冒険者の新カテゴリ
その日、通常状態でも混んでるククノチはいつもより多い妹たちによって埋め尽くされていた。
今日に限っては私からの招集ということで主要な妹は一部を除いて全員出席している。
具体的にはすでに冒険者になってるステファとマリーは今回はほかの妹たちの作業の穴埋めに回ったことで欠席だ。
「優ちゃん、今更なんだけどなんで今日はここをロマーニ会議の会場にしたか聞いていいかな」
そういって肩をすくめたクラリスの足元で伸びをした月影があくびをした。
「ギルド再開できたらここが拠点になるって話だったしさ。駄目なら駄目でなにがどう駄目だったのかみんなで聞いといたほうが早いと思って」
「つまりめんどくさかったんだね」
「せやね」
さらりと肯定した私に横の方から入る複数のクレーム。
「お姉ちゃん、やるにしてもせめて午後にしてほしかったかな」
ぼやくアイラに頷いたフィー。
「カヤノの品出しがまだ途中でした」
「おいっ、そこ。床に座んなっ! 椅子かしてやっから、後そこのも机に乗んなっ!」
ナオは相変わらず面倒見のいいことで。
「とりあえず会議始めましょうよ、優姉、シャル姉」
「そうですわね。それでは本日はお姉さまからの要望により初の全体公開となったロマーニ会議を開始したいと思います」
存外初めて見る子も多いのか目を輝かせる妹が多い中、幽子たちの帰還後初のロマーニ会議がはじまった。
*
「さて、本題から行こうか。お願いしてた件はどうなったのかな」
私の問いに対して肩をすくめたクラリス。
「全部通ったよ。赤龍機構へのエチゴヤの登録も終わってる」
お、通ったんか。
「ありがとう、クラリス」
私がそういうとクラリスは小さく笑った。
「一応確認するけど創世神の涙は加工ありの貸借も可だったよね?」
「せやね」
まぁ、指輪にするとかネックレスにするとかもありだしね。
その場合は削った欠片は向こうの買い取りってことにしといた。
「なら成立だ。あれについては君から赤龍機構への九十九年の貸借になる」
クラリスはそういいながらテーブルの上に手のひらサイズのメダルをひとつ置いた。
「これが君たちの都市におけるギルドのマスターメダルだよ。統治する王と都市領主からの申請により赤龍機構はシスティリアに冒険者ギルドを新設する」
そこには見慣れた白黒猫の模様が描かれていた。
「わっ、月影だっ!」
「猫さんなのです」
模様に真っ先に反応した月音と咲。
「僕たちの方で話した結果、この都市のギルドマスターは当面僕がすることになった。あくまで人材が準備できるまでのつなぎだけどね」
「いいのかね。大変そうなら私が適当にやってもいいんだけど?」
私がそういうとクラリスがあからさまに視線を逸らした。
「君に任せるとまた大変なことになりそうだということで赤龍機構上層部の意見が揃ってね」
「「「「「「「「「「あー」」」」」」」」」」
まぁ、わからんでもない。
さらにどこからともなくピンク色にも見える冒険者カードを取り出してきたクラリス。
「そしてこれが優ちゃんの冒険者カード。借り入れ分の資金はさすがにここには表記しきれないからギルド預かりになってる」
「ほー。私、龍札入れられんけどいいのかね」
「問題ないよ。そのために君たちシスティリア住民のための新種族枠として『妹』というカテゴリを赤龍機構の方で新設したからね」
私らのためだけにわざわざカテゴリ作ったんか。
「新種族か。それって結構大事なんやないの」
私がそう聞くとシャルが小さく頷いた。
「冒険者ギルドの公認ということはタレントの実装も?」
「もちろん」
シャルの問いにクラリスが答える。
「どういうことよ?」
「要は種族としての妹専用のタレントも作ってくれたってことですね。取得や使用に魔王とかいった種族しばりがついたタレントもあるんです」
話についていけずに考え込んだ私達にアカリが説明をしてくれる。
「ほー、タレントって冒険者なら誰でも使えるんちゃうの」
「原則はそうですが一部に縛りがあります。マリー姉のステイシスとか」
あー、たしかステイシスは時間特質が必要なんだったっけか。
「なるほど、そういうことか」
やたら時間がかかってるなとは思ってたけど、逆にこの短期間でそこまでやってくれるとは思わんかった。
「亜人分類も改定して『妹』を人種の中に入れたから沙羅ちゃんやマーメイドの子たちも人扱いになる」
「ほー」
妹が人扱いじゃなかったという新事実が驚愕だわね。
どうしていいか迷ったから結局未知の種族扱いにしたんか。
実際のとこは都市にかかった私のスキルなんだけど表立っては電波で妹に化身するって設定にしちゃったしなぁ。
「誰のせいだと思ってんのよ」
主に私。
「正直、そこまでは考えとらんかったわ」
「だとおもった。あっちで結構もめたんだよ」
クラリスの隣で遠い目をした幽子。
これはあれかもしれんわね。
レビィが足してくれた『ルナティリアモジュール』を使ったのかな。
「お疲れ」
「それだけっ?! マジで大変だったんだけどっ!」
そうは言われてもね。
「もめるって言ってもさ、どこでもめたんよ」
私がそういうと感情の読めない瞳でじっと見つめてきたクラリスが一つため息をついてから口を開く。
「封印されていたランドホエールの無許可起動」
私がシャルの方を見ると口元を隠したままのシャルが見えた。
「その後の怪獣戦におけるランドホエールの初期化」
おっと、そこは私だわな。
「続く精神世界において深度六怪獣を産出、世界の危機を招いた」
「つーてもさ、あれってレビィも噛んでるんだけど?」
「知ってるよ。それに対しての功績としてはこれまで困難だった月華王の再構築を行い、都市構築後の怪獣戦にて深度四を退ける実力を見せたこと」
あれか。
まー、結構ぎりぎりだったんだけどね。
「さらにランドホエールの単純化に伴って可能となったカイジュウアラートの作成、それを含む四種の品の献上。及び新しいシークレットガーデンであるシスティリアの形成とその都市神。優ちゃん、赤の龍王様からの伝言があるよ」
「何かね」
「『面白い』」
気に入ってもらえたのは何よりだわ。
「『トライアリスの次期公演を楽しみにしている』……確かに伝えたからね」
ははっ、さすがにそれは予想外だわ。
私が視線をリーシャとアカリの方に向けると二人も硬直していた。
「あー、クラリス。わかってると思うけどセーラはさ」
「優ちゃん」
言いかけた私の言葉を珍しくクラウドが遮った。
「なにかね」
どこからともなくどさりと大量の紙の束を取り出してきたクラリス。
「何よこれ」
「トライアリスへのファンレターだよ。君、プロデューサーだったよね」
今日は冒険者ギルドの話がメインだと思ったんだけどなぁ。
「そりゃそうだけどさ。もう一回いうけどセーラはもういないんよ?」
「だからもめたんだよ」
は?
「セーラの卒業に伴う第二期トライアリスの新加入メンバーにだれがふさわしいかでね、すごい騒ぎになったの。というかお祭りというか」
セーラ、トライアリスを本人も知らぬ間に卒業させられる。
まるで本場の地下アイドルみたいだわね、いやそう仕立てたのは私なんだけどさ。
「ドラティリア本国はイベントに飢えてるからね。賭け事になるなら何でもいいってのも多いし」
「いやいやまてまて、ちょとまち。揉めたって私らの処遇とか冒険者ギルド設置じゃなくてそっちでかい」
私が突っ込むと周りの妹たちが珍しいものを見たという視線で見つめてきた。
「優姉が突っ込むのって珍しいですね」
「そうでもないのですよ。休日は月影の動きに結構突っ込んでいるのです」
いやそこじゃないからね、咲ちゃんや。
月影の動きがたまにレトロゲームのバグじみてる時があるってのはさておいてだ。
「それにさ、リーシャと沙羅、アカリがこの前結婚してるんだけど、それってアイドル的にはどうなんかね?」
「その情報は既に流れてるよ。そもロマーニ人だし都市の領主ならってことで概ね理解されてるね」
普通なんか。
いや、これはロマーニ人がそういうもんだと諦められてるのかもしれんね。
「離れたファンもいるけど逆についたファンもいる」
こっちだと女性の既婚者でもアイドルできるんか。
普通ニーズ的には建前だけでも未婚にしとくもんだと思うんだけど。
「冒険者ギルドを運営する赤龍機構では民衆の士気を維持するために勇者といった偶像を周期的に配置します」
「前に勇者の龍札ついて聞いた時、どういうものかわかんないって言ってなかったっけ?」
「勇者の龍札はスキルの効果に統一性がないのです」
「なるほど」
私の招来は本当に博打だったわけね。
「それに……」
口元から手を離したシャルが私をじっと見つめる。
「赤龍機構のいうところの勇者は龍札を用いて実装された疑似怪獣のことでもあります」
「それって冒険者と変わらんよね」
「ええ」
私らが言うなって言われるだろうけどトコトン青の龍王関係の力頼みなんだよなぁ、こっちの世界。
赤の龍王の作った赤龍機構や白の龍王が関与したっていうカリス教ですらも王機に頼ってるってのはなんでなんだろうね。
やっぱSGMって奴かね、キーになるのは。
「それ以外にも聖女なども周期的にムーブメントになりますわね」
ふむ。
「それってもしかして歌ったりしたのかね。ソングマジック使ったりとかさ」
「ええ」
なるほど、それならアイドルが受け入れられるのもわからんでもない。
「大体にしてさ、あそこにいたメンツって限られるわけでプロデューサーの私とどっか行ったレビィを除くと沙羅しかありえないんだけどさ」
「だよねー、私もそう言ったんだけどさー」
視線をそらしながら冷や汗を浮かべた幽子。
「赤の龍王様がシャルちゃんを押したのに対して月音ちゃんファンクラブ会長のアルバートが月音ちゃんだって言ってきかなくてね」
「「「「「「「「「「月音ちゃんファンクラブ!?」」」」」」」」」」
おっと、赤の龍王とアルバートの動きで齟齬があるのか。
そうなると私の同一人物説はハズレかな。
そんな風に考え込んだ私の周囲で妹達全員が沈黙する中、一人口元を隠したままのシャルがぽつりつつぶやいた。
「ドラティリア本国は表立っては平穏に見えますが、その実重度の格差がある国家です。そのため階層間でもめ事が起きることも多くその解決を目指して様々な処方がとられました」
「お、おう。それでどうつながるんよ」
「その一環がテラにおける二十世紀末から二十一世紀初頭にかけてのアキバ文化の流入による下層階級民の不満の解消です」
「いや、前から思ってたんだけどさ。ひどいな、この世界」
怪獣とか残酷性とは別にテラからの文化浸食が半端ないよね、こっちの世界。
「だからというのもあるんだよ。赤龍機構が著作権や肖像権も含めたコンテンツの管理をしてるのは。星神の中にはテラで忘却された創作物由来の子もいる」
「つーてもさ、アキバ的なアイドル活動するならネット環境がいるんちゃうかね」
「君、自分達が何を贈ったか忘れたのかい?」
はて?
「火鼠のコートに龍玉、カイジュウアラートと放送関係の……あっ」
「その分だと忘れてたね。そっちはそうでもないだろうけど」
私とクラリスが視線を向けた先には口元を隠したシャルの姿があった。
「クラリス」
「なんだい」
すました顔で首を傾げたワンピースの子に私は続けた。
「オタクなんかね、赤の龍王」
「趣味人ではあったね。そうでなければアルバートの言う『星の海への冒険』を冒険者ギルドの目指す目標には据えないよ」
ふむ、今の一言は口をすべらせたのか故意か。
ちょいとわからんわね。
「剣と魔法の世界で宇宙目指すって私聞いたことないんやけど。いや創作でもあるっちゃあるんだけどさ」
こりゃやばいかな、人物像がいまいち定まらない。
赤の龍王周りについてはもっとまじめに情報収集しないと私が対応できんわ。
まずは冒険者ギルド経由での接触からかね。
「それと優ちゃん」
「なによ」
「トライアリス二期メンバーに君を押してたのも結構いたよ」
「私、プロデューサーなんだが」
プロデューサー兼アイドルって私の知識範囲だと知らんのだけど。
いや、知ってたのが死にかけたときに散逸しただけかもしれんけどね。
「つーか、ほんとに暇なんか。ドラティリア本国」
「あそこには怪獣はほぼ侵攻しないからね」
ほー。
そりゃまたなんでだろうね。
「ちなみに本国のオッズ順に並べると月音ちゃん、シャルちゃん、優ちゃん、次いでナオちゃんのあとに沙羅ちゃんだったよ」
「おい、ふざけんなよ。オレはセーラみたいなフリフリ着んのはもう嫌だからな」
沙羅より火葬戦姫の方が人気が高いのか。
こりゃどっちかというと露出順な気もするかな。
しかし月音にシャルに私ときたか。
見事に今度やろうとしてた競争のロマーニ組とかぶったもんだわね。
ならちょうどいいかもしれんね。
「クラリス、実はさ、ちょっとした競争をしてみたいと思ってるんだけど」
私がそういいながら笑いかけるとクラリスが軽く肩をすくめた。
「優ちゃんのことだから面倒なことなんだろうね」
ははっ、違いない。