エチゴヤの登録
シャルの声とともにテーブルの席に座った全員が私の方を見た。
「それで、優ちゃん。僕に用事があるという話だけどなにかな?」
開始一番、最初に口火を切ったのはクラリスだった。
「三つあるんだけどその前にお礼かな。吉乃の教育ありがとう」
「あの子については僕よりナオちゃんに言うべきだね」
「ああ、同居してたからか」
私がそう返すと幽子が何とも言えない表情をした。
「そっか、優は吉乃の教育見てないんだ」
任せっきりやったからね、こっちはこっちで仕込みがあったし。
「そういう幽子は見てたんか」
私がそういうと幽子が遠い目をした。
「すごかったよ。休みのたびにナオや吉乃と一緒に例のプラモデルの組み立てしてたんだけどね。毎回最後の段階で一個部品が足りなくなって」
「お……おぅ」
完成間際でかい。
「せっかくだからてことで私とクラリスも一緒にやってたんだけど、やっぱり最後になるとね……部品が一個足りなくなってるの。クラリス以外全員」
なんつーかそれに付き合うナオやクラリスの根気強さに驚かされるわ。
「てっきり優の方は私経由で見てると思ってた」
「こっちもここんとこはあんま見てないかな。だからクラリスとどこまで進んだかも私は見てないよ」
「す、進……進んで……」
赤くなった幽子の隣でクラリスが苦笑を浮かべた。
「楽しそうだね、優ちゃん」
「そりゃまぁ、幽子は死者の霊であると同時に私の一部だったからね。私にもそういう側面があったということが驚きっちゃ驚きなんよ」
「やれやれ。ハニー、優ちゃんが覗き見しなくなってるなら今度もう少しいろいろしてみようか」
「いろ……いろ……」
頭から湯気が出そうな幽子とすました顔のクラリス。
一瞬、クラリスの瞳を見るとその目には何かを探るような色が浮かんでいた。
「つーかさ、クラリス。幽子がそっちの眷属にもなってる分、以前ほどはお互い見れてないんよ。わかっててやったわけじゃないんかね」
「いや……そうなのかい?」
クラリスが幽子に視線を向ける。
その視線を受けての幽子が小さく頷いた。
「だから私の目の届かんとこでいちゃついてるのは私にゃわからんわよ」
「優ちゃんはこれでよかったのかい」
「私は最初の頃に二人に言ったじゃん。私が万が一死んでも幽子を引き取ってくれればそれでいいって」
「優、あれ本気だったんだ」
「むしろなんで冗談だと思ったのか私がききたいかな」
私たちがそんな会話をしてると隣り合って座ってるクラリスと幽子のそれぞれ隣に座っていたシャルとアカリが目を合わせているのが見えた。
「何よ、シャル、アカリ」
「いえ、お姉さまはそいうとこは変わらないと思いまして」
「付ける薬がないっていうんですよ、こういうの」
「アカリちゃん言い過ぎ」
そんな悪態をつくアカリのさらに横に座っていたリーシャがアカリの服の裾を引いて諫めた。
「お姉ちゃんの死にたがりは悪癖なのです」
「いや、これでもましになった方だと思うんだけどさ」
いつの間にか寝入った月影をなでてる月音を含めて誰も答えない。
「死ぬ気はないんだけどなぁ」
「そこは本気みたいだね、優」
「まあね」
さて、初期のころと比べて私と幽子の接続はかなり弱くなってる。
今時点だと強く意識しなければ幽子の五感を通しての情景は見れなくなった。
そうなってる理由はおそらく三つで、一つは幽子がクラリスの血を一定量受けて私の構築時より高密度な独自の自我を確立しているということ。
二つ目は私の龍札が『陰陽勇者』になったことで妹全体と広く浅く接続するようになりその分幽子と私の接続という意味では希釈化したこと。
最後が私自身が以前よりも意識して体の方を主体にしてることもあるんじゃないかと考えてる。
さらに言うなら私のスキル『妹転換』は現在だと私自身のみならず妹たちの生活基盤の一部と化してる。
死して皮を残すじゃないけどさ、最終的には妹たちには私の魂ともいえる龍札は残したいなと思ってるのさ。
シャルたちに確認した限りだと普通に生きて死んだトライの龍札は残るらしいのよね。
というか赤龍機構の龍札保管庫ってのは龍札がもつその特性を利用してるっぽいし。
そんでもって今の思考は強く意識して読ませたから読めてるはずなんだけど通じてるかね、幽子。
「大丈夫、というか声に出すか姉妹通信に乗せないとみんなに聞こえないよ?」
「たまにはね。ということで幽子ちゃんや、今日一つ目の話なんだけどクラリスと一緒にドラティリアにちょっといってきてほしいのよ」
「ふえっ!? ちょっと、ちょっとまって。今、優の心の中の会話にそんな事片隅も浮かんでなかったよね!?」
「せやね。つまりはこれくらいは私と幽子の接続が解けていてかわりにクラリス色に染まってるってことなのさ」
「大体優ちゃんが原因なんだけどね」
「ははっ、違いない」
ジト目で見つめるクラリスといつものように泡を食う幽子を見ながら私は言葉を続けた。
「もう一回いうとだね、幽子。赤の龍王様達にクラリスとの婚約について報告してきて。なんか二人とも結構いろいろ激しくなってきてるみたいだし、このままできちゃった婚だと体裁悪いからさ」
「で……」
頭が回らなくなったのか目をまわした幽子。
そんな幽子を片手で支えながらクラリスが私を軽くにらんだ。
「君の中の僕がどうなっているのかはわからないけど、僕の婚約者のことで君にとかく言われる理由もないんじゃないかな」
ほう、クラリス、いやクラウドがそう返してきたか。
しゃーない、ここは馬鹿正直に答えてみるか。
「いやさ、どっちか言うと私が三度目のバカやって幽子に被害が出てクラリスがさらに血を分けたらどうなるかわからんと思ってさ」
「それは……」
「それ、もしそうなったらそれって優が悪いんじゃ?」
「せやね」
頷いた私にクラリスと幽子が黙り込んだ。
二人でひそひそ話てるけど何話してんだか。
あと他の妹たちの視線が痛いのはなんでかね。
「お姉ちゃんが馬鹿やりすぎなんだと思う」
「月音にそれを言われるとはなぁ」
私が苦笑していると方針が決まったのかクラリスが私の方に視線を戻した。
「そういう理由なら不本意ではあるけどハニーを会わせるというのはありかもしれないね」
少し思案した後でクラリスが続ける。
「ただ、いいのかい? ハニーは僕の眷属でもあるから赤龍機構からの僕への指示はハニーでも否定できないよ」
「そりゃわかった上での話よ」
大体、私自身が妹への絶対命令権持ってたりするし。
持ってみるとわかるけど結構使いにくいもんなんだけどね。
「なら僕はかまわないよ」
「それじゃそういうことで。ところでさ、エチゴヤが他の都市で活動するときって何か許可とかいるかね」
私がそういうとクラリスが私をじっと見つめてきた。
「今後、GPを使用するなら登録してもらう必要があるよ」
GPは冒険者間で融通できる通貨だから、よほどローカルで商売するっていうんじゃなきゃ使わざるを得ないとは以前にシャル達から聞いた。
商会になるのか個人商店扱いになるのかはわからんけどまともな商売をする気があるならクラリスたちが所属する赤龍機構に登録しないと駄目だってことか。
「登録費とか条件はどうなんよ」
「費用は手続きや維持にかかる実費分だけで後払いもできるよ。条件としては所属員に冒険者と象徴となる星神がいること」
「それって冒険者以外が商売するのが厳しくないかね」
「各都市内や国が発行する通貨で商売する分には僕たちは特に関与しないよ」
ローカル商売なら問題ないのか。
なるほど、セーラやロックさんのところみたいな個人商店なら登録しなくてもいいんだわね。
「君のとこは星神が複数いるからね。代表を決めれば登録は問題ないと思うよ」
「なるほど。ならエチゴヤとしての代表は月影でよろしく」
姉妹たちが沈黙した。
「ハニーでも月音ちゃんでもなくてあの子なのかい?」
「うん。かわいいからね」
私の答えにため息をついたクラリス。
「できれば本音を聞いておきたいのだけど」
「シス教に関与する幽子を商売に紐づけると後々響くかなと。それにクラリスの嫁だからその権威を直に借りるのはちょっとね」
「いまさらじゃないかい?」
「まぁね」
それとさ、月音はシスティリアの座敷童だからってのもある。
それを言い出すと月影も都市に付随してるんだけどね。
「いけるかね」
「最初のうちはそれでもいいよ。でもできれば早いうちにエチゴヤ専用の星神を置いた方がいいね」
「専用いってもなぁ、そうポンポン生まれるわけじゃないだろうし。そこらへんどうなのよ、シャル」
「誕生頻度は確かに低いですわね」
私がそういうとシャルが口元を隠しながら答えを返してきた。
「ですがドラティリア本国であれば星神のオークションもあります。資金があればそこで調達も可能ですわね」
「ふえっ!? 星神って売られちゃったりするの?」
驚く幽子にシャルが頷き返す。
「テラ風に言えば有限のコンテンツですので譲渡可能です。保有していないと都市間貿易や都市防衛が困難ですので高値で売買されます」
「うへぇ……神様が売買される世界って……」
まぁ、幽子の言いたいこともわからんでもない。
「そんじゃとりあえずは登録星神は月影で、登録料は悪いけど貸しといてもらえると嬉しいかな」
「いいよ、僕の方で手配しておこう」
エチゴヤの方はこれでいいとして本題をきりだしますかね。