インタビュー『セラ・スターダストの場合』
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――次は私の番ね。
私の名前はセラ・スターダスト。とはいってもこれは私が勝手にそう名乗っているだけで本名は別であるわ。
瀬良明星、それが私の本当の名前。私はスズカとはまた違った形で過去との折り合いをつけていて、それがセラ・スターダストという名前なのよ。
趣味は食べることかしら。基本大食いで、なんでも食べられるわ。あとはこの派手な見た目を誤魔化すための変装の練習をすること。日常生活でもそうだけれど、任務でも結構求められるから妙な技術がついてしまったわ。
家にいる時は着物よ。昔の名残りというか、そっちの方が慣れているから。
私は新潟の南の方にあるそれなりに名家と言われた瀬良家に生まれ、ある小さな村で十二歳まで暮らしていたわ。
瀬良の家は元々魔術に精通していて、私も幼少期からその存在を漠然と知っていた。ただ瀬良の血筋を持つ者は魔を『学ぶ』のではなく、『その血に宿す』。
つまりは――血の力。それが瀬良家の持つ特殊な力なのよ。
瀬良の人間は十歳になると、その血の力を覚醒させるために当人に極度のストレスを与える儀式が行われる。
母の場合、それは『恥』だった。以降、母は力を覚醒させるまでの一年間、ずっと衣服を身に纏わない生活を送ったそうよ。
それがどれほどのコトなのかはご想像にお任せするわ。
私に与えられたストレスは『視線』。それが定められてからはいかなる時も監視の目が付くようになった。家の人間はもちろんだけど、田舎の村には縁遠そうなハイテクなカメラが設置されたりとかしたわね。
おかげで後々カメラ恐怖症なんてものにもなった。今は克服済みだけれどね。
そんな生活が私の場合それが二年続いたわ。何故って? それは力が覚醒しなかったからよ。
普通は一年もすれば覚醒するはずだった。母もそうだったし、私はそう思っていた。でも違った。一年半も経つ頃には落ちこぼれの烙印を押され、家族からはとっくに見放され、期待されない無為な生活が続いていた。
ある日――私が十二歳の誕生日を迎える頃よ。
一ヶ月前に十歳の誕生日を迎えた妹が力を覚醒させたの。それを見た両親は、代々続く瀬良家の中で最も早く覚醒した妹を神童と評し、逆に無価値で用済みとなった私をあっさりと捨てた。
正確には多額のお金と引き換えに、とあるマッドサイエンティストに売ったの。
そいつが、私のその後の人生でも度々目の前に現れる文字通りの因縁の相手――アルフレド・アザスティアだった。
アルフレドは私のことをちょっと値が張る玩具くらいにしか思ってはいなくてね。四肢を鎖で拘束され、どことも知れない暗い研究室に連れていかれた後、すぐに実験が始まった。
フェンリル、って知っているかしら。北欧神話に登場する終末の獣なのだけれど、あいつはそのフェンリルの因子をどこからか手に入れて躊躇いなく私の内側に入れたのよ。
動物園で人間が動物にエサをやるような、軽い感覚でね。
で、特殊な血筋とはいえ、根っこはちゃんと人間だった私は当然として、神獣とされるフェンリルの因子にその身を滅ぼされそうになった。
けれど私は丸一週間飲まず食わずで、因子の侵食に耐え、そして克服した。
その時の私が果たして正気を保っていたのか、それとも狂っていたのかはもう覚えてないわ。
どちらにしても因子を克服した後、アルフレドは随分と私への興味が湧いたようで、結局薬漬けにされてほとんど廃人になった。この薄い緑色の髪とオッドアイは、因子と、その時に使われた薬物の名残ね。
フェンリルの因子を取り込んだ私は文字通りに人間を辞めた。見てくれは人の形を保っていたけど、鼻や耳は常人の何倍もいいし、食べ物だって食べようと思えば延々と食べられるし、獣の姿にだってなることができた。
傷の再生速度もとても早く、とても死ぬことから遠ざかった。たまにそんな自分を誇らしく思うことはあったけれど、そんなものはすぐ現実の闇に塗りつぶされた。後悔、絶望、慟哭――。
度重なる実験の中で、それでも変わった自分を何とか受け入れようとして時が流れ、ある日彼女が来た。
――久遠遥がね。
私はアルフレドのもとから救出され、『組織』の――遥の保護下に置かれることになった。
そう、私は一度だけ、平穏な日々を取り戻した。
変わり果てたこの体を休めながらも遠い地で学校に通うようになり、もう二度と手が届かないと思っていた幸せな生活を送ろうとして――――でも無理だった。
まあ当然よね。一度壊れてしまったものは、二度と元には戻らない。
私は人に戻れないまま、学校にもなじめないまま、受け入れられず、迫害され、深く絶望した。
それと同じ時期に両親と妹が『アセンブリー』によって殺されたと知ったの。詳しい事情は知らないわ。ただ過ぎたる力は身を亡ぼす、そう遥が言っていたのを覚えている。
きっと当時の私が考えていたような、娘を、家族を捨てたことを後悔するような終わりを迎えることはできなかったのだろうと思った。
そうして私は余計にやり場のない感情を覚えたわ。自分の内から溢れ出る憎しみは止めどなく、けれどそれを今の日常で誰かにぶつけることもかなわず。だから私は保護下から正式に『組織』に入り、アルフレドに復讐することを誓った。
結果から言えば、六年の月日が経ち、私は復讐を遂げた。戦い、戦い、戦い抜いて私は憎悪から解放された。けれど、それでも戦いは終わらなかった。だってまだスズカの記憶を取り戻していなかったのだもの。
当時、目下の悩みはそれだった。別に自分の目的を果たしたからスズカに付き合っていられなくなった、なんてわけじゃないわ。むしろ逆よ。復讐を終えてもなお、まだ戦いの中に身を置こうとする私に向かってある時、蓮がこう言ったの。
――戦いを忘れて、普通に生きてみたらどうだ、ってね。
驚きのあまり言われた時は思いっきり顔をぶん殴ってしまったわ。
だって、ずっと一緒に戦ってきた相棒よ?
心を二つに割られたようなショックだった。
そりゃあそう言いたくなる気持ちは分からなくもないわ。フェンリルと完全に融合を果たした私は『レッドリスト』という『アセンブリー』の……なんていうか特殊監視対象に名前入りしていたから、どこへ行くにも、いつでも私を殺せるような組織の人間が付いて回るような環境だったの。
けれど過去に戻り、別の道を歩めば話は別。つまりあの時の私は、その気さえあれば子供の頃に夢見て、そして手の届かなかった『平穏な日常』というモノを掴めたのよ。
私は体こそ世界最強ってレベルになったけど、精神的には子供の頃で時間が止まっていたようなものだから、皆に対して薄情だと思いながらも――迷ってしまっていた。
それが当時の私の弱さ。
――こんなところでいいかしら? なら、カメラを止めるわね。