赤にしたアカリが再び湯に入るとその勢いでお湯が飛び散った。
「「アカリちゃんっ!」」
熱い湯をかけられたアカリの大切な伴侶たちのクレームが飛ぶ。
「す、すみませんっ!」
そんな中、お湯で濡れるのを嫌ったツチノコが私の傍まで逃げてきた。
「ほんと最後が締まらんね」
隣にいたツチノコがまるで相槌を打つかのようにぷにゃっと鳴いた。




