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『選定は加速する/Charitable massacre』

 三月某日。アリサ、レイ、エリー、クロエの四人は変わらず『箱庭』で共同生活を送っていた。

 戦いを拒絶するという共通の意識もあって、彼彼女ら距離感はそれなりに縮まり、それにともなってお互いの特徴なんかも見えるようになっていた。


 特徴――果たして『エルネスト』の異常性をそのように呼んでいいのかは分からない。

 覚醒した『エルネスト』はカードをその身に宿すことになる。


 アリサは『(エース)』のカードを、といった風にだ。


 そしてカードにはそれぞれ『感情の起源』というものが設定され、『エルネスト』はその身に宿しているカードによって自身の感情が制限されるのだ。


 レイ・アダム・エルネスト。『(テン)』――起源は恐怖。

 エリー・イヴ・エルネスト。『(デュース)』――起源は後悔。

 クロエ・イヴ・エルネスト。『(セブン)』――起源は幸福。

 そしてアリサ・ヴィレ・エルネストの『(エース)』は――勇気。


 初め、アリサは感情が制限されるということの意味が分からなかった。しかし数日も経てばちょっとした違和感を覚えるものだ。


 レイは一人でいるときも、みんなで食事をするときもいつも何かに怯えるようにしている。エリーはひどくネガティブな考え方に囚われ、夜中には過去を悔いる言葉をぽつぽつと呟く。

 クロエはどんな時でも笑顔を絶やさない。エリーとは真逆に自分に対する物事をすべて幸せと解釈し、ポジティブに生きている。お茶を入れていて火傷をしても、痛いのは生を実感できる幸せ、とか。

 要はそういうことなのだ。


 傍から見れば不幸なことも、クロエにかかればそれは幸福。アリサは正直なところ、クロエに一番の異常を感じていた。

 とはいえ、この場にいる全員がエルネストとしてはイレギュラーな『半覚醒状態』であり、それに伴って『感情の制限』も通常より甘いらしい。

 そのことを考えると、アリサは急に自分の『カード』が怖くなった、気がした。

 曖昧な不安は、判断できるだけの感情をもう持ち合わせていないということなのだろうか。


 一週間前――些細なことで、エリーとクロエが喧嘩をした。二人は姉妹だが心が通じ合っているというわけではない。むしろカードに縛られてるせいでお互いがお互いを理解できなくなっているのだ。

 だからこそ些細なすれ違いで大きな溝が生まれることもある。


 それに加え、アリサはまだ幾分平気だが、長くこの閉鎖空間で生活している三人の精神状態はあまりよくない。

 いつ殺されるかもわからない恐怖――それを強く感じているのはレイだけだが、エリーとクロエも少なからず息苦しさを感じていた。

 そして些細な喧嘩とはいえ、エリーは自身に歯止めをかけられず、クロエに怪我を負わせた。

 アリサがエリーを止め、レイがクロエの手当てをした。どうやらレイとクロエは恋人関係にあるようだった。


 その数時間後、エリーがアリサの部屋にやってきて、本心を吐露したのだ。


「ねえ、アリサ? 私はね、昔からああなの。時々自分を抑えられなくなって誰かを傷つけてしまうのよ。私はこんな自分が怖いの……口では戦いを拒んで、誰かが傷つくところを見たくなくて、でもね――気が付けば目の前には線がある。その線を超えたら私はもう自分を止められない。ぶたれそうになって反射的に相手をぶってしまうこと、あるでしょ? それと同じで、いつか私は誰かを殺してしまうかもしれない」


 それはもしかすれば『エルネスト』のDNAに刻まれた戦いに対する衝動なのかもしれないと、アリサは考えた。


「なら私が止めるよ。私たち、友達でしょ?」


「その気持ちは本当に嬉しい。でも『起源選定(きげんせんてい)』は別よ。もし戦いの中で一線を超えたら、私はきっと友達の貴女でさえ……。ねえアリサ、もし私がエルネストとして覚醒しなかったら、こんな自分を変えられたのかな。……普通になれたのかな」


 答えなんて出せなかった。ただ、エリーは自分を信じてくれた。だからこそ自分もエリーのことを友達として心の底から仲良くしたい。アリサはそう思った。

 もしかすればその感情は――次第に得体の知れぬ何かによって上書きされてしまうのかもしれないが。

 もしくは、ただそう思っているフリをしているだけで、演技をしているだけなのかもしれないが。


 アリサはただ――『エルネスト』である自分に問いかけた。

 心とは――どこにあるのか、と。


 その同じ日、レイはこう言った。


「――覚醒することがなければ、普通でいれたのかな」


 レイも、そしてクロエも、エルネストであったが故の苦悩苦痛を味わってきたようで、そのせいかアリサは『エルネスト』の『運命』を、エルネストが負うべき悲しみを――変えることができないかと、暇さえあれば考えるようになった。


 そして『箱庭』に来て十三日目、三月十七日の夜。


 ――状況は突如として動いた。


「――――ぁ」


「ひッ――――」


「あは――――」


 アリサを除いた三人が、何の前触れもなく、『覚醒』したのだ。

 その後、すぐにレイが声を荒げた。


「はッ――ああ! は、早く逃げよう! 覚醒してしまった! フィーネさんに何かあったんだ! ま、まずい、まずい、まずい、まずい! こ、このままじゃボクらは感知されてしまう……!」


 『半覚醒状態』のエルネストは、他のエルネストの感知ができず、同時に感知されにくい状態にあった。だからその性質を利用して、フィーネはエリーたちを保護していたのだ。

 だが――『覚醒』してしまえば話は別だ。

 剣の能力を引き出せるようになったのと同時に、他のエルネストの存在を感知し、同時に感知されるようになってしまった。


 つまりは――自分は戦える。そう宣言してしまったようなものなのだ。


 『半覚醒状態』で誤魔化していた『起源選定』への参加権利から、逃げることはできなくなった。

 平和な日常をある種の『普通』とするなら、『エルネスト』である彼、彼女らに、やはりそれは許されなかったのだ。


「ちょ、ちょっと待って! レイ、母さんに何かあったってどういうことなの!」


 アリサが声を荒げる。


「わ、忘れたのかい⁉ ぼ、ボクらはフィーネさんに『覚醒』した時の記憶を封印してもらって『半覚醒状態』になってたんだ! それが解けたってことは……そ、そそ、そういうこと……だろ!」


 脳裏に浮かんだ可能性――それはフィーネ・ヴィレ・エルネストの死。

 母親の死――アリサはそれをすぐに否定する。二度とそんなことを考えないよう、何もかもを振り払おうとする。

 平静を失い、そして取り戻そうとするアリサを横目に、エリーがレイに忠告する。

 

「待ちなさい、レイ。『覚醒』してしまった以上、どこへ逃げても戦いは避けられないでしょう? なら全員で籠城した方が、まだ望みがあるかもしれない。ヴォイドさんが……間に合うかもしれないし」


「ええ、その通りでしてよ。それに、このまま死を迎えることになっても、それも一種の『幸せ』ですわ」


 今度はクロエの物言いに、レイとエリーは表情を歪める。『カード』の影響が、よくない方向に左右している。レイの『恐怖』も厄介だが、クロエの『幸福』は自身に降りかかるものをすべて受け入れてしまう。死の拒絶、生命の渇望。それが失われてしまった以上、戦えないだろう。


 結局のところ、四人はこのまま『箱庭』に留まることを選んだ。


 そして運命の時は――やってきたのだ。館内の警報が鳴った。


「――こんなところにこんな施設があるたぁねぇ」


 実のところ、アリサ以外の三人には『彼ら』が来ることが分かっていた。何せ、向こうがこちら側の存在を感知できるように、こちらも向こうの大まかな位置が分かるのだ。

 距離が近づくにつれ、その感知は鋭く、正確になり。


 そして一秒ごとに『箱庭』に近づく存在を待っている間、『恐怖』に囚われたレイからすれば死刑執行を待つ間にさえ思えただろう。

 一方で、クロエはもはやすべてを『幸福』に置き換え、戦うことは不可能な状態だ。


 ぎりぎりのところで、まだ判断能力があるのはアリサとエリーの二人のみ。

 そんな状況で、『戦う』という選択肢が残されているのか――既に二人の中では答えが出ていた。

 

 ――そして、足音が、無常にも響き渡る。


 (あの人……前に私を襲ってきた……!)


 現れた人物は二人。一人は黒革のジャケットに紺が滲んだジーンズを履いた白髪紫眼の男。桐木町(きりぎちょう)でアリサを襲撃し、『起源選定(きげんせんてい)』の始まりを告げたエルネスト。

 もう一人は雨に上質なブラックスーツとシューズを身に纏い、黒く無骨な仮面をつけた長身の男。瞳の色は仮面に阻まれ見えず、その髪の色も黒色だが――エルネストだと直感が囁く。


 仮面の男が声を上げた。


「……揃っているな?」


 その問いにもう一人の男が答える。


「ああ、違いねえ。三人――それとどうも朧げな感覚だがもう一人、いるぜ」


 いかに『半覚醒状態』といえど、この距離では流石に気配を悟られるらしい。とはいえアリサの容姿は白髪紫眼。目の前に立たれては隠しようもないだろう。

 だが――妙だ。アリサはまだ覚醒状態ではないためなんとも言えないが、他のエルネストの感知とはここまで優秀なのだろうか?

 

 まさかとは思うが、男のどちらかはあらかじめここの存在を知っていたのではないだろうか。そんな可能性が脳裏にちらつく。いいや、あるはずがない。アリサは無駄な思考を捨て、とにかくこの状況を好転させる方法を模索する。


 二人とも既に臨戦態勢に入っている。恐怖に、後悔に、幸福に、立ちすくむ三人と、アリサ。

 不意に――仮面の男がアリサを見て首を傾げた。


「――まさか、先回りしたのか? いや有り得ないな。だが……」


 仮面の男は刹那――その手に一枚のカードを出現させた。青白い粒子が奔る。四人はそれを見て、驚きのあまり言葉を失った。

 けれど唯一、アリサだけが辛うじて、声に出したのだ。

 そのカード――、十二番目の名を。


「――『(クイーン)』……母さんの、カード……‼ ど、どうしてそれを……!」


 確信を得た男は、不敵に笑って、別のカードを出現させた。

 『ⅩⅢ(キング)』を――。


「あちらのアリサ・ヴィレ・エルネストが『(エース)』か『十四番目(ジョーカー)』、ということか。ならば初めまして、アリサ。私は『K』――そう名乗っている」


(この人――知ってるんだ。ソフィのことを……!)


 レイは仮面の男に、震えた声音でなんとか言葉をかけた。


「……あ、あなたの目的はなんなんだ!」


「――君たちのカードが欲しい。それだけだ」


 次の瞬間、レイの胸には剣が突き刺さっていた。それは白い刀身に金の装飾がされたレイピアのように細い西洋剣。だが刀身の細さとは裏腹に、その剣には絶対的な存在感があった。

 剣の名は『十三番目の剣(キング・オブ・キング)』――投擲された刃がレイの意識を刈り取る。

 

 一秒後、仮面の男はレイの目の前に立ち、剣の柄を掴んでいた。男は手をかざす。それだけでレイの内側からカードが――光が流出し、敵の手に渡る。

 ――この瞬間、レイ・アダム・エルネストの存在は消滅した。呆気なく、他愛もなく。


「きゃ――――」


 叫び声を上げようとしたエリー――しかしその声は途中で遮られた。血液に濡れてなお高貴に光を宿す刃によって。そして僅か数秒でエリーのカードも奪われた。音もなく、彼女は眠る。


「――――」


 そして間を置かず、声を出すことすらも許されず、クロエもカードを奪われた。


 ――なに、これ。


 そんなことが許されるのか。命はこんなにもあっけなく消えてしまうものなのか。死の重さが来るより先に切っ先がアリサの胸元に構えられた。


「――適切な手当てをすれば、死にはしない。ただ私は、カードを奪うだけだよ。さて、君のカードは何色となるか。確かめさせてもらおうか?」


 三人の同胞を屠ったその剣は、ひとたび見れば畏怖を抱き、心が屈してしまう王の剣。

 圧倒的な威圧にアリサは動くこともできずそのまま――。


「――『K』‼ アリサから離れろ――‼」


 随分と久しぶりに聞こえたその声は、真っすぐにアリサに届いた。

 『K』と呼ばれた仮面の男はアリサへの警戒を一時も怠らずにその声の元を睨みつける。


「そっちは本当に追いついたようだな――ヴォイド」


「おいおい、なんだぁあいつ?」


 ジャケットの男が、『K』に報告するように叫んだ。


「あいつ、あんな見た目してカードもってやがるぜ! お前と同じケースってことか⁉ なあ、『K』!」


(え――兄さんが、カードを持って、いる――?)


「――黙れ」


 アリサに向けられていた切っ先は、瞬時にジャケットの男を貫いた。そしてまた一枚、カードが『K』の手に渡る。


「君はもう用済みだよ。ご苦労、契約終了だ」


 その光景はやはりまだアリサの現実に追いつかない。


「ッ――『K』、やはりお前がそのエルネストにアリサを狙わせたのか!」


「順序が違うな、ヴォイド。私はあくまでも、ただ選定で勝利することしか考えていない愚者を利用しただけだ。しかし意外だったよ。まさか貴方がカードを持っていたなんてね」


 ほんの一瞬、僅かに『K』の意識がヴォイドに向く。その隙を逃さず、残りの体力を全部使ってもいいくらいの気持ちで、アリサは必死に駆け出し、『K』との距離を作った。

 『K』はそれを見逃す。アリサに戦えるだけの力はない。ならば今注意するべきなのは――ヴォイド・ヴィレ・エルネスト。


(ダメだ。頭が追いつかない。兄さんがエルネスト? 兄さんはエルネストとは血縁関係がないはずなのに……でもカードを持っているって、どういうことなの……)


「……『モノクローム』でも、オレの気配を掴めていなかったな、『K』。覚醒したエルネストであれば、オレの正体は容易に看破できたはずだ。つまり、お前はまだ覚醒しきっていない状態。目的を訊かせてもらおうか! オレと同じケース――だとすれば、お前はこの『起源選定』に何を望む⁉」


「ふん。語る必要はないな。――さて、残るエルネストは、君たちを除けばもう一人のアリサのみ。『選定』が終局に向かえば運命は止まらない。この場でチェックメイト、と言わせてもらおうか」


「やらせると思うか?」


「貴方のことだ。『組織(アセンブリー)』に増援の要請でもしたかな? やれやれこちらの世界の『エルネスト』はお行儀が良くて助かる。向こうでは決闘方式でね。非効率極まりなかった」


 こちらの世界、という『K』の言い回しにアリサは考える。


(『K』――彼は、もう一つの世界から?)


 その時、脳裏に違和感が浮かんだ。


(私が『(エース)』ってことは、人とエルネストの間で生まれた十四番目――ジョーカーはソフィのはず。世界を超える能力があるのは『一番目の剣(ヴィクトリア・エース)』とすべての剣の能力を使える『十四番目の剣』だけ――それ以前に『K』はまだ完全覚醒していないって兄さんが言った……)


 完全覚醒していないエルネストは剣の能力を引き出せないはずだ。

 ならどうして、()()()()()()()()()――『K()()()()()()()()()()()()()()()


「殺させない、アリサはオレが守り抜くと誓った――!」


 ヴォイドは灯った光から剣を引き抜いた。白銀の剣――それはまさしくヴォイドがエルネストである証だった。


「殺しはしないさ! ただ私はカードを頂戴するのみ――まったく、何故こうも強情なのかな!」


「なっ……本気で言っているのか⁉」


 ヴォイドは一瞬で距離を詰め、『K』に斬りかかった。『K』は王の剣で真っ向から受け止める。

 刹那――ヴォイドは剣を離しそのまま体術へと攻撃を繋げ、『K』がそれに反応した所で、再び剣を出現させ、相手の反応予測を上回る。


「ッ――――」


 『K』は咄嗟に背後に飛び、その分だけアリサとの距離が遠くなる。


「手強いな。だが、カードを渡せば命は奪わない。――これが最後通告だ」


 その言葉に、ヴォイドはかつてないほどに激高した。


「ふざけるな――‼ 本当に知らないのか⁉」


 そこでヴォイドは思い当たった。『K』は自分と同じケース――()()()()()()()()()()()()()()()()可能性がある。

 その事実が、咄嗟に浮かんだ本来では有り得ない馬鹿げた可能性に、信憑性を与える。

 つまり『K』には、根本的なエルネストに関する情報が、抜けている。


 ヴォイドは叫ぶ。非難するように、己の過ちに気付かせるように、言霊をぶつける。


「ッ――カードを奪われたエルネストは心を失い『心無き者(ホロウサイド)』となり暴走を始めるんだ‼ だからカードを奪われてなお生きているエルネストは、殺すしかないんだぞッ‼」


「――? なんだと? いや、――それは嘘だ。私を動揺させ、隙を作ろうとしているな? ならばそこの三人はどう説明する? 私にカードを奪われても暴走などしていな――い――?」


 確かにエリーとクロエの体はそのまま残っていた。

 しかし、最初にカードを奪われたレイの姿だけが――そこには無かった。

 次の瞬間、戦いの経験などほとんどないアリサでも感じ取れるほどの禍々しい『何か』が、『K』に向かって行くのが見えた。


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