『収束へ/I fall into the acid world』
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始まってしまったアリサと『K』の――エルネスト同士の戦い。そしてそこへ乱入した夜代蓮。蓮の指示によって『モノクローム』の三十階から降下した澪。
あの時澪は地上に倒れていたセラとゴスロリ少女の姿をはっきりと見ていた。あのセラが相打ちなんてありえないという疑問を抱きつつ、さらにルドフレアから救援を求める信号弾を確認し、思考が絡まった。
結果、とにかくスズカのカバーをした澪は、ルドフレアからの信号弾を優先することにした。
理由は――勘だ。澪の勘はかなり鋭い。だから勘に従い、こっちを優先した。
で、的中した。現在澪は地下駐車場で、ルドフレアと共に銃弾の雨を受けていた。
「おいおいおい! クソ! あんなモンまで持ち出してくるのかよ!」
地下駐車場の中心に陣取った全長二メートルはある人型の機械兵。黒いフォルムに両腕には鎌を装備し、銃弾は頭部から斉射されている。近接では鎌。遠距離では銃弾。正直今はこうして車の影に隠れるだけで精一杯だ。
「ホントだよね――アレ、『ダーカー』のプロトタイプだ。ボクちょっと許せないなぁ、アレは。ま、来てくれたのがミオでグッジョブだよ! アレのコアは任せた!」
そう言って澪より数メートル先にいるルドフレアは、端末に向かって話し始めた。
敵は機兵と、もう一人――アンドロイド。名前はジョイ。艶のある黒髪に青い瞳、整った顔とそれを際立たせる真白のスーツ。ルドフレアの話によれば『K』の仲間らしい。
ジョイはこのエリアの通信を妨害しながら、戦闘を機兵に任せている。
「チッ、おい移動しろフレア! その車もう爆発するぞ!」
澪は天井に銃口を向け、二度人差し指でトリガーを引く。詠唱無しのファントムトリガー――使う属性は氷と炎。ぶつかり合う二つの力は蒸気を生み出し、周囲を包み込む煙幕を作り出す。
すかさずもう一発――。
「ノット。移動しても無駄です。これは自動追尾、熱感知センサーも備えています。そのような小細工は通じませんよ」
車が爆発する音に次いで聞こえた無機質な声、ジョイだ。その言葉の通り機兵は即座に銃撃を開始する。スプリンクラーはとっくに壊れたし、火災で消防が駆けつけるのも時間の問題。
(ああ――よく知ってるさ、そいつのことは! だからこそ意地でも破壊してやるぞ!)
『ねえジョイ! もう一度聞くよ、キミは本当に自分の意思で『K』に従っているのかい⁉ もしそうでないなら、ボクはキミを助けたいと、自由にしてあげたいと思うんだ!』
再びルドフレアがジョイに訴えかける。それはルドフレアの本心でありそして――おとりだ。
「ノット。ワタシはワタシの意思で彼のもとに――」
『――そうか、なら今回はここで時間切れだ!』
強引に会話は切られ、それと同時に澪は拳銃を構えて顔を出した。――機兵が感知していない場所から。予想外の登場にジョイはその視線を奪われた。澪のドレスには、大量の氷が付いている。
「シット! 自らの体温を下げて熱感知を!」
「――そしてさっきのは録音さ!」
ルドフレアが得意げに言い、澪は狙いを見定めて、静かに呟いた。
「『ファントムトリガー・アブソリュート』――『ゼロ』」
『左手』の人差し指がトリガーを引き、発射された絶対零度が地下駐車場を機兵ごと包み込む。
煙幕に乗じて、熱感知センサーを誤魔化すために陽動として炎を作り、澪の魔術に巻き込まれないようルドフレアが後退。その間、澪は魔術発動の準備。それを悟られぬよう録音した言葉で注意を引き付け、一撃で決める。中々良いアドリブだ。
一面の氷。澪は拳銃のマガジンを抜いた。こうすることで発動中の魔術を消すことができる。氷が砕け散り幻想的な光景を生まれる。周囲を見回す。機兵に関しては一瞬で内部まで凍結させたおかげで、無事に無力化できたようだ。
しかしすべてが上手くいったとも言えない。何故ならそこにジョイの姿は無かったから。
「……逃したな」
「うん、咄嗟に背後のエレベーターをハックして、逃げ込んでた」
「ああ、けど今はいい。とにかくスズカのところに行くぞ」
一応『ファントムトリガー』で壁は造った。そう簡単に突破できるものではないと思うが、とにかく合流して一刻も早く脱出体勢を整えなければ。
澪は『モノクローム』の正面へと走り出した。ルドフレアも機兵のパーツを一部回収してそれに続く。
そうして急いで戻ると、既に敵だと思われる男と少女の姿はなかった。
「無事か、スズカ!」
その場に残っていたのは応急処置を終えたスズカと、悔しそうに地面を殴っているセラ。
更に少し離れた場所に、降下してきたのであろう黒乃とアリサがいる。見た様子では特に大きな怪我はしていないようだ。
スズカは無事だった澪とルドフレアの姿を見て安堵の表情を浮かべ、手短に状況を説明する。
「一応無事です。ジェイルズとレベッカ……あの二人はつい先ほど『モノクローム』内へ戻りました。セラとレベッカが目を覚ますのと同じ頃合いで澪ちゃんの魔術が急に解けて、その隙に……。私たちは見逃されたんです」
(アタシの魔術が解けた、だって? あれはそう簡単に解けるもんじゃない……いや待て)
澪はばつが悪そうに頭を掻きながら言った。
「あー、悪い……そういやマガジン抜いちまったんだ……」
地下駐車場の氷を消すためにマガジンを抜いて、それでこちらの氷柱も消失したのだろう。
一歩間違えばスズカとセラは死んでいた。
――感覚に任せきりじゃダメだな。そう、澪は反省した。
「いえ、気にしないでください。ところで――ヴォイドさんは?」
スズカは怪訝な表情を向けて、澪に訊く。
「いや、知らないけど。むしろあいつの担当はこっちじゃないのか?」
「いえ――フレアくんから『一回目』の信号弾が撃たれたときにそちらに向かうようお願いしたんです。でも再び信号弾が撃たれたので、フレアくんとヴォイドさんだけでは対応ができないのだと考え、澪ちゃんが行くのを止めませんでした」
スズカと澪はルドフレアに顔を向ける。
「いーや、ボクも知らない」
考えられるのはルドフレアの加勢に向かう途中で、誰かと戦闘になったくらいだが。
「分かんねえな……セラは無事か?」
「問題なく動けるわ。でもやられた……一段階目以降の解放を封じられたわ。あいつを倒さない限り、私は役立たずとみていいでしょうね」
あのゴスロリ少女――レベッカの魔術により、セラの能力は封じられた。その事実はとても大きいが、今は最低限動ければそれでいい。
「黒乃とアリサは無事――みたいだな」
強いて言うなら、黒乃に抱きかかえられているドレス姿のアリサが、少し顔を赤らめているくらいか。元の肌が白いのでなんとなく目につく。
「黒乃くんの話では蓮くんが『K』という人物が未だ戦っているそうです」
顔を上げて、二人がまだ戦っているのであろう『モノクローム』の三十階に目を向ける。窓ガラスは割れ、砕けた石材などが少しずつ落ちてきてる。さすがにあれは誤魔化せない。誰かが警備に連絡して、誰も近づかせないようにしてくれるだろう。
澪は考える。スズカがヴァイオリンを破壊されてしまった以上、蓮は魔術を使えない。それでも『K』と戦っているのだとすれば、おそらくはあのコートの魔力を使っているはず。
つまり後がない。となるとすぐにでも信号弾を撃ち、全員が揃ったことを知らせて撤退させるのが最善だろう。
『K』――あの男は危険すぎる。もうこの場でできることはない。
「何が何でもとにかくここを離れることが優先で――」
その時だった。澪の鼻先に何かが落ちてきた。
思わず掴んだそれは――白い羽根。淡い光を宿したまるで天使の翼から零れ落ちたような羽根。それは一本だけではない。無数、数えきれないほどに上空から降り注ぐ。
「なんだよ、これ……」