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シスタークエスト レベルは上がりませんが妹は増えます  作者: 幻月さくや
第五章 墓場迷宮編 少女は月に手を伸ばす
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あの日のツチノコ

 師匠が管理する父の雑居ビル。

 その一階にその猫がちょいちょい顔を出すようになったのはまだ寒い冬だった。


「ねぇ、師匠。あの子また来てるよ」

「みてーだな」


 野良にしては丸々と太ったその猫は師匠のいる管理室から見通せるビル一階にある立体駐車場出入口近くにちょいちょい顔を出していた。

 いつものごとく管理室には修理中の機械と部材が散らかり、設置された端末のディスプレイには師匠謹製の黒髪美少女である人工知能(AI)のなっちゃんと火鼠のチュータが表示されていた。


『ビルのテナントの方が餌付けしているのでくるのでしょうね』

「ありゃま……そういうのってダメっていっても隠れてやるからなぁ」


 なっちゃんの言葉に私が返すとソータ師匠は興味なさそうにちらりと一瞥してから口を開いた。


「さっき猫の忌避剤とハッカをまいた。テナントさんには直接話付けたから少しの間はエサやんねーだろ、俺が見てるしな」

「あれ、追い払うんだ?」

「当たり前だろ。猫なんてのは興味がなくなれば勝手にどっか行くもんだ」


 そういって興味なさそうにいつもの工作作業に戻った師匠。

 そんな師匠の様子をディスプレイにつけられたカメラ越しにじっと見るなっちゃんとチュータがそろって肩をすくめた。


『心配なんですよ。立体駐車場の中はターンテーブルと駆動部がありますから間違ってあの子が入ったら大変です』

「なるほど。それならそうっていえばいいじゃん」


 私となっちゃんのやり取りに師匠は何も言わずにいつものように端末をばらしては調整する作業を進めていた。

 それから数日。


     *


「ちょっとは元気になったかー」


 私が頭をなでるとそのデブ猫はぷにゃっと鳴いた。


「ししょー、結局助けてんじゃんか」

「うるせぇ」


 結果から言うとキジトラベースに手先が白いそのデブ猫はエサをくれるテナントの女性が車に乗ろうと立体駐車場の中に入った時に一緒についていきパレットの隙間から立体駐車場の下に配置されている機械部に転落した。

 話を聞いた時には私も驚いた。

 けど機械式駐車場の下のところに猫が転落するってのは結構あるらしいのよね。

 慌てたその人はソータ師匠を呼び、日頃メンテナンスしている業者を巻き込んで点検口を開いて中に入りこの子を助け出した。

 問題はそのあとで転落した拍子に足をねん挫したっぽく足を引きずっていたそうで、やむなくソータ師匠が動物病院に連れて行って治療を受けさせたらしい。

 結果、判明したのは複数のウィルスにかかっているということ、それと太りすぎているのもあって腎臓(じんぞう)も傷めてるということだった。


「あの人は引き取れないんだ?」


 この猫をかわいがってたテナントの女の人は怪我させた負い目もあったのか引き取りたいと強く申し出ていた。

 だが、違法に個人情報を引き出したなっちゃんから彼女の飼育状況を聞いたソータ師匠はすぐに猫を渡すことはせずに粘り強く飼育が難しいだろうことを説得していた。


『あの方はマンションルームに三匹の猫を飼っています。部屋数からみて今の飼育数が限界です。またウィルス持ちの猫は隔離が必要ですからキャパシティオーバーです』

「そんなもんなのか」


 私が頭をなでるとその猫は再びぷにゃっと鳴いた。


「こんなにかわいいのに」

『おそらくは放し飼いにしていた飼い猫でしょうね。元の飼い主は病気にかかっていることが分かった時点で車で遠方に運搬、飼育放棄したのでしょう。この子は去勢済みの雄ですから移動範囲は半径五百メートルほど。十キロも離れた場所に放棄すれば帰り着けないと判断したんだと思います』


 さらりと距離を言ったなっちゃん。


「ほーん、やっぱ特定できたんだ?」

『ネットに複数の情報がありましたし、あの場所は近くに学校があるのもあって複数の防犯カメラがありましたから』

「つーてもネットにつながってないっしょ、そういうのって」

『ソーシャルハッキングを使いました』


 いや、それって確か物理でのハッキングよね。

 なっちゃんが物理って……あー。

 私の視線の先、なっちゃんの隣には赤い鼠が疲れた顔をして眠りこけていた。


()()()()()()んか」

『壊したではありません。()()()()()()だけです』


 いや、マジでおっかないわ、このコンビ。

 今の情報化社会でネットに繋がってない機器も破壊できるってかなりシャレにならんよ。

 他の人にばれたらこれだからオカルト組はって言われるんだろーなー。


「ははっ、さすが『電子の悪魔(デジタルデビル)』」

『ありがとうございます。『疾走する中二病』の優にそういってもらえるのはこそばゆいですね』


 私達が話してると猫が頭を上げて丸い目を向けてきた。

 この目は確かに野良じゃないわな。

 可愛がられていたのに捨てられたんか。

 ははっ、世知辛いね。


「師匠は飼えないの?」

「お前、俺の夜の仕事知ってるだろ」

「それもそうか」


 夜は副業で忙しい人だしなぁ。


『貰い手をさがしていますがダブルキャリアなので正直厳しいところです。複数の情報サイトに掲示しましたので反応待ちです』

「そっか。この子を飼ってた元の飼い主の方はどうしたんよ」


 なっちゃんがここまで特定したってことはもう手は打ってるだろうからさ。


『多頭飼育崩壊として複数個所に通知済です。それと職場と警察にも別件で根回ししました』

「いや、職場はともかく警察って。いったい何をどう……いやいいや。聞くのやめとく」

『聞かなくても見ることはできますよ。絶賛炎上中です』

「どこで習ったんよ、そのエグイやり方」


 一瞬沈黙の後、ディスプレイに写る黒髪の少女は青い瞳で遠くを見ながらつぶやいた。


『ずいぶん昔にハルチカに習いました』

「ふーん、ハルチカねぇ。師匠の昔の同級生だっけ」

「さーな、忘れた」


 確かどっかの雑誌記者だったんじゃないかな。

 ずいぶん前に死んだらしいけど。


「まっいいや。そんじゃこの子は引き取り手が見つかるまではここで飼うってことでいいのよね」


 私がそういうと師匠はぶっきらぼうにこう返してきた。


「飼うんじゃねー。屋内遺失物だから規定通り預かるだけだ。テナントさんたちにもそういってある」

『そういうことにしてあげてください。一応警察にも手続きは出してありますので』


 さすがにビル管理人が猫を飼うのはまずいか。


「りょーかい。父さんには私から言っとく」

『お願いします』

「ところでこの子さ、名前は?」

「ねーよ。デブ猫でいいだろ」


 そりゃさすがにひどい。


『私は手足が白いのでシロタビと呼んでいます』

「ならそれでいいじゃん」

『近所にもう一匹足先が白い子がいるので紛らわしいんですよ。優、何か良い呼び方は思いつきませんか』


 呼び方か。


「せやねぇ」


 キジトラベースでころころと太ってる猫か。


「そうさね、ツチノコとかどーよ」

『いつもの妖怪・UMA(ユーマ)シリーズですか』

「うん。可愛くない?」

『まぁ、悪くはないですが……ソータさん、どうですか』

「好きにしろ」


 そういうとは思ったよ。


『決定ですね』

「なら、今日からお前さんはツチノコだ。よろしくね、ツチノコ」


 結局、ツチノコの引き取り手は見つからなかった。

 持病に悩まされつつも三カ月の時を師匠たちと共に過ごしたその猫は、とある春の日の昼下がりに師匠の隣で静かに息を引き取った。

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