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『責任の代償/Goodbye, first love person』

★ 

 ――建物が轟音によって揺れる。

 突如として端末から鳴り響いたエマージェンシーコールと、連鎖するように轟く爆発音。

 事態は激化する。


「爆発音――、襲撃か……! チッ、黒乃(くろの)とアリサは神丘(かみおか)医師を連れて逃げろ! 合流ポイントはあとで端末に送信する!」


「分かった! 行こう!」


「待ってクロノ! 資料をそのまま持っていくのは危険だ!」


 ルドフレアは強引に、『ヘヴンズプログラム』と呼ばれるモノの情報が記された資料を奪い、中身を床にぶちまける。せっかく手に入れた情報が、この緊急事態に散乱する。おそらく拾い集める余裕はないだろう。つまり、資料はここに置いていくしかない。


「な、何をするんだ君は!」


 神丘は荒げた声を出すが、ルドフレアはそれを片手で制すると、冷静にこう告げた。


「――全部覚える。五秒待つんだ」


 五秒経過。ルドフレアは宣言通り、すべてを記憶した。資料の順番など脳内で組み立てるので問題はない。未来では情報のデータ化により、一巡して実物での保管が安全ともされているが、もっと安全なのが覚えてしまうことだ。

 これならいざという時の交渉にも利用できる。


「資料は処分しよう。襲撃者が誰であっても情報は渡せない。いいな――黒乃!」


「あ、ああ!」


 蓮はライターを取り出し、火を付けてから床に投げた。


「――行くぞ!」


 五人は急いで研究所の正面へ出る。外は豪雨で風も強い。降り注ぐ雨粒が視界を歪ませるがその中でもはっきり見えた。オレンジ色の光を力強く放つキャラバン――否、『キャラバンだったもの』。

 

 雨の中でも力強く燃え盛るそれに背を向けて、こちらに向かってくる影が三つ。

 ライトグレーのスーツを着た金髪碧眼の男。芸術の頂点というべき美しきアンドロイドの女。そして死神が持つような鎌を両手に取り付けた、最低最凶の兵器。


 即座に黒乃、アリサ、神丘は建物の裏手へと向かった。道なき道を進むしかないだろうが、あれを相手にするよりはマシだ。


「ッ――ジェイルズ・ブラッドッ!」


「――まさか再びユーと会えるとは。やはり縁があるな、夜代(やしろ)(れん)。ふっ、仲間を二がしたか。しかし残念。そちらには私の相棒が控えているよ」


「ノット、ジェイルズ。言葉が過ぎます」


 言葉を放ったのは横にいるアンドロイド。雨に濡れて艶が出る黒い髪にレザーのジャケット、スキニージーンズ。思わず目を奪われる神秘的な美を持つ女。ジョイだ。


「やあジョイ! キミの相手はボクが勤めるよ!」


 お互いが引かれあうようにして、蓮とジェイルズ、ルドフレアとジョイは並び合う。

 ジョイの背後に控えていた人型機械兵『ダーカー』は予備動作を見せずその不気味な体を森林に向けて加速した。

 アレがどこへ向かったのかは分からないが、戦力が一つ減ったのはありがたい。


「ユーに一つ良いことを教えよう。遠静(えんじょう)鈴華(すずか)は別のルートで仲間を助けに行ったようだ。いや、私が向かわせた。どうせこの雨の中では彼女のヴァイオリンの音色は羽撃(はばた)けないからね」


「――礼を言って欲しいのか」


「いいや。だがそうだな、謝辞は不必要だがお礼参りとやらは望むところだ。少々遠回しな言い方かな?」


 今度は真正面から戦ってやる。そう目で訴えるジェイルズ。蓮は勿論それに応えるしかない。黒乃たちが逃げられるだけの時間を稼がなければならない。

 それに――蓮のスタイルはカウンターだ。


「――スズカやセラの借りは返させてもらうぞ!」


 そうして蓮とジェイルズの戦いは始まった。降り注ぐ濁雨――その中で行われる格闘術と格闘術の応酬。

 それを横目に、ルドフレアとジョイは会話を続ける。そう、二人は戦闘を行わない。ルドフレアも彼女も個人としての戦闘能力は無いに等しい。だから二人は『言葉』で戦うのだ。


「ジョイ。キミの目的はなんだい? 自分の意思で『K』に従っていると言っていたけど。ボクはキミを理解したいんだ。だから教えてくれないかな!」


「ノット。ルドフレア・ネクスト――アルフレド・アザスティアの後継者よ。ワタシは生きている。生きているのです。あなたのエゴに付き合う必要は――ありはしない」


 その切れ長の目がルドフレアを強く睨みつける。

 

(そうか、アンドロイドのキミが既に生命を主張するか。それはどんなに素晴らしいことだろう。命無きものが命を宿す。ボクは絶対にアリだと思う。そうさ、だからこそボクは知りたい)


 例えばそれは、犯人に対してネゴシエーションを行う交渉人のように、ルドフレアは訴えかけるのだ。


「なら一つだけ教えてくれないかな! 生命を主張するキミが『ダーカー』を操る理由はなにさ! あれは命を奪い取る恐ろしい兵器だ――さあ、答えてくれ! 何を思ってキミたちはアレを作り上げたんだい!」


「ギルティ。人間は闇の中でこそ――生命の重さを知る」


 冷たい雨が全身を打ち付ける。遠雷は二人に審判を下さんと烈火の如く迫るのだ。かつて天上を目指した人類が立てたバベルの塔を焼いた――落雷。


「それじゃあまるでキミは――命を理解しようとしているみたいだね」


「――イエス」


 ジョイは胸元で小さく、十字を刻んだ。


 研究所の裏手へと回った黒乃(くろの)、アリサ、神丘(かみおか)の三人。激しい雨と強い雨――曇天の中で激しく轟く遠雷。胸騒ぎがする。何かとても嫌なことが起こるような、後戻りできない深淵に足を踏み入れてしまったような、そんな果てのない不安。


 そして――眼前には死神が居た。


「ハロー。ボクの名前はレベッカ。で、こいつは『ダーカー』。なに真面目に挨拶してるのかって? ボクの相棒は例えば毎日お風呂に入るとか、食後に歯を磨くとか、そういう日常のルーティーンのようにルールを決めてるのさぁ。日々に礼節を持った方が、優雅だからねぇ。――さ、こっから先のエスコートを任せてもらおうかぁ?」


 レベッカ。その声はまだ幼く、年齢はまだ中学生くらいの金髪金眼の容姿を持つゴスロリ少女。だというのに彼女の放つ威圧感は三人を圧倒し、そして横に控える全長二メートルを易々と超える無機質な兵器がより一層、緊張を走らせる。


「セラと戦ったやつか――。『ダーカー』から離れるんだ! それはまだ、君のような子供が使うものじゃない!」


「お? いい男がなんかいいコト言ってるよ。ま、そういうこと言われ慣れてるからいちいち反論しないけどさぁ、ボクだってそれなりの覚悟してここに居るんだよ? 察してよね、ホント。でだ、横の『ダーカー』はまだ安全装置が掛かってて一般人は殺せないようにしてあります。大人しくしてれば、そっちのおっさんは助かるよ。逆に言えば、抵抗すれば残りの二人は絶対に死ぬんだけどさぁ」


 『ダーカー』。 ルドフレアが言うには戦ってはいけない殺人兵器。

 しかし黒乃は思う。『K』と相対した時と同じように、また『ヘヴンズプログラム』が使えれば――と。


 即座に端末を確認する。あの力が発現した時、端末には少し変化があった。だからそれさえあればこの状況も覆せるかもしれない。そう思った。が、しかし――黒乃の端末はその一切の機能を停止していた。

 

 先ほどまで鳴り響いていたエマージェンシーコールも消えて、電源も入らない。

 となると、この状況では、『ヘヴンズプログラム』という謎の力は当てにならない。


「使えない? あら残念。ジョイが妨害電波出してんだよ。さあどうする?」


 仲間に連絡を取ろうとしたものと勘違いしたレベッカの言葉。しかしその情報は三人に充分な絶望を与えた。

 どうあがいてもいけない気がする。何か嫌なことが起こる予感がある。降り注ぐ雨とその予感が三人の思考を鈍らせ次の一手を躊躇わせる。

 しかしそれをかき消すように、雨音をかき分け足音が聞こえた。


「――黒乃くん!」


 スズカが走ってきた。ヴァイオリンも無ければ武器も何もない全くの手ぶら。強いて言うなら防弾機能などのある特別製のブラックスーツを着ているくらい。だというのに彼女は、レベッカと黒乃たちの間に立つ。


「お、グラマーちゃん。ったくJBのやつ、殺せるのに変に見逃すからこうなるだっての。で、何もできないあなたが何のご用でぇ?」


 スズカは黒乃たちが下手に動かないよう片手で構え、視線をレベッカに向けて逸らさない。

 レベッカ、ジェイルズ、ジョイ――彼らがいると言うことは間違いなく『K』もいる。だとすれば狙いはフィーネ、そしてアリサの持つカードだろう。

 『起源選定(きげんせんてい)』の加速は、世界の破滅へ繋がる。だとすればアリサだけでも絶対に逃がさなければならない。


 そのためにできること――正直賭けに近いが、レベッカを足止めする方法は浮かんでいる。


「私と賭けをしましょう。――『シンクロドリーム』、アレを私に使ってください」


「――へえ?」


 嘲笑うようにレベッカが声を上げる。当然だ。わざわざ敵の魔術に引っかかろうとするなんて正気じゃない。だが、その選択はあながち間違いというわけでもないことを、レベッカは理解している。魔術の使い手だからこそ、自らの弱点は正しく把握しているのだ。


「あれ使ってる間はボクも眠らなくちゃいけないの、知ってるよねぇ」


「ええ。だから賭けです。あなたの力で私の心が壊されるか、それとも私の心があなたの能力に打ち勝ち、彼らが逃げるまでの時間を稼ぐか。どうですか――面白くはありませんか!」


 レベッカは数秒黙り込んだ後、心の底から零れたように口元を笑みで大きく歪めた。


「……いいねぇ。だが『ダーカー』は一応オートなんだよ。ボクが眠ろうとそこの彼らが逃げられるとは思えないなぁ。それでもやるの?」


「――やってみなくちゃ分からないですよ」


 そのスズカの一言に、レベッカは堪えきれなくなった笑いを抑えることなく、高らかに空へと放った。


「ハハハハハ! お前、おとなしい見た目して中々イカれてやがる! いいよ。そういうことならボクも張り合いがあるよぉ!」


「スズカ……!」


 黒乃は思わず名前を叫んだ。スズカはその呼びかけに穏やかに微笑む。その表情はあまりにも柔らかく、黒乃やアリサの心にそっと沁み込んで不安を取り除いていく。

 束の間、スズカは再びレベッカに強い眼差しを向けた。


「その自信――へし折ってやるよ、グラマーちゃーん?」


「――どうとでも」


 そして一秒後、スズカは一切抵抗することなく、レベッカが指を鳴らすのと同時に倒れた。

 それと同時に『ダーカー』が静かにこちらを睨む。あれはただの機械。意思を持たない静かなる殺戮者。だからこそ、独特の威圧感がある。

 そして――神丘(かみおか)訪汰(ほうた)はその前に立ち塞がる。


「……行きなさい、黒乃君。そして君も。その機械は一般人を殺さないんだろ? なら、ぼくが君たちの盾となれば問題ないね。命を繋ぐのは医者の務めさ」


 それは、二週間前に見た表情と同じだった。医師――神丘訪汰という人間が自らに課した責任を果たすべき時に見せる顔。迷っている暇はない。思考は冷静にそれしか手段がないのだと判断を下す。


「ありがとう、神丘先生。あなたはどこまでも僕の恩人だ。――さあ、行こう、アリサ!」


 心の底から精一杯の気持ちを込めて黒乃は言った。神丘は手足が震える恐怖を抱えながら、決して強がりではない微笑みを見せたのだ。スズカと同じように誰かを守るために、そして誰かを安心させるために浮かべるその表情。

 それに今できる最大限の返礼をして黒乃はアリサの手を引いて走り出した。


 森の中、ぬかるんだ道。何度も滑りそうになりながら山を下る。

 途中、雷が落ちた。轟音が全身に響き渡る。それがきっかけになったのか、アリサが足を止めた。


「アリサッ――?」


 アリサは目を見開いて大きく驚いた様子で言った。


「……一人消えた。もう一人は…………離れていく」


 次の瞬間、アリサは山を下るための道とは別の獣道へ駆け出した。


「……ッ、アリサ、どこへ……‼」


 それを追って黒乃も走る。どれだけ走ったのかなんて覚えていない。実際のところはわざわざ数えるほどの長い時間ではなかったと思う。けれど黒乃にとって、必死に走るアリサの背中を追い、雨に打たれ、風に吹かれ、寒さで思うように動かない体を抱えながら走ったあの時間は、途方もなく長く感じた。


 ――森が開ける。


 そこは山の中腹のあたり。丁度良く円を描くように開けたそこは、晴れた日に親子連れでピクニックに来るのにぴったりの場所だろう。


「な……なんだよ、これ……」


 木に寄り添えば温かくて気持ちのいい木漏れ日を感じることができるだろう。開けた草原を走れば、心地の良い風の中で生命の素晴らしさを実感できることだろう。

 だが今だけは違う。この瞬間だけは――世界は黒く、赤く塗りつぶされている。


 ――眼前にはおびただしいほどの赤が広がっていた。

 ペンキを誤って溢したようなその光景の中心にヴォイドとフィーネの姿があった。


「――――」


 心臓が大きく音を鳴らし、指先から徐々に広がり、やがて体全体が震え始める。

 眼前の光景を精一杯拒絶する。その事実を受け止めてはいけないと思った。受け止めたら、きっと心はバラバラに引き裂かれてしまうから。


「……嘘、だ……っ」


 黒乃のその声は雨音にかき消されてしまいそうなほど小さいものだった。それをやっとのこと聞き取れた一秒後、アリサは膝から崩れ落ちた。その光景を見て受け入れてはいけないことだと思いつつも、その事実を冷静に頭の中で反芻する。

 何度も、何度も、何度も、受け入れたくないと拒絶しても、それでも瞳に映ったその光景は、目蓋を閉じても焼き付いて離れない。永遠に消えない。


 その光景は。


 ――ヴォイド・ヴィレ・エルネストが、フィーネ・ヴィレ・エルネストの心臓に剣を突き立てていた。


「な、なにを……ヴォイドさん‼」


 絞り出した声は雨音の中に消えていく。


 ――遠く、ヴォイドの影が揺らめいた。まるで致命的な傷を負ったのは自分の方だと言いたげに、その姿がおぼろげになる。

 ヴォイドは虚ろな目で空を見上げた。


 頬を伝う雫が雨なのか涙なのか、黒乃には分からない。


「――フィーネさんはオレが殺した。黒乃君。頼む……これ以上、エルネストに関わるな」


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