アカリ式怪獣討伐
「「なにそれ」」
現地の姉たち二人に突っ込まれたアカリの恰好。
それは猫の収納用ポケットが腹のあたりについたパーカーだった。
カンガルーのようにもみえる猫用の収納にはツチノコがすっぽりと収まっていた。
「なにって装備ですよ。まずは準備をします。名付けてツチノコの服です」
フードをすっぽりとかぶったシルバーブロンドにグリーンアイのアカリが着た黒にオレンジの混じったカラーデザインの服にキジトラ柄の猫がちょこんと頭を出していた。
むしろ良くこの短期間でそこまで手懐けたこと。
「「かわいーーっ!」」
「ちょ、大きな声出さないでください。こら逃げるな、ツチノコ」
声に驚いてじたばたともがくツチノコだったが微妙に出にくい作りになっているのかもがくだけで出ることはできずに少しだけじたばしたのち静かになった。
『アカリちゃんや、もしかしなくてもツチノコのことそのまま連れて行く気かね』
「当り前じゃないですか。吉乃からの聞き取りでギミックは割れてますけど何かあった時にはこいつがいると便利ですから」
炭鉱のカナリアならぬ迷宮のツチノコか。
私たちが見ている中、腰につけたスペアの夢幻武都の口を開いたアカリが中からケーブルのようなものを取り出して服の端っこにある接続端子につないだ。
私が隣の月音の膝上に視線を向けると少しだけ腰を浮かしかけた月影の姿が見えた。
ギリギリセーフってとこか。
『なんやろ、あれ』
『たぶん、駄菓子屋の隣の庭におっきなパラボナアンテナ作ってたやつについてたケーブルじゃないかな、よくわかんないけど』
なんぞ、それ。
『シャル、あれなにかわかるかね?』
『伝魔構造体ですね。マナを伝導する素材で組まれたケーブルの両端に拡張部材を接続しているのです』
『それって何ができるんよ』
『システィリア内部とアカリのあの服の間でマナの融通ができます』
なるほど、伝声菅の魔力バージョンか。
「いきますよ、怪獣討伐に」
「「うんっ!」」
*
観音開きの出入り口が轟音と共に開いていく。
触ったとたんに開くあたりは親切設計だわね。
それと同時にけたたましい音を立てて鳴り響くアカリたちの持つカイジュウアラート。
キューンという音が連続で鳴り三度で止まる。
土づくりの天井と床、その一方で等間隔にならんでる丸い柱は謎の金属のようなもので出来ており、ご丁寧にもランタンのようなものまで据え付けられていた。
アカリ達が部屋の中に足を踏み入れるとその柱についているランタンのような照明が徐々に点灯していき部屋をオレンジ色の灯かりで照らし出す。
「あっちっ! 何かいますっ!」
沙羅が上げた声に警戒を強めたリーシャが水星詩歌を前方に構えた。
何かを足元に置いたアカリが鋭い視線を奥へと向ける。
あれは別のスペアの夢幻武都か、あんな場所だと怪獣に踏まれそうだわね。
まぁ最悪は自爆機能も付いてるそうだから大丈夫なんかね。
「でやがりましたね」
その声に反応するかのようにツチノコがアカリの胸元でぶにゃっと鳴いた。
それは高さ数階建てのビルにも匹敵する四足の異形。
土のように見える全身、ギラギラと光る赤い瞳に豚と猫、その他四足の獣を適当に足したような独特のシルエット。
ブモッーーーーーーーーーーーーーーー!
そいつ雄叫びがびりびりと部屋を揺らす。
「マルチエアロシールドッ!」
雄叫びの直後にアカリの声が響き魔導のシールドが全員の前に複数出現する。
「マナクラッシュクライ。初手にうってくるのがわかってりゃ対応するんですよっ! つーかホント性格わりーな、あのくそじじぃ!」
魔導やスキルでの常駐型事前準備を失効させる特殊技能。
それがアカリが事前に説明していたマナクラッシュクライ。
『あれがあれのスキルなんかね』
『あれは厳密にはスキルではありません。叫びに乗せてマナを振動させることによって挙動を乱す現象であって魔法ではないのです』
『なるほど、常駐で効いてた効果を除去するんやね』
『ええ。しかもこの叫び、タレントの防御系でも一時解除する可能性がたかいです。なかなか面倒な相手ですわね』
『うへぇ、そういうのもあるんだ。怪獣、強すぎない?』
『怪獣やしね』
なるほど、この土の怪獣はバフキャンセルと物理攻撃が主体ってあたりか。
現地ではアカリが普段より大きめのフローティングボードを展開した。
『あれ、風の魔導ってたしか洞窟とかだと動かないんじゃ?』
『ユウコお姉さま、アカリの腰元をよくご覧くださいな』
視線をアカリの腰元に向けるとスペアの夢幻武都から伸びているケーブルが光を放っているのが見えた。
『もしかしてシスティリアからマナを運んでる?』
『ご名答です、魔導具に長けたあの子らしい対処です』
アカリはリーシャの手を取るとフローティングボードの上に引き上げた。
「ありがとう、アカリちゃん」
「いえ。沙羅姉、予定通りでお願いします」
「うん」
多分にトライのせいでもあるかもしれんわね。
精神が物理に影響を与えるこのアスティリアでは日本人を中心としたトライの持ち込む常識や概念が大きく影響を与えてきている。
日本人の意識する怪獣は特撮での悪役って側面もあるけど天変地異における災異、神としての荒魂としての側面も有している。
システィリアで深度一の妹たちが怪獣でありながら他者と協調可能な状態にあるというのは荒魂から和魂へと強制転換したという解釈もできるわな。
そんなことを考えていると冒険者としての私たちのカード経由で一つの名称が浮かび上がった。
その名はレッサーベヒーモス。
しかしベヒーモスでレッサーねぇ。
パンダじゃないけどこれベヒーモスとは別と考えたほうがいいかな。
大体、某普遍宗教絡みのこの名がつく獣ってのは定義がいい加減やし。
見た目や能力もゲームやアニメとかいったコンテンツの影響を受けちゃってることも多いんだよね。
ブモーーーーーーーーーーーーーーーッ!
その巨体に似合わない高速で突貫してきたレッサーベヒーモスをフローティングボードでひらりとかわしたアカリ達。
「リーシャ姉、お願いします」
「わかった、いくよ、アカリちゃん」
「はい」
アカリの背中にしがみついた状態のリーシャが唄い始めた。
『あれって……』
『スネークイーンの時に唄ってた奴だわね』
あの時はルナティリア経由で相手を構成するマナを吸収するときに唄ってたけど。
一方で地面に残った沙羅はマーサさんからもらった櫂をくるりと回してから声を上げる。
「神技っ! 河童の川流れっ!」
どこからともなく出現した水流が怒涛のように横から沙羅をすくい上げ、そのまま水流に乗った沙羅が部屋の横へと流されていく。
上空を風のボードに乗って移動するアカリ達とは違い水の上に直立に立ったまま滑って行く沙羅。
よく見ると沙羅の足元で小さな水河童が持ち上げているのが見えた。
ちょいちょい沙羅がやってる水での荷物輸送の応用だわね。
空と水上の二手を順に見やったレッサーベヒーモスは距離の近い沙羅に標的を定めたのか豹のような俊敏さで水上を滑る沙羅を追いかけ始めた。
まるでバイクの移動のような軌道を描いた移動をする沙羅と頭上をちょろちょろするアカリ達が鬱陶しいのかイラついた様子を見せるレッサーベヒーモス。
さらに勢いを増して沙羅に追いつこうとしたその瞬間、水もろとも沙羅が掻き消え、そこには部屋を構成する謎の金属でできた柱があった。
ブガッ!
『ふえっ! 今の何っ!?』
『リーシャやね。水星詩歌で幻覚を見せたんだと思う』
『あ、あたしたちの目にも消えたように見えたんだけどっ!』
『せやね』
部屋全体が揺れるほどの衝撃を伴ってレッサーベヒーモスが部屋を構成していた柱に衝突、衝撃を伴いそうな巨大な衝突音が姉妹通信経由でも鳴り響いた
「予定通り構造体に攻撃をさせました。沙羅姉っ!」
「うん!」
衝突の影響のせいか動きが止まったレッサーベヒーモスに沙羅が手に持った櫂が光を伴って直撃する。
「神技っ! 我田引水っ!」
沙羅が宣言すると櫂で叩いた部分から光の柱が立ち上る。
その光はリーシャの唄に引き込まれるかのようにアカリの腰元につけられた夢幻武都の中へと吸い込まれていく。
『ふえっ!? あれってっ!』
『王機で見せたMPの誘引ですわね』
なるほど、レッサーベヒーモスから神技で強制回収したMPをこの都市に逃がしてるのか。
『エウ、もしかしてアカリに何か頼まれたかね?』
『依頼なら受けているであります。現在、世界樹の方で吸引したMPを属性変更し貯蔵してるであります』
『ははぁ……そういう流れか』
やがて再び立ち上がったレッサーベヒーモスがぷるぷると頭を振ると沙羅が神技を使って遠くに離れ、同じくアカリ達も距離を置いた。
いやはや、これゲームでいうとこのハメっていうんじゃないかね。
「けっ、深度三怪獣とかまともに戦ってらんないつーの。名付けて叩いてデバフっ!」
『『『『『うわー』』』』』
妹たちのその声はネーミングのダサさなのかアカリのアカリらしさに対してなのか判断に迷うとこだわね。
「沙羅姉、リーシャ姉、このままあいつのスキル、堅牢鉄壁と高速回復が維持できなくなるまで我田引水で削り込みやりますっ! あのくそ爺のことなので何を仕込んでくるか分かったもんじゃないですから気は抜かないでくださいっ!」
「「了解っ!」」
こりゃまたすごいというか面白いというか。
私が観戦を楽しんでいるとぽつりとつぶやいたシャルの声が耳に届いた。
『神技と魔導とソングマジック……これがあの子たちの戦い方ですか』
『シャル的にはどうよ』
『面白いですわね。これなら損傷の累積に伴う怪獣の形状変化もトリガーが引かれません。ですが……』
『まぁ、分かる。ソータ師匠だしね』
絶対想定してるんだよなぁ、あの人。
これはルールの隙間を攻めるアカリと仕込みをしたソータ師匠の一騎打ち。
「あいつに有効打は打たせません」
がんばれ、アカリ。
「この先は最後まで私たちのターンです」