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『探索/Someone is always watching』

 時は少し遡り、三月十六日。夜代(やしろ)(れん)を先頭に、ルドフレア・ネクスト、遠静(えんじょう)鈴華(すずか)剣崎(けんざき)黒乃(くろの)、アリサ・ヴィレ・エルネスト、ヴォイド・ヴィレ・エルネスト、フィーネ・ヴィレ・エルネストは山の中を歩いていた。


 場所は以前のブリーフィングで決まった通り、青森にある、とある小さな山。

 そこにはアルフレド・アザスティアというマッドサイエンティストの研究所があり、以前――とはいえ未来人である蓮からすれば未来のことだが――そこで蓮は『ヘヴンズプログラム』に関する資料の切れ端を見かけた。


 『ヘヴンズプログラム』――それは魔術とも言い難い特殊な力。仮面の男『K』が使い、そして黒乃が発現した未知の能力。それに関しての情報を得るために、一行はその研究所を目指していた。


 しかし、木を隠すなら森の中とはいうが、その山はアルフレド・アザスティアの名を冠する天才が、研究者にとっての心臓部とも言える研究所を隠す場所にしては、いささか平凡すぎる場所に思えた。


 深い森。傾斜が厳しい坂。山を東と西で分割するようにできた崖と、そこを流れる激しい川。しかも随分と整備されていないようだが、過去に舗装された道がほとんど山頂まで続いていた。

 途中からは道の関係で徒歩になるとはいえ、アクセスは充分良い方だ。結界も張られてない。なんという拍子抜け。がっかり。


(ボクだったら山の中を全部くり抜いて秘密基地にするけど、そういったロマンも感じられないなぁ。とても面白くない場所だよ。ある意味アルフレドの中では異端だね、普通過ぎて。天才の名が聞いてあきれる)


 アルフレドと少しばかり因縁のあるルドフレアは、そんなことを思いながら山道を歩く。

 

「あっさりとここまで来ちゃったねー。ね、レンは研究所をどうやって見つけたのさ?」


「まったくの偶然だ。あの時は確か(しき)が桜を見たいと言い出して、勝手に俺の体を使って青森までやってきたんだ。道すがら、あいつの未来視というか直感のようなものが働いてな。それでここに至ったわけだ」


「直感で見つかる秘密基地ってなんだよそりゃー……。ボクはがっかりだよ、ホント」


「そう気を落とすな。織のアレは特別だ。今にして思えば、あれはこの時のための布石だったのかもしれない。ところで二人とも体調は大丈夫か?」


 蓮はルドフレアの後ろを歩く黒乃とアリサに声をかけた。実を言うと、東京を出発してからこの場所に辿り着くまでに、およそ十時間前後で済むところを丸一日掛かけている。

 その理由は、黒乃とアリサが同時に熱を出したからだ。アリサの体調がすぐれないことは全員知っていたが、黒乃まで急に高熱を出すことは意外だった。


 だが考えてみれば黒乃は記憶喪失状態で病院に軟禁され、『起源選定(きげんせんてい)』や魔術といったそれまでの常識を砕かれるようなことを知り、『モノクローム』で一歩間違えば命を落としていたかもしれない経験をした。


 途中、少しばかり休憩の時間があったとはいえ、溜まっていた疲労やストレスなどが爆発し体調を崩してもおかしくはなかった。


 そんなわけで、体調が悪いままだと『ヘヴンズプログラム』の調査などに支障が出るという理由で一日ゆっくりと休ませた。という経緯だ。


「……問題ないわ」


「もうばっちり。ごめん、予定ずれちゃったよな」


「気にするな。特に黒乃、お前にはこれから実験台になってもらう予定だからな」


「うへー……」


 たとえ『ヘヴンズプログラム』に関する資料が見つけられなくても、天才の研究所だ。『月夜野館』にあるルドフレアのラボよりも高度な解析ができる可能性が高い。

 最も、蓮が未来で訪れたという研究所は既に廃屋同然だったようなので、もしかしたらこの時代でも、という一抹の不安はあるのだが。


「安心してください黒乃くん。晩御飯は私が担当しますので、どれだけ疲れても癒してみせます」


 そう言って張り切るのはフィーネ。黒乃とアリサの一歩後ろから、急な傾斜での登山に涼しげな顔でついてきている。


「食後のデザートは任せて下さいね」


 フィーネの隣を歩くスズカが得意げに言う。

 和食のスズカ、洋食のフィーネとしてみんなの胃袋をがっちり掴んでいる二人がこう言っているのだ。黒乃の気分は今後の不安を吹き飛ばすほど上昇する。


「それにしても、こっちはまだ気温が低いねー。すぐにでも雨が降りそうな空じゃない?」


 風が吹く。確かに東京と比べると格段と冷たい。土もぬかるんでるし、おそらく朝から何度も雨が降ってるのだろう。


「この分だと川も増水しているだろうな」


 そんな他愛のない話をしながら森を抜けると、四角いブロックがいくつも重ねて建てられたような、一目で研究施設だと判別できる建物が見えてきた。

 大きさはまあ、小さな医療施設くらいだろうか。一軒家よりは大きいが病院よりは小さい。

 鼠色の壁、窓は極端に少なく、夏になれば肝試しにでも利用されそうな場所だ。


「フィーネ、アリサ。周囲にエルネストの気配はあるか?」


「……ない」


「同じく、ですね」


 エルネストは他のエルネストの気配を感知できる。周囲にあの仮面の男――『K』が待ち伏せしてる、なんてことはないようだ。


「念のためスズカ、ヴォイド、フィーネは外で待機を頼む。安全が確認できたら連絡する」


「了解した」


 ヴォイドの返事にスズカとフィーネも頷く。

 こうして四人はどこか寂れた雰囲気のある研究所内へと入った。


 正面のドアは鍵が掛けられておらず、室内の明かりも付いていない。しかし、中は思ったよりも綺麗だ。ここが廃棄されたのはそれほど昔ではない。


「罠があるわけでもない――ね」


 ルドフレアが端末で赤外線センサーやら感圧センサーなどをチェックするが、面白くない結果のようだ。

 面倒事にならないのは助かる、と黒乃は思ったが、一方で蓮はこう思った。

 ――施設が廃棄されている以上、情報がある可能性はぐっと低くなってしまった、と。


 とにかく内部を探索する。まだ答えが出たわけじゃない。


「記憶が確かなら、一番奥の部屋の本棚が動いて階段が動いたはずだ」


 念のため他の部屋を一通り調べ終えてから、例の部屋へ向かった。

 突き当たりの部屋。当然のように扉に鍵は掛かっていない。電気も通っていないので、端末の灯りで室内を照らす。

 窓のない部屋――息が詰まって仕方ないが、蓮の言う本棚は無事発見できた。


「ここから地下へ、ねぇ。中はどれくらい広いんだ?」


「さあな。当時の俺がチェックしたのは入ってすぐの資料室だけだ」


「で、そこで『ヘヴンズプログラム』の名前を見た、か」


「ああ。その後『組織(アセンブリー)』に調査依頼を出して俺はここを離れた。この場所がアルフレドの研究施設として使われていたと知ったのはその一ヶ月後のことだ」


 本棚を動かし、現れた秘密の通路。意を決してその階段を下りていく四人。


 何かの装置が起動しているのか、奥の方から光が見える。それによって徐々に見えてくる地下の施設は、どうやら『回』の字のような構造らしい。

 中心の実験室を囲うように通路があり、通路の外側におそらく資料室やアルフレドの私室なんかがあるのだろう。


「ここはまだ生きているようだが……人気はないな。よし、二手に分かれて探索だ。何かあれば端末を使う」


「おう」


 そうして蓮とルドフレア、黒乃とアリサに分かれて片っ端から部屋を開けていく。

 しかし探索は五分もせずに終わることになった。


 成果はまあ案の定といったところで、資料室の資料はほとんど荒らされ、使えそうな装置も一つも無かった。

 一先ず安全を確保したので、黒乃とアリサに待機組への連絡を任せ、残った蓮とルドフレアは資料室に残されていた資料を一つ残らず調べることにした。

 ここまで来たのだ。意地でも何かの手掛かりを見つけたい。


 とはいえ、事態が好転することはない。


「――そっちはどう? こっちは全滅」


 二時間は経っただろうか。時刻はおそらく日が沈み気温が更に下がってきた頃合い。

 持ち分の資料に一通り目を通したルドフレアは案の定、期待外れだった成果を報告する。


 一方で蓮もたった今、最後の資料に目を通し終わったところで、その表情を見る限り案の定らしい。


「はぁ……だーめか」


「ため息とは珍しいな」


「そりゃボクだって年中テンションが高いわけじゃないさ。特にアルフレドの研究所にいるときなんかはね」


 ルドフレアの元気は皆を支えるためのものだ。だから一人でデータ解析などの作業をしてる場合は、むしろ結構なローテンションだったりする。

 猫を被っているわけではないが、しかしルドフレアのこういった一面を知っているのは蓮だけなので、彼と二人でいる時は無駄に気を入れることなく、力が抜けてリラックスしていると言えるだろう。


「しかしこうも何も無いとはな」


「うん。でも逆に怪しいよね。アルフレドの男が――ボクを生み出した天才が、こんなに簡単に研究所への侵入を許し、そして資料室まで荒らされるなんて」


 これはもしかすれば、意図的に作り出された状況なのかもしれない。


「同感だ。ここまで荒らされては目当てのものは既にないだろうと思う。そういう先入観を刷り込まれてしまう。だが……もしこれがカモフラージュだったとしても怪しいものは何も無かった。そこの棚が動くわけでもなければ、壁が回転することもない。ホログラムが投影されているわけでもない」


「でもあるはずなんだ。――っていうか、ここまできて何の情報も得られないなんて許されるはずがないよ!」


「ああ……そうだな」


 とりあえず休憩を挟んでもう一度研究所内を見回ろうと思った矢先だった。階段から黒乃とアリサが降りてきたのだ。足音は微かに水気を含んでおり、ビニール傘も持ち歩いている。どうやら外は雨が降っているようだ。


「調子はどうだい?」


 二人は互いに両手を挙げてやれやれといった風に苦笑してみせる。


「これからまた研究所内を見て回るところだ」


「そうなんだ。実はフィーネさんが夕食にローストビーフの準備をしててさ。そろそろ夕食にしないかと思って」


 ローストビーフ。いい響きだ。カリッとした表面に漂う香ばしい匂い。肉汁を垂らしソースをまとうほんのり赤い濃厚な肉。

 危うく涎が垂れそうになったルドフレアは、白衣の袖で口元を拭いつつ気持ちを切り替える。


「よし戻ろう、レン! 行き詰った時は気分転換!」


「……ああ、分かったよ。ところで二人とも傘を持っているようだが、雨の具合はどうだ?」


「そうそう。これがまた結構な土砂降りでさ、近くの崖からすごい水音が聞こえてくるんだ」


「そうか。土砂崩れが起きないといいが」


「心配だねー。この辺りはともかく、崖の周辺は危ないから近づかないようにしないと!」


 なんとなくフラグっぽい、と言ったルドフレアでさえ思いながら、とりあえず一度キャラバンを通じて『月夜野館(つきよのかん)』へ戻ることにした。行き詰っているし、食事が済んだら今度は全員で探索をするつもりだ。総力戦で、何が何でも情報を手に入れる。手に入れなければならない。

 ――未来を、取り戻すために。


 薄暗い通路を渡って研究所の一階に出ると、壁を打ち付ける雨の音がハッキリと聞こえた。

 かなり強い雨だ。荒れる予感がする。つい今しがた入り込んできた風も相当強い。


(む――風が、入り込んでくる?)


 不意に、ルドフレアが疑問に思った。研究所の扉が閉められていれば風が入ってくることはない。探索の段階で例えば壁が崩れて風が入ってくる、なんて箇所がないことは判明している。

 だとすれば可能性が二つ。

 一つは黒乃とアリサが、入ってくる時に扉を開けたままにした可能性。二人は蓮とルドフレアを夕食に誘ってすぐに戻るつもりだったし、充分あり得る。


 そしてもう一つは――、と思考を巡らせたところで、端末にメッセージが入る。


「――――ッ」


 それを見た三人は咄嗟に視線を合わせて、急いで地下に戻った。

 唯一端末を持っておらずメッセージを確認できていないアリサに、黒乃がその画面を見せる。


『たった今、研究所に誰かが入っていきました。中年男性です。注意を』


 スズカからのメッセージ――おそらくさっき室内に入ってきた風は、その男が扉を開けたから。

 謎の侵入者。何かの手がかりを持っている可能性は高い。


「――待ち伏せするぞ」


 (れん)とアリサ、ルドフレアと黒乃(くろの)に分かれて、それぞれ階段から降りてきた男を挟み撃ちにできるように潜む

 とは言っても、実際に動くのは蓮とルドフレアだ。相手が魔術師である可能性は充分にある。ならば魔術に関して素人の黒乃や、エルネストであるアリサが手を出すよりも、何度も魔術師と戦ってきた二人が動いた方が安全だ。


 蓮は黒乃に動かないようハンドジェスチャーで指示を出し、ショルダーホルスターから拳銃を抜いた。


「……⁉」


 そんなものを持っていたのか、と驚く黒乃。しかしこれはある意味見せかけだ。本物だが入っている弾丸は一発だけ。それも来るべき時にしか使えない特別製。

 だからこれは、あくまでも脅し。


 ――男の足音が近づいてくるのをじっと待つ。


 足音は真っすぐ地下へと向かってきている。真っすぐ、こちらに。その足取りには迷いがない。間違いなく相手は地下施設があることを知り、向かってきている。

 この足音から察するに、四人と同じように山に来るような靴を履いていない。偶然この場所を見つけた登山者というわけではないだろう。

 

 なんにせよ、捉えて話を聞く必要がある。

 着々と近づく足音は開かれた地下への扉の前で一度止まり、その後すぐに動き出した。

 一段ずつ音が近づくたびに感覚が研ぎ澄まされていく。男が姿を現すまであと少し――あと少し――今だ。

 ルドフレアが飛び出した。


「やあっ――!」


「ふげッ⁉」


 鮮やかな赤髪を揺らし、すぐに男を取り押さえて床に押し付ける。そして蓮が拳銃を向けて、黒乃がその姿を照らした。

 男は黒乃と同じくらいの背丈に中肉中背よりも少し肉の少ない、どこか頼りなさを感じる眼鏡を掛けた中年男性。服装は白いシャツに鼠色のスーツ。地面には男が使っていた折り畳みの傘が転がる。


「いたたたた、ちょ、ちょっとッ⁉ ぼくは無害、無害だよぉ!」


「――え、まさか」


 光に照らされる男の姿を見て、黒乃が驚きの声を上げた。何故ならその姿には見覚えがあったのだ。

 ほぼ毎日のように顔を出しては、お土産と称して映画やらドラマやらのDVDを貸してくれる黒乃の主治医。


「か――神丘(かみおか)先生⁉」


「まさか黒乃君かい! 頼む、助けてくれ!」


 黒乃は一瞬だけ呆然としてから、すぐにお世話になった人がとんでもないことになっている状況を理解する。しっかりと関節を決められ、かつ拳銃を向けられている。そんなのはあんまりだ。


「フ、フレア、話してあげてくれ! この人は僕の知り合いだ!」


「ウィ。痛くしてごめんねー」


 黒乃の訴えに素直に応じてくれたルドフレア。解放された神丘は、その場に座ったまま安堵の息を漏らした。


「えっと、神丘訪汰(かみおかほうた)先生。僕の主治医だよ。悪い人じゃない。でも、どうして神丘先生がここに?」


 他の三人に簡単に紹介してから、黒乃は問いかける。神丘は財団の圧力により軟禁状態だった黒乃に良くしてくれた恩人だ。だからこそ問わなければならない。何故、彼がこの場所を訪れたのか。


「……黒乃君。元気そうでよかったよ。大体の事情は察している。でも一応聞くけれど、彼らは信用できるんだね?」


 もちろん、と黒乃が答えると神丘は、持っていたバッグから薄い半透明のカードを取り出した。


「アルフレド・アザスティア――ここを訪れたということはその名前を君たちは知っているはずだよね? ぼくは彼に頼まれたんだよ。黒乃君が再びエルネスト、ひいては魔術の世界に巻き込まれたとき、とあるものを渡してやってくれってね」


「――とあるもの?」


「再び……?」


 黒乃が首を傾げ、ルドフレアが呟く。神丘は取り出したカードを床に置いた。


「ねえ、もしかしてその辺に隠し扉があるのかな⁉」


 ルドフレアは咄嗟に神丘に問う。何せ二時間も探索して手がかり一つ見つけられなかったのだ。それがカード一つで何か起こるというのだから、好奇心は抑えられない。やはりアルフレドは何かを隠していたのだ。


「……少し違う」


 次の瞬間、床に光の線が奔った。それらは床に置かれたカードをなぞるようにして、そしてスキャンが終わった後、どこかで扉が開く音がした。


「お、おぉー! 今の何? まさかこの施設全体が一種の制御装置なの⁉ そのカード、特殊な素材だけど何か生体認証と同じような仕組みが――、いやでもやっぱりね。あると思ったんだよ、こういうのがさ!」


「あー、ぼくは普段、元気のいい子供は好きなんだがね。赤毛の君、ちょっと怖いからあんまり大声出さないでくれる?」


 先ほど思いっきり関節を決められたことが軽いトラウマになっているのだろう。神丘は少し怯えた様子でルドフレアに頼む。


「こいつは失敬!」


「……多めに見てやってくれ、神丘医師」


 やれやれ、と神丘はうなじの辺りを掻いた。

 それから神丘の先導でなんでもない通路の途中に新しく出現した階段を下る。地下のさらに地下。

 先ほどルドフレアは、自分だったら山をくり抜いて研究施設を作ると言っていたが、やはりアルフレドも似たような考えがあったらしい。

 とはいえそこは予想よりもこじんまりとした一室だった。


 研究室というよりは、デスクが、本棚、ソファー、蓄音器と、いかにもお洒落な私室。


「ぼくと彼は友達の友達といったところでね。直接の面識はそれほどないんだが、彼が失踪する直前にこの場所を教えてくれた。何故ぼくなのかって? それは――今の君は覚えていないだろうが、君に『ヘヴンズプログラム』を移植したのがぼくだからだ」


「えっ――?」


「なんだと?」


 神丘は物が山積みになっているデスクの一番下、金庫になっている引き出しに暗証番号を入れていく。そうして中から取り出したのは、一束の資料だ。


「これには『ヘヴンズプログラム』のことが記されていると彼は言っていたよ」


「ちょ、ちょっと待ってください。い、移植⁉ ――そ、それは一体どういう? 僕の体に何かが埋まってるってことですか⁉」


 何かの手がかりがあるかもしれないと期待はしたが、予想以上にもほどがある。いきなり確信に迫ってしまった。蓮もルドフレアも、そして黒乃も突然のことに思考が追い付かない。


 神丘は難しい顔をして、一度アリサに視線を向けた。


「――君は昔、アリサちゃんの覚醒に巻き込まれて大怪我を負った。その治療には『ヘヴンズプログラム』が必要だったんだ。だから移植した。一切の他意なく、治療行為のためにね。秘密にしていて済まない、黒乃君」


 ルドフレアはその言葉に疑問を覚えた。これは見逃してはいけない疑問だ。


「――ちょっと待って。ねえ、黒乃が大怪我した昔っていつ? それ、黒乃が記憶を失ったっていう二週間前のことじゃないよね。昔って言葉は人に寄るとはいえ少なくとも数年前を指すとボクは思うんだけど」


 ルドフレアの声のトーンは先ほどのモノと明らかに違う。これが絶対に見逃してはいけない疑問だ。だからこそ攻め立てるように、絶対に答えてもらうという意思表示のように、赤い目を鋭くする。

 そして黒乃も連鎖するようにピースの一つを想起する。


「……そういえば、あなたは言っていた。『昔から、君の担当医』だって」


 黒乃の背中にある大きな古傷――過去に移植されたという『ヘヴンズプログラム』。移植に関わった医師である神丘。ピースは徐々に揃いつつある。


「で? 具体的に言ってどれくらい前なのさ」


 神丘は困ったように目を伏せて腕を組む。腕を組むのは無意識のうちに自分を守ろうとしているからだ。沈黙は人に言えない理由があると言うこと。

 ならばそれはなんだ。何故言えないんだ。


 ルドフレアは予想を立てる。意識しなくても脳が勝手にパズルを組み立てていく。


 フィーネ・ヴィレ・エルネストと剣崎惣一朗(けんざきそういちろう)の接点。アリサ・ヴィレ・エルネストの覚醒。エルネストの覚醒条件。黒乃と因縁があった謎の集団。


 ――その、答えは。


「……ここまで来て、話さないという選択肢はない、か。いいとも。――黒乃君。ぼくが君に『ヘヴンズプログラム』を移植したのはごねんま――」


 その言葉は遮られた。


「――――!」


 蓮、ルドフレア、黒乃の持つ端末から鳴り響いた敵襲を知らせるエマージェンシーコールによって。


「ッ……この感覚、まさか……!」


 薄暗い闇の中で、胸の光に手を当てながら――アリサは目を鋭くした。


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