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『一夜だけの幻想/A dream will end someday』

「……くそッ、数が多すぎる!」


 苛立った声が聞こえてくる。それは死神のような鎌を両手に構え、全長二メートル弱の人型殺人兵器――『ダーカー』の相手をしている夜代蓮(やしろれん)のものだ。

 剣崎黒乃(けんざきくろの)とアリサ・ヴィレ・エルネストが姿を消してからしばらく経った。

 

 そして――状況は最悪な方向へと転がっている。


 『K』とルドフレア・ネクストとの間で結ばれた停戦の契約。それは反故にされた。いや、強引に果たされたというべきか。

 いずれにしても突如として戦闘は開始された。既に遠静鈴華(えんじょうすずか)の魔術『共鳴歌(ヴィブレイド)』は発動し、それにより譲渡された魔力を使い、蓮は身体能力を強化する魔術を使用している。


 両手には日本刀――黒刀『夜束(よつか)』と、白刀『刹那(せつな)』。二振りの刀が次々と『ダーカー』の首を刈り取っていく。

 しかし一体倒したところで、十体倒したところで、状況は好転しない。

 するはずもない。


 『ダーカー』はこの無人島周辺の海域に潜伏し、次々と島に上陸してきている。その数は――おそらく千体以上。時刻は丁度日付を跨いだ頃――、夜の闇に紛れ死神の徘徊が始まる。


「ッ、『ファントムトリガー』――『アブソリュート』―――ッ‼」


 蓮に背中を預ける形で『ダーカー』の相手をしている夜代澪(やしろみお)が、その引き金を人差し指で引く。銃口から放たれた魔力はやがて巨大な氷柱となり、多くの『ダーカー』を巻き込んで凍結させるがそれは文字通り氷山の一角。

 敵はまだ大勢いる。


「スズカの退避は⁉」


 澪が叫ぶ。この状況で、魔力切れの心配をしなくて済むのはスズカの『共鳴歌(ヴィブレイド)』があるからだ。なのでそれだけは絶対に中断させてはならない。

 なので蓮と澪が先陣を切り、セラ・スターダストとルドフレア・ネクストが、一時的に設営していたテントまで退避させるように動いたのだ。

 しかしこうも多勢に無勢では、どのような強者だろうと状況の判断は不可能に近い。


「分からん……、少なくともこのヴァイオリンの音色が聞こえているうちは、無事のはずだが……セラとフレアを信じるしかない!」


 そう言って、蓮は再び『ダーカー』の首に刃を振り下ろす。正直なところを言えば、相手が圧倒的物量とはいえ、このペースで耐え続けることは決して不可能ではない。

 だが……『ダーカー』はそれ自体が特攻兵器のようなものだ。コアに内蔵された超高密度の魔力は、対処を間違えば爆発し、この数では誘爆の規模から考えて島自体が無くなるかもしれない。


 そして――丘の上。そこではルドフレアが開発した『ヘヴンズプログラム』専用制御AIの二代目『ケース』を強引に奪取し、それを自身に組み込んだ『K』がいる。

 『K』は既に『ヘヴンズプログラム』を発動し、対する相手は――ヴォイド・ヴィレ・エルネスト。


 ヴォイドは『十一番目(オース・オブ)の剣(・ジャック)』の能力を使い、限界を超えた身体能力を発揮している。無理を押しているのは承知の上だが、それでもヴォイドは足止めを一人で引き受けている。


 そして――その光景を遠巻きに見ている人影が居る。それはソフィ――白髪紫眼のエルネスト。

 『夢幻世界(ヴィジョンワールド)』のアリサ・ヴィレ・エルネストであり、その存在を捨てた女。


 ソフィも自らの剣――黒刀『夜束』のように柄から切っ先までの黒く塗りつぶされ、しかし唯一、鍔だけは鮮血のように紅く染まったそれを構える。

 刃の先には『ダーカー』。ソフィもまた、単独行動ではあるが『ダーカー』と戦っていた。己の中にある『破滅願望(はめつがんぼう)』と葛藤しながら。


「――――」


 さらにそんな『ダーカー』を操る者が居る。ジョイ――精巧に作られたアンドロイド。彼女はこれまで『K』の傍に居たが、彼が戦闘を開始する意思を見せたため、その姿を樹林の中に隠した。


 ジョイは『歩くスーパーコンピューター』という設計思想のもと生み出された。で、あればこそ、千を超える数の『ダーカー』を操ることも不可能ではない。最も、現在のジョイは自我データ――つまり感情を宿した自分にリソースを割いているため、細かな指示を行っているのは数体で、あとは単純なプログラムを組んで動かしてやっている。

 とはいえそれでも、戦況を操るのに充分すぎる。千の機兵。太刀打ちできるはずもない。


 この場に居合わせないジェイルズ・ブラッドに用意させたスナイパーライフルを構え、彼女はこの戦場を俯瞰していた。


「『ファントムトリガー』――『アブソリュート』‼」


 澪の声が戦場に木霊する。同時に島の南側に巨大な氷柱が出現するが、やはり効果は見込めない。


「おい兄貴! このままじゃ全員やられちまうぞ‼ ああ、もうッ、クソ!」


「チッ――そんなことは分かっている! 『ダーカー』の動きは明らかに統率の取れたものだ。おそらくあのアンドロイド、ジョイが操っている! 澪、そいつを探すんだ!」


 不意に、蓮の右足がその動きについて来れなくなる。『ダーカー』の鎌に引っかかり、傷を負ったのだ。


「――――!」


 だが、ここで止まれば一気に押し倒される。前方、後方から五体ずつ向かってくる死神に、蓮は奥歯を噛み締め、意地で刃を振り下ろす。最初に向かってきた一体を『夜束』で一閃し、『刹那』で二体目を、そのまま流れるように刃を舞わせる。


 死角から来る攻撃、振り下ろしが間に合わないタイミング。蓮は『刹那』を別の『ダーカー』に投げつけ、その重心移動を利用して、その場でバク転。攻撃を回避したのちに相手の首を落とし、そして『刹那』が頭に突き刺さり行動不能となっている個体を一刀。


 そうして切り開いた道を、澪が突き進む。目指す先はその島に根付いた樹木の中でも一際大きな巨大樹。高台代わりにそこへ上り、戦場の俯瞰と澪の勘を持ってすれば、ジョイの場所を特定することができるかもしれない。

 微かな希望を胸に、駆け抜ける。


「ッ――、よッ! と――、――――」


 軽快な動きで巨大樹に上り詰めた澪は、静かに深呼吸をして全感覚を集中させる。『ダーカー』は魔術を使った遠距離攻撃も可能だが、それは蓮が全力で防ぐ。


「さあ、どこにいる――――?」


 雲はない。空に煌めく無数の星々と満月。夜空は光を宿している――。

 生半可な闇など飲み込んで、吸い込まれてしまいそうな、青みがかった黒い瞳がゆっくりと開く。

 その右手には拳銃。引き金に懸けられた指は――中指。

 

「『インペリアルトリガー』――――」


 魔力が収束していく。冷たい夜風に髪が靡き、スズカの奏でるヴァイオリンの音が――鮮明に聴こえる。

 刹那――青白い月光を反射させた『レンズ』が、視界の端に映りこむ。

 そこか、と澪は即座に銃口を向けた。


「――――『デストラクト』ッ‼」


 己の魔力のありったけをつぎ込んだ光子の柱。いわゆるビーム砲をイメージさせるそれは、最大速度で、一直線にジョイのもとへ向かっていく。

 だが――引き金を引いたのは澪だけではなかった。


 ジョイの構えたスナイパーライフルからは一発の銃弾が放たれた。本来であれば、澪を狙ったその一発は光子の波に呑まれ、溶けてなくなるはずだった。だが――狙いは澪であり、そうではなかった。


「澪――‼」


 蓮の叫びが鼓膜を突き破る。直後――『ダーカー』により投擲された別の『ダーカー』のコアが、銃弾での狙撃によって起爆した。


「な―――――⁉」


 そう、ジョイの狙いは『ダーカー』のコア。それを起爆させることで、澪を間接的に撃ち抜いたのだ。


 無論――照準は狂い、光子の柱はジョイの真横を通り抜ける。

 そして澪は『インペリアルトリガー』を使い、魔力をほとんど使いきってしまった。

 いかにスズカによる魔力の譲渡が行われても――間に合わない。それでも、澪は引き金を引いた。


「ッ、澪ぉぉぉぉぉ――――‼」


 爆風はその体をアイアンメイデンのように包み込み、澪は地上へ落ちていく。


「くぅ――――⁉」


 蓮がそれを何とか受け止めるが、その姿は傷だらけだった。それでも命があるのは、澪が咄嗟に引き金を引いて発生させた氷の壁のおかげだろう。


「澪⁉ 澪――ッ!」


 とはいえ咄嗟の判断だ。すべが無事という訳ではない。氷の壁は爆風を半減させたものの衝撃を受け止めきれず砕かれ、破片は熱で溶けながらも澪の全身を刃のように傷つけた。

 その内の一つは、右目を大きく負傷させている。熱に関しては、ブラックスーツが仕事をしてくれたようだが、それも万能ではない。


 ――戦闘不能。それが現在の澪の状態だ。


「……ったく、もう少し、うまくやれる……気がしたん……だ、が」


「しゃべるな! すぐに治療を――」


 だが、蓮に医療の心得などほとんどない。頼りになるのはルドフレアだが、すぐにも『ダーカー』に囲まれる。辿り着くのは困難極まる。


「……っぜえ……な、ある……だろ? 誰に、頼る事……も、なく……! 兄貴の手で……ひっくり、かえ……す……手が――――」


 そこで――澪の意識は途切れた。大丈夫、気を失っただけだ。

 だが当然、油断などできるはずもない。一刻も早く治療しなければならないのだ。


「澪、俺は……ああ、兄貴として、ここで迷うわけにはいかないよな――」

 

 蓮の中で、スイッチが入る。迷いを帯びた眼は、鋭く研ぎ澄まされていく。

 しかし、それは決して、覚悟が決まり何かが吹っ切れたというわけではない。そんな高尚なものじゃない。ただ己に対する怒りだけで、蓮は自身に残された最後の力を使うのだ。


 きっとこの手段は正しくても、この感情は間違っているのだろう。本当なら、こんな風に使うべきものではないのだろう。それでも、せめて今だけでは、教えてくれ。


 ――(しき)。夜代蓮が織りなす物語の答えに至る式として、宿った存在。


()(たばね)ね、()れること()きその(やいば)――」


 それは詠唱だった。魔術を発動する際に必要な、言霊の詠唱。


「『一夜(ひとよ)だけの幻想(げんそう)』――その名は――」


 蓮はそのすべてを黒く塗り潰された黒刀――『夜束(よつか)』を大地に突き立て、その上から、すべてを白く塗り染められた白刀――『刹那(せつな)』を重ねた。


「――『夜束ノ刹那(よつかのせつな)


 一陣の風が吹き抜ける。すべての邪気を払い浄化せんばかりに澄み切った風。ゆっくりと体に馴染んでいくそれを受け入れ、存在は書き換えられていく。


 鋭い眼はなにもかもを飲み込むような黒。衣装はその黒を体現するようなブラックドレス。肩から胸元にかけて露出しているデタッチド・スリーブは、誰であろうと絶対に傷つけられないという自信の現れ。

 袖の生地は薄く、雪のように白い細腕が姿を覗かせ。レース素材と合わせてあるスカートの裾は動きやすいよう膝の上で切られており、黒いストッキングはガーターベルトで留められている。靴は当然の如く艶のある黒いハイヒール。


 風に靡く長い髪は――濡鴉(ぬれがらす)


 静かに――何よりも優しく、何よりも柔らかに、『彼女』は微笑んだ。

 その手に握られた刀は、()()()()()()()()()それが、正しきの形に戻ったもの。


 『夜束ノ刹那(よつかのせつな)』――黒白(こくびゃく)が混在してなお、見るものすべての心を奪う圧倒的な美しさを秘めた日本刀。かつて神の力を手にした人間により生み出された、紛れもない神の創造物。

 折れること無き刃を鞘に納め――、向かってくる『ダーカー』を正面に向き直る。

 死神との距離が徐々に詰められ、その鎌が振り下ろされるまで十メートル。


「――――」


 ――鍔が弾かれる。


 刹那、引き抜かれた刃はその姿を見せることなく、しかして『ダーカー』はその首を落とされていた。

 そうして――『彼女』は名乗りを上げる。透き通る綺麗な声で、水面に凪をもたらすように。


「――一度消えたこの身なれど、一夜の奇跡に導かれ再び刃を振るいましょう。戦場に咲かす黒花(こくか)に――散れ。夜代織(やしろしき)、見参――!」


 彼女は垂れてきた後ろ髪を払うようにして最後に、照れくさそうにこう付け加えた。


「…………なんちゃって?」

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