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『互いの道はようやく交差する/Actually this is the second time』

「――――へっくし!」


 やけに冷たい風だ。春だというのに生命の息吹を感じない、虚しさを覚える乾いた風。

 いや、それよりも床が固いし冷たい。


(――あれ、なにやってたんだっけ)


 空が暗いなと思ったら、それは自分自身――剣崎黒乃(けんざきくろの)自身がただ目蓋を閉じていただけだったので、恐る恐る開けてみる。飛び込んでくるのは鉛色の空。

 今にも雨が降りそうな、フィーネ・ヴィレ・エルネストが亡くなったあの日と――同じ色の空。


 周囲を確認しようと頭を動かすと、すり鉢で何かを擦ったような鈍い音が響いた。そこで黒乃はようやく、自分の体が地面に横になっていることに気が付いた。


「……どうしてこんなところに。って、服ボロボロ⁉ なんで⁉」


 蓮から貰ったブラックスーツのジャケットは影も形もなく、下に着ていたワイシャツは所々裂けてて肌が露出してる。履いてるスラックスもかなりボロボロだ。幸い下着は見えないが露出狂と変わらないその姿にとにかく驚くしかない。

 咄嗟に黒乃は身を隠すように自分を抱きしめた、が周囲に通行人は見当たらないのでとりあえずは一安心。


「……って待てよ、ここよく見たら」


 立ち上がって周囲の景色をよく観察してみる。病院。歩道橋。土手沿いの道。山の中腹に見える天文台。

 どれも見覚えがある、なんて程度の景色じゃない。だってここは。


桐木町(きりぎちょう)――なのか?」


 間違いなく、この場所は黒乃が四年間暮らしていた町だ。けれど、どこかがおかしい。こんなに人の気配がないのもそうだが、黒乃は蓮たちと一緒に『月夜野館(つきよのかん)』へ向かっていた。


「待て待て、……確かええと、そう。レイヴン・R(レコード)・レクシリムって人に呼ばれて……」


 記憶を辿る。黒乃が覚えている限りで一番新しい記憶は、そのレイヴンという人物を通じて『K』からの呼び出しがあったということ。そしてレイヴンが指定した場所は『月夜野館』。

 扉一つで『月夜野館』通じていたキャラバンは『K』によって破壊されてしまった。なので交通機関を使って実際に『月夜野館』がある高知の端のほうへと足を進めて――で、今だ。


「まさかまた記憶喪失、なんて言わないよな……」


 服がボロボロなので、人に会わないことを祈りつつ。ふと、ボロボロのスーツだが辛うじて機能しているポケットに意識が向く。


「……ッ、そうだ、端末!」


 エマージェンシーコールを送れば誰かが来てくれるかもしれない。そう思ってポケットを漁り、まずは端末があったことに喜びを感じる。

 画面を起動すると文字が浮かび上がった。――『ヘヴンズプログラム再起動中』。

 嫌な予感がしてあれやこれやと試してみるが案の定、端末は使用不可能だった。


「なんかお前、これまで一回も役に立ってない気がするんだけど。こんにゃろ」


 冗談半分で画面を軽く叩いてみるが、特に反応もなかったので諦めた。


(参ったな。端末はあったけど財布はなかったし。自販機で缶ジュースすら買えないとは……)


 いや、元々そんなに入ってなかったけどさ、とセルフ突っ込みを入れながら、誰もいない町をひたすらに歩き続ける。

 晴れそうもない空。乾いた風。

 もしかしたら夢でも見ているのだろうか、なんて思い、もう一度地面に転がって寝てしまおうかと考え出した直後、入り組んだ路地の裏手に店の看板を見つけた。


 喫茶店『B(ブラック)W(ホワイト)』――そこはアリサのアルバイト先で、黒乃も生活費に困った際にお世話になったことがある。


 ――誰かいますようにという思いと、もし誰かいたらこの服で顔合わせるのは恥ずかしいなという両端な考えを胸に、黒乃は扉を開けた。

 来店を知らせる鈴の音が鳴る。


「――おやおや、客が来るなんて珍しいな。おいマスター、お客だぞ、接客したまえ」


 お化けでも見つけてしまったように、おっかなびっくりとした感じで店内を見ると窓際の席に一人――男が座っていた。


 アリサのようなエルネストの白髪――と思ったが少し違う。あれは白じゃなくて銀だ。だけど、その存在感は希薄だ。まるで老人のそれに近い。そして椅子から垂れる白衣の裾。


「マジかよ、随分と物好きがいるもんだ」


 正面のカウンターから声が聞こえた。何かを探していたのか、カウンターの下に屈んでいたせいで今まで姿が見えなかった。

 その声の主は、紛れもなく『B(ブラック)W(ホワイト)』のマスターだ。頭に巻いたバンダナに灰色のエプロンに整えられた顎髭。

 年齢は三十代だが相変わらず人生経験豊富そうなダンディな雰囲気を纏っている。

 しかしマスターは黒乃の姿を見ても特に何も言うことなく、コーヒーを淹れ始めた。


「ここら一帯には避難勧告が出てるはずだぜ。なんで残ってる? 随分、悲惨な格好をしているようだが」


「え? いや、その……」


 避難勧告――。どういうことだろうか。まったく状況の掴めない黒乃は言葉に詰まる


「よせ、彼とはワタシが話すよ」


「え?」


「あっそ、なら俺は地下にいる。店番は任せた。――さ、これはウチからのサービスってことで。アイツみたいに、好きなだけ居てくれて構わないからな。そんじゃ」


 戸惑いなどお構いなしにコーヒーカップを渡し、マスターはカウンターの下へとまた屈んだ。

 ちらっとカウンターの向こうを覗いてみるとマスターの姿は影も形もなかった。

 確かカウンターの下には倉庫があったと思うが、そこに入って作業でもしているのだろうか。


「……」


 参ったな、と後頭部を掻いていると残った男からお呼びがかかった。


「向かいに座りなさい。話し相手がいないと退屈なのだよ」


(そんなことを言われても、こっちはどうして桐木町にいるのかもわからないんだけどな……。なんだか町の雰囲気も違うし、マスターもなんだかよそよそしいし)


 しかしコーヒーをサービスされてしまった以上、飲まずに店を出るのは失礼だ。

 仕方なく、黒乃は席に座った。


「えーと、あなたは一体?」


「まずは自分から名乗るのが礼儀ではないかね?」


「それはまあ、確かに。――僕は剣崎黒乃っていいます」


 男は音を立てず持っていたコーヒーカップを置いた。


「ワタシの名前はアルフレド・アザスティアだ」


 黒乃は反射的に机に体重を載せるように立ち上がった。


「――⁉ アルフレドって、あのアルフレド⁉」


 カップと皿の擦れる音が響く。


「あの、が何を指しているのかは不明だが、ワタシはアルフレドだ。初めまして。君のことは黒乃と呼ぶよ。ワタシのことも好きに呼んでくれて構わない。敬称も不必要だ」


(なんていうサプライズだ。まさかこの町で会えるなんて。……いや、待てよ。フレアの話ではアルフレドは確か自分と同じ存在を作った。アルフレドは百人、存在している)


 つまりこのアルフレドが、『ヘヴンズプログラム』の開発に関わったアルフレドなのかまだ分からないぞ。


「あなたは『ヘヴンズプログラム』の開発に関わったアルフレドなんですか?」


「その言い回しから察するに、どうやら君はアルフレドという存在の真実を知っているようだ。君がアレに関わったアルフレドを探していたのなら、期待に応えられるだろう」


「……つまり本人ってこと?」


「ある意味ではね」


 なんだか釈然としない。黒乃は一度高ぶった気持ちを抑えるためコーヒーを飲む。


「ところで黒乃、『ヘヴンズプログラム』はどうしたのだ? ここに来ることができたということは完成させたのだろう。少し見せてくれないかな?」


「完成? なんのことが分からないけど、あれは今再起動中っていうか、そもそも自在に操れるものではなくてですね……ピンチの時に勝手に現れたりする感じで」


 そもそもとして出現したのは『モノクローム』での一度きり。いや、フィーネがなくなったあの日『ダーカー』の爆発からソフィを庇った際にも発動した可能性があるかもしれないが、記憶にあるのはそれくらいなものだ。

 黒乃はポケットに入れていた端末を見せた。


「再起動中、か。やはり完成しているよ、アレは。いや、つい先ほど完成したというワケかな。だからシステムを更新するために再起動を行っている。……なるほど、この端末を媒介としているのか。現代のモノではないな。だがこれでもなおプログラムの演算処理が……」


「あ、あの……そろそろ話を進めてくれると――――」


 助かるんですけど、と言葉を続けようとした瞬間。店内に来店を知らせるベルの男が響いた。

 黒乃は理由もなく扉のほうに目を向けた。

 なにか――そうしなければいけないような気がして。


「あのー……誰かいますかー……?」


「ッ――――!」


 その姿に目を見張って、座っていた椅子を倒すほどの勢いで立ち上がる。まるで雷に打たれたような衝撃。椅子が倒れる音で『彼女』はこちらに視線を向ける。

 たった二週間と少しの別れだったというのに、その二週間と少しを思えば途方もないほどに心を揺らす――再会。

 黒乃は息を呑んでその名前を言葉にした。


「アリサ――」


 そして彼女も黒乃の名前を言葉にする。涙が零れそうな潤んだ瞳を真っすぐに向けて。


「――黒乃」


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