インタビュー『夜代蓮の場合』
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――俺の名前は夜代蓮。
この記録をフレアがどのタイミングで差し込むのかは不明だが、もし盛り上がりに水を差すようなところだったら本当に申し訳ないと思う。
とはいえ今回話すのは俺自身のことだ。俺のような薄っぺらい人間もそうそういない。
話はすぐ済むだろう。
だから興味のないことだろうが、ほんの少しでも聞いてくれたら嬉しい。
では、始めようか。
まず端的に言えば、俺は――ひどく弱い人間だった。
その昔、ヒーロー、もしくは正義の味方というものに憧れた。
見返りを求めずに人を助け、綺麗事を本気で実践し、他人の危機に颯爽と現れ、敵に屈しない絶対的な己を持ち、強く大きな背中で道を切り開いていくその姿に――夢を見た。
ヒーローはフィクションの存在だと思うだろう?
だが俺の目の前にはいた。父親が警察官だったんだ。
父は小さな田舎町の小さな交番に勤めていたお巡りさんだったが、俺にはどのドラマや映画に出てくる警察官よりもかっこよく見えた。
以前父は一度だけ、大きな事件に関わることがあり、そして犯人逮捕に貢献したことがある。
俺が小学生の頃だ。余計に憧れた。
だが、理想と現実は違う。そうさ、かつての俺はいつも理想と現実のギャップに押しつぶされていた。
警官になった父。
一方で俺は、成績も運動能力も平凡で、何より心が弱かった。
中学時代、町を歩いていると、知らない女の人が目の前で倒れたことがあった。
すぐにその人を助けようとそばに駆け寄った。
女の意識は朦朧としており、俺は周囲の人に救急車を呼ぶよう声を掛け、できることを模索した。
そう――あの時、俺は素人判断でやってはいけないことをした。
その日は猛暑で、女は大量の汗を掻いていた。すぐに熱中症で倒れたのだと直感した。
女の鞄にはペットボトルに入った水が二、三本あり、すぐにそれを飲ませた。意識のはっきりしていない女に。
それだけでも、とても危険な行為だ。
それでも水は減っていき、そして――女は突然、全身が痙攣し始めた。
焦った俺はその体を抑え込むのと同時に、パニックになりそうな自分を抑えた。
救急車が到着し、女は運ばれ、俺はその後が気になり病院へ向かった。
そこで聞いた話によると、女はダイエットを行っており、熱中症対策の水を飲むだけの日々を送っていたらしい。
だが水だけ飲んでも熱中症の対策にはならない。
むしろ女は、過度に水を飲む生活を行っていたせいで『水中毒』を発症していた。
『水中毒』は最悪、死に至る。
栄養失調、熱中症、そして俺が飲ませた水によって症状が加速した『水中毒』。
一歩間違えればあの人は死んでいた。
同時に看護師から、俺は『その人を助けなければという正義感』から間違った応急処置を行い、人ひとり殺しかけたのだと教えられた。
親切はエゴだ。
人は正義という建前さえあればどんなに残酷なことだってやれるように――、誰かのためになりたいというエゴは簡単に人を殺せる。
悪気がない分、余計に性質が悪いとさえ思う。
その日から俺は、怖くなった。
また目の前で人が倒れ、間違った応急処置を行い、その人が死に、世間からバッシングを受け、憧れだった父に失望される――そんな想像を繰り返しては、恐怖は深層意識に刷り込まれていった。
どんなことをしてもお前は間違っていることをしていると、そう嘲笑う自分が生まれた。
そして高校三年の時、俺は『オルター・エゴ』と出会い――織という存在を内包することになった。
織――彼女は俺という人間にやがて与えられる『来るべき問い』に答えを出すためのいわば計算式のような存在であり、答えそのものだった。
彼女に触れて、俺は改めて自分を知った。
不器用で、ヘタレで、外見を取り繕って誤魔化しても結局は失敗して、簡単に挫折してしまう。
そんな内面を鏡に映したようにはっきりと見てしまったのだ。
俺の根底には常に、自らの行動をあざ笑う自分が存在しており。何をするにも俺は自己否定の気持ちを持っていた。
そして、二年前のあの日。俺は遠静鈴華と出会い――それまでの自分を変えるきっかけをもらった。
誰だって良い部分も悪い部分も持っている。善と悪、強さと弱さ。
父は聖人じゃない。ただ、弱い自分と戦い、強さを勝ち取ってきただけだ。
彼女はそれを教えてくれた。
彼女は――弱い自分と戦うことがどれだけ綺麗で憧れることなのか、かつての情熱のようなものを思い出させてくれた。
だから絶対に記憶を取り戻すと約束し、同時に俺は単純な正義を捨てた。
ただ悪党を倒すだけの正義では、成せないことがあることを知ったからだ。
正義なんてものは人の物差し、立場によって簡単に変わる。
戦争はどちらかが間違っているからではなくどちらもが正しいから起こることだ。
だから善も悪も全て取り込み、己の正しさに基づいて行動するようになった。
そうして俺は一度、確固たる自我を持った。
それによって、澪、セラ、フレア、遥さん――救えたものはあった。
成したことは確かにあった。
だが結局、最初の約束は果たせなかった。
約束は願いから義務となり、彼女を想う気持ちは、エゴの押し付けになっていた。
それでも俺は、あの二〇一〇年の世界でスズカの記憶を取り戻すことに固執した。それだけを考えていたと言っても過言じゃない。
上っ面はリーダーとしての責務を果たしていた。少なくとも俺はそのつもりだ。
だが内心、何度も何度も同じ考えを繰り返しながら、もう二度と戻らないスズカの記憶について堂々巡りをしていた。
戦う理由を見失いかけていたセラと澪には東京に残るように言っておいて、一番迷っていたのは俺自身だった。
スズカの記憶を取り戻す――それが俺の行動原理であり、存在理由であり、それを果たすことで理想を実現できると思った。
言ってみれば、それが俺の正義だった。
だが無理だった。
俺はヒーローにも正義の味方にもなれなかった。善人にも悪人にもどっちつかずの中途半端。
最初から分かっていた。
答えは見えていた。
でも見ないふりをしていた。
この『起源選定』には、正義など介在しない。誰もが正しく、また誰もが間違っている。
だから俺は、進むべきだったんだ。たとえそれが正解の道ではなかったとしても。
あいつから教えてもらった刑事ドラマで、好きな言葉がある。
――正義なんてのは、胸に秘めとくぐらいがいいんだ。
押し付けるだけの正義なんて必要なかった。
あいつがそうだったように、彼女がそうだったように。
ただ譲れない想い――やりたいこととやるべきことがあれば、それで充分だったのさ。
それに気づかされた俺は、自分を嘲笑う自分を捨てた。
その代わりにもっと他人に目を向けることにした。他人を理解し、他人を受け入れることにした。
それは閉鎖的で自己中心的だった自分が、本当の意味で変わった瞬間だった。
さて――こんなところでいいか?
フレアから、もうだいたいのことは語り終わったと聞いていたから、こんなつまらない話になってしまったが。
それでも、最後まで聞いてくれたなら礼を言う。