妹の帰郷 ユウコ・シス
都市に入ると潮のにおいがした。
「なんかすごく久しぶりって気がする」
「ハニー、ちょっとまって」
そういってあたしの婚約者、白いワンピース姿の美少女をやってるクラリスが自然にあたしの手を取って引いてくれた。
「だ、大丈夫だから」
「そういって穴に落ちたよね、ハニー」
「うぐっ」
し、仕方ないじゃない。
いくら試練だからって歩いてていきなり穴が開くとか思わないし。
「いろいろあったけど仲良くなれてよかった」
「僕はずっと頭が痛かったよ」
「あははは……」
ドラティリアについたあたしとクラリス、こと超越の一人クラウドを出迎えてくれたのは他の超越たちと七星神だった。
「結局、いつも通りだったけどね」
「あ、なんか聞きにくくて聞いてなかったけどやっぱそうなんだ?」
あたしがそういうと前方を歩くクラリスが苦笑を浮かべる。
笑顔以外を浮かべるってのが珍しいこの人がここまではっきり表情に出すって相当なんだと思う。
「大概だっただろ」
「あー、うん」
やわらかいクラリスの手をしっかりとつかんだまま、あたしは愛想笑いを浮かべた。
「嫁入り試験、まさかあんなのだとは思わなかったよ」
最後はなんか認めてもらえたっぽいんだけどあれでよかったのかな。
「ハニーが怪我したらどうするつもりだったんだか、あのバカ達」
「うーん、あんまり悪く言っちゃだめだよ。兄弟なんだし」
あたしがそういうとぴたりと止まったクラリスがいつも通りの綺麗な笑みを浮かべながら振り向いた。
あ、これちょっと怒ってる顔だ。
「ハニー、兄弟だからって……いや、君の方がわかるか。暴走する兄や姉ほどめんどくさいものはないよ」
「あっ、はい」
いやってほど知ってる、主に優のせいで。
あたし、元は一人っ子だったんだけどな。
そんなことを考えていると道の向こうから背中に背負った籠にみっしりと野菜を詰めた沙羅がやってくるのが見えた。
緑色の肌に綺麗な黒髪を持つあたしの妹はあたしの姿を見ると笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。
「おかえりなさい、幽子お姉ちゃんっ!」
「ただいま。なんかいっぱい運んでるけど大丈夫?」
あたしがそういうと沙羅ははにかみながらちいさく頷いた。
「はい。ヤエお姉ちゃんが無理なく持てる量に調整してくれてますから」
「それ、無理ない量なんだ……」
どう見ても普通の子が持ったらひっくり返りそうな重さに見えるんだけど。
「少し持つの手伝おうか」
「大丈夫です」
あたしが手伝いを申し込むと沙羅が笑いながら首を小さく横に振った。
というかこんな大量の野菜もってどこに行くんだろ。
「それ、どこに届けるの?」
「スーパーです」
「ふえっ!? ス、スーパー?」
「はい、お野菜の在庫が切れたそうなので」
*
目の前の店の上部には『スーパーカヤノ』と店名が書いてあり店の前ではフィーと吉乃がレジや客とのやり取りをしていた。
そんな店の入り口付近には魚や野菜等が並んでいた。
視線を動かしてさらに奥の方を見ると生活雑貨やキッチン用品なども並んでいるのが見えた。
「うわ、ほんとにスーパーだ」
あたしが呆然と見てると位置口近くにいたフィーが客の扱いを吉乃に任せてあたしの方に寄ってきた。
「おかえりなさい、ユウコお姉さま」
「ただいま。このお店ってフィーとアイラが管理してるの?」
「いえ、ステファお姉さまと二人でやっています。奥にいます」
「ふえっ!? アイラじゃなくてステファなの?」
あたしが驚いた声を上げるとフィーが少し首を傾げた。
「はい。何か問題がありましたか?」
「う、ううん。なんか意外だっただけ」
「そうですか」
一瞬浮気したのかと思ったけどフィーとステファじゃそれはないか。
それにしてもほんのちょっと目を離すと変わるんだね、この都市。
「ちょっと奥も見てっていい?」
あたしがそういうとフィーがほんのりとうれしそうな顔をした
「はい」
久しぶりのスーパーにわくわく感がとまらないあたしの手をクラリスが少し引いた。
「ハニー、見るのはいいけど短めにね。優ちゃんには早めに報告しないといけないし」
「う、うん」
うー、もういっそ姉妹通信じゃダメかな。
そんなことを考えているとあたしと同じくらいの背丈のクラリスが仕方ないなという表情をした。
「まぁ、僕もちょっと気にはなったからね。少し見ていこうか、ギルドの設置自体は明日以降になるだろうしね」
「やったっ!」
あたしはクラリスの手を引きながら店の奥へと進んでいく。
そこには生活雑貨だけではなく小さめのプラモデルや魚の缶詰、それを開けるための缶切りや調理のための包丁やまな板なども並んでいた。
店の中にはどっからともなく店の宣伝曲がゆったりと流れている。
というかこの曲、唄ってるのってもしかしなくてもリーシャなんじゃないかな。
「うわー、すっごくスーパーだ」
「姉さんとアカリの監修だからね」
「ふえっ!?」
後ろからかけられた声に驚いて振り返るとそこにはフィーリアたちと同じ制服を着たステファがいた。
「ス、ステファか、びっくりしたぁ」
「あんまりハニーを驚かせないでくれるとうれしいな」
「そういうつもりはなかったんですけどね。すまない、ユウコ姉さん」
日頃はあまり接点のないクラリスとステファの視線が絡む。
「おかえり、ユウコ姉さん」
「あ、うん。ただいま。ステファがスーパーのお手伝いをしてるとは思わなかったよ」
あたしがそういうとステファは肩をすくめた。
「他の子だと在庫管理がまだできないからね。マリーはククノチが忙しいし」
「なるほど……ってステファって在庫管理できるの!?」
あたしが目をむいて問いただすと横にいたクラリスと目の前のステファが同時に肩をすくめた。
なにこの二人。
うちの婚約者、能力でつながった超越の兄弟よりステファの方が似てる気がするんですけどっ!
「宰相やってた方の父に習ったからね」
「……ロマーニっていったい」
「大体、シャルのせいだよ」
頭が痛くなった私の耳にぽつりとつぶやいたクラリスの声が聞こえた。
「あれ、そういえばシャルは? こういうのって大体あの子が仕切ってたりすると思ってたんだけど」
あたしがそういうとステファは少しだけさみしそうな表情をした。
「この件はシャル姉さんはノータッチなんだ。最近は部屋にこもって新しい魔導の研究と新しい絵の作成にいそしんでるよ」
「そうなんだ」
あたしがちらりと横にいるクラリスの表情を覗き見るとステファの視線も一緒に動いた。
そんな私たちの視線を受けてクラリスが渋々といった感じで口を開いた。
「友だからこそ踏み込めないとこもあるんだよ。君もだろ、ステファリード」
「ええ、おっしゃる通りです。ボクの場合は元臣下ですけどね」
なんだろう、ちょっと切なそうな雰囲気で視線を絡める二人の雰囲気にちょっとドキドキするんだけど。
これってボーイズラブになるのかな。
そんなことを考えているとクラリスの手に少し力が入った。
「ハニー、違うからね?」
「ひゃ、ひゃい」
あたし、そっちの趣味はないはずなんだけどな。
その後、店の奥の方に並んでいた肉や穀類を見てからあたしとクラリスはエチゴヤへと向かった。
*
「ただいま」
久しぶりに玄関をくぐるとかわいらしい着物を着た妹が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
あたしは出迎えてくれた月音に持っていたお土産を手渡した。
「これ、お土産、ドラティリア名物のお菓子なんだって。後でみんなで食べて。あとこっちは月音へのお土産ね」
「わっ、ありがとうございますっ!」
本当にうれしそうにお土産を抱え込んだ月音。
「ちゃんとしたお土産もらったのって初めてです」
「あー、そうなんだ?」
「はい」
私と月音がそんなやり取りをしてるとやり取りを聞きつけたのか奥の方から優が出てきた。
「おかえり」
「ただいま」
優の出迎えにあたしが普通に返すと優は笑いながらこう続けた。
「少しは楽しめたかね、ご挨拶も兼ねた婚前旅行」
「ふえっ!?」
あたしが泡を食っていると隣にいたクラリスが優をじっと見ながら代わりに応えてた。
「まぁ、いろいろあったけど結果としては普通だったかな」
「あれで普通なんだ?」
普通ってなんだろ。
「残念ながらいつも通りだったね。それと冒険者ギルドの支部を開設する件については許諾はもらってきたよ」
「了解、ならそこら辺の話は明日あたりにでもロマーニ会議でシャルとかも交えてやろう」
「そうだね」
クラリスと優がそんなやり取りをしてる間、何とはなしに廊下の奥を見たあたしは廊下の曲がり角で顔を半分だけのぞかせてこちらを見てるタキシード柄の猫と視線が合った。
「ねぇ……優」
「何よ」
「なんか月影があそこからじっと私たちのこと見てるんだけど」
私の割り込みにクラリスとの会話を止めて振り返った優。
少しの沈黙の後で優はこういった。
「幽子、月影に顔忘れられたんじゃないの」
「ふえっ!? ちょ、まって、いくらなんでもそんなことないから!」
私の驚きとともに出てきた言葉に物陰からのぞき込んでいた猫の月影がすすっと動く形でさらに隠れた。
「うそ、まっ、まって……えっと……どこだっけ…………あったっ! 月影にもお土産あるんだよ! ほーら、魔獣のお肉のジャーキー! ペット用の塩分少な目だから」
あたしが月影用のお土産を取り出して見せると月影が今度は前足と頭が完全に見える位まですすっと出てきた。
「なんか必死やね」
「ハニー、慌てなくても月影は逃げないよ」
「そ、それはそうだけど世話してたこともある子に塩対応されるってのはちょっと」
あたしがそういうと優があたしの肩にポンと手を置いて頭を振った
「猫だとわりかし普通だからね、それ」
「そうかもしんないけど、優に言われんのはなんかむかつく。優、なんだかんだ言って月影のこと放置気味だったじゃん」
「せやね。というか幽子が構いすぎなんよ」
うー、だってかわいいし。
「ほーら、月影ー。おいしいお肉だよー」
体の前半分を乗り出してきた月影にあたしはガッツポーズをとる。
そんなあたしの手元を興味深そうに見ていた月音がぽつりとつぶやいた。
「ユウコお姉ちゃん、これ何のお肉なんですか?」
「これ?」
これね、結構お高かったんだよ。
「はい、何かの魔獣ですよね。MP結構残ってますし」
「へー、残ってるMPとかわかるんだ。これはね……」
月音に説明する私の視線の向こうで月影が身をそろりと廊下に乗り出してきた。
「フォレストアリゲーターの部位肉なんだって。すっごくおいしいらしいよ」
あたしがそう説明したとたんに月影がすすすっと物陰に隠れて姿が見えくなった。
「なんでぇ? 月影ーー!?」
慌てて玄関口で靴を脱ぎながら月影を追いかけようとしたあたしの傍で月音が優に聞く声が聞こえた。
「お姉ちゃん、フォレストアリゲーターってなんですか」
「ワニ」
ワニ? ワニがダメだったの!?
「月影、他にも魔獣のジャーキーあるからっ!」
あたしは急いで靴を脱ぐと月影を追いかけた。
*
慌てて奥へと走っていく幽子を優と月音、それと肩をすくめたクラリスが見送る。
その三人の足元にしれっと姿を現した月影が、幽子が慌ててその場においていった鞄の中身をのぞこうとひょいっと身を乗り出した。
「月影、あんま幽子をからかっちゃあかんよ」
「…………」
そのままの姿勢で優の顔を見つめた月影。
幽子の後を追うために靴を脱いだ後で二人分の靴を丁寧にそろえていたクラリスに月音がぽそっとつぶやいた。
「幽子お姉ちゃんってかわいいですね」
そんな月音の言葉にクラリスが優しい笑みを浮かべながら答えた。
「僕のハニーだからね」
「なるほど」
そんなクラリスの惚気を聞いた月音。
「私もあんなハニーが欲しいです」
そんな月音を黙って見つめる月影と笑顔のまま凍り付いたクラリス。
そんな中、優がぽつりとつぶやいた。
「ダーリンじゃなくてハニーなんやね」
沈黙が玄関を包む中、奥の方から月影を呼ぶ幽子の声が聞こえていた。