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僕らの悠翼は君に届くだろうか―Chrono Beyond―  作者: 悠葵のんの
エピローグ『それは未来』
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『悲しみが終わる場所/さよなら、またね』

「『光子世界(ユニサ)』で何をしていた……か。確かに資料というからには語らなければならないね。あの日翼を広げた()は、辿り着いた光の世界で、まだ赤子だった神様――『イノセント・エゴ』に心を与えて、対話できるようになるまでその成長を見守った。端的に言えば子育てみたいなものか」


「つまりそれが、眠っていた七年の間の出来事ってこと?」


「どうかな。向こうとこっちの時の流れは違う。けれど確かに、話ができるようになったのは赤子が少年に成長してからだ。そして対話は行われた。その末にあの子はこう思った。『自分が生み出した世界の歴史を、心を得た今の状態で見直したい』――と。それから始まったのは生命の誕生から私があの子に辿り着くまでの長い歴史の追体験」


「え、じゃあキミ、約四十六億年もあっちで過ごしてたわけ⁉」


「具体的にどうとは言えないな。確かにあの子は生命の歴史を紐解いたが、私はずっと付き合ったわけではない。勿論付き合いたい気持ちや責任はあったが、あの子の計らいがあってね。魂が擦り切れるほどに時間の中を揺蕩っていたわけではないんだ」


「なるほどねー」


「でもまあ、確かに、長かったことに変わりはない。とても長い時間が過ぎて、世界を解放する時が訪れて、最後にあの子が何とか時間の調整をしてくれたけれど……それでもこっちでは七年の時が経ってしまった。本当に、アリサには寂しい思いをさせてしまったよ」


「うん、アリサにとってのあの七年は充実でもあり空虚でもあっただろうね。でもそれを言ったらキミだって、永遠にも等しい時間、ずっと愛する人に会えなかったんだ。うん、これで納得がいったよ。キミのことだから彼女の前で泣くはずないよなぁって思っていたけど、そりゃ泣くね。言ってみれば来世でまた巡り会えたのと同じくらいの感動だったんだろ?」


「その例えはよく分からないが……っていうかどうしてフレアがそれを知ってるんだ⁉」


「はは! 懐かしい口調に戻ったね! いやぁ茶化すつもりはなかったんだけど、さっきアリサに話を聞いた時に惚気話を聞かされたってだーけ」


「ははぁ、その仕返しか」


「人聞き悪いなー。ボクはただ、場が和めば前みたいな雰囲気を出してくれるかと思って。これでも結構驚いたんだよ。キミの雰囲気が『K』に近くなっててさ!」


「……まあ、こっちに戻ってきてから色々と昔のままじゃいられないこともあったから。けど今日はフレアや蓮たちと会えて、久々に昔の自分に戻れそうだ。というか驚いたのは僕もだよ。まさかフレアがあの戦いのことを記録として残したいなんて」


「ふふーん。記録にすれば後世に残るし、ボクたちが生きていた証にもなる。いいアイデアでしょ? と言っても、みんなのインタビューをまとめて話を一本化するのは結構大変だけどね。と、――そろそろ終わりにしよっか! レンたちも来るだろうし。朝から邪魔しといてなんだけど今日はおめでたい日だし!」


「まさにその通り。早く残りの準備も済ませないと。昨日は雨でテラスの飾り付けができなかったんだ。手伝ってくれるよね?」


「もち! ……ところでさ。今更だけど冒頭の自己紹介忘れてない?」


「ああ。言われてみれば……。それじゃあ。――二〇二〇年四月三日。クロノ・ヴィレ・エルネスト、でした」


 剣崎黒乃(けんざきくろの)がこの世界に帰還して三年。

 華々しく咲き誇り、誇らしく散っていく桜。その始まりと終わりは何度か繰り返され、それと共に時は流れていた。

 

 未来を取り戻した英雄だと魔術の世界で重要人物扱いされていた黒乃は、とある一件を解決することを条件に、『組織(アセンブリー)』から深く干渉されることなく静かに暮らす権利を手に入れた。


 その後は父の遺産を元手に、道行く人が羽を休められる休憩所をコンセプトとして、小さな喫茶店『バタフライウインド』を開業。


 それから一年後、少しずつ着実に愛を育み――アリサと結婚。

 剣崎の家から出たこともあって、エルネストの名前を背負うことにした。

 今の黒乃は白髪紫眼だし、それに愛する人や尊敬する人の名前を貰えたことはとても誇らしい。


 さらに二年の時が経ち、喫茶店の経営も大きく安定。最初こそ利益は出なかったものの、徐々に常連客を増やし、今では『B(ブラック)W(ホワイト)』の弟子店兼ライバル店としてその名を知らしめている。


 アリサも表舞台では素性をあまり公開していないが、謎多き実力派ファッションデザイナーとして活躍していて充実した日々を送っている。

 で、お互い時間が空いた時は別荘として購入した湖畔にある一軒家で、平和を満喫するのが決まりだ。


 二〇二〇年――四月三日。『起源選定(きげんせんてい)』の終わりから十年の時が経った。

 失われた未来を取り戻し、この時間(とき)に無事辿り着くことができた。

 今を生きる人々は、毎日を何でもない日常だと思うかもしれないがそれでもいい。いや、それがいい。黒乃が、アリサが、未来からの来訪者たちが取り戻したのはそんな『当たり前の毎日』なのだから。


 ――来客を知らせるベルが鳴った。


 アリサはまだ料理の準備中。ルドフレアは飾り付けの手伝いを終えて料理のつまみ食い。しっかりと怒られつつ、インタビューの続きをしている。

 そして黒乃は、ルドフレアから新たに渡されたカメラの設定中だった。なんでも記録とは別にホームパーティ用らしい。

 黒乃もアリサも祝いの場を映像記録として遺す、という経験は乏しかったので発想として出てこなかったのだが、言われてみれば確かに、今日という大切な日を記録すれば、それはきっといい思い出になるだろう。


「――――」


 いつの間にか録画状態になっていたカメラを手に、リビングから玄関へと向かう。

 この別荘の内装はかつて『月夜野館(つきよのかん)』で過ごしたものに近い。広いリビングとキッチン、大きなテーブルに並ぶ家具たち。

 流石にあの館と比べるとスケールダウンする部分はあるが、温かみのあるこの風景はきっと彼らも気に入ることだろう。


 十年ぶりの友人との邂逅。不思議と緊張はない。

 黒乃は軽快な足取りで玄関へ行き、そのまま扉を開けた。


「――さあ、どうぞ」


 入ってきたのは十年前と変わらない姿をした懐かしき顔ぶれ。共に未来を取り戻すために戦った仲間たち。

 あの時はいつもブラックスーツばかりを着ていたイメージだが、今日は全員私服だ。


「久しぶりだな、黒乃」


 一番に挨拶をしたのはポニーテールが似合うパンクファッションの男――夜代蓮(やしろれん)


「ああ。また会えて嬉しいよ」


 蓮と握手をして、次はその隣にいる落ち着いた服装の女――遠静鈴華(えんじょうすずか)。戦いの中で短くした髪は綺麗に整えられ、かなり似合っている。伊達眼鏡も外したのでかなり活発そうなイメージだ。


「どうも、黒乃くん。お料理の準備の方は順調ですか?」


「うん、順調だよ。君の言葉がきっかけで、アリサが調理師免許を取ったんだ。おかげで胃袋掴まれちゃった」


 そして続くのは、何やら布に包まれたやたらと大きい板のようなものを脇に抱えた女――夜代澪(やしろみお)


「よ。あんま見た目変わってないな。ホントに三十路かぁ?」


「やあ。エルネストって元々老けにくいみたいだから。そっちは右目の治療したんだね。うん。綺麗な目だ。で……それは?」


「最近手持ち無沙汰でな。あとで見てくれ。アタシとしては燃やしてもいいんだが、貰ってくれるならそれに尽きるってやつ」


 最後に薄い緑色の髪に金と銀のオッドアイを持つ女――セラ・スターダスト。


「久しぶりね。お姫様はどんな様子かしら?」


「僕からすれば十年ぶりだ、セラ。今は少しお昼寝中」


「まだ秘密はバレていないようね。それは良かったわ」


 口元を少し緩め、どこか楽しそうな様子のセラ。今日は一応サプライズだから。きっとバレるかバレないかのスリルを楽しんでいるのだろう。

 四人をリビングへと案内し、一足先に再会していたルドフレアと合流。それから準備を再開した。


 とは言っても元々半分以上の工程は既に終わっており、さらにこの頭数だ。

 あっという間に舞台は整い、あとは壇上に立つお姫様を呼んでくるだけとなった。

 時刻は丁度お昼。時間帯としてはまさにベストなタイミングだ。


「それじゃあ黒乃。お願いできる?」


「了解」


 長い白髪を一房にまとめたエプロン姿のアリサからそう言われ、黒乃は立ち上がる。


「――――」


 一度時計を見る。本当はもう一人来客の予定があるのだが、しかしお姫様をこれ以上寝かせておくことは無理だろう。料理の準備も、部屋の飾り付けも、飲みものも、クラッカーも、ケーキも全部が整っている。

 あとできる時間稼ぎと言えば、澪からあとで見ろと言われて廊下に置いたままの謎の板のチェックくらいか。


「……」


 廊下に出てその板のそばを通った時、リビングに漂う匂いとは別の何か独特な香りがした。

 これはおそらく――そういえば確かに『月夜野館(つきよのかん)』にはあったじゃないか。最近手持ち無沙汰だという澪の趣味。普段は完成したら紙飛行機にして飛ばすか、燃やしてしまうというその産物が。

 黒乃はカメラを片手に布の結び目を解く。

 そして一気に姿を現したそれは。


「これは――」


 ――絵画。それもただの絵ではない。思わず声が出てしまい、笑顔が零れてしまうほどのものだ。

 それは集合絵。

 中心には黒乃、隣にはアリサとソフィ。周りを囲むように蓮たちがいて、右端にはヴォイドやフィーネ。その反対側には『K』たちがいる。

 叶うことはない再会を描いた『もしも』の絵画。かつて心象風景として見た『誰もが笑って、幸せでいる世界』を形にしたその絵は――黒乃の心を貫いた。


「これを燃やすなんてとんでもない。最高の絵だよ――澪」


 慎重に、丁寧に額縁を持って、ちょうど良さそうな場所を探す。


「……日焼けしない場所は、作業部屋かな」


 階段を上がる。二階にはお姫様用の部屋、寝室、そして主にアリサが使う作業部屋がある。


 通路の一番手前。その扉を開けて中に入ると、壁に並ぶ本棚と木組みの椅子と机が目に映る。本は服飾関係のもので、机に並べられているのはデザイン紙だったりだ。他にも型紙やらボディがあったり。

 休暇中でも何かインスピレーションを得ればここに浸るのが今の彼女というわけだ。


 そして少しだけ開かれた窓から吹き抜ける隙間風が、白くて薄いカーテンをひらりはらりと優しく揺らしている。

 落ち着いた雰囲気のいい部屋だ。


 黒乃は隙間を見つけて、壁に絵画を飾り付けた。


「みんな――笑顔。きっとこれは僕らの宝物になる」



「――たからものって、なにが?」



 少し肩が上がった。響いたのは幼い女の子の声だ。

 入り口を見ると、そこには黒いワンピースを着た少女が眠そうな目を擦りながら立っていた。腰まで届く真っすぐな銀色の髪に、水晶のような紫色の瞳。柔らかく膨らんだ頬を赤く染め欠伸をしている。


「この絵のことだよ――ソフィア」


 ぺたぺたとフローリングの床を歩いて父親である黒乃の足元にやってくるソフィア。

 そう、少女は黒乃とアリサの娘であり――そして今日は、この小さなお姫様の誕生日というわけなのだ。


「あれ、ママとそっくりなひとがいるよ」


「ああ――この人はソフィ。ソフィアの名前は、彼女から貰ったんだ」


「ソフィアのなまえ……そうなんだ」


 ぱっちりとした大きな目で、ソフィアは彼女の姿を目に焼き付けていた。

 ソフィア――悲しみさえ包み込む大きな愛。アリサと二人で付けたその名前を、黒乃は気に入っていた。

 勿論ソフィア自身もそうだ。


「さ、ソフィア。リビングへ行こう。きっと驚くよ」


「うん!」


 名前を呼ばれて嬉しそうに笑った少女は、元気に返事をした。

 リビングへ向かう二人。それからしばらくして、黒乃は書斎にカメラを忘れたことに気付いた。

 が、時すでに遅し。

 カメラは見ていて温かい気持ちになる集合絵を映しながら、遠くでクラッカーの弾ける音とお約束のあの言葉を捉えていた。


 ――ソフィア、お誕生日おめでとう!


 カメラを回収後、黒乃たちは場所をリビングからテラスへと移していた。

 今日の天気は快晴。空を見上げれば鮮明な青が世界を包み込み、テラスから見える湖には淡い蒼が反射していて心に安らぎを与えてくれる。


 誕生日パーティーはひと段落。

 プレゼントにはしゃぐソフィアとそれに付き合うアリサと女性陣たち。ルドフレアはその撮影。そして黒乃と蓮は洒落た椅子に座り、丸テーブルに飲み物を置いて近況報告をしていた。

 

「蓮たちはこの時代に戻ってからどれくらいが経ったんだ?」


「およそ三か月だな。俺たちが遥さんから力を託されたのは今年に入ってすぐのことだ」


「なら僕やアリサほどの変化はまだお預けか。面白い話が聞けると思ったんだけどな」


「そう言うな。流石に十年と三ヵ月じゃあ比べるまでもないが、それでも多少はある」


 蓮がカップに入れたコーヒーをあおる。黒乃も温かい春の風を感じながら紅茶を。

 折角のお祝いの席なのだからシャンパンかワインでもと思うが、二人ともお酒が苦手なのは相変わらずだった。


「今回の功績を称えられてな。遥さんの後任という意味合いもあって、かなりの待遇で『組織(アセンブリー)』への再加入の打診が来ている。それと澪の提案があって、レッドリスト入りしていたセラが外を自由に行動できるようになったんだ」


「澪の提案?」


「レッドリストには世界を滅ぼしかねない力を持つ者の名前が載る。そして記載者が何か行動する際には必ず、自分を殺せる力を持った監視者が付くことになる。その監視者に澪が立候補したんだ。あいつは『夜束』の時間切断が使えるから、セラがすべての拘束を解く前に殺せると断言してな。――無論そうなることは絶対にないが、それで『組織(アセンブリー)』の信用を勝ち取り、セラはほとんど自由の身となった」


「それはいい話だね」


「ああ。とはいえ、先のことはまだ何も決めていない。『組織(アセンブリー)』に戻るのもいいだろうが、面白くない部類の厄介事に巻き込まれるのは、目に見えているしな」


 他にも。蓮の先輩というか先代というか、とにかく知り合いがやっている魔術絡み専門の探偵事務所があり、そこを手伝ってくれないかという誘いも受けているらしい。

 いずれにしても何もやることがない日々が待っているわけではないようだ。


「そっちはどうなんだ? 喫茶店のことは聞いたが、JBや『K』たちとは?」


「JBとレベッカは旅に出た。世界を回るんだってさ。『K』とソフィ、ジョイの三人は前に一度顔を出してくれたけど、また『夢幻世界(ヴィジョンワールド)』へ行ったよ。多分もう、戻ってこないと思う」


 向こうの世界の『心無き者(ホロウサイド)』はすべて救われた。人とエルネストの先にある希望の光――それが微かに見えてきたところで、やはりやることは多いらしい。

 どれだけの時間をかけても、あの日見た理想の世界を掴み取る覚悟で、三人は世界を再生させるための旅を続けることにしたのだ。


「……そうか。ところでソフィアのことだが、検査の予定は?」


「今度フレアがしてくれるってさ。あと今の僕も。人間ともエルネストとも少し違うから、何もかもが未知だよ。ソフィアがこの二年であんなに大きくなるのだって本当に予想してなかった」


 ソフィアの年齢は今日で二歳。だが見た目は五歳か六歳児のようだ。言葉を覚えるのも早いし、何より黒乃や澪のような、第六感に似た何かを持っていると感じることもある。


「でも――それは決して悪いことではないと思うんだ」


 人には未知のものを、理解の及ばないものを拒絶し、劣悪だと断じてしまう防衛本能のようなものがある。しかしそれを恐れず、勇気をもって一歩踏み出せば、理解を示せば、新たな道が開けることもあるだろう。

 だから可能性(それ)は――絶対に否定してはいけない。


「ああ――同感だ」


 そうして話がひと段落したところで、黒乃はすっかり実用化したスマホで時間を確認する。

 

「やけに時間を気にしているようだが、まだ誰か来るのか?」


「んー、そのはずだったんだけど。まさか道に迷ってるのかな――――」


 刹那――春風が吹く。颯爽と、その存在を知らせるように。

 黒乃と澪は玄関の方から回って、テラスへとやってきた『()()』にいち早く気付いて立ち上がる。

 そう、最後の客人は少年だった。

 ソフィアより少し大きい、七歳児くらいの見た目、澄み渡る蒼穹(そら)と同じ色の髪、髪型はどこか黒乃に似ていて、瞳の色はエメラルド。服装は袖を捲った白いシャツに黒のジレベスト、同じ色のスラックス――少し気取った格好だが、その表情は無邪気だ。


 少年は穏やかにソフィアのもとへ歩みを進め、そして目が合うとにっこりと笑顔を浮かべる。


「――やあ、ソフィア。お誕生日おめでとう。そして初めまして、ボクはハクノ」


 ゆっくりとソフィアは握っていたアリサの手を離し、ハクノのそばに寄る。

 そこに恐怖や不安はない。あるのは未知への好奇心と、踏み出すための勇気。


「ボクはかつて『イノセント・エゴ』と呼ばれていたんだけど、その話はまたいつか。今はこうして一人の人間としてここにいるんだ。ああ……ずっと君と会いたかった」


「……ソフィアと?」


「そう。人類が生み出した新たな希望。君と出会うことできっと新しい物語が始まる――そんな予感があったからさ。ボクはこの世界が幸せになるための手助けがしたい。だから友達になってくれないかな」


「――――うん!」


 ――こうして少年は少女と出会い、少女は少年と出会った。


 命を懸けた長い戦いは終わり――その果てに生まれたボーイミーツガール。

 またここから、物語が始まる。


「はははっ、ありがとうソフィア! ――ね、クロノ! ボク、みんなで写真撮りたい! これ貸して!」


 ソフィアと友達になれて嬉しいハクノは、はしゃいだ様子でテーブルの上に置いたままのカメラを手に取った。

 突如として登場した『イノセント・エゴ』――だった少年。その存在に黒乃とソフィア以外は戸惑ったままだったが、その子供らしい無邪気な笑みは周囲を優しく包み込む。

 

「さ、寄って寄って!」


 君の隣が、僕の居場所だ。

 ――かつての言葉通り黒乃はアリサの隣に。

 もう絶対、どこにもいかないで。

 ――かつての言葉通りアリサは黒乃の隣に。


 そして二人の中心には、愛娘のソフィアがいる。


 黒乃が掴んだ新たな可能性は次の世代を生み出した。それが今後世界にどのような影響を与え、人々を変えていくのか、皆目見当もつかない。

 未来を掴むのは再び黒乃の役割となるのかもしれないし。

 もしくはこのまま時代と共に風化し、ただ見守るだけの存在になる未来もあるだろう。


 けれど何にせよ、この世界に運命はない。

 『イノセント・エゴ』という神様から切り離されたこの世界は、努力次第でどうにでもなる。


 ――近くの木にある鳥の巣に雛鳥はいない。

 同じだ。人類も『イノセント・エゴ』という親鳥のもとから、自らの翼を広げ飛び立ったのだ。

 創造主の知らぬ世界へ。観測者のいない世界へ。人生という冒険へ。

 

「あれ? これ録画中だよ?」


「ああ、それでもそこのボタンを押せば写真が……って、そっちは録画を止める――――」

 

 運命へと抗い伸ばした手、その先で掴み取った光――それは未来。

 悲しみが終わった場所で彼らは生きていく。

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