その装備は呪われている
「「「………………」」」
数秒の間の後、三方に配置された元柱であったミスリルの四肢を残してレッサーベヒーモスは砕けて土と帰った。
「よしっ!」
「か、かてた」
「う、腕がもう限界です」
移動を解いた三人が三様のコメントを出しながら地面にへたり込む。
そんな中、アカリの懐にキープされていたツチノコがプルプルと震えているのが見えた。
そのツチノコの頭をアカリがそっと撫でる。
「私たちの勝ちです。それでいいですね、ツチノコ」
間髪を入れずにぷにゃっと鳴いたツチノコは袋に入ったままでアカリにすりすりと頭を擦り付けた。
「おまっ、オスにもててもうれしくないですからっ!」
そんなアカリの叫びにツチノコがぷにゃっと返事した。
「いたっ、爪っ、お前つめたてるなっ。つちのこー!」
なんか妙な懐かれ方したもんだわね。
ふむ、これは俗にいう吊り橋効果ってやつかもしれない。
『恋かもしれんわね』
『違うと思う』
視線を横に向けると月音と月影が呆れた目で私を見ていた。
*
「そんじゃ、今日はこれで切り上げて帰りましょうか」
「そうだね」
「ですね、さすがに疲れました」
アカリがそういうとリーシャと沙羅がほっとした表情を見せた。
二人も疲れたろうけど一番疲れたのはアカリなんじゃないかね。
『月音、たぶん三人とも月の湯直行だろうから先行って』
『私、今日はシフトではないですよ?』
『直接話とか聞きたいでしょ』
『あ、それは聞きたいですっ!』
目を輝かせた月音。
ふと見ると月影がいつの間にかいなくなっていた。
『あれ、咲ちゃんや。月影どこ行ったかわからんかね』
『ついさっき出かけたのです』
『そっか。まぁ、食事時には戻るでしょ、月音、つーことでいっていいよ』
『はいっ!』
私がそういうと月音は跳ねるように視聴用の部屋から退出していった。
もう一度視線をアカリたちの方に向けると床の傍に置いていたと思われるスペアの夢幻武都の前に三人が集まっているのが見えた。
『あれはアカリが部屋に入った時に下に置いてた奴か。あれ、結局何に使ったんやろう』
私がそういうと隣にいた咲がこちらを見た。
『沙羅ちゃんがあそこから水を出していました』
『ははぁ、なるほど。どっからあんな大量に水だしたのかと思ってたけどシスティリアから引き込んでたのか』
それでわざわざ床に置いたんだな。
もしかして沙羅が使ってたのって水じゃなくて海水かな。
まぁ、今のシスティリアは月影が護ってるから変なものが侵入とかはしないだろうけど随分思い切った手を使ったこと。
つーか、月影がストレス貯めてそうだわね、これ。
「それじゃ先に戻るね」
「もうくたくたです」
いつも通りにゅるんと中に消えていった二人。
それを見送ってから別のスペアの夢幻武都と猫パーカー、そしてツチノコを身に着けたアカリも入ろうと手を伸ばした。
『アカリちゃんや、その予備の夢幻武都、そこに置いていくんかね』
「はい。私の方で後で接続を切っておけば侵入はされませんし、その状態でも外の様子は見られますから怪獣がリスポーンしないようならここから再スタートができます」
『なるほどなー。シャル、問題ないかね』
『スペアの夢幻武都をくみ上げたのは主にアカリですのでアカリが問題ないというのであれば異論はありません』
なんだかんだいってアカリのこと結構信用してるよね、シャル。
「ぶっちゃけ、もうくったくたなんですよ。さっさと中にはいって……」
そういいながらアカリが入ろうとした瞬間、何か白い毛の塊がスペアの夢幻武都の中からしゅっと出現し入ろうとするアカリをべしっと叩いた。
「いたっ! えっ? な、なんですか、いまのっ!」
アカリが慌てふためくなかスペアの夢幻武都の出し入れ口から黒地に口元が白く両手の先も白いタキシード柄の猫が上半身だけにゅっとのぞかせていた。
「『『『『『『『月影っ!?』』』』』』』」
それはシスティリアの守護者。
猫の月影がじっとアカリとその胸元に視線を向けていた。
「えっ、なんで? ちょっと、中に入りたいんですけどっ!?」
再び手を伸ばしたアカリの手を月影がべしっと叩き落とした。
怪我してないとこ見ると爪はたってないみたいだけど痛そうやね。
そんなアカリの胸元でツチノコがぷにゃっと鳴いた。
「あ、もしかしてこいつか? 魔王を都市に入れんなってことですね。それならわかりますよ。ツチノコ、今日はもう用はないんで出てきて……」
こういうとこがアカリらしいというか。
「……っていたたたたたっ、つめたてんなっ! てか出ろっ!」
アカリがじたばたするツチノコを服から外に出すと出されたツチノコが今度はアカリの服に外からしがみついた。
「つめっ、痛いってのっ!」
アカリが怒るとツチノコが渋々といった感じで少しだけ離れる。
すかさずスペアの夢幻武都からシスティリアに戻ろうとしたアカリの背中にぴょんと跳ねたツチノコがしがみつく。
「あっ、おまっ!」
瞬間、ツチノコもろともぺしっと月影に叩かれたアカリは中に入ることができずに再びボス部屋へと戻された。
『こりゃあれだ。その装備は呪われているってやつだわね』
「ちょ、マジで入れてくださいよ。優姉、月影に絶対命令お願いしますっ!」
さて、あんま無理を言うと月影がかわいそうでもあるしどういったもんか。
『月影、アカリを入れてくれんかね』
私の声に頭を上げた月影は少し考えこんだ後ですっとスペアの夢幻武都の中に戻った。
それを見て背中にツチノコをつけたままの状態のアカリが再び手を伸ばす。
「ふー、これでやっと家で休めます」
そういいながらスペアの夢幻武都をつかんだアカリ。
だがいつものように縮尺が変わりながら中に入るという現象は出現せずにスペアの夢幻武都をつかんだままのアカリとその背中にしがみつくツチノコが映像で見えていた。
「えっ!?」
慌ててスペアの夢幻武都のひっくりかえしたり中をのぞいたりとしたアカリが大きな声を上げた。
「あんにゃろっ! 中との接続を切りやがったっ! ならこっちから……」
腰にぶら下げていたもう一つのスペアの夢幻武都にアカリが手をかけたその時、中と接続されていたケーブルが途中から切られた状態でぷらんと垂れてきたのが見えた。
「うっそだろっ! 中に入れてくださいよっ、月影っ!」
そんなにツチノコが都市内に入るのが嫌なんか。
「ちょっとっ! いや、マジでっ! 誰か迎え来てください、マジでっ!」
後方に倒した怪獣の残骸とミスリルの柱が残されたボス部屋の中にアカリの声がこだました。