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『人並み/Find the truth in lies』

 (みお)とセラを東京に残して、黒乃(くろの)たちが青森にあるアルフレド・アザスティア研究所へと出発してから、早くも一日が経過していた。


 二日前に戦いの舞台となった高層ホテル『モノクローム』から近すぎず、遠すぎず、それでいて東京タワーが見えるような、眺めのいいホテルに部屋を取った澪は、敵である『K』の同行を監視するという名目で、目立ったことは何もしない堕落した時間を過ごしていた。


「もう昼か……」


 何もしない時間、というものに慣れていない澪ではあるが、しかし意外にも時間の流れは早い。

 眼下に広がる東京の街並みが珍しく、長時間眺めていても飽きないというのはあるかもしれないが、いずれにしても自分には怠け者の才能があるのかもしれない、と薄々思い始めたところだ。


 一方でセラはと言えば、一応澪と同じこの部屋に滞在しているのだが、昨夜に一度訪れ、再び出て行ってからは姿を見ていない。


 とはいえ行き先に目星は付いている。

 澪は、机の上の食べかけのお菓子と一緒に置かれている求人ジャーナルに視線を向けた。昨日の昼に蓮が持ってきたそれ。

 何に使うのかと思っていたが、こういう時のために用意したんだろうなとその用意の周到さに少しばかり腹が立つ。


「ま……ちょっと茶化すくらい構わないよな」


 そう思った澪はその辺に放り投げておいた服を着ると、ホテルを出て徒歩十分くらいのコンビニエンスストアを訪れた。


 別に買い物の予定はない。食事はルームサービスで間に合ってるし、日用品も問題ない。

 ならどうしてここを訪れたか。――その答えは一つ。


「――いらっしゃいませ」


 ウィッグを被り、カラコンを付け、滅多に出さない余所行き用の声を出して、そうまでしてアルバイトなんてことをしているセラ・スターダストの姿を見に来たのだ。


「なあ、アタシ今ここで大笑いしてもいい?」


 既に満面の笑みの澪に対し、セラは即座にゴミを見るような目付きをする。


「誰かと思えば――チッ、殴るわよ。それに先輩曰くもうすぐお昼時のピークが来るらしいから、邪魔にならないうちに帰りなさいな」


 なんだかんだコンビニの制服を着こなしてるその姿がまた傑作で、澪は再び笑いをこらえるのに必死になる。


「……まさか、本当にコンビニでバイトとはなあ」


 これ以上弄ると後日夜道で後ろから刺されそうな感じだったので、澪は雑誌コーナーに避難し遠巻きにその様子を観察する。


「こちら三点で九六〇円になります。ちょうどですね、レシートはご利用になられますか? かしこまりました。ありがとうございました」


 これほど猫を被ってるセラを見るのはもちろん初めてだ。無論、普段のセラが四六時中怒ってるというわけではないが、しかしいつも仏頂面で不機嫌そうな顔の彼女が、他人に敬語を使って、愛想を良くして、頭を下げているのも事実。意外にも程がある。


(……そういや、よくよく考えれば瀬良家は名家だったらしいし、『そういった立ち振る舞い』は叩き込まれたんだろうな。普段は見る影もないが……)


 澪は十分ほどその仕事ぶりを見ていて思う。接客は丁寧で、その所作には品があり、容姿も相まって普通にお嬢様に見える。いや、コンビニでアルバイトするお嬢様、というイメージもどうかと思うが。


「――――」


 レジが開いた頃合いを見計らって、澪は近くにあったシャンプーを手に取ってセラに渡す。

 あの接客を自分でも体験したくなったのだ。


「まったく、わざわざコンビニで買わないで薬局行きなさいよ」


 しかしセラは意地でも普段通りの口調と声音で対応する。


「へいへい。でもマジでさ、なんでコンビニでバイトしてるんだ?」


「……蓮が私たちに望んだのは『普通の生活』よ。自分で働いてお金を稼ぐのは当然でしょう? アンタも働いたら? ここは即日採用だから今すぐに始められるわ。いくら(はるか)の資産があるとはいえ、それに頼りっきりで怠けるのは駄目よ」


 久遠遥(くおんはるか)――蓮たちに世界の未来を託した、過去改変能力の持ち主。

 『世界が救われるなら、私の資産はいくら使っても構わん。どうせもう必要ないしな』――とのことで、こうして過去に戻ってから『月夜野館(つきよのかん)』や作戦に使う費用などを使用させてもらっているのだ。


「断る。お前は極端すぎるんだ」


 接客というより説教をされる澪。一応、澪の中にも人の金でいいホテルに泊まってただダラけているのも悪いな、という意識はある。

 しかしかといって、今すぐ慣れない都会で慣れない仕事をする気にはなれなかった。


「というかアンタ昨日、蓮にシャンプー買ってもらってた気がするんだけど」


「……あ、忘れてた」


「毎度」


 時すでに遅し。もう少し早く言ってくれればと思ったが、小さな売り上げでも逃さないプロ意識がセラの中で既に出来上がっていたのだろう。

 なんて小癪なプロだ。


「この借りは必ず返すぜ……。んじゃ、ピークとやらが来る前に退散するよ。じゃあな」


 これ以上いたら睨まれるどころかまた変に説教されるとふんだ澪は、店を出ることにした。


「ありがとうございましたぁー」


(……なんか調子狂うな)


 それから澪は一度ホテルに戻り、余分に買ってしまったシャンプーを散らかりきったカバン周辺に積み上げ、再び外出した。


(ったく、あれだけ真面目にやられたらアタシだってなんかしなくちゃいけないじゃんか)


 『普通の日常』なんてものに当てがあるわけではないが、澪は時間があるときは大体絵を書いていた。

 どこかの教室で習っていたというわけではなく、入門本や参考書を読み込んだわけでもない完全な独学だが、本人はそれなりに出来はいいと自負している。


 だが澪の描く絵は決まって、完成してから見直してみると、どこか空虚に感じる。

 見栄えだけ良くしてるというか、まだ自分ってものが出せてないというか。


 だが別にそれが悔しいというわけではない。何故なら澪は画家じゃない。手を抜いて書いているといえば嘘になるが、かといって命を削るほど本気なわけでもない。


(でも――なんていうか、中途半端なんだ。アタシは)


 自分――言い換えれば『自我』を取り戻した澪はどうにも以前の蓮と同じように、正と負、善と悪、陰と陽を隔てるものの中心にいるようで。

 それがどうしてか澪の心を焦らせる。

 このままじゃいけないような気がして。

 どうにも満たされていない感じがして。

 どちらにも行けないまま息もできずに沈んでいくような、感覚。


 その蜃気楼のような気持ちに解答を出せるかと思い、澪は当てもなく街へと繰り出した。


 そうして辿り着いたのは美術館だ。

 何かのフェアがやってるとかで人が大勢押し寄せていたが、むしろそれに惹かれ興味半分で澪は中に入った。

 美術館に来るのは初めてだった。

 これは澪のイメージ、というより偏見なのだが、こういう場所は興味半分で訪れて、理解できるようなできないような絵を見て雰囲気を楽しむ、という客層がほとんどなのだろうと思っている。


 しかし、どうにもここは違うらしい。高いチケットだったせいかこの場にいる人はみな、絵画というものを自らの心の内に受け入れ、こういう世界もあるのだなと等しく作品を理解しようとする人ばかりだったのだ。


 澪はこの場に展示された作品に敬意を表するのと同時に、この時この場にいたすべての人に尊敬すら覚えた。

 理由は上手く言葉にできないけれど、しかしそれでも無理やり言葉にするなら、偏見なく誰もが等しく作品を理解しようとするこの場が、なんていうか『世界の真の有様』のように思えたのだ。


(きっと、今日たまたま来た客がみんな、良い人なんだろうな。そしてアタシはたまたま、そこに巡り合えた。偶然か、はたまた必然か――)


 そうして時間は平等に過ぎていく。セラは丈夫な体を思う存分に利用し様々な仕事を掛け持ちした。

 対して澪はとり憑かれたように連日ここを訪れては一日中この場を味わい、また同じように作品を精一杯理解することに努めた。


 セラもそうだったが、澪も澪なりの答えが出せそうな気がしたのだ。

 ――そしてそんな日々が続くこと数日。

 蓮からの連絡は突然訪れた。


『――フィーネ・ヴィレ・エルネストが亡くなった。すぐにこちらに合流してくれ』


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