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僕らの悠翼は君に届くだろうか―Chrono Beyond―  作者: 悠葵のんの
プロローグ『掴み取った光』
1/85

『世界の仕組み/INNOCENT EGO』

 ――世界は、一つではない。


 この物語の主軸となる――『幽玄世界(リミテッドワールド)』。

 それと同じ景色を持ちながらほんの少し枝の分かれた『夢幻世界(ヴィジョンワールド)』。

 そしてすべての始まり――原初の神様『イノセント・エゴ』の存在する『光子世界(ユニサ)』。

 合計で三つの世界が存在している。そう、一つの上位世界に二つの下位世界が。


 起源は遥か彼方。未だ赤子である原初の神『イノセント・エゴ』は次のフェーズへと進化するために『心』――言い換えれば『感情』を求めた。

 しかし赤子の神は、思いつく限り創造した感情のどれが必要で、どれが不必要なものなのか、その判断ができなかった。

 故に――『起源選定(きげんせんてい)』のシステムが組まれることになった。


 その裏で、別の側面である『オルター・エゴ』が生まれていたことに気付かぬまま――。


 『地球シミュレータ』というものを知っているだろうか。それは仮想世界に地球と同じものを創り出し、環境の変化や大災害が起きた場合の被害などをシミュレートするような、世界を――人類をより長く存続させるための装置だ。

 何故そのような装置が開発されたのか。事の発端、思想、発想はやはり――原初である『イノセント・エゴ』まで遡るのかもしれない。


 つまりは、だ。


 赤子の神様が進化に必要な感情を選定するための実験場――それが下位世界という訳なのだ。

 『イノセント・エゴ』にとっての『地球シミュレータ』はそうして生み出された。

 ならば何故、世界は二つ創られたのか。

 それは『イノセント・エゴ』の中に生まれてしまった『オルター・エゴ』が原因だった。


 『()()()()()()()()()()()』――もう一つの側面の現出によって、『イノセント・エゴ』を含め、すべての存在の正しき姿、在り方がそう定められてしまったのだ。


 とは言っても、『起源選定(きげんせんてい)』には何ら支障はなかった。


 二つの世界は何事もなく感情の取捨選択を行うための実験場として機能した。具体的に実験がどう行われたのかと言えば。

 『起源選定(きげんせんてい)』を実行するための道具――または実験者そのものとして、下位世界に創られた『エルネスト』という白髪紫眼(はくはつしがん)の一族がいる。


 始祖のエルネスト――『アダム』は『イヴ』を生み出し、二人は『ヴィレ』を新たに祝福した。

 そうして始まったエルネストの歴史。長い時の中でエルネストは着々と数を増やし、そして人口が一定数を超過した時、()()()()は発動する。


 選定の参加者として覚醒したエルネストは一人に一枚――計十三枚の、感情を組み込まれたカードが与えられる。そうしてカードを配られた十三人が揃った時、互いの内に秘められたカードを奪い合う『バトルロイヤル』が開始されるのだ。

 『起源選定(きげんせんてい)』のルールは大きく分けて三つ。


 一つ、『起源選定(きげんせんてい)』はエルネストが最後の一人になるまで繰り返される。


 一つ、『起源選定(きげんせんてい)』が中断されてから一定期間再開されない場合、戦わざるを得ない運命が強制的に設定される。


 一つ、『起源選定(きげんせんてい)』の最終局面。エルネストが三人以下になった時点で、結末を見届けるため、下位世界に『イノセンス・エゴ』が顕現する。


 他にも細かなルールは存在しているが、これさえ覚えておけば問題はない。そうしてこの残酷で血みどろな戦いを勝ち抜いた起源――感情が『イノセント・エゴ』の進むべき道となる。


 例えば慈愛を込められた『(クイーン)』が勝者となれば、おそらく上位世界は愛に溢れる優しい世界となるだろう。

 それとは逆に絶望を込められた『(サイス)』が勝者となれば、希望など有りはしない酷く退廃とした世界が創造されるだろう。


 だが『イノセント・エゴ』は知らない。この『起源選定(きげんせんてい)』に存在するイレギュラーのことを。


 エルネストの血筋はアダム、イヴ、ヴィレの三つに分かれた。

 そしてその後――ヴィレの血は一度、『オルター・エゴ』が創造した人類と交わったのだ。それは最初に運命の歯車が狂い始めた瞬間と言えるだろう。

 以降、ヴィレの血筋は迫害され、やがて人の血はエルネストから排除された――ように思えた。


 けれどその痕跡を完璧に消し去ったわけではなかった。何故なら、『オルター・エゴ』が創造した人類には、『イノセント・エゴ』が創造した感情のすべてが込められていたのだ。

 それがエルネストと交わった結果――新たな『十四番目』のカードが、イレギュラーとして生まれるに至った。


 このような事情を抱え、正義など介在しない悲しき運命――『起源選定(きげんせんてい)』は始まり、そして終わりを迎えた。


 小さなログハウスの一室。ベッド一つ、本棚一つ、机一つ、椅子一つ、窓二つの、まるで引っ越してきて間もないような簡素な部屋。

 お世辞にも座り心地がいいとは言えないやたら固い椅子には、中性的な顔立ちをした赤髪赤眼の人物がいた。


 その人物の名は――ルドフレア・ネクスト。


 いつもの癖で白衣を着たまま机にかじりつき、先ほどから何やら唸っている。


「……うーん。さてさて、どうしたものですかねぇー」


 机に置かれているのは小型のノートパソコン。立ちあげられているソフトは文章を書くのに適したもの。

 俗に言う執筆用ソフトだ。そう、ルドフレアはあの物語を書き記すために筆を執っていた。しかし当時のことを思い出しながら筆を走らせるも数分。


 ルドフレアは最初に決めなければならない話の骨子。つまりはこの物語の『テーマ』について悩んでいた。

 思い立ったが吉日ということで、特にプロットも話の構成も考えないまま始めた執筆。

 とりあえずイメージだけは掴めたものの、それは何か一色というわけではなく見事な多色。


 この物語は、彼が彼女と出会いやがては世界の運命を超えることになる『ボーイミーツガール』であるのと同時に、創造主に弓を引く生命の話――ある種の『SF』でもある。ともすれば、とある兄妹がそれぞれの想いに応えようと懸命に努力する『家族愛』の話でもあるだろうし、柵しがらみを抱える人間が己の闇にピリオドを打ち、未来へ進む『ヒューマンドラマ』ともいえる。


 つまりこの一連の出来事は誰を主軸とするか、誰に焦点を当てるかによって、その意味を大きく変えるのだ。


「――えー。テーマ、テーマなぁ……」


 しかしそこは天才の後継者を自らも普段から天才を自称するルドフレア。逆転の発想で結論に至る。


「ま、全部ひっくるめちゃえばいいか! よし! この物語の大いなるテーマは『生きること』だ。やっぱりこれに尽きるよね!」


 ふと、扉が軽くノックされた。どうぞー、と気の抜けた声で返事をする。

 なに、別に気を付ける必要もない。ルドフレアは何となく察していたのだ。扉をノックした人物が、彼であることを。

 扉を開けて入ってきたのはルドフレアの恩人にして永遠の友を自任する青年――夜代蓮(やしろれん)


「――俺だ」


「(この声は、やっぱりね)」


 部屋に入ってきた彼の姿を見ることもなく、ルドフレアは納得した。ちなみに種明かしをすると、目印となったのは彼がよく身に着けている派手なチェーンの音だ。扉をノックする前に外でその音が聞こえた。

 ルドフレアの仲間、友人知人の中に、彼以外でチェーンを身に着ける人、パンクな恰好する人はいない。そんな単純明快な論理。

 蓮はゆっくりとルドフレアに近づくと、訝しげにその手元を覗き込む。


「何か書いているようだが……そういえば前に言っていたな。いまどの辺りだ?」


「実はまだ始まったところなんだよね。それで何か用かなー?」


 蓮は短くああ、と返事をした。しかしその後の言葉は続かない。どうやら蓮はルドフレアが何かに気付くのを待っているようだ。


「(……はて、なにかあったかな)」


 少しばかりの沈黙があり、諦めたようなため息が聞こえた。


「来月の誕生日パーティー……。その打ち合わせだ」


 ルドフレアは気まずそうに視線を机から、窓の向こう側の遠い青空へ移す。


「……あー、ほんと、ごめん。興味の対象がすぐに移り変わるのは、ボクの悪い癖だ。すぐ行くよ!」


 手際よくノートパソコンの電源を切り、資料をファイルにしまい込み、そそくさと準備を済ませる。

 蓮はその様子を、まるでそそっかしい子供を見守るように見ていた。


「それにしても前々から書くと言っていたじゃないか。なぜこのタイミングなんだ?」


「さあねー。ま、思い立ったが吉日だって言うしさ。ボクは気まぐれなのです」


 苦笑いを返されながらも本当にすぐ準備を済ませたルドフレアは、連より先に部屋を出ようとする。

 一方で蓮は机の隅に置いていたビデオカメラを手に、その場で立ち止まっていた。


「待て。……赤いランプが付いているということは撮影中になってるのではないか? どうやって止めるんだ、これは」


「えー、何やってるのさ。ほら貸して! そっか、さっき性能テストで色々やってたんだよねー。変身ポーズ撮影したり。そしたらアレ書こうと思いついてさ」


「相変わらずフレアの思考回路はよく分からないな」


「それは誉め言葉として受け取っておく!」


 そうして――ルドフレア・ネクストはビデオカメラの電源をオフにした。


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