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『優しくて残酷な賭け/Tears are only for my partner……』

 アリサと未だ何者でもない『彼女』が世界を行き来していた頃、(れん)とジェイルズの闘いが決着しようとしていた頃、ジョイによって『ダーカー』で構築された巨人が島の西側へ辿り着いた頃。


 別の枝を辿った未来の剣崎黒乃(けんざきくろの)である『K』の、かつて仲間を皆殺しにした記憶を再現した桐木町(きりぎちょう)で――セラ・スターダストとレベッカ・エルシエラの根比べは続いていた。


「……はぁ……はぁ……ッ、――――」


 あれからどれほどの時間が経っただろうか。容赦ない攻撃の雨は時間の感覚を鈍らせる。


 息を整え直し、向かい来る仲間の幻影――夜代織(やしろしき)の影と刃を交える。向こうの力は全盛期とは程遠いとはいえ握った刀は黒白の混じる一本の日本刀――『夜束ノ刹那(よつかのせつな)』。

 決して折れず、刃こぼれせず、さらには時間の切断なんて芸当も行える正真正銘神の力によって創造された神器。

 

 対するセラが振るう刃は刃渡り二十センチほどのダガーナイフ。基本的には己の肉体こそ最強の武器であるセラだが、その強大さはむやみに使っていいものではない。だからこそこのような、セラにしてみれば普通の武器が必要になる時がある。


「――さ、次が来るよぉ?」


 視界の端に移りこむ金髪金眼のゴスロリ少女、レベッカ。その表情は一見余裕そうに見えるが、その目は笑ってない。確実に焦りを感じ始めていることが窺える。

 レベッカの魔術である『シンクロドリーム』は催眠や暗示をもとに相手の精神に潜り込む技術。かつてセラは自らの戦う理由に迷い、そこを突かれた。


 そして迷いを捨てた今でも『遠静鈴華(えんじょうすずか)の記憶を取り戻せなかった罪悪感』という隙がある以上、レベッカの魔術から逃れる術はない。

 だからこそセラは、自他ともに認めるタフな肉体と回復した精神力を懸けてある作戦を立てて戦っている。


 ある作戦、それは単純なことだ。

 自分からこの世界を抜け出すことができないのなら、相手に解除させればいい。

 魔術には魔力も使う。そして相手の精神に干渉するということは、相手側も術者の精神に干渉できるといこと。つまりこの空間は無限に維持できるわけではない。

 

 かつてスズカが――具体的な方法は不明だが―――レベッカを打ち負かしたように。


(あと少し――この体は傷を負っても簡単には死なない! レベッカが折れるまで――!)


(チッ――思ったより頑張るじゃん。けどキミが折れるまでこの悪夢は終わらない――終わらせてたまるかよぉ!)


 織の不可視の斬撃によって左腕を切り落とされ、セラは即座に距離を取りながら澪の遠距離射撃を躱しつつ、スズカの持つヴァイオリンに向けてダガーを投げて『共鳴歌(ヴィブレイド)』を中断させる。

 

 しかし砕けたヴァイオリンは即座に再生。再び幻影への魔力供給が行われる。ここは現実ではなく幻想、すべてはレベッカの思うままということだ。


 とにかく一か所にとどまってはいけない。そう思い近くの木陰に踏み出すと、ルドフレアによって設置されていた地雷が作動。爆風で無防備に空中に放り出されたところを幻影のセラが追撃。


「――ぐッ――ぁあああ‼」


 全身から血を流し、それらはすぐに再生を開始する。鋭い痛み、鈍い痛み、口の中は血の味しかしない。目に血が入り視界が赤く染められる。それでも――折れない。


「はぁ……はぁ……――――」


 レベッカを睨みつける。お互いにもうわかっているはずだ。この戦いの意味は本当に、それこそただの時間稼ぎでしかない。


 実のところセラは既にレベッカを倒せる手段を持っている。セラが握っている最後の手綱――『終結の鎖(ラストチェーン)』。それを(ほど)けば、ラグナロクの獣が目覚め、この世界を喰い殺す。

 おそらく――いや、間違いなくレベッカの心も一緒に。


 それは幻影のセラの場合でもそうだ。たとえ幻影でも、セラが自身のうちに眠る獣を解き放てば()()()()()()()()()()()()()()

 だから幻影でも最後の力は開放しない。レベッカがそうさせない。

 

 なら何故、セラがその力をすぐに開放しないのか。手を抜いているのかと言われれば、そうかもしれない。けれどそれじゃあ勝ったことにはならないのだ。強大な力で相手を、それもまだ中学生くらいの子供をねじ伏せてどうする?


 それに――これ以上、誰の犠牲も出さないと決めた。これは世界の未来を賭けた戦いだ。ならばかつてアリサがそう言ったように、『人の未来に可能性を求めるなら、人の出した『答え』が命を奪うことであってはいけない』。


 この戦いは客観的に見れば部屋の隅で行われているような小さなお遊戯なのかもしれない。対局には影響しない微々たるものなのだろう。それでも、いや、だからこそ――相手の命を奪わずに勝利してみせる。


「――――」


 そうしてレベッカの『狼の眼(ウルフアイズ)』と評される金色の眼を強く睨む。どうやっても私は負けないぞ、そう訴えるように。


 束の間――視界が揺らいだ。否、不具合が生じたのはセラの金と銀のオッドアイの方ではない。世界の方だ。幻影の世界が崩壊していく。重力が反転し、世界の天井へ落下していく。徐々に近づいてくるヴァイオリンの音色と、目覚まし時計の音。


「――――ぁ」


 いつの間にか、目蓋を空けて夜空を見上げていた。これまで幻想の中とはいえ明るい空の下で戦っていた。一瞬脳の認識力に齟齬が生じるが、すぐに記憶がズレた歯車を整える。

 髪が土塗れになることも気にせずゆっくりと横を向くと、そこにはレベッカの足があった。どうやら太極図のような感じで倒れているらしい。


(体感では永遠のように感じたけれど……終わってみると意外とあっさりね……)


 気のせいか、地面が揺れている。まるで巨大な何かが動いているような。

 とにかく起き上がり、相棒である蓮の勝利を確認したいところ。だったのだが、不意に目の前にあるレベッカの足が動き、厚底のそれがセラの頬を蹴り上げた。


「うがッ……⁉」


 今までの攻撃に比べれば致命傷とはほど遠いが、起き上がってすぐに確認したレベッカの表情がしてやったり、とドヤ顔だったので少し怒りが湧いた。


「まったく……アンタって本当、人を怒らせるのが上手いわね。性格悪いわよ」


「手加減してボクに勝ったことで、ボクに屈辱を与えたと思ってるキミの方がよっぽどだと思うけど?」


 図星かと言われれば、まあそうだった。

 セラは無言のまま立ち上がり、周囲を見回す。少なくともこの近くに蓮の姿は無い。

 

「一つ訊いてもいい? アンタ、前に言ってたわね。勝てない相手はなんとなく判るって。もしかしてアンタは今回、最初から判っていたんじゃないかしら。私に勝てないって。それでも能力を使って精一杯時間稼ぎをした。それは何のため?」


「なら逆に訊き返すけど、手加減してまでボクを殺さなかったのはどうしてかなぁ?」


 レベッカはちょこんと地面に座り直して、セラに問い返す。元々セラの質問に答えるとは言ってないし、話を逸らすためだろう。


「――――」


 セラは少し考えた。レベッカを殺さなかった理由。それはアリサの言葉に感銘を受けたからであり、レベッカに屈辱を与えるためであり、そして――もう一つ。


 レベッカ・エルシエラ――愛を知らずに殺人で生きてきた少女。

 セラは、戦いを続けるこの生き方が一番自分に合っていると理解した。経験を積んで、様々な人と出会ってそうして今の自分を決めた。もちろんこの生き方が一生涯変わらないものだとは思わないけれど、とりあえず『今』はそうなのだ。


 それでもいつか、今よりも楽な方へと流されていくことだってあるかもしれない。今よりも険しい道を進むことだってあるかもしれない。けれど、それでも構わないとセラは思う。なぜなら他の道を知らずに、その道だけを生きていくのは酷く窮屈なのだから。変化を恐れてはいけないのだ。


 つまりセラは――。


「アンタ、この戦いが終わったらジェイルズ・ブラッドと一緒に人殺しとは無縁な生活を送ってみなさいよ。『K』の計らいで、かつての追手ってやつもいないんでしょう?」


「……はぁ?」


 レベッカは本気で不機嫌そうな声を漏らした。


「いや、予測はできてたよ? キミがボクを殺したがらない理由、それはキミがボクに同情していたから。かつての自分をボクに投影しているんだよ。だからそんなエゴを押し付ける」


 それでも違う答えが出るようにと願ってセラに質問したことを後悔し、レベッカは人差し指で毛先を弄り始めた。

 一方でセラも考え事をするように毛先を弄る。


「……おい、毛先弄るのやめろよぉ。なにボクとの心の距離を縮めようとしてるんだよ!」


 相手と同じ行動をすることで、距離感が縮まる。心理的なテクニックだ。


「そういうのはもっとさりげなくやるんだよ、馬鹿かぁ? それにさっきより胸を張って足を開いてる。自分が無警戒なことをアピールして相手の警戒を解く仕草! そんな初歩的なテクニックが通じると思ってるのかぁ?」


 流石に相手の心を操る魔術の使い手だけあって、このような子供だましなど通用しない。とはいえセラの目的は、自分が『そう思っていること』をレベッカに伝えることだ。相手に知識があり、その行動の意味を正しく理解してくれるからこそ、できることもある。


「――とにかくアンタは殺さない。この戦いでは誰も死んではいけないのよ。蓮……はそんなこと考える余裕ないだろうけれど、フレアはジョイを救うために動いてるし、黒乃だって『K』を殺すつもりはない。だからアンタは未来(このさき)の身の振り方を考えなさいってこと」


 かつてのセラはレベッカと同じように一つの手段しか知らなかった。相手を殺すことしか。

 でも今はこうして、相手を殺さない道を選ぶことができた。

 だからレベッカにも――そういう手段があることを知って欲しい。確かにこれは同情だ。ただのエゴの押し付けた。

 

 それでも――かつて自分が取り溢した平和を、レベッカに享受してほしかった。失った時間は戻らない。少なくともこの戦いが終わった後は。


「『起点の鎖(フェーズ1)』――『その眼を(Open )開けなさい( Your Eyes)』……」


 可視化した鎖を引き千切り、セラは力を開放した。そしてレベッカの体をひょいと軽く抱え、そのまま走り出す。


「ちょ! おい! 放せって! 何やってんのさぁ!」


「賭け、しましょうか。蓮とアンタの相棒、どっちが勝つと思う?」


「当然、JB」


 即答するレベッカに、セラは口元は緩む。その絶対なる信頼関係は羨ましく、そして見ていて気持ちの良いものだ。


「私も当然、蓮に賭ける。私が勝ったらアンタは自分の力を人殺しに使うことをやめなさい。私が負けたら――」


「じゃあ――ソープ嬢になれよ」


「普通に嫌なこと言うわね⁉」


 思いもよらぬ角度の要求に動揺し勢いよくレベッカを放り投げそうになったセラだったが、すんでのところで我慢する。まああれだ。これまで鋭い殺意を剥き出しにしていた二人だったが、そういうやり取りができるようになっただけ進歩というものだ。

 ただ負けたレベッカが投げやりになっているだけだが……。


 ――遠目に見える巨人。すぐにでも対処しなければならないが、しかし蓮の安否を確かめなければならない。

 最初の丘から落下したところを予測し、そこで戦闘の跡とさらに爆弾を使った形跡を発見。ここからさらに別の場所に落ちたのだと推測し周囲を走ると、強化された嗅覚が潮の匂いに混じった血の匂いを感じ取った。


「――――」


 島の最北。荒々しい波の音が聞こえる中、切り立った崖を覗き込むと、数メートル下に血塗れに倒れている二人の男の姿が見えた。

 レベッカを抱えたまま落下する。大丈夫だ。強化された聴力が二人の呼吸音を確認する。


「JB!」


 セラの手を振りほどき、レベッカは相棒のもとへと駆け寄る。だがジェイルズの返事はない。それでも少女は冷静に脈を測りまだ息があることを確認すると、優しくその体を抱きしめた。


「……セラ、か……」


 掠れた声だが、蓮のものであることはすぐに分かった。セラはすぐ傍にしゃがみ、あまりにもボロボロな蓮の姿に苦笑を見せた。


「勝ったのね」


 蓮もまた、苦笑しながらゆっくりと頷く。傷の具合はかなりのものだが、まだスズカの魔術が発動している。少し休めば動けるようにはなるだろう。


「状況は……?」


「とりあえず分かってるのは、『ダーカー』の集合体である巨人が島の西側に居た。あれをどうにかするには、私の力を使うしかないと思う」


 機械兵『ダーカー』の炉には高濃度魔力があり、あの巨人は歩く核爆弾のようなものだ。そしてあの巨人は、ただ破壊するだけではむしろ逆効果。まずは炉に溜まった魔力を吸収し爆発する要因を無効化してからでないと、自ら起爆装置を押すような結果になるだろう。


 魔力の吸収――この場でそれを行える存在が一人だけいる。


「待って」


 セラの思考を止めたのは、レベッカ。


「あれの内部にはジョイがいる。まさか、ジョイごと殺す、なんて言わないよねぇ? キミは言ったはずだ。誰も死んではいけないってさ」


 確かにそうなると話は変わってくる。あの巨人の傍にはルドフレアがいることだろう。ならば、あの巨人を倒すのは少なくともジョイを助け出してからだ。

 

「……合流しよう……俺は、もう、動ける……」


 腕を支えにゆっくりと体を動かす蓮。アドレナリンも切れ、激痛が全身を奔っていることは見て取れた。それでも無理を押して立ち上がった蓮は、レベッカに視線を向ける。


「……ッ、……レベッカ・エルシエラ。彼が目覚めたら伝えてくれ。――ありがとう、と。セラ、行こう」


「ええ、そうね」


 セラは当然のように蓮を抱える。しかもお姫様抱っこだ。


「む?」


「そんな体じゃあここを登るのも無理でしょ。いいからしがみついてなさい」


 変なところで男前だよな、と蓮が溢しつつ、セラは軽々と崖を登っていく。その姿を見届けたレベッカは、適当に服をちぎってジェイルズの肌を流れる血を拭いはじめた。

 傷は深い。骨は折れてるし、魔力もほとんど残っていない。文字通りの瀕死――でも生きている。生きてくれている。


「…………」


 静かに涙が流れていた。果てのない不安とそれを塗りつぶす安堵が少女の心に渦巻いていた。

 もし、ここで相棒が死んでしまったら――そう考えるだけで全身が震えた。簡単に心が折れそうだった。それはどんな相手と向かい合うよりも、それこそラグナロクの獣を宿した相手と相対することよりも、怖いことだった。


「…………ごめん、JB。ボク……負けちゃった……」


 過去の記憶がフラッシュバックした。日常を奪われ、反吐が出るようなクソ野郎のところで働かされ、闇の中でどんどんかつての自分が消えていく感覚があって、もう――戻れないところまで堕ちてしまったと思った。


 だが彼が――ジェイルズ・ブラッドと名乗る相棒が、光を見せてくれた。それはもしかしたら普通の人が光だと思うような眩さは持っていなかったかもしれない。それでも失くしたくなかった。大切だと思った。

 その時、レベッカ・エルシエラは初めて思った。


 ――ああ、この人を失うくらいなら、別の道を歩みたいと。


「……気にするな……私も負けた」


「ッ――JB!」


 男は少女の涙を拭うように手を伸ばし、その頭を撫でる。よく頑張ったなと、褒めるように。


「……生きていれば……まあ、なんとかなるものだよ……」


 勝負に負け、賭けにも負けた。セラの言葉に素直に従ってやる義理はないが、しかしこの『起源選定』の先に平和な未来が訪れるのであれば、やることがないのも事実。

 もし――もし本当に、ここから、この残酷な運命が少しでも幸せに終わってくれるというのであれば。


 ――仕方ない。


 そうして、レベッカ・エルシエラの『起源選定』における戦いはこの瞬間――終わりを迎えた。

 

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