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『宿敵との闘い/Everyone is the leading role』

 未来を懸けた決戦。これまで常に後手に回っていた黒乃(くろの)たちが先手を仕掛けるにあたって(れん)が立てた作戦はこうだ。

 まず船をできるだけ島に近づけ、純白の剣の効果時間が切れるのと同時に黒乃が変身し、剣を投擲。平行してスズカが『共鳴歌(ヴィブレイド)』を発動し、(みお)の魔術を強化、そのまま島へ続く氷の道を作る。

 すべては『海上にいる相手がすぐには島に辿り着けないだろう』と相手に思わせ、そのうえでその先入観をひっくり返すことだった。


 黒乃がいち早く先行し、ルドフレアが『ヘヴンズプログラム』に仕込んだセンサーで敵の位置を把握。そのまま『K』をひきつけ一対一に持ち込み、バイクより速く移動できる蓮とセラは判明した位置情報を基に突っ込む。

 そう――互いが互いに決着をつけるべき相手、ジェイルズとレベッカのいる場所へと。


「――――!」


 一分弱で島に上陸した蓮とセラは、島の北にある地面が隆起した丘に向かう。既に、敵は見えていた。見下ろすようにこちらを観測するスーツの男とゴスロリ少女の姿が。

 五十メートルを切ったところで蓮が拳を握り、セラがダガーを取り出す。

 刹那――ジェイルズが不敵な笑みを浮かべて指を鳴らした。


 ――パチン。


「先手で終わらせる!」


 蓮の拳がジェイルズに届くまで三秒。セラのダガーがレベッカの首を落とすまで二秒。そして――最後の一秒、どこからともなく現れた鎖が、突き出された二人の腕を封じた。


「ッ――――⁉」


 放たれた拳を目の前にしてジェイルズが、向けられた刃を目の前にしてレベッカが――嗤う。

 この鎖はジェイルズの能力。彼が自分の血液を変化させてできた鎖。おそらく先手を打たれることを予想し、予め周囲の地面に血液カプセルのようなものを仕込んでいたのだろう。

 先手必勝とばかりに放った一撃を防がれ、発生してしまったどうしようもない隙。


「グッバイ!」


 ジェイルズが拳銃を構え、レベッカが魔術を発動させる動作を見せた。


 ――――が、蓮はそれを読んでいた。


 必ず先手は防がれ、すぐにカウンターしてくることを。ジェイルズと同じように不敵な笑みを浮かべ、蓮は即座に封じられていない左手でスーツの内側に手を伸ばし、掴んだそれを放った。


「ッ、なんだと――‼」


 咄嗟にジェイルズが声を荒げた。それは蓮がスーツの下に仕込んでいた――既にカウントダウンの始まっているプラスチック爆弾。

 カウントは残り三秒。ジェイルズは即座に鎖を操り、爆弾を遠くに投げる。だが爆弾は起爆しない。

 そう――あれはフェイクだ。

 すべては相手のカウンターをカウンターするための行為。そして作戦通り、蓮とセラは再び動けるだけの隙間を手に入れた。


「悪いな!」


 蓮は構え直した拳を放った。ジェイルズにではなく――地面に。今の蓮の身体能力は何十倍にも強化されている。この丘の地面を砕き、相手を落下させることを可能とするほどに。


「ッ――⁉」


 足場が崩れる。真っ先に蓮とジェイルズが落下し、一方でレベッカはその崩落から逃れるため、すぐにその場を離れようとするがセラが反応しない訳がない。


「『施錠(ロック)』!」


 一瞬だけ可視化した鎖が、レベッカの体を巻き込む。『K』に浸かった手と同じだ。自らを拘束する鎖を利用し、相手の動きを封じる。

 そしてレベッカには、それを打ち砕くだけの力はない。


「チッ――体が!」


 獣の耳と尻尾が消失したセラはその口角を釣り上げて、亀裂が入り徐々に崩落していく地面に飛び込む。無論、鎖で繋がれたレベッカも一緒に。なに、ここから地面までは十数メートルだが、下は森になっているから木々がクッションになってくれるだろう。


「さあ一緒に落ちてもらうわよ――クソガキさん。死にはしないから安心しなさい!」


 バイクを使って島に上陸した澪、スズカ、ルドフレア、アリサは早くも別行動を開始していた。正確にはアリサだけが砂浜へと向かい、他の三人が島の中心部である開けた場所に向かった形だ。

 

 アリサは追っていた。島を移動するエルネストの気配を。黒乃はものすごい速さで島の南へと移動している。間違いなく『K』も一緒だ。

 ならば、先ほどから砂浜で止まったままのこの気配は。


「――来たわね、アリサ」


 アリサでもソフィでもない、誰でもない『彼女』は既にその剣を抜いていた。

 『十四番目(エフェメラル・ダブル)の剣(・ジョーカー)』――切っ先から柄までのすべてが黒く塗りつぶされ、しかしその鍔だけは鮮血に染まった剣。

 

 砂を踏むアリサは、ゆったりとした足取りで彼女に近づく。その距離はおよそ十メートル。

 彼女はアリサを睨みつける。その視線には明確なる殺意が込められていた。


「――――」


 初めてこの世界のアリサと出会った時、彼女は心底憎悪と嫉妬を覚えた。

 ヴォイド・ヴィレ・エルネストの存在を見て、フィーネ・ヴィレ・エルネストの存在を見て、果てなく降り注ぐ自分への孤独が憎くて仕方なかった。どうしようもなく恵まれていたこの世界のアリサが羨ましくてたまらなかった。

 それでもあの時の彼女は諦めていた。ただ戦って死ぬことだけを考えていた。


 けれど――時の流れが彼女を変えた。時は残酷だ。彼女を一度絶望のさらに向こう側。闇の深淵にまで突き落としたというのに、絶望のあとには希望が待っていると言わんばかりに黒乃へ恋をしてしまった。

 そして『剣崎黒乃』の隣にいられる『アリサ・ヴィレ・エルネスト』でありたいと思ってしまった。


「……お前を殺す。そして私が世界でただ一人の『アリサ・ヴィレ・エルネスト』となり――黒乃の隣に居続ける」


 殺意の視線を、アリサは揺るぎない目で見返す。覚悟なら既にできている。あとは相手の覚悟を確かめるだけだ。

 胸に光が灯る。希望が込められた眩き光。『一番目の剣(ヴィクトリア・エース)』を引き抜く。


「――あなたの運命は、私が変えるッ!」


「お前を殺し、私は、(アリサ)になってみせる――ッ!」


 島の中心部。そこに積み上げられているのは頭部を切断され命令系統を失い、沈黙している機械兵『ダーカー』。しかしそのコアは未だ健在であり、高濃度の魔力を宿したそれは爆弾に等しい。

 そんな爆弾の集合地に――ジョイはいた。

 風に靡く黒髪に青色の瞳、一ミリの狂いもなく精巧に造られたその容姿を際立たせる白いスーツ。

 見る人が見れば天使にすら見えるかもしれないほど、完璧な存在。


 だがその隣には、死神がいた。『ダーカー』――しかし通常のそれではない。普通の『ダーカー』は全身が黒く、両腕に鎌を装備し、あらゆる武装を備えた全長二メートルほどの殺人マシーンだ。人間とは似ても似つかない武骨なシルエットは、見たものに容赦なく恐怖を植え付ける。

 

「――――」


 しかしジョイの隣にいる『それ』は、そのフォルムは、人間と見間違うほどに人間らしかった。全長はほぼ変わらないが両腕の鎌は機械的だが人間らしい手に、関節部や露出していた歯車などは装甲に覆われ、小型化した頭部には赤いモノアイが妖しく点滅している。

 その姿は機械兵器というより、アンドロイドの試作機のようだった。流石にこの島では技術の高い工作は行えなかったようだが、それでも服を着せて後ろを向かせれば充分人に見せることは可能だろう。


「――キミが、それを生み出したのかい? ジョイ」


 ルドフレアが問う。その隣には澪が、少し下がったところでスズカがヴァイオリンを演奏している。それぞれの戦いが始まる中、この場所だけは未だ平穏を維持していた。


「……ミオ、気を付けて。あの『ダーカー』は他とは違う。甘く見ない方が良い」


「ああ。……とりあえずアレは引き受けた」


 澪は腰に下げた二振りの刀のうちの一つ、『刹那(せつな)』を右手で引き抜き、『夜束(よつか)』を柄を逆手で掴み、いつでも引き抜ける態勢に入る。

 徐々に、青みがかった黒い瞳が光を帯びていく。それは織が残していった能力の断片。

 

 一度――空を見上げた。いつの間にか夜空には月が煌々と輝いて、眩しくて仕方がない。

 光を優しく断ち切る夜闇はどこへ消えたのだろう。誰に預けられたのだろう。

 澪はその答えを、妖しく光るモノアイに向けて、静かに唱えた。


「――その鬱陶しい光、夜に代わって断ち切るぜ」


 この決め台詞、次は言わないな――澪はそう思い、『夜束』の鍔を弾いて、その刃を抜いた。

 今、世界の時間は静止している。須臾――時と時の間を観測し、行動できるものは夜代澪ただ一人。


「――――ッ!」


 澪は『ダーカー』に肉薄し、その首を狙って一刀。しかしその刃が通ることはない。薙ぎ払った『刹那』は明後日の方向へ弾かれ、そのうちに『時間の切断』の効果時間である五秒が経過する。

 敵を認識して即座に動き出す『ダーカー』。それはこれまでの機械兵とは違い、人間的な動きで澪に向かう。

 

「チッ――魔力のバリアか!」


 ジョイがチューンナップした『ダーカー』にはコアが複数搭載されている。普通であれば魔力同士が反発し融合することなく爆発してしまうところだが、しかしジョイはそれを完璧に調整した。

 それにより通常の魔術師の何十倍もの魔力を操ることのできるようになった『ダーカー』は、常時高濃度魔力を全身に展開し、それをバリアとしているのだ。


 攻撃を弾かれ、その隙を突かれる澪。死神が放つのは魔術ではなく格闘術。しかもそれはジェイルズ・ブラッドの動きをトレースしたものであり、ジョイが自らのリソースを割くことで可能になった高度な演算処理による行動予測、レベッカのように相手に状況を強制するある種のマインドコントロールのような動きまで再現可能だ。

 ――つまり、間違いなく強敵。もしかすれば『ヘヴンズプログラム』を纏った黒乃や『K』に匹敵するほどの存在だ。


 至近距離で音を超えて放たれる拳を澪は目ではなく勘で避けて、即座に空いた左手に出現させた拳銃で詠唱もなく『ファントムトリガー』を使う。属性は十八番の氷。

 『ダーカー』の背後に氷の道を作り出し、二撃目の拳を白刀『刹那』で受け、止める前に流し――そのまま再び黒刀『夜束』の鍔を親指で弾き『時間の切断』を行う。


「チッ――!」


 今度は二刀を思い切りその装甲に叩き込む。そして五秒経過。『夜束』は瞬間移動でもするように左手からすり抜け鞘に戻り、それでも右手で構えた『刹那』は何とか弾かれまいと魔力のバリアに押し付け続ける。


「ぐッ――‼」


 磁力が反発しあうように、どれだけ力を込めても刃は装甲まで辿り着かない。そして『ダーカー』の四肢は何もしていない。バリアはあくまでも自動的なフィールドに過ぎない。つまり、相手の攻撃を防いでいても何も気にすることなく攻撃を再開できるということ。


(――来る!)


 『ダーカー』は眼前の少女を殺害するために、その右手を音速で放つ。それに合わせて澪も逆手で『夜束』を引き抜き、それを防御。


「がああああああああ‼」


 腕の骨にひびが入った。痛みは想像を絶するが、しかしこの程度で倒れるほど、倒れてしまえるほど背負っているものは軽くはない。

 澪は攻撃を受け止めたまま、次撃が来る前に構えた刃をさらに力強く押し付け、即座に一回転し回し蹴りを放つ。


「――――ッ‼」


 当然、魔力のバリアは傷一つ付かない。だが、攻撃を防いでいるだけであってこの障壁は衝撃そのものを殺しているわけではない。

 『ダーカー』は攻撃そのものではなく、攻撃の余波を受けて仰向けに倒れる。

 それにすかさず二振りの剣で衝撃を与えてやり、先ほど凍らせた地面の上を滑らせて、ルドフレア、スズカからとにかく離れさせる。


「……ッ」


 バリアに思いきり蹴りを放ったせいで、左足に履いていた戦闘用のシューズが溶けて、スラックスの裾も先の方が焦げている。よく素足が無事だったものだと感心しながら、澪はそのまま『ダーカー』との距離を詰めて、戦闘を再開した。


 一方で、ジョイと相対するルドフレアは直接的な武器を出さず、とにかく言葉でジョイを説得しようとしていた。


「――まずはボクの話を聞いて欲しい。ジョイ、君を助けたいんだ」

 

「まるで立てこもり犯と交渉でもするような口ぶりですね」


「そうさ、君は人の心を理解している。すごいと思うよ。これは紛れもないシンギュラリティだ。だから人の心を動かすメンタリズムが通用すると――ボクは本気で思う。だから交渉をしよう。いいかい、キミには命の危険が迫っている。だからボクはそれを取り除いてあげたいんだ」


「ノット。そんな話に乗る必要はありません」


 瞬間――ジョイは懐から取り出した拳銃をルドフレアに向けて発砲した。

 

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