スーパー
「それじゃ今日最後の議題に入ります」
リーシャの声とともに騒めきが静まった。
「アイラお姉ちゃんからなんだけど」
皆の視線がアイラに集まったのを見計らってリーシャが続きを口にする
「食材とかを別途販売するお店があった方がいいって提案があったの」
リーシャの視線を受けたアイラが頷いた。
「うん。最近だとね、自炊する子も増えてきたの。それでお料理の食材がほしいって子には直接食材の販売もしてたんだけどね」
そういうアイラの視線が私の方に向く。
「あー、せやね。つーかここしばらくは私とナオの出前に乗せてついでに運んでたけどそろそろきついわ。いやー、向こうの世界の宅配の人って偉大だったんだわね」
アイラやほかの姉妹の教育が行き届いてきたこともあり食材の生食はかなり減った。
それに伴い自炊する子も増えてきたことから隙間の時間に娯楽を兼ねて釣りをしてほかの子に売る子や、農業従事の傍らでこそっと知り合いに野菜を融通する子などもでてきた。
まぁ、言っちゃなんだけど日本の古い田舎みたいな感じだわね。
その一方で沙羅とヤエが目を光らせていて厳密に管理されている穀類や魔獣の肉などは領主であるリーシャの所有物となることから加工をされた後で原則倉庫行きとなり、流通しているのはアイラが切り盛りするククノチで消化される分だけとなっている。
これも厳密にみるなら肉の加工現場での切れ端とかは個人間で融通されてるみたいなんだけどそこは見て見ぬふりをしてる、きりがないからね。
それとステファの家でコスモスが育てられていたように、個人が家庭菜園をするのは自由だ。
結果、肉と穀類が欲しい子らからのリクエストにこたえるという形でククノチが原価に少しだけ色を付けた形で出前の品として融通していた。
おかげで出前の労働環境がブラック化し、この前なんかはその延長で外で怪獣戦までこなす羽目になったという次第だ。
「姉さん、働きすぎだよ」
「つーてもなぁ、私とナオ以外だと依頼してきた妹の細かい位置がわかんないことも多くてさ」
姉妹通信の付随機能でお互いの距離がわかるってのもあるんだけど、これが個人によって精度がまちまちなんだよね。
妹との距離感ってやつだわね、物理の。
元々のスキル保有者の私の精度が高いのは当然として、理由はわからんけどナオは最初から高かった。
そんでもって私らはそれをナビゲート代わりに使いつつ出前してたってわけだ。
「それにさ、王がブラック労働って結構普通っぽいんよね」
飾りの王はいざ知らず下手に実務に手を出す王だと臣下の育成がうまくいかないと過労死する場合もあるとはシャルが言ってた。
しかも嫌なことにトライの比重として日本人が多いのもあってか過労死が単語としてそのままの意味でこっちに持ち込まれていたりする。
さすがに満員電車とかは持ち込まれてないみたいだけどね。
「お姉ちゃん、早めに対応しないとまた咲お姉ちゃんに怒られるよ」
「それは困る」
実際、嬉々として働いているナオはともかく、王の私が肉体労働でブラックになるのはさすがにまずいわな。
それで食材の物販店を新設って話になったのか。
そんなことを考えてるとアイラが少し顔を伏せつつ申し訳なさそうに口を開いた。
「そのね、気が付くのが遅れたのはアイラも悪いの。お弁当周りとか余剰在庫の調整はフィーに任せきりだったから。フィーって仕事があるとずっとやってるとこがあって」
フィーの性格というよりは埋葬人の特性かもしれんね。
元の職能柄、住み込みの二十四時間勤務のようなもんで仕事の休みという概念があったかからして怪しいし。
「お姉ちゃん達が巻き込まれてるのは気が付いてたんだけどここまでとは思わなくって。ごめんなさい」
「いや、そこは私もなんだわ。なまじアカリに無茶振りしてアカリが過労気味なもんだからそっちとくれべりゃ軽いとおもっちゃったんよね」
私がそういうとアカリが半眼で私を睨みつけた。
「優姉はとりあえずで私に作業振るのやめてくださいよ」
「すまんね。でもさ、アカリにしかできない仕事が多いわけで」
「そりゃ、そうですけど」
「本当感謝してるって」
「ったく、しょーがないですねー」
適当に持ち上げた私の言葉にアカリがまんざらでもなさそうな反応をする。
ほんとちょろいなこの子。
そんなことを考えているとリーシャがちょっとだけ睨みを利かせた視線を投げてよこした。
「お姉ちゃんとアカリちゃんは働きすぎなんだよ。とりあえず食材融通については別途お店を作ります。アイラお姉ちゃん、最初のうちの人材はククノチからまわせる?」
「うん、最近は結構育ってきてるからいけると思う」
おかげでここ最近は私が店に入る回数もかなり減った。
「アカリちゃん、キャッシャーってまだ在庫ある?」
「ありますよ。念のため多めに作っておいたので」
「その店なんだけどさ、食品販売だけじゃなくて生活用品や台所用品もおいた方がいいんじゃないかね」
「あー、ちょっとしたスーパーですね」
私の追加提案にアカリが真っ先に反応した。
今ここにシャルがいたらあの子も反応したかもしれんね。
「どうよ、リーシャ」
「うん、ありかな。今だとアカリちゃんとかに作ってもらった生活用品もエチゴヤで売ってるからとりあえずそれを並べる形でいいよね」
「せやね。人とレジ、雑貨と食材はいけるとして後の問題は仕入れや棚卸、在庫管理だわね」
すると黙って聞いていたステファが手を挙げた。
「そこらは店の子が覚えるまではボクがやろう」
「え、ステファ姉、在庫管理できるんですか」
「ルキ父さんに習ったからね。ロマーニの手法であればできるよ。商品管理の先入先出とかも習ったよ」
息子に先入先出を教える宰相がいたらしい。
「相変わらずチートだな、あんた」
アカリのボヤキをステファが軽く笑う形で流した。
「ええんかね、折角マリーと水入らずなのに」
「マリーならここ最近はレオナやアトラの世話をしてるよ」
ステファも手伝ってはいたはずだけど二人でかかりきりになるほどの手間はかからないか。
「ならお願いするね、ステファお姉ちゃん」
「ああ、任された。ただ、状況によってはボクは外れないといけないからそこは意識してほしいな」
「うん。アイラお姉ちゃん、新しいお店の取りまとめできそうな人いる?」
リーシャの言葉に一瞬考えこんだアイラ。
「んーっとね、フィーに頼んでみようかと思う」
「なるほど、フィーなら弁当販売もそうだけど私やナオが運ぶ食材の準備もしてたから適任っちゃ適任か。けどさ、ククノチの上の宿の管理の方はどうするんよ」
食堂として多用されるククノチには宿泊所としての側面もある。
そっちの清掃やらベットメイクとかは新人に教えつつフィーリアが一手に担っていた。
「新しい子たちだけでも回せてるみたい。それでフィーはほかの作業もしてた感じかな」
アイラの言葉に私は苦笑した。
「あの子が一番仕事中毒なんちゃうかね」
そんな私の言葉に一瞬困った表情を浮かべたアイラ。
「本当に暇になると……フィー、穴掘って埋めるから」
それって苦行の一種じゃなかったっけか。
納得した表情のファイブシスターズに対して反応に困ったとも呆れてるともとれる表情を見せるほかの妹達。
まぁ、暇のつぶし方は人それぞれだし婚約者のアイラが止めないなら私は無理には止めんのだけどさ。
「それもなんというかだわね。本人にもいいかどうか後で聞くとして、今はフィーにお願いするという方向で進めて見ようか」
一斉に頷いた妹達。
「あ、そうだ。お姉ちゃん、それでなんだけど」
「なにかね」
「新しく作るい店の名前、折角だから新しいのをつけようと思うの、どうかな」
「ええんちゃう。候補はあるんかね」
「ううん、まだ。お姉ちゃんはなにかいい案ない?」
ミニスーパーの名前ねぇ。
「エチゴヤグループではあるんよね」
「うん」
だとするとエチゴヤは使えないか。
どっちかというとククノチの姉妹店舗って感じだしそっちでそろえてみようか。
「それならカヤノなんてどうよ」
「カヤノ? それってどういう意味?」
「テラの神話でのククノチの姉妹よ」
正確にはカヤノヒメなんだけどね。
「優姉、頭にスーパーはつけないんですか」
「あー、せやね。ならスーパーカヤノではどうよ」
「スーパーカヤノか、うん、いいとおもう」
私達の提案にリーシャが頷いた。
「じゃぁこの件はこの方向で。フィーお姉ちゃんには私から話してみます」
エチゴヤ、ククノチ、月の湯に続く商業施設か。
やっと都市らしくなってきた感があるかな。
「今日の議題はここまで。みんな、進捗は通信でこまめに教えてね」
全員が頷いたのを見てからリーシャが取りまとめた。
それぞれが雑談をしながら出ていく中で私、それとリーシャ、沙羅、アカリといったエチゴヤ組が自然と残った。
「えっと……そのシャルおねえちゃんには」
「ああ、それは私が伝えておくわ」
私がそういうと三人がほっとした表情を見せた。
「言いにくいかね」
「そんなことはないけど……なんか反応が怖い」
「あー、そういう方向でか」
私は次の迷宮探索での競争相手達をゆっくり見ながら言葉を選ぶ。
「もう私が口を挟まなくとも大丈夫ですわねって言われるのが怖いかね」
しばしの沈黙ののちにリーシャが小さく頷いた。
「うん」
依存なのか愛情なのかちょいとわからんけど好いてるのは確かだわね。
元王宮侍女にしてこの都市の領主であるリーシャ。
洞穴でシャルに手伝ってもらって妹に転換した沙羅。
そしてシャルが人生をかけた魔導のトライであるアカリ。
「まー、確かに一人の冒険者としてふらっといなくなりそうではあるわな」
「それは優姉もそうしたいって思ったことがあるからですか」
じっと見つめるアカリに私は小さく首を振った
「いや、私はないかな。そも龍札を赤龍機構に預ける気がないからね」
「なるほど」
とりあえずは納得はしたって感じかな。
実際、シャル自身があの調子だから不安に思うのはしゃーないわな。
「そんなに不安なら勝てばいいのよ、次の勝負で」
「え、いいの?」
私は笑いながら頷いた。
「手加減はしないよ。シャルに私、それと月音のメンツに全力でぶつかってきて勝てるものならね」
「むぅ、なんかその挑発むかつく」
「本音でいうとだね、フィーもメンツに入れるつもりだったんだけどさ」
「げっ、ちょっと待ってくださいよ、シャル姉に月音だけでも厄介なのにフィー姉までそっちって」
慌てるアカリ。
「最初はね。でも気が変わったわ、フィーには中立でいてもらう」
「えっと……それってなんで?」
まぁ、暇があれば穴掘って埋めるのはそれはそれで問題があるとは思ったんだけどさ。
スーパーカヤノの話が出たんでちょっと思いついたことがあるのさね。
「今度やるスーパーカヤノの運営が無事に軌道に乗ったらさ」
「うん」
もし私が異世界に行ったら一度やってみたいと思ってたんよね。
昔のゲームのダンジョンとかにたまにあった謎店舗。
前から疑問だったんよね、ああいう店の仕入れとか店員の生活とかさ。
「育成迷宮内に二号店開いてもらおうとおもってさ」
「「はい?」」
首をひねるリーシャと沙羅、そして呆れた視線で見つめるアカリ。
「優姉、気が早くないですか」
「まぁ、先々の話なんだけどね。つーことでアカリちゃんや」
「あ……私ちょっと用意が」
腰を浮かして逃げようとしたアカリ。
そんなアカリに私は次の指示を出した。
「夢幻武都のレプリカを使っていいからスーパーへの効率のいい物品輸送考えといて」
「くそっ、また仕事増やされたっ!」
「私も手伝うからさ」
「お姉ちゃん、さっきの話……」
実務に手を出す王は過労死するっての、結構ガチかもしれんわね。
さて、しばらくはスーパーの準備にいそしみますかね。