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幕間『三月十六日、雨の日』

 ――雨が降り始めた。日も暮れて、山の中なので灯りもない。月は雲隠れし、それでも時々、白髪紫眼を持つ彼女――フィーネ・ヴィレ・エルネストの横顔が見えるのは遠雷による光があるからだ。


 雨は徐々に強くなり、嵐のようだった。雨粒を受ける木々の音が鬱陶しく、肌に張り付く衣類が不快だった。すぐにでも、空間歪曲によってキャラバンと繋げられた『月夜野館(つきよのかん)』に戻り、シャワーを浴びて、夕食にとフィーネが調理したローストビーフを頬張り、たまにはワインでも飲みながらゆっくり休みたかった。

 フィーネの存在が、彼にどこか安心感を与えていた。


 ヴォイド・ヴィレ・エルネスト――『(ジャック)』のカードを宿す、アリサの義理の兄。オレンジ色の髪にエメラルド色の瞳を持つ男。彼はエルネストだが、しかしカードの影響――つまり感情の制限はそれほど受けていなかった。皆無、とまではいかないが、少なくとも彼が少年時代に得た感情は残っていた。


 彼女――フィーネを想うその心。


 しかし三月十六日の夜。そう――あの黒雨が降り注ぐ中、炎が見えた。雨の中でも力強く燃え上がる炎。その時、『ヘヴンズプログラム』に関する資料を求めてアルフレド・アザスティアの研究所に滞在していた黒乃たちを呼ぶために外へ出ていたフィーネとヴォイド。

 二人はすぐに、あの炎がキャラバンを破壊されたものによる火災だと直感した。


 今にして思えば、あの機械兵『ダーカー』か、『K』の仲間であるスーツ男のジェイルズ・ブラッドかレベッカというゴスロリ少女によって監視されタイミングを見定めていたのだろう。

 その出来事は、あまりにも一瞬だった。


「フィーネさん、急いで研究所の方へ!」


「ええ――!」


 理解していた。『モノクローム』における『K』の目的は、フィーネをおびき出し、アリサやヴォイド、その周囲の人間を危機的状況に陥れることで使用者につき一度しか使えない『十二番目(ミゼリコル・トゥエ)の剣(・レーヌ)』を早々に使用させることだった。

 そして一度その能力を使ったフィーネは、簡単にカードを奪える存在となる。


 それに『十二番目(ミゼリコル・トゥエ)の剣(・レーヌ)』を手に入れておけば、いざという時の命綱にもなる。『K』の目的は未だ不明だが、これからどうするにせよ戦闘行為をするなら『十二番目(ミゼリコル・トゥエ)の剣(・レーヌ)』は絶対に欲しいはずだ。

 ――つまり、この状況で『K』がフィーネを狙わない理由がない。


 そして、その時は訪れた。

 エルネストは他のエルネストの気配を探ることができるが『K』は半覚醒状態、つまり索敵に掛かりづらい状態なのだ。だからこそ音速で接近してきたそれに、反応することができなかった。


 木々をなぎ倒し向かってくるのは獄炎を纏った鎧――『ヘヴンズプログラム』を発動した『K』だ。

 ヴォイドは即座に応戦しようとするが反応が間に合わず、『十三番目の剣(キング・オブ・キング)』をその手に構えた鎧はフィーネに向かっていく。


「――――ッ‼‼」


「ッ――『K』!」


 夜闇の中に光が灯る。それはフィーネの心の光。白いヴェールに包まれた剣を引き抜き、自らを突き刺そうとする刃を刀身で受け流し、そのまま弾く。

 『K』は右手で構えていた剣を弾かれたことで体勢を崩した。反撃のチャンスだと、そう思った。だがそれはフェイクだったのだ。エルネストは剣を即座に出現させ、そして消失させることもできる。


「――――」


 『K』は初撃を弾かれることが分かっていた。だからそれを利用したのだ。わざわざ剣を右手で構えそれを弾かせ、意識をそちらに集中させたところで剣を消失。そしてフィーネが油断したところを、左手に再出現させた剣で――突き刺す。


「……ッ……ぁ」


 カードを奪うには剣と刃の接触が必要――そして『K』はまるで流れ作業でもするように恐ろしく無駄のない動作でそれを行った。剣を素早く引き抜き、刃に滴る血を払う。


「――『(クイーン)』、回収完了。すぐに手当てすれば命は助かるよ。それでは失礼。これから『箱庭』へ出向かなければならないのでね」


 鎧を纏ったまま、『K』は姿を消した。一瞬、ヴォイドに目を向けたがその時の『K』はヴォイドがカードを所持していることを知らなかった。半覚醒状態であるが故に感知能力も機能しなかったのだ。

 それがどういうことであるか、普段のヴォイドであればすぐに理解できただろう。


 だが――今、ヴォイドの思考を支配していたのは、自らの恩人であり愛する人であるフィーネ・ヴィレ・エルネストが『(クイーン)』のカードを奪われたということだ。

 白髪紫眼の一族、エルネストにとって、カードを奪われることは魂や心臓を奪われるの同じだ。


 覚醒したエルネストの心はカードに依存する。だからこそ、それを失くせば『心無き者(ホロウサイド)』となり、ただ周囲を破壊する自我泣き化け物――バグのような存在になる。


 ヴォイドはすぐに、泥だらけの地面に倒れるフィーネに駆け寄った。


「フィーネさん……! そんな……くそッ! どうすれば‼」


 傷は致命傷じゃない。『K』の言う通り確かに、すぐに治療をすれば命は助かるだろう。

 だが――カードが無い以上、体の外傷など関係ないのだ。放っておけば世界を破滅させる化け物が生まれる。フィーネはフィーネではなくなる。

 つまりこの場での最善の手段は――すぐにでもその命を終わらせてやること、なのだ。


「……ヴォイド、早く……私を……、ッ、お願い……」


 悲痛な表情を浮かべるフィーネ。その頬を流れる雫が涙なのか、降り注ぐ雨なのかは分からない。それでもはっきりしているのは、既に彼女は死ぬ覚悟を決めているということだ。

 そんな馬鹿な話があるか。こんな一瞬で、こんなあっけなく、自分の愛する人が、自分に感情を教えてくれた人が、死んでしまうというのか?


「そんなのは駄目だ!」


 ヴォイドは必死に何か別の手段を考えた。

 そして――一つだけ。


「……オレのカードがある。そうだ、オレが託された『(ジャック)』を貴女に! 彼ならきっとそうする‼」


 そうすればフィーネは生きられる。代わりにヴォイドが『心無き者(ホロウサイド)』となるだろうが、彼女を救えるなら命など惜しくはない。これは『責任』だ。彼から託された『責任』。

 それを果たすためなら、それを遵守するためなら、この命を――、


「……駄目よ。私は……ずっと……寂しい思い、させ……ちゃった……から……。あ、貴方が……アリサたちの隣で……」


 フィーネはあまりにも弱い力でヴォイドの手を掴み、微笑んで見せた。もう、感情などないはずなのに。おそらくはその残滓を再現しているだけだというのに。それでも、フィーネは優しく笑った。


 ――時間は、待ってはくれなかった。フィーネの体の内側から黒いオーラのようなものが溢れ始め、それが『心無き者(ホロウサイド)』へと変貌する前兆であることはすぐに理解できた。

 

「……悲しみを……受け入れて……、誇りに……」


 フィーネの瞳から光が消えた。

 雷鳴――豪雨――『箱庭』へ行くと言った『K』――アリサ――絶対に守り抜かなければならない家族――さあ、殺せ――初めて好きになった、好きという感情をくれた――フィーネ・ヴィレ・エルネストを‼


「あああああああああああああああああああああああああああああああ――――――‼‼‼‼」


 ヴォイドはフィーネの体を押さえつけるように馬乗りになり、その胸に光を灯した。

 白銀の剣――『十一番目(オース・オブ)の剣(・ジャック)』を引き抜き、それを振り上げ――心臓目掛けて振り下ろした。


「――――――」


 声にならない咆哮を何度も繰り返し、ヴォイドはただ放心状態にあった。


 彼女が――もう一人のアリサが近づいてくる。早くこの場を去り、『K』を追わなければ。

 そう思っても体のどの部位も動いてくれなかった。脳の電気信号がすべて狂ってしまったんじゃないかと思うほど、自分が自分でないような感覚に襲われている。

 運命によって動かされるだけのただの人形。自分に命があると思い込んでいるだけの、虚無の存在。


「……これも、『イノセント・エゴ』が仕組んだ運命だとでも言うのか……?」


 ――冗談じゃない。これ以上、失ってたまるものか。

 アリサは――最愛の妹だけは何に変えても守り抜いてみせる。フィーネの犠牲を無駄にしないためにも。

 

「な、なにを……ヴォイドさん‼」


 声が聞こえた。最愛の妹が大切にしている男の声だ。アリサは彼を守るために、彼を遠ざけた。

 だというのになぜ、お前はここにいる。もうこれ以上――。


「――フィーネさんはオレが殺した。黒乃君。頼む……これ以上、エルネストに関わるな」


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