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『突きつけられる事実は時として/CRuEL FaTe』

 午後六時。エントランスで合流した(れん)とスズカはゆっくりと、けれども花火に間に合うようにお祭りへ向かう。

 

「……その、寒くないか? いくら熱気があるとはいえ少し薄着な気が……」


 スズカの服装はノースリーブのパーカーの下にグリーンのシャツ、そして黒いタイトスカートといった服装だ。私服はあらかた『月夜野館(つきよのかん)』に置いたまま燃えてしまった。おそらくは澪やセラの服を借りたのだろう。

 髪も普段の長いポニーテールではなく、少しアレンジされている。

 一方で蓮はいつも通りのブラックスーツ。流石に蓮も、少しは雰囲気を合わせてくるべきだったと後悔がよぎった。


「いえ大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」


「い、いや心配というほどでは……」


 会話は思ったほど弾まない。蓮は別に女慣れしていないというわけではないのだが、やはり真面目かつ鈍感な性格なので、中断してきたデータ解析のことなどが脳裏にチラついているのだろう。

 

 ――人一倍、責任感が強い人だから、いつまでも未来に目を向けられずにいる。

 スズカはそう思った。


「――スズカ、すまない」


「なにがですか?」


「お前が心配してくれてることに気付いていた。だがその気持ちを無駄にしようと――」


「いいんです。こうして隣にいてくれていますし? それに蓮くんがそういう人だってこと、私はちゃんと分かっていますから」


 いつも通りのブラックスーツで、見栄を張らず自分の弱い部分を正直に晒して、不器用だけどそれでも必死に変わろうとしている。

 夜代蓮(やしろれん)のそういう部分が、スズカは好きなのだ。


 蓮はかつてスズカに言ったことがある。

 今は失き過去の彼女――遠静鈴華(えんじょうすずか)のおかげで自分は変わることができた、と。

 けれどスズカは思う。記憶を失う以前の蓮がどんな人間だったのかはわからないが、それでも思う。


 ――彼はまだ、その変革の途中なのだと。

 ――まだ正解を探している途中なのだと。


「お祭りの雰囲気が伝わってきますね。いい気分転換になりそうです」


 思えばここのところ、ずっと気を張り詰める日々を過ごしていた。『モノクローム』でのことがあり、アルフレドの研究所での襲撃、フィーネの死、ヴォイドの失踪、未知の力『ヘヴンズプログラム』。

 何よりもあの仮面の男――『K』の存在。


「そうだな。……今回は相手が悪すぎる。こんな平和な時間は貴重だ」


 俯く蓮を見て、スズカが声のトーンを少し落として尋ねる。


「『K』――ですか?」


「ああ。あの男は明らかに異常だ。俺たちの能力や(しき)のことまで知っていた。それに加えて研究所で受けた奇襲――」


 エルネストは他のエルネストの気配を感知できる。あれほど接近されればフィーネやヴォイドは当然気づいたはずだ。それでも奇襲を受けた。あれだけ短い時間でカードを奪われ、逃走を許した。

 ジェイルズやレベッカたちが現れたのも一瞬。尾行には警戒していた。だとすればどうやって奴らは蓮たちの場所を特定し、その眼を掻い潜って奇襲できたのか。

 考えられる可能性は一つ。


「『K』は知っていたんだ。『月夜野館』と俺たちが移動に使っているキャラバンが繋がっていることを。そう考えれば、研究所に突然奴らが現れたことへの辻褄が合う。『月夜野館』を通じての尾行――キャラバンを使って移動する限り、俺たちの場所は奴らに筒抜けだった」


 『月夜野館』の監視にはジェイルズたちか、機械兵である『ダーカー』を使ったのだろう。そして『K』は他のエルネストに感知されるぎりぎりの距離を維持し、全員が『月夜野館』の外へ出たタイミングを見計らって、感知の外側から瞬間移動する形で奇襲を成功させた。

 ならば何故、『K』がそのようなことを思いつき、行動できたか。

 スズカはふと考える。


 レベッカの『シンクロドリーム』を使えば、相手の記憶を読み取ることが可能だ。それにより『月夜野館』の位置を特定することも可能――と思いきや、これまで『シンクロドリーム』を受けたセラも、スズカ自身も実は『月夜野館』の正確な位置を知らない。

 たとえキャラバンと『月夜野館』が繋がっているという記憶を呼んでも、館側の場所を特定することは不可能だろう。キャラバンから侵入されれば形跡が残る。


 そしてこの時代で、『月夜野館』の正確な位置を知っている人間は二人のみ。館の所有者である久遠遥(くおんはるか)と――もう一人。だがそのどちらも、通常の方法では接触できない人物だ。


 どう考えても、『K』本人、またその仲間があらかじめ『月夜野館』の位置を把握していたとしか思えない。だとするとやはり――、


「これは考えうる限りで最も最悪の可能性だが、おそらく――ヤツも未来から来たんだ。何かの手段を使ってな。それが事実ならヤツも『起源選定(きげんせんてい)』を利用して世界の解放を――」


「――蓮くん」


 思考の波に飲まれゆく蓮の意識を、スズカの透き通る声が掬い上げる。不意に周囲の景色が視界に入ってくる。いつの間にか、屋台が立ち並ぶ通りに到着していたようだ。


「すまないスズカ、せっかくの気分転換だというのに俺はまた……」


 お祭り気分を壊してしまっただろうか、と慌てる蓮にスズカは気にしてないと微笑む。


「職業病のようなものでしょうかね。気にしないでください、と言いたいところですが、そうですね……それじゃあお詫びに、あれを買ってくれませんか?」


 正面に見える長い階段、その手前に並ぶ屋台の一つを指さす。


「あ、ああ。それくらいなんてことはないが……」


 そう言って蓮は早足で屋台へ向かった。スズカは判っているのだ。気にしてないと言っても、蓮は言葉だけじゃ納得しきれない。だからそうさせた方が良い時もある。

 きっと蓮も判っている。


「――待たせたな」


「ありがとうございます」


 戻ってきた蓮の手には紅色に彩られたりんご飴。それを落とさないよう丁寧に受け取り、スズカは軽く頭を下げた。

 お祭りを楽しむため、少々行儀が悪いとは自覚しつつも、スズカはりんご飴を味わう。

 ぺろりと下で飴の甘味を味わってから、蓮と並んで歩き始める。


「蓮くんも何か食べたらどうですか? せっかくですし」


「いや、俺は……いい。あまりこういうのは好きじゃなくてな」


「どうしてですか?」


 蓮は先ほどの言葉を失言だったと自覚し、片手で目を隠す。

 そして数十秒ほど考え、蓮は昔の話を始めた。


「俺の地元は、何かにかこつけて一年中祭りをやってるような……そんな町だったんだ」


「賑やかで楽しいじゃありませんか」


 意外だった。蓮はあまり昔の話をしない。おそらくは昔のことをぼんやりとしか覚えていない澪のことを気遣ってのことだろう。だから昔話を聞けるなんてかなり珍しいことだ。


「そうかもな。俺と澪も、昔はよく神輿を担いだり出店を手伝ったりしていた。子供の頃の思い出と言えばほとんどが何かしらの祭りだ。楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、辛いこともすべてが祭りの中にあった。だから、なんとなく今は直視できないんだ。過去の思い出と今の自分。あの日思い描いた俺が、遠くて」


「……センチメンタルですね」


「すまない」


 蓮は、スズカに対してよく謝罪の言葉を口にする。スズカはそれが嫌、というほど気になっていたわけではないが、それが己に対する自信の無さからきているものなのだろうと漠然と思っていた。

 蓮はずっと過去と向き合い続けて、そのうえで受け入れられないでいる。

 それは紛れもない、蓮にとっての――枷だ。


 ソフィにとって未来が枷であるように、蓮にとっては過去が枷なのだ。


「蓮くん。私は思うんです。私たちは未来を壊させないために、未来を取り戻すためにここにいますよね。未来のための過去。それを積み上げるのが私たちの現在。ねえ、蓮くん。このりんご飴の、飴の部分。溶けてしまったら、食べてしまったら、元には戻らないですよね」


 その先の言葉を、蓮は察した。


「――やめてくれ」


 だから言う。頼む。懇願する。それ以上言うなと。すべて理解している。スズカが言おうとしていること。その言葉の意味。そして今の自分が何をするべきなのか。ちゃんと判ってる。


「無理やりにでも元に戻そうとしたら、それは新しい飴を固めるしかないんです。溶ける前の飴と同じものは、もう二度と――」


「やめてくれ!」


 スズカの声を遮る。次の言葉は――なかった。蓮は大声を出してしまったことによる悔いから。スズカは蓮の大声に驚いた――わけではなく蓮の表情が、あまりにも悲しそうだったから。

 お互いに会話もなく長い階段を一段ずつ登っていく。そうして階段の先にある神社に到着すると、スズカは蓮の手を掴んでなおも歩く。

 花火大会のことはもう、頭になかった。


「……スズカ、どこへ……」


 そうして辿り着いたのは、人のいない神社のはずれ。ここからでは花火を見ることはできない。だから人が来ることはない。

 スズカはそっと手を話し、蓮と向かい合う。真っすぐな眼差しと、どこか迷いと恐れを帯びた眼。


「……蓮くん。ごめんなさい。私は今日、この話をするために蓮くんをこの花火大会に誘ったんです」


 そこで――スズカは再び事実を突きつける。それがどれほど残酷なことだとしても。


「――もう、充分です」


 何が充分なのか。わざわざ言葉にしなくても蓮は判っているが、それでもスズカは言葉を続けた。


「私の記憶が戻る手立てはもうありません。だから……諦めましょう」


 それは蓮が最も恐れていたことだった。答えはとっくの昔に出ていた。それでも諦めきれなかった。だから『二度と記憶を取り戻せない』という事実を見なかったことにしてきた。

 何度も自分に言い訳をした。スズカだって記憶を取り戻したがっている。本人が望んでいる。なら自分が諦めるわけにはいかない。

 その考えこそが――最後の砦だった。たった今、この瞬間までは。


「――そんなこと、ッ……そんなことあるものか……! 鈴華(すずか)の記憶を取り戻さなければ、居場所も、これまで生きてきた記憶も、思い出も、全部無かったことに――」


「その代わりになるものは、貴方が充分すぎるくらいにくれました。居場所も思い出も」


「だが――この戦いは俺が始めたことだ! 皆が協力してくれた。遥さんも、セラたちも、(あいつ)も。皆、俺に想いを託して何度もチャンスをくれたんだ……! ここで諦めたら今まで背負ってきたものが全部無駄になってしまう! 俺は引き下がるわけには……!」


「セラは復讐から解放された。フレアくんは命を得た。澪ちゃんは魂を取り戻した。遥さんは運命から救われた。そして私は思い出を貰った。無駄に終わることなどないんですよ。だからこれ以上は――いいんです」


「ダメだ! 俺は約束したんだ、記憶を必ず取り戻すと! だから過去に来たんだ!」


「それはもう約束ではなくただの義務感です。それに……どうやって取り戻すんですか? 蓮くんもホントは分かってるはずです。もう方法がないってことに」


「くっ……! それでも俺は……、俺は……‼」


 遠静鈴華という枷はもう夜代蓮にとって必要ないものだから。蓮にとってそれがどんなに辛いことだとしても、自らの記憶を犠牲にしても、それでもスズカは事実をありのままに突きつける。

 きっと、蓮やセラの語った遠静鈴華ならそう望むはずだ。


「無闇に進むことだけが正解じゃありません。今すぐ決められないことも判ります。だから一度立ち止まって、よく考えてみてください」


 自身の存在理由を打ち砕かれたように、膝から崩れ落ちる蓮。言葉は残酷だ。時にはどんな剣よりも鋭い刃で心を切り刻む。だが同時にそれは、人間に与えられた他人と分かり合えるための能力でもある。

 時に刃となっても、時に背中を押す力になる。


 刹那――中空に花が咲いた。その姿はここからではよく見えないが、それでも光の明滅は届いた。


(ねえ――蓮くん。あなたが恋をしたのは、このりんごと飴の、どっちなんですか?)


 ずっと気になっていた。蓮はスズカの記憶を取り戻すことを使命としていた。それは遠静鈴華に恋をしていたからだ。だから命を懸けてでも失われた存在を取り戻そうとした。

 なら――今のスズカは蓮にとってなんだ?

 ただの抜け殻だろうか。好きな人と同じ姿をした別人だろうか。


 なら――蓮を好きになった今の自分は、彼にとって邪魔な存在なのだろうか。

 

 結局それは訊けないまま、会話は終わった。

 スズカはゆっくりとその場を去る。これ以上はきっと、誰も幸せにならないだろうから。

 

「あ、ソフィ! 良かった、まだ花火始まったばかりだよ」


「……そう」


 先ほどの場所に戻ってきたソフィは黒乃(くろの)が死守していた空席に腰を落ち着け、空を見上げた。

 夜空に咲く大輪の花。眺めは悪いとは言えないけど、特別良いとも言えない。


 本当なら階段を登った先にある神社の近くで花火を見るつもりだった。せっかくなら階段を登った先にある神社で見た方が――と考えたところで、自分が長い間席を外していたせいで移動に使う時間が無くなったのだろうとソフィは思い至った。

 花火が始まり混雑具合もより一層高まった。今から見晴らしのいいところに移動するのは無理だろう。


「綺麗だね、ソフィ」


 気にすることなく笑顔を見せる黒乃の横顔に、ソフィはどこか安心感を覚えた。

 夜空を見上げる。色鮮やかな花が咲いては消え、消えては咲く。心臓にどんと響く振動、月より夜空を照らす光、網膜に焼き付く花はどうしてか物悲しさを覚える。


「……綺麗ね」


 珍しく、ソフィの口元は綻んでいた。


「やっと君の笑顔が見れた。……ねえ、また一緒に、花火を見ようよ」


 返事はない。しかし黒乃は言葉を続けた。


「秋になれば満天の星空が見えるし、冬になれば一面の雪景色、春になれば桜並木が見れる。今年のやつはもう散っちゃったみたいだから、また来年、さ」


 まるでソフィの未来に希望を持たせるようなその言葉。否定するのは心苦しいが、しかし事実は――運命は避けられない。


「……無理。言ったでしょ。『起源選定』の勝者はただ一人。生き残るのはたった一人。それが運命なの」


「なら僕はこう言う。――運命を超えて見せる」


 相変わらず軽く言ってくれる。そんなことどうしたって不可能なのに。


「僕は――君の中の『アリサ』を過去のものにしようと思う」


 時間が止まったような錯覚を覚えた。どきりと心臓が震える。これが花火の衝撃によるものなのか、黒乃の言葉によるものなのか、そう自問して、ソフィははっきりと後者だと断言する。


「君は言ったよね、『アリサ』は捨てたって。それでいいと思う。君はソフィだ。世界でたった一人の、ソフィなんだよ。……戦いを終わらせて、そして命をやり直そう」


 この世界にやってくるとき、ソフィは自分に問うた。

 

 ――なぜ私は世界を超える? 


 ――何のために剣を執る? 


 答えは三日前に語った通りだ。戦いの中で死ぬこと――それが目的で、死ぬことこそが生きる理由だった。

 だが今、黒乃が告げた言葉。それがソフィにすっと胸のつっかえが取れるような感覚を与えた。

 ――すべてをやり直すために、戦いに臨む。何としてでも生き残り、新しい自分をゼロから始める。

 それはなんて魅力的で、前向きで、希望が持てる考え方だろうか。

 でも――遅い。今更そんなことを言われても無理だ。黒乃が選ぶのは自分ではないアリサであり、ソフィじゃない。


「……できない」


「いいやできる」


 いつの間にか、黒乃は花火ではなくソフィを見ていた。真っすぐに。向かい合う自分が恥ずかしくなるほどに。

 ソフィは慌てて目を逸らした。けれど黒乃は黙らない。


「運命は決まっちゃいない。手を伸ばせば自分が信じた未来にやがては届くのさ」


(……やめて。それ以上は言わないで。それ以上私に、希望を持たせないで……! 生きたいと思わせないで……!)


 それでも黒乃は黙らない。


「だから、ソフィ。一緒に手を伸ばそうよ。すべてが綺麗に終わって、幸せになれる未来に」


 その瞬間、溢れ出る感情が止まらずにソフィは立ち上がった。

 エルネストはカードに感情を縛られているはずだ。なのにどうしてこんなにも、抑えきれない想いが止まらないのか自分でも分からない。


「……もうやめて! あなたの優しさは私には眩しすぎるのよ!」


 これ以上はダメだ。これ以上は自分を見失ってしまう。

 だって思ってしまったのだ。アリサ・ヴィレ・エルネストが羨ましいって。

 ――私が好きになった黒乃が好きな、『アリサ』になりたいって思って……しまったのだ。

 

 ソフィになって全部をやり直す。黒乃のことを忘れてやり直す。少し前ならそれで良かったかもしれない。でも今はもう、それだけではだめなのだ。

 今まで何も与えられず、奪われてばかりだった人生の中で、心の底から欲しいと思ったのだ。

 剣崎黒乃の好意が。それを向けられるアリサ・ヴィレ・エルネストという存在が。


 ――私だって、アリサ・ヴィレ・エルネストなんだから。未練が、できてしまった。


 けれどこんな感情、黒乃に伝える事はできない。向き合うことも、これ以上言葉を交わすことも、したくない。ただ、逃げたい。光を見つめる影でありたい。


 ――ソフィは静かに背を向けた。


「……今日はありがとう。もう、帰るから」


「――待って!」


 脇目も振らずソフィは走り出した。花火の光が作る自身の影が、酷く揺らいで見える。

 そこでようやくソフィは自分が泣いていることに気が付いた。

 流れる涙に足元を掬われ、膝から崩れ落ちる。痛みなど感じない。

 

 なのに、どうしてこんなにも――心は痛いのだろう。


「……ッ」


 ソフィは立ち合がり、ずっとポケットに入れていたそれを力強く握りしめる。それは携帯電話。この世界のアリサとして入れ替わる際に、念のためにと本人から渡された――この世界のアリサと黒乃の思い出を記録したもの。

 受け取った時はなんとも思わなかったが、今では当てつけのように感じた。お前と違って私はこんなにも幸せな道を歩んできたぞ。そう言われているような気がした。

 

「……ッ、こんなもの‼」


 地面に叩きつけて壊そうとする――が、できなかった。

 

「…………」


 震える奥歯を噛み締め、熱を吐き出すように浅い呼吸を繰り返す。


(……そうだ。これさえあれば私は『ソフィ』でいられる。惨めな自分を忘れずにいられる)


 ソフィはゆっくりと全身の力を抜いて歩きだした。

 結局、すべては夢幻。手を伸ばしても届かない蜃気楼。どうあがいても運命には逆らえない。

 

 それでもリフレインする黒乃の言葉。あの笑顔。ソフィの心はただ揺れるのみ。

 死にたいなら今すぐ剣を取り出し自分の体を貫けばいい。

 でもできない。どうして。生きたいから?


(……私は……、私は……)


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