インタビュー『遠静鈴華の場合』
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――遠静鈴華が記憶を失ったのは二〇一七年の一二月九日のことです。
主観で言えばその日は『記憶を失った日』というよりは、私が『新たに生まれた日』なのですが、この場では自分を客観的に語るべきだと判断したのでそう言います。
私は朝凪町という関東の、ある片田舎に暮らしていた、と聞いています。
その町は夜になると地形の関係からか、とても強く冷たい風が起こります。
一年を通して発生するそれのおかげで例え真夏でも夜は比較的過ごしやすい所ですね。
風がとても強いという点を除けば、ですが。夜、さながら嵐の真っただ中にいるように窓を叩く風は中々に不気味です。
しかしその風はどういうわけか朝にはめっきり息をひそめてしまうので、朝に凪ぐ――という意味で朝凪という名前が付けられたと記憶しています。
そこで生まれた私は、神様のいたずらか類い稀な魂の性質を宿していました。
まず魂に何かしらの種類が存在していることを説明するべきだとは思いますが、今回は割愛させてください。
ともかくとして私の魂の性質である『生命の基準点』と呼ばれるそれは――当時私は高校生だったのですが、例えば成人し、大学を卒業し、就職し、結婚し、子供を産み、その一生を終える場合にはまったくもって何の価値も持たないものなのですが、魔術の観点から見ればそうではなく、むしろ真逆の――世界でたった一度しか観測事例がないほどに貴重なものだったのです。
故に、それを持って生まれた私がある日何の前触れもなく魔術師に目を付けられ、その世界に引きずり込まれることになったのは必然だったのでしょうね。
それをきっかけとして私は彼――夜代蓮。
彼女ら――夜代織、セラ・スターダストと出会ったのです。
この言い方では語弊が生じますよね。まるで私に目を付けた魔術師がその三人であるような言い方をしてしまいました。
でも事実は違います。
私を狙った魔術師の名前は『アルフレド・アザスティア』。稀代の天才とも称される人物で、端的に言うなら頭のネジが飛んでしまったマッドサイエンティストです。
朝凪町を訪れたアルフレドは、町を実験場に『憑魔』と呼ばれる、いわゆる生物兵器のようなものを放ったのです。
『憑魔』に感染した生命は魂を侵食され、有り体に言って死に至ります。
しかし彼は私を殺したいわけではありませんでした。
というのも、先ほど話した私の魂の特殊な性質『生命の基準点』は、『憑魔』の影響を受けないどころか、その存在を浄化することができたのです。
浄化を消滅と言い換えてもいいでしょうね。
詳しい説明を今は省くのですが、アルフレドの本当の目的は『基準点』のデータを採ることで、当時はまだ未完成だった『憑魔』を完成させることだったのです。
本来の立場は逆ですが、ウイルスに感染しないようワクチンを投与し抗体を作るのと同じことです。
そして完成した『憑魔』は、世界を蝕み滅ぼしました。
そう――世界は一度死んだのです。
だからこそ、彼女――久遠遥の能力が発動し、彼女自身とその命令を受けた蓮くんと織とセラが町にやってきたのです。
とはいえ相手は天才。対してこちらはまだ未熟な雛鳥でした。
結局『憑魔』の完成を止められなかった私たちは危機に陥り――そして以前の遠静鈴華は独断で自らの『生命の基準点』を神の領域に押し上げました。
これを分かり易く言うなら『憑魔』と同じように『生命の基準点』も完成を果たしたのです。
そうすることで世界を覆いつくそうとした『憑魔』を浄化しきることに成功した。これにて一件落着。世界の破滅は回避されました。
しかしことはそう単純ではありません。結果が良くても、その過程は最悪だったのです。
人が神の領域に足を踏み入れるということは、実はとても許されがたい罪なのです。
バベルの塔と同じです。イカロスの翼と同じです。不正に『塔』を上り『扉』に手を掛けた報いは訪れる。
まあ言ってしまえば、方法が悪かったんですね。サラリーマンが営業先に金属バットを構えて殴り込む――みたいな感じです。
それで『天上』の防御機構に引っかかってしまい、捕まって実刑判決が下った、と。
そうして、天へ近づき過ぎた私は――罰として記憶を剥奪されました。
率直に言えば、それでも充分すぎることだと私は思うのですが、報いはもう一つありました。
それは私に関する記憶が他人からも剥奪されるということです。
生まれ故郷の町に私のことを覚えている人は両親や友達を含めても誰もいません。
つまり記憶と同時に居場所まで失ってしまったのです。
ああ、蓮くんとセラは当時、神の力を有していたのでその影響を受けませんでしたが。
織については言うまでもないですよね。
それもあってか三人は私の記憶と居場所を取り戻すことを誓ってくれたのです。
――これが私のルーツです。以前の私が何を思ってどう行動していたかは記憶が残っていないので何とも言えませんが、蓮くんとセラは私を『自分を変えてくれた人』と評していました。
これくらいでしょうか。
――ええ、分かりました。では、カメラを止めますね。