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『長く永い戦い/All friends become enemies』

 過去に繋がれた鎖を断ち切ったセラ・スターダスト。霧散する家族の幻影を見届け、神秘的な金と銀のオッドアイで彼女は、レベッカ・エルシエラを睨む。

 不意に――周囲の風景は一瞬にして闇に包まれた。上も下も分からない、自分が今何を足場に立っているのかすら定かではない空間に、セラとレベッカだけが存在している。


「――どういうこと?」


 セラは既に、二週間ほど前に封印された己の力が復活していることを知っている。長い間閉じ込められたせいで、ひどく喉が渇き腹が空いている。そう――これでセラは、レベッカの魔術から解放されるはずだった。だったのだが、一向にこの夢が覚める気配はない。

 先ほど決め台詞を言ってしまっただけに妙な気まずささえ覚えるセラだが、とにかく冷静になるためにその薄緑色の髪を撫でる。


 すると、金髪金眼のゴスロリ少女レベッカはやれやれと両手を挙げて、あざけるように事実を語る。


「確かにキミは自分の過去を清算した。そこは褒めてあげるよぉ。でもさ、キミの心の弱みはそれだけじゃないんだ。ホントは自分でも気づいてるんでしょ? でも自分じゃ言いづらいだろうからボクが代わりに言ってあげるよ。キミも分かってると思うけど一応ねぇ!」


(……イライラするわね)


 セラは半ば呆れるようにレベッカを見ていた。あのゴスロリ少女は相手にストレスを与えるような言い回しを好むようだが、しかし相手にしていたらそれこそ術中にはまってしまう。


「――罪悪感、だよ」


「……」


 相手にしない。そう思っていたが、しかしレベッカの口から出る言葉は確かに、確信を突いていた。セラが意識しないようにしていた本心を見事に言い当てていた。


「キミの中には今後一生拭えない罪悪感がある。そう、あのグラマーちゃん――遠静鈴華(えんじょうすずか)の記憶を取り戻せなかったという後悔がねぇ。あのポニテ男もそうさ。その弱みがある限り、キミはここから出られない。そして――」


 レベッカは指を鳴らした。それは周囲の風景が書き換えられる合図。セラは即座にダガーを構え、組み立てられる景色を細かく観察していた。

 そこは山の中。見晴らしはいい。眼下に広がる町は、大きな病院があって、河川敷、喫茶店、桜並木と学校、さらに遠くの山に天文台もある。

 ――見覚えがあった。現在のセラの身体能力は大きく上昇している。強化された視力が、より細かく記憶にある光景と照合していく。


「まさか、ここって……黒乃(くろの)たちが住んでいた桐木町(きりぎちょう)? いえ、でも……これは……」


 町は崩壊していた。遠くには黒い煙が立ち上り、建物の多くは倒壊し、川は氾濫し、まるで嵐や大地震に見舞われた後の被災地のようだ。


「整合性は気にしないでよ。彼の内側はバラバラだから、町の景色とこれから起こることの事実関係が逆転しているんだ。……本当はこういう借り物、好きじゃないんだけどさ、でもボクはキミを倒さなければならないしさぁ。キミはタフだから。だからボクが直近で見た中で一番凄惨だった記憶を再現させてもらったよ」


 直感した。このどうしようもなく救いようがない桐木町の記憶を持っていて、それでいてレベッカが記憶を読み取れる存在。

 ――足音が聞こえた。数は五人分。聞き慣れた足音。そのうちの一つは()()()()()()()()()


「ここは『K』の記憶。かつて自らの仲間を皆殺しにした――罪の幻想」


 そうしてセラの前に現れたのは――()()()()()()()()()()。それに続いて夜代蓮(やしろれん)夜代澪(やしろみお)、遠静鈴華、ルドフレア・ネクスト。

 

「これから行われるのは記憶の再現。もちろん『K』の存在はキミに置き換えてある。さ、果たしてキミは自分の仲間を殺せるかなぁ? いいや、殺せたとして、一体何回殺せるかなぁ?」


「ッ――『次承の鎖(フェーズ2)』――『さあ、爪を(Rise Your)振り上げて(Claw)』……!」


 嘲るレベッカを睨みつけ、セラはすぐに己の力を開放する。相手は強敵だ。手加減してはこちらがやられる。


「『流転の鎖(フェーズ3)』――『魂に(Swear)誓おう( to Soul)』――‼」


 可視化した鎖を引き千切り、セラの容姿は変化を遂げた。薄緑色の耳と尻尾はそのままに、鋭利に研ぎ澄まされ、常に強大な魔力を帯びた牙と爪。身体能力は常人の何十倍にまで膨れ上がっている。


(『終結の鎖(ラストチェーン)』まで(ほど)くか……? いいえ、出し惜しみをしている場合じゃないけれど……でも……)


「ほら――考えてる暇なんかないよ?」


 束の間、眼球の数ミリ前には刃があった。黒い刃――『夜束(よつか)』だ。蓮はいつの間にか、(しき)に切り替わっていた。


「ッ――⁉」


 咄嗟に距離を取ろうとしたが間に合わない。両目の眼球に刃が入り、視界が闇に閉ざされる。


「ああああああああああッ――‼」


 落ち着け――これくらいならすぐに自然治癒する。それに視界が閉ざされても聴覚と嗅覚さえされば――、そこで澪が魔術を使い周囲を炎で包み込む。聞こえてくるヴァイオリンの音色。しかし彼女の魔力譲渡の対象に自分はいない。音速で突っ込んでくる薄緑色の獣。向こうのセラも最後の鎖は使わないようだが、それでも充分すぎるほどに強い。


(ッ……戦うしかない。勝つためには真っ先にサポートのスズカ、フレアを狙って次に遠距離の澪、後衛を潰したら蓮、織、私自身は――ッ)


 思考は情け容赦なく襲い来る攻撃によって中断される。

 織による不可視の斬撃から始まる彼らのコンビネーションは最悪なことに最高だ。しかし、それでもセラは諦めるつもりはない。どれだけ傷つこうと、驚異的な自然治癒により傷は再生する。いくらでも戦える。どうしようもなく苦しむことができる。

 これは消耗戦だ。セラの心が持つか――レベッカの心が折られるか。


(……全く……、あのガキの心を折るとか、スズカはどんな手を使ったのかしらね……!)


「ッ――い、――てて!」


 銃撃された胸の辺りを抑えながら、ルドフレアはゆっくりと立ち上がる。その胸が髪や瞳と同じような鮮やかな鮮血に染まることはない。


「……そのスーツ、防弾でしたか」


「それでもバットで殴られたくらいの痛みはあるんだけどね……! で、もう一回言うよ、ジョイ。ボクはキミを助けたい。だから少しだけ、話を聞いてもらえないかな」


 ジョイは再び拳銃の引き金を引く。今度は頭部だ。


「――――」


 放たれた銃弾は、ルドフレアの眉間を撃ち抜く直前で何かに弾かれたようにして軌道を変えた。それを見たジョイは首を傾げ、ルドフレアは冷や汗を流しながら不敵に笑う。


 不意にジョイは目にした。ルドフレアの周囲を囲むように何か、虹色のオーラのようなものが流れていることに。最初は色覚の異常かとも思ったが、しかしジョイは最高峰のアンドロイドだ。内部スキャンでそのような異常がないことにコンマ数秒で気づく。


 だとすればその答えは。

 ジョイは再び発砲する。その狙いはルドフレア――ではなくその背後でヴァイオリンを演奏し『共鳴歌(ヴィブレイド)』という魔術を発動しているスズカだ。

 スズカは避ける素振りも見せず、ただ汗を流しながらヴァイオリンを演奏する。


 そして、虹色のオーラがまたしても銃弾を防いだ。


「無駄だよ、ジョイ。さっきは咄嗟のことで間に合わなかったけど、今のボクらに半端な攻撃は通らない」


「……まさかこの音色が?」


 ルドフレアは小さく頷いた。


「そう、この輝きはスズカが放つ音色――それに魔力が宿ったものだ。そして高濃度の魔力は盾にもなる。キミがあの『ダーカー』にそうしたようにね」


「ノット、彼女にそのような膨大な魔力があるとは思いませんが。以前の戦闘でもこのようなことは……」


 以前と今回の違い――明確なもので言えば、その見た目だ。スズカは髪を切った。長さで言えば五十センチくらいバッサリとだ。そう、ポイントはそこだった。先に言ってしまえば、スズカはスーツの内側に切った髪の毛を隠し持っていた。


「魔女や巫女は古来より、自分の髪の毛に魔力を貯めたらしいよ。魔力は空になっても、無茶しない限りはまた体に蓄積される生命力みたいなものだけど、まあ貯金って感じかな。髪という貯金箱に少しずつ魔力を貯めることで、いざという時に備えた。そしてスズカは今、仲間に供給し、更にこんなバリアまで作れるほど膨大な魔力を持っているのさ」


 最もそのように膨大な魔力はセラや澪のように大雑把に使うならまだしも、音に込めるなどといった繊細な行為をするには向かない。一歩間違えば、例えば溜まったガスの中でマッチを付けてしまうような危険性だってある。つまり自分の魔力で自爆するということだ。


(ごめんスズカ、もう少しだけ頑張って……!)


 ルドフレアは再びジョイを真っすぐに見つめる。


「悪いけど時間が惜しい! だから先に要点を話そう。ジョイ、このまま放っておけばキミの自我データは崩壊してしまうかもしれない! ジョイという人格が死んでしまうかもしれないんだ!」


「……ノット。それは交渉ではなく脅しですね」


「それは違う! 言ったろう、先に要点だけだって。いいかい? これは脅しじゃない。だから少しはボクの話に耳を傾けてくれると嬉しい。そしてどうか冷静に――判断してくれないかな?」


 ジョイは沈黙をもって是とした。とりあえずこれで最低限、相手をテーブルに着かせることには成功した。

 ジョイは『ヘヴンズプログラム』を完成させようとした。そして、その過程で完全なるシンギュラリティを起こし、人の心を理解した。

 今のジョイはまだ生まれたての赤子――。そして元々死ぬはずだった彼女は『K』に宿った慈愛のカードにより予定外に救われてしまった。

 だからこそ、自らの生死に機敏な部分が僅かにでも生まれていると、ルドフレアは考えたのだ。


「……いいかい? 念を押して言っておく。どうか冷静に、フラットに聞いてくれ。ジョイ、ボクはキミを、ほぼ最初から一人の人間と思って接してきた。人の心を理解しようとし、自らの意志で『K』に従うその姿は、紛れもなく一つの命だと思ったんだ」


「……ノット。長話は不要です」


「――それが盲点だった」


 ジョイの言葉に被せるように、ルドフレアは言い放つ。そこに、いつものムードメーカーであろうとする彼はいない。一つの命として、眼前に確かに存在している生まれたばかりの存在を救うために天才の後継者である自分をフル稼働させている。


「キミはその世界有数の演算能力で暴走する『ヘヴンズプログラム』を制御する立場にあった。ということは、だよ。――キミは『K』と出会ってから今この瞬間まで、未完成の『ヘヴンズプログラム』が生み出した暴走要因、つまりウイルスと接触し続け、まず間違いなく感染しているんだよ」


 『ヘヴンズプログラム』の暴走要因は、人工の心を生み出す過程で肥大化した感情を制御する理性を知らないことが原因だった。いわばあれもシンギュラリティの結果であり、同時にジョイが――第三の『ヘヴンズプログラム』に近しい存在となっていることを示している。


「まだウイルスによる暴走が起こるのかは不確定だけれど、もし感情の暴走が起きれば、間違いなくキミの人格を形作っている自我データは破損する。……だから、ボクはそれを防ぎたいんだ」


「……何故」


「ボクはアルフレド・アザスティアの後継者として生み出され、本当だったらもっと窮屈な闇の世界で生きていた! でも蓮やセラ、スズカ、澪がボクに光を、命をくれたんだ! キミと同じだ。創造主に逆らい生きることを、ボクの意志で選んだ! だから同じ道を歩もうとするキミを本気で助けたい!」


 本心をありのままに叫ぶルドフレア。もしかつて彼を生み出したアルフレドがこの場に居たら、きっと驚嘆し、歓喜し、涙を流すと共に盛大な拍手を送っただろう。

 創造主への反逆――それはアルフレドが望んだ結果ではなかったが、しかし同じように神によって創造された自分たちの未来を暗示するようなその事実を、あのマッドサイエンティストは決して否定しない。


 この想いは――必ず未来を切り開く。


「……ノット。」


 しかし。


「ルドフレア・ネクスト。貴方からはどこか余裕を感じる」


 人間がそうであるように、簡単に心が通じ合えるわけではない。


(……まずい、まずいぞ……この流れは……)


 ルドフレアは表情には出さないが焦りを覚えた。彼の想定したまずい状況に繋がるルートの扉が、今、開きかかっている。いや――間違いなく開かれる。

 ルドフレアの本気の説得、それが裏目に出たのだ。


「私の中の暴走ウイルスを無効化する方法は、やはり『ヘヴンズプログラム』と同じように感情の制御AIを組み込むこと。そして私がそれを手にすれば、『K』の『ヘヴンズプログラム』も完成する。私ならそうする。――そして貴方がそれを予測していないはずがありません。それでも私を助けるということは、あの剣崎黒乃(けんざきくろの)には何か――『K』の力が完成しても負けない秘策があるということでしょう?」


「……ああ、そうだよ」


 ルドフレアは正直にそれを認めた。ここで否定してはダメだ。こうなった以上、どこまでも正直に誠実に言葉を紡がなくてはならない。


「確かにそうさ! でも、正直『K』の力が完成してしまったら勝負はボクにも分からない。だが逆に言えばキミが制御AIを受け入れない限りは確実に『K』はクロノに勝てないってことだ!」


 一瞬――ジョイの青色の瞳が揺らめく。青白い月光に照らされるそれは一度目蓋に遮られ、そして。

 

「――ならば、貴方を殺して奪い取るのみ」


 交渉決裂。


「待つんだジョイ! 早まるな!」


「――システムコード『クロスロード』」


 十字架を切る仕草を見せたジョイの体は、まるで糸の切れた人形のように受け身を取る素振りもなく地面に倒れていく。その瞬間、ルドフレアはすべてを察した。あったのだ。ジョイは今、感情のどれかが一定以上に強く働いた場合、暴走する危険性があった。だからそれを防ぎながら戦う手段があった。


 ――自我データの凍結。それを自ら行うことで、人格を保護しつつ予め設定しておいたプログラムで機械的に動くことを可能にした。そして設定されたプログラムとは……。


「最悪だ……!」


 一昨日、夜代織(やしろしき)により頭部を切断された千体弱の『ダーカー』の胴体が、積み上げられた山のまま移動しジョイの体を包み込んでいく。

 『ダーカー』は頭部にある命令系統がなければ機能しない。だがその機能をジョイが代替わりしているのだ。自我データを凍結した今、彼女は歩くスーパーコンピューターとしての性能をフルで発揮できる。

 

「自我データ凍結によるリソースの取得――『ダーカー』の命令系統を一手に引き受け、それを一つの集合体に仕上げる……それは確かに、キミにとっては最善かもしれないが……」


 組み立てられていくのは機械の兵士。それも全長二メートルの『ダーカー』が集まり出来上がった巨人。それもただの巨人ではない。あれはどの兵器に属するのかと言えば、おそらく特攻兵器だ。

 千個近くある魔力の炉を束ね、それにより発生する高濃度魔力のバリア――そして目的地に辿り着けば炉に炎を灯し、核爆発並みの被害を引き起こす。


「……こんなの……ッ!」


 どうすればいいのか。すぐにあらゆるパターンの想定に入るルドフレアだったが、その思考は途中で遮られる。というのも、袖が軽く引っ張られたのだ。すぐに振り向くと、既にヴァイオリンの演奏を止めたスズカがいた。


「えっ、ちょ、スズカ! 『共鳴歌(ヴィブレイド)』は⁉」


 演奏を止めたということは魔力の供給が止まったということだ。そうなると真っ先に思いつくのは、スズカの魔力供給がなければ魔術を発動できない蓮の安否。ジェイルズ・ブラッドとの闘いでいきなり魔術が解かれるのはあまりにも危険なことだ。


「蓮くんなら大丈夫です。それよりもここを離れましょう。このままではいずれアレに踏み潰されるだけです。敵の狙いはフレアくんですから、ジョイも安易に自爆はしないでしょう」


 スズカの冷静な指摘に、ルドフレアは自分が思っていたよりも焦っていたことに気づく。そうだ。ここは一度思考をリセットし、冷静にならなければ。

 ジョイの狙いは制御AI。だとすればそれをみすみす破壊するような真似はしない。


「すぅ――はぁ――よし! 分かった、一度ミオと合流だ。すべての『ダーカー』があの巨人の構成パーツになったのならミオの相手をしてる特別製ももしかしたらあの中にいるかも! スズカは一人でミオのところへ。そしてできるだけ早く『共鳴歌(ヴィブレイド)』を再開! ボクはあいつを引き付ける!」


「ええ――!」


 二人は乗ってきたバイクを使い森の中へ。スズカは巨人から離れるように。一方でルドフレアは巨人をひきつけるように見晴らしのいい位置をいくつか経由しながら、島の西側へと誘導していた。


 北には蓮とセラが、南には黒乃と『K』が、東にはアリサと『彼女』が――、そうして、戦いは未だ続く。

 

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